やまと復活 鬼神の護衛艦   作:佐藤五十六

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第63話

やまとside

中国沿岸を一路南下して佐世保の沖合である。

「明日には佐世保に到着予定です。」

海図を確認していた航海科士官の報告である。

それを聞いても、上条の顔は優れなかった。

艦橋にいる要員の全ての目の下に隈ができている。

H-6の攻撃をもろに喰らったのは、船体でも砲雷科でも無かったのである。

それこそが航海科であった。

艦橋にいた要員の六割が、負傷もしくはそれに類することでリタイアとなったのである。

航海長の名前もこの中に入っている。

やまとの乗員の構成の中でも、特に航海科要員は少ない。

1700人もいるのだから、それはおかしいと思う人もいるだろう。

だが、現実は非情だ。

機関科曰くガスタービンエンジンの点検整備には人が要る。

また砲雷科曰くやまとに搭載されている兵装の点検整備にも人は要る。

実際、やまと乗員の七割はこの二つのどちらかに属している。

そのほとんどの要員が、船体の補修に借り出されている。

それでも交代で休憩が取れるのだからまだマシである。

となると航海科に残った人員で回すほかなくなる。

猫の手も借りたいと言うので、艦長代理である上条すらも召集されている。

徹夜二日目の夜である。

ただでさえ、気を張っているのだから疲労は馬鹿にできない。

「攻撃はもう有り得ません。

大丈夫なのではありませんか?」

付け足すように言った航海科士官の言葉にも、上条は頷かなかった。

否、頷けなかったのだ。

現在、大破そして帰投中のやまとの周りには、日台連合艦隊とも言うべき艦艇群が取り巻いていた。

数にして、およそ30隻、その多くが日本の護衛艦である。

第一、第二、第四の各護衛隊群を構成する24隻、中華民国海軍から派遣された駆逐艦、フリゲートが6隻である。

空には航空自衛隊の戦闘機の姿も見える。

F-15やF-2である。

築城基地や新田原基地から飛来したのであろう。

予備の機体も待機しているはずだ。

それに、水中でも日本の潜水艦が多数潜伏しているだろう

もし、やまとの大破でスケベ心をくすぐられた韓国海空軍が攻撃を仕掛けてきても返り討ちに遭うだろう。

だからこそ出た航海科士官の言葉である。

「確かに攻撃に対しては心配無いだろうね。

でも、現実としての問題は船体がそれまで持つかだよ。」

うんと濃いコーヒーを飲みながら、上条は言う。

艦橋にいるものの大半は、三度の飯とコーヒーで何とか立っているという人間もいる。

というか、手放した瞬間睡魔に襲われて眠ってしまうという段階にすらなっているのである。

「針路、011(まるひとひと)

面舵(おーもかじ)。」

艦長の号令一下、やまとは針路を変更する。

「アイ・サー。

面舵(おーもかじ)。」

「佐世保湾進入の許可は下りたのか?

進路変更したあとだが。」

「ええと、はい。

海上保安庁によると、特に問題無いそうです。」

睡眠不足の弊害はこんなところにも、表れていた。

注意力の散漫である。

「はい、こちら艦橋。

えっと、艦長代理を出せ?

そう言うのは、ちょっと困るんですけど。」

電話のベルが鳴り、近くにいた航海科員が受話器を取る。

押し問答を繰り広げている。

しかし、根負けしたのか受話器を片手に持ってくる。

応急運転(ダメコン)室にいる応急長からです。」

「この阿呆が、何しとんじゃ。」

第一声がこれである。

それにしても、実の上司を阿呆呼ばわりである。

口の悪いことこの上ない。

「やまとが進路変更したら右舷で浸水が激しくなったわ。

どないすんねん。

やるんやったら、もうちょい慎重にやりや。」

しかし、最後にフォローしてくれるだから憎めない。

「すみませんでした。」

このような相手には、謝っておくのがベストな対応である。

「ええよ。

次から気いつけや。」

「はい。」

そうして電話は切れた。

「何だったんですか?」

「怒鳴られたよ。

やっぱ、あの人いないと、この艦成り立たないね。」

最後の良心という意味ではない。

ただ、この船に人一倍愛着を持っているのだ。

そんな人が上司でないと、応急科の隊員は従わないだろう。

「すぐに入渠出来ればいいんだが。

難しいかもしれないな。」

上条は、そう言って佐世保の町の方角を睨む。

第二護衛隊群と合流したときに聞かされた情報では、中国の潜水艦の攻撃を受けて運よく沈まなかった船は佐世保に集まっているらしい。

となると、入渠するのは難しいかもしれない。

佐世保湾の湾口に近付いていく。

夜の闇の中に、キラリと光が見えた。

そして、光はモールス信号のように明滅を繰り返す。

「コ・チ・ラ・サ・セ・ボ・コ・ウ・ム・タ・イ。

オ・ウ・ト・ウ・モ・ト・ム。

以上です。」

「ではこちらも送ってやれ。

内容は"こちらやまと、出迎え感謝する、今後の行動について指示を求む"以上だ。」

「了解。」

通信士が、探照灯のところに走っていく。

そして、戻ってきた。

「返答ありました。

セ・ン・キ・ョ・ハ・ス・デ・ニ・カ・ク・ホ・シ・テ・イ・ル。

ホ・ン・セ・ン・ノ・シ・ジ・ニ・シ・タ・ガ・イ・ニ・ュ・ウ・キ・ョ・セ・ヨ。

以上です。」

「了解した。

操舵員、あの光を追え。」

狭い湾の中を気をつけて航行していく。

ここ近年、自衛隊艦船と民間船舶の衝突事故は続発している。

そのことへの警戒が睡眠不足の頭をさらに酷使している。

さいわい民間船舶の姿は見えなかった。

あとで聞いた話によると、海上保安庁が紛争発生を理由に出港禁止命令を発令。

さらに巡視船艇が密漁に出かける漁船を警戒して航路警戒を行っていたらしい。

「総員離艦部署発動。

各科の手空きの要員は所属部署ごとに上甲板に集合せよ。」

上条は念には念を入れて、ドックの手前で総員離艦部署を発動した。

これが発動されるのは、船が沈むときである。

ダメージ・コントロールすらも不可能な状態にでもならない限り発動されることは無い。

しかし、上条の危惧は当たっていた。

ドック入りした直後、そして乗員の離艦が済んだあと、やまとは横倒しになって沈みはじめたのだ。

艦魂という考え方がある。

熾烈な戦闘を生き抜いた艦には、魂が宿るという考え方である。

日本人は古来より、物を大切にしてきた。

付喪神という考え方もあるくらいであるから、その考え方が時とともに変遷し今のような艦魂の概念となったのだろう。

誰にも艦の魂など見えはしないのだから、真実を確かめる術は無い。

しかし、この時の状況は艦魂が時間を稼いでくれたのではないかと考えたくなるほど、乗員の離艦に間に合った。

結果から言えば、大半の乗員の離艦は間に合った。

しかし、艦橋に詰めていた上条を含めた航海科要員は間に合わなかった。

もう既に彼らの精も根も燃え尽きていたのだ。

そのことに乗員達が気づいたときには艦橋は大きく傾いていた。

完全に横倒しになったやまとの上をSH-60Jが飛んでいく。

そして上空10mでホバリングするとホイストを伝って機上救助員が降下して来る。

冷静に艦橋の窓を叩き割ると、そのまま進入する。

艦橋内に進入した機上救助員は負傷者の山を見て、簡単なトリアージを行った。

「上条二佐、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫です。

他の連中から頼みます。」

頭から血を流しながらも、上条は海に生きる者としての名誉を選んだ。

それを聞いた機上救助員は他の重傷者から次々外に運び出していく。

SH-60Jは搭乗者が一杯になると、やまとの上空から離れていく。

長崎県のドクターヘリ運用可能な病院へと急ぐのだ。

ついで、護衛隊群搭載のヘリコプター部隊の出番である。

彼らは人海戦術の如く、ヘリコプターを在空させた。

そして、最後の一人が吊り上げられた。

上条であった。

彼は重傷を負いながらも、艦長代理の責務を果たしたのである。

総員離艦の際は、艦長が最後に艦を離れるのが伝統である。

高貴なる者の責務( ノブレス・オブリージュ )となっているこの伝統を守ったのだ。

彼を載せたヘリコプターは一路病院へと急いだ。

やまとside out

 


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