いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 ハッピーバレンタイン!
 そういえばバレンタインネタはあまり書かなかったなということで、以前から書きたかったネタを混ぜてみました。
 長いので上下で分けます。


閑話その三「波乱のヴァレンタイン・デイ(上)」

 赤道斎が復活する丁度一ヶ月前。

 世の男女たちにとって特別なイベントである二月十四日、バレンタイン。

 そして、はけが卒倒し、祖母はショックのあまり寝込み、仮名は精神内科を奔走した一日。

 これは、啓太たちにとって忘れられない悲劇となった、そんな一日の記録である。

 

 

 

1

 

 

 

 今年も訪れたバレンタインデー。

 毎年意中の人である啓太に手作りチョコを送っていたなでしこたちだが、今回は例年と比べて一味違う。

 なにせ、今年は晴れて三人が結ばれた年であり、気になるあの人から恋人、さらには婚約者にまで進展した飛躍の年。

 婚約者としての記念すべき初バレンタインデーとなると、気合の入り様も一味違う。

 ようこは在りし日の思い出をチョコで再現しようと、おむすびのチョコを開発。特性の容器で米粒サイズのチョコを作り、それをおむすびの形にしたものだ。ご丁寧に沢庵もチョコで、飽きが来ないようにこっちはイチゴやホワイトチョコとなっている。

 家事スキルがゼロであった犬神見習いの頃を思い出すと、飛躍的な成長と言えるだろう。

 そんなようこだが、そんな彼女ですら「勝てない……」といわしめるのは実質正妻であるなでしこだ。

 

 恋人であり婚約者としての初バレンタインチョコ。只でさえ啓太に向ける愛情が天元突破しているのに、このような特別感をもたらすと、彼女の中のブレーキが粉微塵になって吹っ飛ぶのは目に見えており。

 ぶっちゃけてしまうと、手間暇の掛け方がヤバかった。

 どのような伝手を使ったのかチョコレート専門店のパティシエから様々なイロハを習ったなでしこは、仕入れ業者からチョコの原料となるカカオ豆を直接仕入れ。豆を炙って実を取り出す地道な作業を黙々と行い。試行錯誤しながら啓太の好みに合う塩梅の苦味を探り。丸一日掛けてようやく溶けたチョコの形になり。自分の愛をこれでもかと伝えるため、あえて職人たちが手掛けたガラス細工のような繊細なチョコのデザインで攻めて。

 結果、チョコレートの祭典である【サロン・デュ・ショコラ】に出店できるほどのクオリティのチョコを完成させたのだった。これにはそばで見ていたようこもホールドアップある。

 なお、きゃいきゃいと楽しそうにチョコレート造りに勤しむなでしこたちを見て、啓太は「やった、今年も貰える」とウキウキ気分に浸るだけであった。

 

 前日ところか一週間前からの準備が終わり、晴れて当日を迎え。

 休日で依頼もないため川平邸でのんびり過ごしていた啓太に、若干の緊張とそれ以上の期待感を胸に各々チョコを渡そうと、ラッピングしたそれを手にした時だった。

 

「あれ、地震?」

 

「大きいですね……」

 

 突入、大きな揺れが川平邸を襲った。

 震度三ほどの揺れで、シャンデリアが大きく振り子運動を繰り返し、戸棚に納まった食器がカチャカチャと音を鳴らす。

 ハンモックの上で優雅に読書を楽しんでいた啓太もすぐに揺れに気がつき、体を起こした。

 そんな彼の目の前で──。

 

「……?」

 

 青白いスパークを伴って空間が歪み始める。まるで、映画などに出てくる『何者かがこの時空に転移してくる』予兆だ。

 念のため距離を取る啓太の前で、歪みの中央から何かが現れた。

 本当に時空転移してくるとは、と乏しい表情ながら驚愕している啓太の前で、ソレは嬉しそうな鳴き声を上げる。

 

「フー!」

 

 ソレは奇妙な生き物だった。

 アラビアン系の見た目をした精霊っぽい何か。腕に通した黄金のリングをフラフープのように回している。

 ニシシと悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、何が楽しいのか啓太の周りを踊るように飛び跳ねていた。

 どうすれば良いのか分からず、困惑する啓太。

 リビングからなでしこたちがやって来て、奇妙な精霊の姿に驚きの表情を浮かべた。

 

「け、啓太様、その子は……?」

 

「……分からん」

 

「よーせい?」

 

 三人揃って小首を傾げる中、妖精は徐にリングを握ると高々と掲げ。

 

「フー!」

 

 突然拡大したリングに啓太を通すと、彼の姿が忽然と消えたのだった。

 一流マジシャンもビックリなマジックに、なでしこたちの目が見開く。

 

「え……」

 

『えぇっ──!?』

 

 慌てて啓太が居た場所に駆け寄るが、主の気配は一切ない。

 触れることはもちろん、匂いも残り香だけで。

 まるでようこの【しゅくち】のような瞬間移動だ。

 

「け、啓太様!」

 

「ちょっとアンタ、ケイタをどこにやったの!?」

 

「フープププププっ」

 

 啓太の霊力すら感じられないことに気付き、軽いパニックに陥るなでしこ。

 犯人である精霊の胸倉を掴み上げ、鬼の形相でガクンガクンと体を揺するようこ。

 当の妖精はすごい勢いで振り子のようになっているにも関わらす、悪戯成功と言いたげな笑みを隠さない。

 

「お願いです妖精さん! 啓太様を返してください!」

 

「フーパッパパパパパ!」

 

「あっ、待って……!」

 

 なでしこの嘆願虚しく、妖精は高らかに笑い声を上げながら霞の如く消えてしまった。

 

 突然の出来事に頭が追いつかない。

 ついさっきまで目の前にいた主が忽然と姿を消したのだ。

 犬神の感知能力は個々の差があれど、主人に限って言えばかなり広い。一節によると主人との間に紡いだ絆の深さに比例するようだが、なでしこの啓太感知レーダーは本州を丸々カバーするほどだ。

 そのなでしこレーダーに反応がないとなると、少なくとも日本に居ないことになる。なでしこたちだけでは到底、海外全域を捜索するのは難しい。

 灯りも無く暗闇の中を彷徨うような心細さ。今すぐ啓太を探しに行きたい、そんな衝動に駆られて直ぐ様飛び立とうとした時、ようこの声が耳に入った。

 

「なでしこ! ケイタ、ケイタいるよ! ほら!」

 

「──っ! 何処ですか!?」

 

「ほら、アンタも感じるでしょ! 啓太の霊力が!」

 

「……! 啓太様っ!」

 

 ようこの言う通り、先程まで感じなかった主人の霊力が感知できる。

 場所はすぐそこで、居ても立っても居られなくなったなでしこは直ぐにはしりだした。ようこも後に続く。

 啓太が居る場所、河童橋の下。

 そこには──。

 

「ない──! 俺の家が、なぁぁぁいっ! なんでだああああああ──!!」

 

 頭を抱えて天に向かって絶叫する主人の姿があった。

 

「け、啓太様……?」

 

「ケイタ、だよね?」

 

 乱心という言葉では片付かないほどの取り乱しよう。無表情がデフォルトで、これまで見せて来た表情の中で一番崩れた時でも精々が微笑程度であるのに。

 今の啓太は凄惨な顔で、その表情からショックの大きさを入念に物語っていた。

 今の啓太に、かつて人形と呼ばれていた頃の面影は微塵も感じられない。

 主人の乱心に小さくない衝撃を受けていると、なでしこたちに気づいた彼が気色の声を上げる。

 

「んぁ? おぉ、なでしこちゃん! 見てくれよ、俺の家がなくなっちまったんだ! ようこ、なんか知らないか!?」

 

『……』

 

 その様子に顔を見合わせたなでしこたちは声を揃えて叫んだ。

 

『啓太様が壊れてしまいました!』

 

 

 

 

 

 同時刻。謎の精霊によって気づけば河童橋の下に飛ばされていた啓太。

 目の前にはダンボールで出来た立派な古屋があり、明らかに家がない人が住んでいる形跡が見られる。

 河童橋はよく通る道だが、昨日は存在していなかった。となると、今日誰かが作ったのだろう。

 

「……世知辛い世の中」

 

 いつまでもここに居ても仕方ない。ましてや住民と遭遇したら要らぬ難癖を付けられる可能性がある。

 

(突然消えてなでしこたちも心配してるだろうなぁ。あの妖精、次見かけたらとっちめてやる……! }

 

 そう心の中で報復宣言をして踵を返した時。

 

「あれ? おあえりー、ケイタ。今日は早かったね」

 

「…………ようこ?」

 

 ひょこっとダンボールハウスから顔を覗かせたのは、彼の恋人の一人であるようこであった。

 何故、彼女がホームレスのお家にお邪魔しているのだろうか。その日にあった出来事などを毎日教えてくれるようこだが、ホームレスと仲良くなったといった話は聞いたことがない。

 

(まさか、好奇心のまま勝手に不法侵入したとか? いや、昔ならともかく最近のようこはモラルとかもしっかりしてきたから、それは考えにくいか……えっ、なんで居るんだ??)

 

 考えれば考えるほど訳が分からないこの状況。

 肝心のようこはきょとんとした顔でこちらを見ている。

 

「……なんでそこに?」

 

「なんでって、なにが?」

 

「……勝手にお邪魔しちゃダメ。帰る」

 

 ようこの手を引いて、川平邸に向かおうとする啓太。

 そんな彼に手を引かれるようこは首を傾げた。

 

「帰るって、どこに?」

 

「……? だから家」

 

「家って……」

 

 ようこは心底不思議そうな顔をすると、今し方出てきたダンボールハウスを指差して告げた。

 

「ケイタの家ならそこにあるじゃない」

 

「……は?」

 

 

 

2

 

 

 

「啓太様、お気をしっかり!」

 

「ケイタが壊れちゃった~!」

 

「何を言ってんだ?」

 

 主の手を両手で包み、潤んだ目で訴えかけてくるなでしこ。

 主人の背中に抱き着き、わんわんと声を上げて泣き叫ぶようこ。

 何が何だか分からない啓太は困惑を隠せない様子で、途方に暮れていた。

 不意に啓太の目がなでしこの髪を捕らえた。正確には頭部に結ばれた純白のリボン。

 左右対称の綺麗な蝶結びで髪を結わいており、なでしこの几帳面な性格がよく表れている。

 

「なでしこちゃん、イメチェン? そのリボン、よく似合ってるね!」

 

「えっ……け、啓太様……?」

 

 褒めたつもりなのに、何故かなでしこの顔色が真っ青になった。

 肩越しに背後を振り返り、自分に泣きついて離さないようこを見やる。

 

「だあああ! いい加減離れろっての! 暑苦しいわ──って……お前、どうしたその髪飾り」

 

 ようこの前髪には、鶴のくちばしの形をした髪留めが。ガラスのような素材で出来ており、根元には薔薇を模した一輪の花が飾られている。

 

「前まで付けてなかったよな。買ったのか?」

 

「け、ケイタ……?」

 

 きょとんとした顔で自分を見つめる啓太。嘘や冗談をついているような顔ではなく本気で疑問に感じているようだ。

 恋人となった記念の髪飾りも、約束よりも重い契約で救った純白のリボンも。

 すべて記憶にないと、言外に告げていた。

 

「えっ?」

 

 不意に啓太の両腕ががっちりホールドされる。

 右をなでしこ、左がようことそれぞれ啓太の腕を持ち上げて、まるで連行するかのように、どこかへ連れていく二人。

 

「大丈夫です、啓太様。啓太様が覚えていなくとも、私はずっと覚えていますので。まずはお婆様の元へ向かいましょう。何か有力な助言を頂けるかもしれません」

 

「えっ、えっ? ちょ、なでしこちゃん!?」

 

「そうね。今の啓太はぜっっったい可笑しいんだから、きっちりお婆ちゃんに見てもらうよ!」

 

「可笑しいって何がだよ! 離しやがれ……っ! おい、ようこ!」

 

 暴れる啓太だが抵抗むなしく、両脇を固められた啓太はまるで犯罪者のように宗家の元へ連行されるのだった。

 

 

 

 

 

 同時刻。何故かダンボールハウスの持ち主にさせられた啓太。

 ようこに招き入れられた彼はキョロキョロと家の中に視線を向ける。

 夜露対策なのか異本的にダンボールを重ねているらしく、きっちり隙間なく壁を作っており、まるでダンボール職人が手掛けたかのようなクオリティだ。

 家の中にある家具も、何処からか調達したと思わしき壊れかけのちゃぶ台や、一昔前のブラウン管テレビ。机やタンス、ベッドまで完備されている。

 意外と快適そうな環境に、昨今のホームレスでもこれほどのお家は持っていないだろうと、心の中で呟いた。

 

「ケイタ? さっきから可笑しいよ。ずっと無表情だし」

 

 家の中を無遠慮に見回す主人の姿を前に、胡乱な目を向けてくるようこ。

 可笑しいのはお前だ、と思わず口にしそうになった時、ようこがぴっと指を向けて来た。

 

「あっ、さては無表情キャラでイメチェンしようって腹ね! またいつものナンパでしょ!」

 

「……指差さない」

 

 第一、生まれてこの方一度もナンパなんてしたことない啓太である。

 

「……なでしこは?」

 

 こういう時はなでしこから話を聞くのが一番なのだが、肝心の本人の姿は先程から見当たらない。

 ようこのストッパー役でもある彼女の所在を尋ねると、目の前の犬神は目をパチクリさせた。

 

「なでしこ? 今日は来てないけど」

 

「来てない?」

 

「なでしこだって忙しいんだし、いつもいつも遊びに来れるわけないじゃない」

 

 何だか強烈な違和感を感じる。

 先程から感じていた違和感。

 致命的な認識のズレがあるような、言いしれない気持ち悪さ。

 ふと、あることに気がついた啓太は、ようこの髪を凝視した。

 

「……髪飾り。今日はしてない」

 

「髪飾り? わたし髪飾りなんて持ってないよ?」

 

 不思議そうな顔で小首を傾げるようこに、啓太も思わず首を傾げた。

 恋人となったあの日にプレゼントした、鶴のくちばしを模した髪留め。

 風呂に入る時と寝る時以外、常に髪留めをするくらい気に入ってくれていたのに。

 髪留めなど持っていないと言う。

 

「……ねえ、ケイタ。なんか可笑しいよ。本当にどうしたの?」

 

 顎に手を当てて真剣な顔で考え込む啓太。

 主人の尋常ならざる雰囲気に異常性を感じたようこは、心配気な表情を浮かべて啓太の顔を覗き込んだ。

 

「お邪魔します。啓太様、ようこさん」

 

 丁度その時、なでしこがやって来る。

 ダンボール製の扉を開けてひょこっと顔を出した彼女は、部屋の真ん中で何時になく真剣な顔で何かを考え込む啓太と、オロオロとした顔で彼の周りをグルグル回るようこの姿に首を傾げた。

 

「あ、なでしこ! ねえ見て聞いて、ケイタが変なんだよ!」

 

「啓太様が?」

 

 何を仕出かすか分からない、意外性ナンバーワンの啓太のことだ。また懲りずに何か企んでいるのではと、ようこと同じ考えに至ったなでしこだが、直ぐに違うと気づく。

 雰囲気が普段の啓太のものではない。

 凪いだ湖畔のように静けさに包まれた気配。

 喜怒哀楽のいずれかを見せてくれていた啓太からは想像もつかない顔で、まるで人形のような無表情。

 彼から感じる霊力や匂いはすべて啓太本人のそれだが、明らかに何かが違う。

 

「啓太様、どうかしましたか?」

 

 心配気な顔で啓太の身を案じるなでしこ。

 電算の如く思考を繰り返していた啓太は、ようやく彼女の来訪に気がつき顔を上げた。

 

「なでしこ……教えて。一体何が──」

 

 そして、なでしこの顔を見た啓太は思わず硬直してしまった。

 

「啓太様……?」

 

「……リボンは?」

 

「えっ?」

 

「いつも結ってたリボン……何処?」

 

 そう。ようこ同様にプレゼントした純白のリボンを、心底大切そうに身につけていたのに。

 後頭部で結いたリボン姿が、もはやデフォルトと化すほど肌身離さず愛用してくれていたのに。

 可愛らしい栗色の髪には結く物が何一つなかった。

 

「リボンなど付けていませんが……」

 

「────」

 

啓太様!?(ケイタ!?)

 

 啓太は気絶した。

 

 

 

3

 

 

 

「よう婆ちゃん! 土産にタバコ、カートンで買っておいたぜ」

 

 人好きの笑みを浮かべて宗家の元にやって来た啓太は、ビニール袋に入ったタバコを見せる。

 これまで祖母の元を訪ねる際に土産を持参することは少なくなかったが、老舗の和菓子や品のある湯吞み、ブリザーブドフラワーなど健康を気遣ってのラインナップがほとんどで。

 悪戯心が働いても、精々が名作のホラーゲームといったパソコンが趣味の祖母に合わせた軽いもの。

 体に害のあるタバコをプレゼントしたことはこれまで一度もなかった。

 故に、乳母の代わりとして啓太を育ててきた犬神のはけのショックは計り知れず。

 

「──あの啓太様が、不良に……あぁ……」

 

「はけっ、ワシを置いて気絶する出ない!」

 

 卒倒しても致し方無いことだろう。

 孫の様子が可笑しいことは一目見た時から分かっていた刀自は、啓太の身に何が起きているのか、考えられる可能性を考察するが、そんな彼女の思考を妨げるかのように彼の犬神たちが助けを求めてくる。

 

「お婆ちゃんっ、ケイタが! ケイタがぁ……!」

 

「お婆様、啓太様の記憶が……」

 

「うむ、分かっておる。啓太、尋常ではない様子だが、死神から何かされたのかい?」

 

「婆ちゃんもそれかよー。ったく、ようこもなでしこちゃんも、ずぅぅぅっと同じこと言ってんだ。俺はいつも通りだってのに」

 

 再三言われ続け辟易としているのだろう。唇を尖らせて不満を口にする啓太に「いや、明らかに異常じゃろ」と胸中でツッコむ刀自。

 頭をガリガリと掻いた啓太は、祖母の言葉に「ん?」と首を傾げた。

 

「死神っていうとアレだよな。絶望の君。進藤ケイわ狙った奴で俺を不幸のどん底に落としたこんチクショウ。何で今頃アイツの名前が出てくるんだ?」

 

「……何?」

 

「えっ」

 

 啓太のセリフに何か引っ掛かったのか、険しい顔で眉を一瞬跳ね上げる刀自。

 なでしこも驚いた表情で啓太の顔を見つめた。

 何が可笑しいのか分からず首を傾げるようこを尻目に、祖母たちの尋常ではない様子に顔を引き攣らせる啓太。

 

「えっと……どしたん?」

 

「啓太、死神と戦ったのは覚えているね?」

 

「あ、ああ……」

 

「彼奴との戦いは最後、どうなったか覚えているかい?」

 

「どこなったもなにも……」

 

 質問の意図が分からず首を捻る啓太。

 ようやく、何が可笑しいのか気付いたのだろう。小さく「あっ」と声を漏らすようこ。

 自分の犬神を一瞥した啓太は、ポリポリと頬を掻きながら告げた。

 

「俺とようこでぶちのめしたんだが、その時アイツに呪われて……で、今も不幸の身の上だけど?」

 

『……』

 

「え? マジでどうした?」

 

 皆一様に啓太の顔を凝視せてくる。

 無言の視線に耐えきれなかったのか、顔を引き攣らせた啓太が尋ねると、刀自は静かに口を開いた。

 

「お主、啓太じゃないね? 少なくとも、ワシらが知っている啓太ではない」

 

「は?」

 

 寝耳に水だった。

 目を瞬かせる啓太に、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を続ける。

 

「そもそも、ワシらの知る啓太は常に無表情じゃ。お主のように一喜一憂するようなタイプではなく、喜びも悲しみも胸の中で受け止めて表には一切出さん」

 

「そして、啓太様がかつて相対した死神ですが、今も生きています。それも、なでしこの活躍で啓太様たちは一命を取り留めたのです」

 

 いつの間にか正気に戻っていたはけが、主人の説明を補足する。

 はけの言葉に大きく頷いた刀自は、切れ長の目で啓太を睥睨した。

 

「そして、なでしことようこは、啓太の犬神であると同時に恋人であり、ワシが認めた婚約者じゃ」

 

「改めて尋ねます。啓太様の身に扮した者よ……お前は何者ですか?」

 

「……」

 

 刀自たちの話を聞いていた啓太は、あんぐりと口を大きく開き、白目を剥いていた。

 

「──はあああああああぁぁぁ!?」

 

 少年の悲鳴が野山に轟くのであった。

 

 

 

 

 

 同時刻。目が覚めた時、視界に移ったのは見慣れた白い壁紙の天井ではなく、古い木板の網目模様。

 年輪の数から相当古い木を使用しているのだと分かる天井をボーッと眺めていた啓太は、「……そういえば」と声を漏らした。

 どこか見覚えのある天井と思ったが、それもそのはず。

 起き上がって周囲を見渡した啓太は小さく頷いた。

 

「……やっぱり。お婆ちゃんの家」

 

 祖母の家の客間。

 布団の上に寝かされていた啓太は、何でお婆ちゃんの家に居るのだろうと首を傾げた。

 ようこが訳の分からないダンボールハウスに居て、しかもそれの持ち主が啓太であると告げられたところまでは覚えているが、そこから先は霞がかったかのように不鮮明。

 まるで本能が思い出すのを拒んでいるかのようだ。

 

「おや啓太、目を覚ましたか」

 

「お婆ちゃん」

 

 襖を開けて祖母とその犬神たちがやって来た。心配げな表情を浮かべたようこたちも居る。

 

「ふーむ……」

 

「……?」

 

 顎に手を当ててジロジロと啓太の顔を眺める刀自。

 はけも真剣な表情で啓太の一挙手一投足に注意を払っていた。

 

「確かに、いつもの啓太じゃないね……。啓太、昨日のことは覚えているかい?」

 

「昨日?」

 

 昨日は特にこれと言った出来事はなかったはずだ。

 普通に学校で授業を受けて、帰ったらようこが借りてきたDVDをなでしこと一緒に見て、彼女たちが作った料理に舌鼓を打って、昨夜はようこの番のため彼女と一緒の布団に入った。

 至って普通の日常だ。

 

「ようこさん、いつの間にか啓太様とそこまで……」

 

「ち、ちち、違う違う! わたしとケイタはまだそんな関係じゃ……! け、ケイタったら何言ってるの! わ、わたしがケイタとその……え、えええ、えっちなことをするなんて!」

 

 啓太の話を聞いて動揺を隠せないなでしこたち。刀自は何かを考えるように顎を撫でながら、啓太の顔をジッと見つめていた。

 なでしこたちの反応を見て、意識を失う前の記憶が蘇る。恋人になった証であるリボンと髪留めは、やはりしていなかった。

 小さく肩を落とす啓太だが、それよりも二人の反応の方が気になる。まるで、啓太と恋人関係にあることを忘れているようだ。

 そもそも、なでしこたちが可笑しくなった切っ掛けは、あのアラジンチックな妖精が現れてからだ。

 その後、気づいたら河童橋の下に居て、そこでようこと出会った。

 

(おいおい、まさか……)

 

 とある考えが頭に浮かぶ。

 本来ならあり得ないと一蹴するところだが、これまでのようこたちの言動やプレゼントを渡した記憶がないことなどから、可能性の一つとして浮上してくる。

 

「……ようこ」

 

「は、はいっ! な、何かな、ケイタ?」

 

 ようこに声を掛けると、甚く緊張した様子で飛び上がりながら返事をしてきた。

 

「死神との戦い、覚えてる?」

 

「え? う、うん」

 

「最後、どうなった?」

 

「どうなったって……ケイタとわたしで倒したじゃない」

 

「……」

 

「ケイタ?」

 

「啓太様?」

 

 ようこの話を聞き思わず頭を抱える啓太。

 不思議そうに首を傾げる犬神たちを尻目に祖母と向き直った啓太は、今し方確信したことを口にした。

 

「……お婆ちゃん。俺、並行世界から来たみたい」




 近々続きを投稿しますので、少々お待ち下さい。

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