いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 三話予定でしたが、切りがよかったので二話に纏めました。


第八十八話「想いの力」

 人間、生きていればピンチに陥ることがままある。ましてや俺の場合、職業柄そこそこの修羅場を潜り抜けてきたという自負があるが、ピンチに陥った回数は数知れず。

 絶体絶命といえる窮地に追いやられたのは、死神との戦い以来これで二回目だ。

 

「川平薫。この部屋にたどり着くとは些か驚いたぞ、だが、ここまでだ」

 

『修復完了したでー! ほな、再び霊力吸収を再開しますわ!』

 

 ガコンっという音が響くと同時に、これまで以上に霊力が吸われるのを感じる。

 もしかして、中枢に近づいた分吸い取られる量も増えたのか!?

 

「くっ……」

 

「啓太様……!」

 

「ケイタ……!」

 

 自分たちも辛いだろうに、心配気な表情を向けてくるなでしこたち。どうにか、打開策を練らないと……!

 灰色の脳細胞をフル稼働させていた時、不意に先の薫たちの語りを思い出した。

 

「……ようこ、確認。キミは、大妖怪の娘?」

 

「えっ……そ、その、えっと…………うん」

 

 何を考えているのか、気落ちしたような顔で頷くようこ。後でいっぱい慰めてやるから、今は俺に協力してくれ!

 這うようにクリスタルの方へ移動しながら、なでしこたちにも声を掛ける。

 

「……なでしこ、ようこ。こっち」

 

「はい」

 

「う、うん」

 

 彼女たちは俺より霊力が多いからまだ余裕がありそうだ。それがとても頼もしく見える。

 クリスタルの前で座り込んだ俺は、側に寄ってきたなでしこたちの手を握った。

 突然のことに驚いたのか、ビクッとした僅かな動きが手を伝って分かる。なでしこたちにも手を握るように言うと、顔を見合わせた彼女たちは恐る恐る手を繋いだ。

 三人で輪になった状態となる。これで準備完了だ。

 

「仮名さんと薫、時間稼ぎお願い」

 

「何か、思いついたんですね啓太さん……!」

 

「ん……一か八か、試してみる」

 

「何を思いついたか分からんが、頼むぞ川平……!」

 

 辛そうに渋面を作りながらも、確かな足取りで立ち上がる薫たち。頼むぞ、お前たち。

 

「調息」

 

 息を整え、身体の調子を安定させる。

 俺に傚う形でなでしこたちも辿々しく調息を行い始める。

 

「循環」

 

 生み出した霊力を右手を通じてなでしこに送り込む。

 意図を察してくれたのだろう。なでしこもようこに霊力を流し込むと、彼女も俺に向けて送ってきた。

 手を通じて三人の霊力が循環していく。目を閉じ集中力を高めると、なでしこに送り込んだ霊力や、ようこの中にある霊力を敏感に感じ取ることが出来た。

 バラバラだった呼吸がいつしか一定のリズムを刻むようになり、循環する霊力にも波があったが、徐々に穏やかな波形へと変わっていくのを感じる。

 

「同調」

 

 皆の集中力が高まるにつれて、霊力を通じて二人の願望のようなものも伝わってきた。

 なでしこの包み込むような暖かな霊力からは──。

 

『啓太様と一緒にお買い物に行きたい』

『啓太様と一緒にお散歩に行きたい』

『啓太様のお世話をもっとしたい』

『啓太様にもっと笑いかけてほしい』

『啓太様にもっと求められたい』

『啓太様といつまでも一緒にいたい』

 

 といった願い──いや、想いが霊力を通じて伝わってきて。

 同時になでしこに負けないくらい──。

 

『ケイタと一緒にデートしたい』

『ケイタと一緒にお昼寝したい』

『ケイタと一緒に旅行に行きたい』

『ケイタにもっと私を見てもらいたい』

『ケイタにもっと好きになってもらいたい』

『ケイタとずっと一緒にいたい』

 

 熱烈な想いがようこからも伝わってくる。

 チラッと目を開けると。なでしこたちも頬を朱に染めながら、されど嬉しそうに、そして幸せそうな顔で笑みを浮かべていた。

 きっと俺も似たような顔をしているんだろうな、と思いながらさらに集中力を高めていく。

 そして──。

 

「うぉっ、な、なんだ!?」

 

 突如小さな爆発音が響いた。思わず目を向けると、大殺界の一部が火花を起こしている。

 

『ワーニング! ワーニング! オーバーフロー! オーバーフロー! 許容霊力完全オーバーや! あかんっ──』

 

 次いで連鎖的に目の前のクリスタルが爆発した。

 無数の破片と化して粉々に砕け散ったクリスタル。

 集中していて気付かなかったが、枯渇しかけていた霊力が完全に回復──いや、それ以上を上回っている! ありがとうございます師匠! この循環法、メッチャ使えますよ!

 

『わあああああっ! もう滅茶苦茶やあああ!』

 

「馬鹿な……大殺界の容量はあの狐すら楽に捉えるくらいあるのだぞ? いくらその娘がいるとはいえ……」

 

 それまで半目で常に冷静な姿勢を見せていた赤道斎が眉をひそめた。

 初めて見せる表情の変化。これは、流れ来てるだろ!

 

「ここで一気に決める!」

 

「はい!」

 

「うん!」

 

 循環法で皆の想いを共有した今の俺たちに怖いものはない!

 見ると赤道斎の他に木彫りの人形が居る。アイツも奴が作り出した魔道具だろう。

 何故か股間にドリルが付いているが、そんなもの、俺たちのラブパワーアタックでぶっ壊してやる!

 フハハハハハハッ! 粉砕! 玉砕! 大喝采じゃあああああ!

 

「むぅ……何故か今の川平啓太は非常に厄介な存在に見える。致し方あるまい。大殺界、川平啓太とその犬神たちに狙いを絞れ。ガタ落ちになった変換率を速度で補う」

 

『了解や! こうなったら、少しでも霊力をかき集めまっせ~~!』

 

 音を立てて大殺界の稼働が活発化すると、先ほどとは比べ物にならない勢いで霊力が吸われていくのを感じた。

 そうか! 魔力を変換する機能は破壊できたけど、霊力を吸い取るのは別なのか!

 さっきまでNPチャージ率が三〇〇%だったのに、一気に二〇〇……一〇〇……五十へと下がっていく……!

 

「うぅ……け、ケイタぁ……!」

 

「啓太、様……っ」

 

 なでしこたちの体も刻々と変化していく。

 どろんという音とともに、大きくてふさふさしていそうなケモミミが頭に、いつもより一際大きいモフモフな尻尾がお尻に生えたようこ。

 一方のなでしこは、可愛らしい三角形のふわふわしたケモミミに、艶やかな毛並みが特徴のサラサラとした尻尾をしていて。

 人化を維持できないほど霊力を奪われたのだと分かるし、こんな状況だけど、萌殺しに来た二人に別の意味で吐血しそうだ。

 

「啓太さん……! 東山神君の名において告ぐ! 大気よ、シンフォニーを奏でよ!」

 

「無駄だ。古の力を失えど、お前たちに不覚を取るほどの未熟者ではない。我は魔導を極めし赤道斎ぞ?」

 

 大殺界が音を鳴らして再び稼働を再開すると同時に薫が風属性の攻撃を見舞うが、赤道斎が掲げた右手に阻まれる。

 

「流石は大魔導士様、そう上手くはいきませんね」

 

 踊るような足取りで後ろに下がり、タクトを逆手に構える。

 不敵な笑みを浮かべいる薫に、赤道斎は不思議そうに小首を傾げた。

 

「お前は本当におかしな子供だな。あの川平啓太も大概だが……一体何者だ?」

 

「ただの犬神使いですよ」

 

 そうありたいと願っているね。微笑みを浮かべながら小さく付け足す薫。

 赤道斎の目がスッと細まった。

 

「お前、もしや……」

 

 赤道斎が何やら小声で話しかけると、何故か薫は困惑した顔でタクトを下ろした。

 小首を傾げて何かを問いかけると小さく赤道祭が頷く。相変わらず無表情だが、何かを勧告しているように見える。まるで薫を気遣っているかのような……。

 俯き口元に手を当てて何かを考える薫。そんな彼を赤道祭は静かに見守っている。

 あの、薫さん? そちらの方とさっきまで戦っていましたよね俺たち?

 吞気に会話してないで助けてくれませんか!? こっちは今日何度目かの大ピンチなんですけど!

 

「おい、川平薫! しっかりしろ! そいつの甘言に乗るな!」

 

 目を覚ませ、と声を掛ける仮名さん。やっぱり何か言われたのか!

 くそっ、純朴で純粋な薫の心につけ込んだか! おのれ赤道祭……! ゆ゛る゛さ゛ん゛!!

 

「む……この空間もそろそろ限界か」

 

 崩落する遺跡のように建物全体が揺れ、天井の一部が崩れ始める。

 地面の一部が剥がれ、何もない空間へと落ちていくその様子は、まるで世界の崩壊だ。

 

「まあ、十分の一程度だが魔力を確保できただけでも良しとしよう」

 

 そう言葉を漏らした赤道祭は祭壇の上へ昇っていく。

 薫は相変わらず何かを考えているようで、自分の世界に没頭していた。

 

「ただで帰すと、思ったか……」

 

「うん?」

 

 何気に匍匐前進して地味に接近していた俺は、最後尾を歩く木彫りの人形の胴体を鷲掴みにした。

 そして、グイングイン腰を振りドリルを回転させている木彫りの人形を振りかぶり──全力で投げた。

 この投擲にすべての力を使い果たしたぜ……あふん。

 

『わ!』

 

「ん? ……げ!」

 

 今更ながら異変に気付き振り返るがもう遅い。

 俺の見事な投球コントロールにより、木彫りの人形の股間が大殺界に突き刺さった。

 

『わあああああああ────!』

 

 股間のドリルがそのまま回転し、気の遠くなるような巨大な霊力がそこから噴出し、迸る。

 そして──。

 

『そんな殺生なああああああああああ──────っ!!』

 

 真っ白な光がすべてを吞み込んだ。

 

 

 

 1

 

 

「くけっ?」

 

 同時刻、吉日町を震度三の揺れが襲った。

 ぴりぴりと震える河童橋付近の大気。川の水面が揺れ、薄く降っていた雨まで待機の鳴動に呼応して振動する。

 川の縁に両肘を乗せて、まるで温泉に浸かっているかのようなカッパは、突然の異変に小首を傾げた。

 そして、啓太たちの住まいである上品な一軒家が、突如爆発する。

 耳をつんざくような音とともに粉微塵に吹き飛ぶ建築資材。連続して轟く次元の壁が壊れていく共鳴音。吹き上がる爆風によって二階から三階に掛けてのブロックが四散し、テラスが放物線を描いて川に着水。

 がらがらと重たい音が遠くまで響き渡り、近くにいた鳥たちが一斉に羽ばたいた。

 

「痛っ……皆、無事……?」

 

 猛々と立ち昇る石煙の中、瓦礫を退かした啓太が姿を見せる。

 肩で大きく息をしており、顔色も真っ青でまさに満身創痍といった様子だ。

 

「ん、しょっと……!」

 

「啓太様、大丈夫ですか……?」

 

 瓦礫の下から這い出てきたなでしこたち。大きな怪我はないようで安堵する。

 

「なんとか……薫たちは?」

 

「俺たちも無事だ」

 

「ええ……間一髪でしたね」

 

 同じく瓦礫を退かせて姿を見せた仮名と薫。薄汚れているがこちらも負傷はないようだ。

 絶望的状況だったが、なんとか乗り越えることが出来、ホッと安堵の息をつく啓太。

 

「──最後の最後にしてやられたな」

 

 これまで敵対していた魔導師の声に全員が空を見上げる。

 鉛色の空の下を赤道斎が立っていた。彼の側には機械仕掛けの願望機“大殺界”、木彫りの人形“クサンチッペ”、同じく木彫りのニワトリ“ソクラテス”、黒い棒人間“ジョー”の姿もある。

 

「川平啓太。お前の意外性をもっと念頭に置くべきだった」

 

「赤道斎……」

 

「フッ、流石に霊力が枯渇した状態は辛いようだな。しかし普通なら昏睡しても可笑しくないのに、意識があるとは。お前のポテンシャルにはとんと驚かされる」

 

 地上から己を見上げる啓太たちを一瞥した赤道斎は、再び視線を夕焼けの空へと向けた。

 

「あぁ、そうだ……世界はこんなにも美しい……」

 

 待ち焦がれる少年のように夕日に向けて手を伸ばしながら、小さく口の中で言葉を転がす。

 

「残念ながらな魔力は潤沢とは程遠い状態なのでな。業腹ではあるが、奴へのリベンジはまた今度にするとしよう」

 

 切れ長の綺麗な半目を眼下に向ける赤道斎。

 何故か一度だけ薫の方を見やってから、綺麗な音を立てて指を鳴らした。

 

「散々我を楽しませてくれた礼だ。せめてもの置き土産をくれてやろう」

 

 ドロンと煙とともに現れたのは絵に書いたような爆弾。

 巨大な黒い玉には導火線が付いており、パチパチと火花を散らしながら終点に向かって疾走していく。

 

「死なない程度に爆発する。では、さらばだ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべてマントを翻す赤道斎。

 爆弾が啓太たち目掛けて投下されるなか、赤道斎に負けず劣らずの無表情系美少年犬神使いは、己の恋人の一人に視線を向けた。

 

「置き土産は、死神でお腹いっぱい……ようこ」

 

「うん♪」

 

 ようこが軽やかに返事をし、前に出る。

 怪訝に思った赤道斎が振り返り、ようこの存在を認めて、初めて赤道斎の顔から血の気が引いた。

 

「──げ!」

 

「返却だ」

 

「しゅくち!」

 

 頭に可愛らしいケモノの耳、お尻からはふさふさの尻尾を生やしたままのようこは、ぴっと指を空に向けて慣れ親しんだ能力を使用するが、霊力・体力ともに限界が訪れていたのだろう。

 ふらつき、蹌踉めくようこ。霊力が霧散し彼女の体が地面に倒れそうになるところ、なでしこが抱き留めた。

 ようこの手を取り、支える。

 

「私の霊力も使ったください」

 

「なでしこ……」

 

 震える体に鞭を入れて、なでしこと同じように啓太も支える。指先を絡めるように揃え、霊力が送り込まれた。

 

「……残りほんの僅かだけど。俺の分も、もってけ」

 

「ケイタ……」

 

一緒に赤道斎を懲らしめてやりましょう(一緒に奴を懲らしめる)

 

 二人の霊力の暖かさに思わず涙を浮かべるようこ。

 安心したように力を抜き、二人に体を預ける。

 自然と口元が弧を描いた。

 

「……うん!」

 

 ぶわっと金色の霊力が三人を包み込む。

 三人の声と霊力が完璧に揃った。

 

『しゅくちっ!』

 

「げええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 夕焼けの空の下で赤道斎の悲鳴が響く。

 仮名が大笑いし、薫が目を瞑って肩を竦め、ようことなでしこの二人はハイタッチを交わし合う中――。

 

「これで、ようやく……めでたし……めでたし……か……」

 

 啓太の体から力が抜けた。

 

「啓太様っ!」

 

「ケイタ!」

 

「大丈夫か川平!」

 

「しっかりして啓太くん!」

 

 四人の呼び掛けにも反応を見せない啓太。

 

 そして一ヶ月が経った今現在。

 彼は未だに目を覚まさない──。




 次回から第四部に突入します。
 更新まで約半年掛かる見込みです。

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