いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 夏です。熱いの嫌いです。やる気も失せます。
 ちびちび書いてます……。



第七十七話「一時の母(上)」

 

 

 昨日は素敵な一日でした。思いがけない流れではありましたが、まさか啓太様から求婚のお言葉を頂けるなんて、夢みたいです。

 嬉しさのあまりようこさんと一緒に泣いてしまいましたが、いいですよね。さすがの啓太様も求婚するのは羞恥心を感じざるを得ないようで、今までにないほど顔を赤く染めていました。啓太様には申し訳ないですけど、見ていて可愛らしかったです。

 なので、昨日は幸せな気分で床に就くことができました。その日は私が啓太様と同衾する予定日だったのですが、記念すべき大切な日なので、この日はようこさんも一緒に三人で川の字になって眠りにつきました。

 

 幸せな気分で目が覚めます。時刻は午前五時。ようこさんも啓太様もまだ夢の中のようですね。

 

「――ぅ……ダメ……っちゃ……」

 

「啓太様……?」

 

 その時、啓太様の様子がおかしいことに気が付きました。顔をしかめ寝苦しそう体を動かしているのです。なにか悪い夢でも見ているのかしら。

 起こして差し上げた方がいいと思い、啓太様の肩に手を置いた時でした。聞いたことのない弱弱しい声で囁かれたのです。

 

「……いかないで……」

 

「えっ……?」

 

 涙? あの啓太様が涙を……。

 驚きで目を見開いていると、啓太様は縋るような弱弱しい声で寝言を言いました。

 

「やだ……ないで……しこ……おか、さん……」

 

「ぁ……」

 

 ――行かないで、お母さん。

 

 啓太様は今、確かにそう言いました。

 そういえば以前、はけ様から聞いたことがあります。啓太様のご両親は幼少の頃から海外に行っているため、物心つく前から両親というものを知らないと。

 物心つく前の啓太様は今よりもっと感情表現が苦手で、非常に大人しくあまり手間のかからない子だったそうです。ですが子供は親の愛情に飢えているもの。啓太様も表には出さないだけで、心の中では両親の愛情を欲していたのではないかと当時のはけ様は心配していました。

 ですが、啓太様は一度もぐずったり泣いたりせず、何事もない日々を過ごされていたそうです。こう言っては変ですが、他の子どもは何かある度に泣き叫んだり、父や母に甘えたりします。ですが、啓太様はそのような姿を一切見せたことがないそうで、いつも無表情だったそうです。だから人形なんて酷いあだ名がついたのでしょう。宗家様が一度だけ、ご両親の写真を見せたことあるそうですが、その時も驚くほど無関心だったそうです。

 なので宗家様もはけ様も、啓太様はそう言う子なのだと思っていたのでしょう。私も啓太様に仕えて三年が過ぎましたが、啓太様からご両親の話は一度も上がったことがありませんでした。なので、私も今の今まで両親に対する思いは薄いのだと思っていましたが、違うのですね。

 

「……おかあさん……おいてかないで…………くるな……」

 

 何かを――誰かを探し求めるように手を彷徨わせる啓太様。顔を小さくしかめて閉じた目から透明な涙を流すその姿は、不思議と小さな子供のようにも見えました。

 

「啓太様……」

 

 宙をふらつくその手を優しく両手で包みます。きゅっと存在を確かめるように握ってくる啓太様に、私も握り返してあげました。

 

「本当は、恋しかったんですね……」

 

 そうですよね。いくら大人びていても、表情が乏しくても、啓太様はまだ十六歳の子供なのだ。親の愛に飢えていないとどうして言い切れる。

 もしかしたら、他の人に心配をかけないようにずっと心の奥底に封をしていたのかもしれません。

 なら、啓太様のお心が寂しくならないように、私はこの手を握っていますね。少しでも寂寥感を埋めることが出来ればと、そう願って。

 

 

 

 1

 

 

 

「――さま……起きてください、啓太様」

 

「……ん……んん……。あさ、か」

 

 体を優しく揺さぶられ、目を覚ます。

 お、恐ろしい夢を見た。あまりの恐怖心に寝汗をびっしょり掻いてるし。

 暗い夜道を歩いてるんだけど、背後から何者かの気配がしたんだよ。振り返ってみると、暗闇の向こうから誰かが姿を現すんだけど、それが醜悪な顔のババアで目があった瞬間走ってくるのだ。それも、物凄いスピードで

 途轍もない恐怖心が押し寄せてきて走って逃げるんだけど、全然引き離せないの。しかもそのババアが何故だか俺の母親だという確信がその時の俺にはあって、こんなのが俺の母かよと余計恐怖心を感じた。

 しかも、夜道もなぜか一本道で、いくら走っても全然果てが来ない。ループしてるんじゃないかと思うくらい延々と夜道を走り続けるのだ。

 道中、なでしことようこを見かけるんだけど、二人は仲良く空を飛んでるの。そして、飛んでるその下で必死に鬼ごっこを続けている俺に気が付かずに、そのままどこかへ飛んで行っちゃうし。思わず置いてかないでって叫んだね。

 醜悪なババアは相変わらず足は速いし、気味悪い声で「坊や、逃げないでいいのよ……。私のぼぉぉぉぉやぁぁぁぁぁ~~~~」って言いながら追いかけて来る。お前みたいなババアがお母さんなわけねぇだろ! まったく、恐ろしい夢を見たものだぜ……。

 

「……」

 

 そこでようやく、なでしこが俺の手を握っているのに気が付いた。しかも両手で包み込むようにして。

 え、なにこの状況。ていうかなでしこさん、なんでそんな不安そうというか、心配気な表情なんすか?

 

「……なでしこ?」

 

「はい」

 

「……手」

 

 どうしたん?

 しばし、にぎにぎしてから手を離したなでしこは、作り顔と分かる笑顔を浮かべた。本当にどうしたの!?

 

「いえ、ちょっと考え事を……。さあ、朝食の用意をしますので準備してくださいね。ほら、ようこさんも起きてください」

 

 その後もなんでもないように振る舞っていると、いつもの調子を取り戻したようで、学校に向かう時刻になった頃にはすっかり普段のなでしこになっていた。朝のは一体なんだったのか。

 まあいいや。じゃあ、行ってきまーす。

 

「……にしても、なんか変だった。様子」

 

 ――先日、なでしこたちとの交際を報告するためお婆ちゃんの部屋に行ったら何故かプロポーズしていた。本当、なぜこうなったという思いはある。

 

 昨日、祖母が八十八歳を迎え、米寿を祝うため実家に帰省した。その時、丁度いいから祖母になでしことようこの二人と交際することになったことを報告したのだが、話の流れからプロポーズムードに突入してしまった。俺自身結婚も視野に入れてはいたが、プロポーズ云々は高校を卒業してからかなと漠然と考えていたため、非常にテンパりました。

 身内が見てる前でとか一体なんの罰ゲームだこれと思いつつも、なんとかありったけの想いを口にしてプロポーズ。そして、見事承諾をいただきました。この時ばかりは本当に疲れた、色々と。

 お婆ちゃんと俺――ではなく、なでしこが話し合った結果、結婚は俺が大学受験に合格してからということになった。なので、俺たちの関係は恋人から婚約者にクラスチェンジ。なでしこに告白してまだ一か月も経っていないのに、もう婚約ですよ。スピード感ありすぎ。

 色々と思うところはあるけれど、まあ良い方向に転がってるから結果オーライ、かな。そう思っておこう。

 そういう経緯があり、昨夜からなでしこたちのご機嫌は上々で、翌日に学校があるというのに三人とも夜はすごく盛り上がった。

 なでしこも幸せそうな顔で眠りにつくのを見届け俺も就寝したのだが、なぜか今朝のなでしこは少し様子が変だった。なんでしょうか、○理?

 釈然としない思いに駆られながらも、とりあえず学校に向かう俺であった。

 

 

 

 2

 

 

 

 十四時を過ぎ、ひる○びを見終わった私はお仕事を再開することにしました。お洗濯ものは先ほど終わりましたので、今度はお掃除です。

 使い慣れた掃除機を引っ張り出しコンセントに接続。この掃除機はアパート時代に使っていたものです。使い慣れている物の方が性に合っているので今でも使い続けています。啓太様は新しくダイ○ンでも買ってあげると仰っていましたが、あの掃除機は音が少々……。

 

「じゃあ二階の方を掃除してくるねー」

 

「はい、お願いしますね」

 

 はたきを手にしたようこさんが二階に上っていくのを見届け、私もお掃除を始めました。

 このお家は広い構造になっているのでお掃除も一苦労。一フロアを掃除するのに約三十分も掛かります。ちょっと大変ですけど掃除のし甲斐がありますね。

 一階はリビング、キッチン、トイレ、和室と洋室がそれぞれ二部屋あります。リビングはようこさんが走り回れるほど広いですし、留吉さんやタヌキさん、ともはねも時々遊びに来るので結構抜け毛がすごいですね……。

 地下一階にあるお風呂も銭湯並みに広いので浴室を洗うだけで一苦労ですし、その他にも屋内プールなんてものもあります。こちらは流石に毎日洗うのは大変なので、月に一度水を抜いてお掃除していますね。そもそも啓太様も私やようこさんも室内プールをそこまで活用するわけではありませんし。

 

「~~♪ ~~♪」

 

 今話題の火曜ドラマのテーマソングを口ずさみながら掃除機を進めていきます。この赤い絨毯は高級のペルシャですので下手に洗うと毛が痛んでしまうのです。家にある掃除用具では洗えないので現状クリーニングに出すしかないのが痛いところ。今度洗い方を調べてお家で洗濯できるようにしましょう。

 三十分掛けて一階を掃除し終わると、二階に上ります。大丈夫だとは思いますが念のためようこさんの確認です。時々漫画などを見つけては読みふけっちゃうことがありますからね。

 

「ようこさん、そちらは終わりましたか?」

 

 ようこさんは啓太様のお部屋にいました。

 

 啓太様のお部屋は五十平米の広さで、畳にすると三十畳ほどの空間。中央にガラステーブルが置かれていてその向かいに大型のプラズマテレビ。壁際には革張りの三人掛けソファー、部屋の奥には書棚と机があり、寝室へ続く扉があります。

 ようこさんは掃除機を片手に机の上にある啓太様のパソコンを食い入るように見ていました。

 

「――? ダメですよようこさん、啓太様のパソコンを勝手に見ては。怒られてしまいますよ」

 

「なでしこ、ちょっと……」

 

 低い、抑揚のない声で手招いてくるようこさん。首を傾げながらも言われた通りようこさんの側へと近寄ります。

 無言で画面を見るように示してきますので、液晶画面を覗いてみます。啓太様に内緒で覗き見る罪悪感と、ほんの少しの好奇心をない交ぜにしながら

 デスクトップ画面には様々なフォルダーがあり、一見するとどれもお仕事に関係するものばかりです。ですが、ようこさんが開いた『R』フォルダーにはなんと言いますか、肌色の画像が沢山ありました。

 そう、エッチな画像です。

 

「ケイタってば、私たちがいるのにまだこんなの見てたんだねぇ……」

 

 目を細めて画像を一枚一枚検分するかのよに開いていくようこさん。その目は据わっていて、ようこさんの心境を十二分に物語っていました。

 私も同じ女としてようこさんの気持ちは理解できます。啓太様も男性ですしこの手のものを持つのも頭では理解できますが、一方で私たちという恋人がいながら、こんなどこの馬の骨ともしれない他の女に欲情されて面白くないです。ですが、この手の本は依然私たちが捨てさせてもらったのですが、まだパソコンの中にあったのですね。

 私も少し、むっとする気持ちがありますが、それと同じくらい『ああ、やっぱり……』と思うところがありました。それは、百枚ほどある画像はどれも年上の母性溢れる女性ばかりだったからです。

 まるで赤子のように乳首に吸い付く男性の画像がほとんどでした。母性の象徴が乳房というのはそれとなく理解できますが、八割ほどの画像がそういいうものばかりなのは少し驚きです。

 ですが、これで確信しました――。

 

「啓太様は、やはりお母様が恋しいんですね……」

 

「……? どういうこと?」

 

 フォルダを閉じたようこさんが怪訝な顔で見てきます。そこでようこさんに今朝の啓太様の寝言と私の推測を説明しました。

 黙って聞いていたようこさんはどこか腑に落ちた顔でコクコクと頷きます。

 

「なるほどね。ケイタって大人びて見えるけど、まだ十六歳なんだよね。しかも物心つく前から親の顔を見たことないんだから、確かにお母さんのことを恋しがっていても可笑しくないかも」

 

「ええ、もしかしたら啓太様ご自身は気づいていないだけで、心の底では母親というのに飢えていたのかもしれません……」

 

「……なんていうか、悔しいなぁ。わたし、ずっとケイタの側にいたのにケイタの苦しみに気がついてあげられなかったなんて」

 

 沈んだ顔で肩を落とようこさん。それを言うと私も同じです。

 ですが、このままただ黙って見ているわけには行きません。啓太様の犬神として、そして一人の女として、愛する人が苦しんでいるのを黙って見過ごしてなるものですか……!

 

「――ようこさん、私に考えがあるのですが」

 

 これは私の自己満足かもしれません。もしかしたら啓太様の迷惑になるかも。

 ですが、啓太様の苦しみを少しでも和らげることが出来るなら――。

 

 




 一か月以内に更新……出来ればいいなぁ。

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