いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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ifルートのラストを誤って二話目を投稿してました。三話目に修正済みです。


第七十三話「ラブレター(上)」

 

 

 マントの襟を立てた啓太様が私に背を向けて立っています。閑古な駅のホームには私たち以外に利用客はいません。

 北へ向かう列車がベルを鳴らし、乗車を促していました。まもなく、列車が走りだそうとしています。

 啓太様は白い吐息を漏らしながら、背を向けたまま呟きました。

 

「……さよなら、だな」

 

 しんしんと降る雪が銀の世界を作り出す。美しい光景であるにも関わらず、私の関心は目の前の男性にだけ向けられています。身に染みるような寒さの中で、私は震えながら尋ねました。

 

「――なんで? どうして?」

 

 何がいけなかったの? どうして? なんで私から離れていくの?

 いくつもの意味が含んだ問いかけに啓太様が振り返ります。表情に乏しくても優しい眼差しを向けてくれていた啓太様ですが、今は酷く冷たい目。まるで私に興味がなくなったかのような、路傍の石を見る目で見つめてきました。

 

 ――いや……いや……っ! そんな目で見ないで……! そんな目を向けないで……ッ!

 

 視界が涙でにじむ中、一歩二歩と啓太様に近づくと、笑みを浮かべてくださいました。

 それまでの私が知る心が温かくなるような安らぎを覚える笑顔ではなく、蔑みと嘲笑が孕んだ酷薄な笑みを。

 

「……どうして? 単純。お前に飽きた。お前の体に飽きた、ただそれだけ」

 

「そんな……っ」

 

 ショックでよろける私に構わず啓太様が言います。

 

「……それに、今の俺にはこの人がいる」

 

 列車の中から人影が現れました。白いコートを羽織り、真っ赤な口紅をつけたそれは赤毛のメス。

 オランウータンでした。

 絶句する私をよそに、青いマスカラにピンクのリボンをつけたそのオランウータンは「ほひっ」と歯茎を見せて笑います。勝ち誇ったように自分の額をペチペチと叩くその姿に、愕然とする私。

 

「お、オランウータンですよ! 人じゃないですか……!」

 

 震える手で自分の胸を叩いてドラミングをするオランウータンを指差しますが、啓太様は色っぽい目を彼女?に向けるだけです。

 ふぅ、と艶めかしい吐息を零してこう言いました。

 

「この人のテクにやられた。もう俺はメロメロ」

 

『もう、いややわこの人!』とでもいうように啓太様の肩をバシバシと叩くオランウータン。

 啓太様はオランウータンと腕を組みながら列車に乗り込みます。もう私のことなんて忘れてしまったかのように振り返ろうともしません。

 ぷしゅっと音が鳴り、扉が閉まる。私と啓太様を永遠に隔ててしまう!

 

「待って! 待ってください啓太様っ!」

 

 ベルが鳴り止み、列車がゆっくりと動き出す。追い縋るように私も走り出しますが、加速する列車は徐々に引き離していきます。網膜に焼き付いているのは啓太様の微笑み。オランウータンの満面な笑顔。

 

「お願い、行かないで啓太様……! 一緒にいてくれるって、約束したじゃないですか……!」

 

 啓太様からクリスマスプレゼントで貰った大切なブーツが雪で滑り転ぶ。それでも私は啓太様に縋るように手を伸ばしました。

 止め処なく涙を流しながら。

 

 ――私をおいて行かないで!捨てないで!

 

 

 

「――啓太様っ!」

 

 ハッと目を覚ました私は、乱れる呼吸を繰り返しながら呆然としていました。

 見慣れた天井が視界一面に広がっていて、隣を見れば愛する人が気持ちよさそうに眠っています。

 

「夢、だったの……?」

 

 そこでようやく、先ほどの光景が夢であったのだと理解しました。胸に手を当てると、まだトクトクと鼓動が高鳴っているのが分かります。夢であったことに、本当に――本当に大きな安堵を覚え、全身の力を抜きました。

 

「……よかった」

 

 隣に愛する啓太様がいる。ギュッと抱きしめると、しっかりぬくもりを感じることが出来る。啓太様に抱きつき彼の体温を肌で感じると、心の底から安心しました。

 

「本当に、よかった……」

 

 小さく呟き、顔を啓太様の厚い胸板に押し当てます。啓太様は深い眠りに入っているのか起きる様子を見せず、胸を緩やかに上下させていました。

 チラッと壁に掛けられた時計を見ると時刻は午前三時を過ぎたところでした。お布団に入ってから二時間しか経っていませんね。

 しかし、よりにもよってなんていう夢を見たのだろう。大体なんなんですかあの猿は……!

 

 ――あんなお猿さんに負けるなんて、女として許されません!

 

 そうです。啓太様があんなお猿さんに心変わりするはずがありません。第一今夜だってあんなに、その、激しく求めて下さったのですから。

 啓太様と結ばれた翌日、私とようこさんの間だけで交わされた協定があります。ようこさん曰く【乙女協定】というらしいのですが、言ってしまえば啓太様の恋人となったことで新たに作られたルールですね。

 

 一つ、褥をともにするにあたって月曜、水曜、金曜日が私。火曜、木曜、土曜日がようこさん。日曜日は三人で寝所をともにする。

 啓太様も健全な男の子ですから、その、性欲を持て余すことがあるかもしれません。男の子はその辺りが大変だと聞きますし、啓太様もエッチな本の一冊や二冊、所有していることは知っています。私もようこさんもその辺の理解はあるつもりですからとやかく言いませんが、そういうもので発散されるのは女として見逃せないところがあります。ですので、今後は啓太様の恋人である私たちが夜のお相手を務めさせていただくことになりました。

 ――なんて建前で、本当は私たちが啓太様に抱かれたいだけ、なんですけどね。やっぱり、愛しい人の温もりは感じたいと思いますし。ただ、求めすぎて啓太様にいやらしい女だと思われないかが心配です……。

 

 一つ、啓太様の健康を第一に考える。

 これは当然のことではありますが、あまり求めすぎて啓太様に負担をかけないためです。なので夜をともにするからといって必ずしも肌を重ねるわけではありません。時には添い寝をするだけの日もあります。人肌というのは自然と安らぎを感じますからね。

 

 一つ、うんと甘えてもらう。

 今までは啓太様に色々と苦労を掛け、甘えてきました。啓太様の女となったからには今度は私たちが啓太様を支えなければいけません。啓太様は甘えさせては下さいますが、あまりご自分から甘えてくることがないです。啓太様の性格上、迷惑を掛けたくないと苦労や悩みなどを一人で背負い込んでしまいかねません。なので、啓太様に甘えてもらえるように頑張って、そのお心を癒して差し上げたいのです!

 

 一つ、抜け駆けはしない。みんな平等に愛してもらう。

 これは私たち三人の仲が拗れないようにと決めたことです。私たちも女なのでいくら啓太様と同じくらい好きなようこさんといえど、彼女よりもっと私を強く、深く愛してほしいという欲求はあります。ですがそれが原因で今の関係が崩れるのは嫌です。まるで昼ドラのように。それはようこさんも同じ考え。

 ですので、なるべく啓太様には平等に愛してもらうことになりました。デートの回数も同じ。体を重ねるのは別として、褥を共にする回数も同じ。そしてデートの最中は絶対に相手の邪魔をしないというのが条件です。これらの案は意外にも啓太様から持ちかけてきたお話で、この時は真剣に私たちの仲を考えてくださってるのだと分かり、嬉しくなりました。

 

 ともあれ、この【乙女協定】の元、日々を過ごすことになったのです。そして今日が協定を結んで最初の日曜日。

 今夜は特になにもせず、三人で寝ようと啓太様が仰ったので、彼を中心に私が右、ようこさんが左と並び、川の字になって床につきました。

 啓太様の温もりと匂いを感じながら幸せな気分で眠りに着いた。と思った矢先にあの夢です。幸せの気分は一気に吹き飛んじゃいました。

 啓太様もようこさんもすやすやと寝入っています。

 

「あんなの嘘ですものね……。啓太様はずっと私と一緒にいてくれますものね……」

 

 そう約束して下さりましたもの。信じてますよ、啓太様……。

 啓太様に身を寄せたまま胸板に頭を乗せて目を瞑ります。少し、はしたない気もしますが、今はこうさせて下さい……。

 明日になったら、いつもの私に戻りますから……。

 

 ――今度は、あの夢を見ませんでした。

 

 

 

 1

 

 

 

 学校の昼休み。昼食の時間ということで、俺はいつものメンバーである山田くん、佐藤くん、吉田くん、そして三島くんの四人で席を寄せ合っていた。

 各々が昼飯を取り出す中、三島くんの弁当を見た山田くんが感嘆の溜息をついた。

 

「相変わらず、三島くんのおかず美味そうだなぁ。しかも本人の手作りっていうんだからよ、ビックリだよな」

 

 山田くんの言葉に頷く一同。当然俺も同調して頷きますとも。

 三島くんの昼飯は手作り弁当。一口サイズのミニハンバーグにマカロニグラタン、プチトマト、スパゲッティーといったおかずに、山菜の炊き込みご飯。料理本に載ってそうな出来栄えでとても美味しそう。しかもこれを三島くん本人が作ってきたというのだから驚きだ。

 三島くん、本名を三島剛三郎。間違いなくなまはげより怖ろしい強面の老けた顔。筋肉質な体格に合うサイズがないのか、体を丸めたら絶対背中破けるよねと思えるくらいピチピチなブレザー。一向に身長が伸びないため、最近では俺のホルモンたちは根性なしだと諦観したのに、そんな俺をあざ笑うかのような、高身長の体躯。その厳つい風貌から校内で一番恐れられている存在で、本人は不本意だろうが番長の名で知られているクラスメイトだ。

 俺も当初は面倒事に巻き込まれそうだからあまりお近づきになりたくない相手だったのだが、なんの因果か、今年の五月に彼の妹さんに憑いた霊を祓ったのを切っ掛けに友人として交流を持つこととなった。

 そして友人として接してみると意外なことに、三島くん普通に良い人だわ。確かに言葉使いは乱暴だし、強面のせいでいらぬプレッシャーを相手に与えちゃってるけれど、内面は好青年。気配りが出来る上に面倒見もいいし。なんていうか、頼れる兄貴的な人だった。うん、舎弟のような人たちから『兄貴』呼ばわりされるのも納得ですわ。本人は煩わしく感じているようだけれど。

 クラスでマスコットポジを務める俺がなんの躊躇いもなく三島くんと接しているのが功を奏したのか。俺経由ではあるもののクラスメイトたちも次第と三島くんに話しかけられるようになり、今ではこうして昼飯をともにするくらいには打ち解けることができたのだった。

 

「んな大げさな。レシピ通り作りゃ誰だってこれくらい出来るわ」

 

「いやいや。実際にそれが出来ないから、冷凍食品なんてのが開発されたんだぜ? 女でも料理が出来ない人が増えてるって聞くしな。なあ川平?」

 

「……ん。少なくても俺は無理」

 

 山田くんの言葉に一も二もなく頷く。家事とかその辺の能力、全部戦闘力に割り振られてるからな。

 俺も大きな弁当袋を取り出し、中を開ける。俺のお弁当を覗き込んだ三島くんが「ほぉ」と感心したように呟いた。

 

「すげぇな、キャラ弁ってやつか? 俺でもここまで凝った弁当は作れねぇわ。しかも見たところ栄養バランスも考えてあるみてぇだな」

 

 そう、今日のお弁当はなでしこの力作。お弁当を渡す時ちょっと楽しそうだったのはこのことだったのかと、弁当を開けた瞬間すべてを理解しました。

 二段重ねの弁当箱で一段目が主食となるご飯。白米の上には梅干、そぼろ、たまご、刻みのり、などで人の絵が作られていたのだ。これが巷で噂のキャラ弁というやつか!

 この顔は、俺かな? 多分だけど。な、なんかキャラの下のほうには桜でんぷんでハートマークがあるし! 嬉しい、非常に嬉しいんですけど、この場でこれを第三者に見られたらアカン!

 そう危惧してさっさとハートを食べてしまおうと箸を突き立てようとする。しかし案の定、三島くんの目に留まってしまった……!

 おっ、と目を開いた三島くん。

 

「それ、あの助手さんが作ってくれたのか? ハートマークも――おおぉぉぉぉ目がああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 要らんことを言うんじゃない! ご飯粒を強化した指で弾き、奴の目にダイレクトアタック!

 白米が右目に激突し悶絶している三島くん。一同の意識がそちらに集中したその隙にハートを描くでんぷんを食べた。うむ、他に見られたらヤバそうなものはないな。

 痛みの原因が特定できず首を傾げている三島くんを尻目にもくもくとご飯を食べる。相変わらず美味しいですなでしこさん。

 お弁当も食べ終わり、残りの時間を雑談して過ごす。山田くんと佐藤くんは今時の男子らしく漫画やゲーム、アニメなどをよく見るため、やれ何のアニメが面白いだとか、やれ何の漫画が今熱いだとか、色々な情報を教えてくれる。吉田くんは読書派なため、一押しの作家や小説の情報などを提供してくれるのだ。俺自身興味はあるものの、仕事関係や犬神たちとの触れ合いのほうが重要度が高いため、あまりそういうものに時間を割いたことがない。今時の流行とかにも疎いから、情報として非常に役立っています。

 

「……そういえば。妹さん、あれから大丈夫?」

 

「おう、おかげさまでな。以前のような異常行動は見られないし、本人も記憶がなくなることはないってよ。すっかり元通りだな」

 

「そう、ならよかった」

 

「……サンキューな」

 

 照れくさそうにそう言う三島くん。本当、妹さん想いの良いお兄ちゃんだわ。妹さんに憑いた霊を祓って三ヶ月経ったけど、その後は憑かれることなく生活できているようだし、よかったよかった。

 午後の授業が終わり皆が帰宅する。俺も帰ろうと下駄箱を開けた時、中に一通の封筒が入っているのに気がついた。サイズからして手紙っぽい。

 薄桃色の封筒には川平啓太くんへ、と俺の名前が丸っこい字で書かれている。字からして女の子からか?

 この時、俺の脳裏にはとある方程式が出来上がっていた。

 

 ――女の子からの手紙+下駄箱=ラブレター。

 

 当然のように導かれたこの式に俺の中で稲妻が走る! う、生まれて初めてのラブレターじゃね?

 とりあえず、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。人が見ていないのを確認して素早く手紙をかばんの中に入れるとユーターン。ダッシュで男子トイレに駆け込み、個室に飛び込んだ。トイレは手紙開封場所としてお決まりの場所なのだ!

 震える手で封筒を開ける。お、おお、中からピンクの便箋が出てきたぞ! しかも良い匂いがするし!

 大きく唾を飲み込んだ俺は、意を決してそこに書かれた可愛らしい文字を目で追った。

 

 

 

【川平くんへ

 

 突然のお手紙で大変驚いているかと思います、ごめんなさい。

 川平くんの噂を聞いて、入学当初からあなたのことは知っていました。

 初めはどんな人なんだろうという好奇心でしたが、あなたの人となりを知っていくうちに段々と惹かれていきました。

 今では自然と川平くんの姿を目で探している自分がいます。

 あまり長く書くと読むのに疲れちゃうだろうから、この辺にしておくね。

 あなたのことが好きです。

 もしよろしければ、お返事を下さると嬉しいです。

 一週間後の放課後、五時に屋上で待っています。      小林より】

 

 

 

 生まれて初めて貰ったラブレターに否応なくテンションが上がってしまう。いやー、彼女持ちでもやっぱ貰うと嬉しいわ~!

 もちろん返事はノーだ。俺にはすでに、なでしことようこという愛するヒトたちがいるからな。分不相応にも二人の恋人が。ラブレターをくれたのは嬉しいけど、ここはしっかり断らないと。

 しかし小林さんか。一体どんな子なんだろうな? 少なくてもうちのクラスじゃないな。小林って名前はいないし。

 一週間後の放課後か。ちゃんと覚えておかないと。

 丁寧に便箋を封筒に仕舞い、カバンのポケットに入れた俺はステップを踏むような軽い足取りでトイレから出たのだった。

 

 

 

 2

 

 

 

「――うん、こんなものかしらね」

 

 お掃除が終わった私は綺麗になったリビングを見て頷きました。これで家事は一通り終わったので、あとはお夕飯の支度だけです。お夕飯までまだ時間があることですし、昨日録画したドラマでも見ようかしら。

 ようこさんは近所の野良猫さんたちの定例会議に出席しているため家にはいません。なんの会議か少し気になりますけれど……。

 リビングに備え付けられている大型テレビのリモコンを操作して録画リストを表示しますが、予約録画しておいた【武田丸】がありません。代わりに【奥様の本音】という番組が録画されていました。予約ミスをしてしまったようですね。残念です。

 仕方ないので、この【奥様の本音】という番組でも見てみましょうか。

 録画してあった番組を再生すると、大きなスタジオがテレビに映りました。人気の芸人さんが司会を務めて、ゲストの人たちから本音を聞きだし語り合うトーク番組のようですね。観覧席には大勢のお客さんが座っています。

 

「ア○トークみたいなものかしら?」

 

 番組タイトルが【奥様の本音】とある通り、ゲストの方々は既婚女性のみです。しかも芸能人だけでなく、一般で応募された方もいらっしゃるようですね。なにを語り合うんでしょうか。

 

『今日のテーマは“夜の夫婦生活”についてです!』

 

『皆さん、普段は旦那さんと夜お過ごしになられますか?』

 

 司会の方がタイトルを読み上げました。夜の夫婦生活って、その……そういうことよね? ええっ!?

 予想の斜め上を行くタイトルについ顔が赤くなってしまいます。でも、これはちょっと興味ありますね。他の人の夫婦生活なんて知りませんし。

 ドキドキしながらテレビを見ていると、早速ゲストの奥様方が話を始めました。

 

『うちは全然ですね。ここ数年前から旦那が淡白で、夜にこっちから誘っても疲れてるからって言って断るんですよ』

 

『あー、男性が断る定番の理由ですね。他の方はどうでしょうか?』

 

『私の家はそこそこ、かな? 週に大体三、四回くらい』

 

『えー、なにそれ! すごいうらやましい~!』

 

『いいなぁ、超ラブラブじゃないですかー』

 

「週に三、四回……」

 

 私たちはどうでしょう? とはいっても結ばれてまだ一月しか経っていませんが、ようこさんと私と、交互に褥をともにしてますから、週に四回から五回ですか。多い方、なんでしょうか?

 その後も奥様の本音トークは続き、かなりきわどい話になってきた中で、とある奥様の言葉に思わず乗り出すようにしてテレビにかじりついてしまいました……!

 

『でも女の人が受身の状態だと旦那さんに飽きられるよね』

 

「……っ!」

 

 それは私にとって衝撃的な内容でした。その方が言うには、男性ばかりが主導権を握り女性は何もしないで受け身でいるといつか夫婦間の仲は拗れるとのことです。エッチは夫婦にとって大切なコミュニケーションの一つで、セックスレスになると夫婦間の仲が冷めやすくなる。だから時には女性が主導権を握り積極的に奉仕するのも大切と、その奥様は言っていました。

 

『エッチでは男がリードしないといけないなんてもはや時代錯誤よ。肉食系女子って言葉が生まれるくらいなんだから、時代は動いているの。あなたも恥ずかしがってないで旦那様にご奉仕してあげなさい。きっと喜んでくれるから』

 

 まるで私に語りかけるかのようにカメラ目線でウインクをしてみせる奥様。私は今、天啓を授かったような気分です!

 私自身、古い価値観を持つ女だと自覚しています。今までは女性が上になるのもはしたないと考えていましたが、今はそうではないのですね……。

 そして思い出すのは、今朝見たあの悪夢。あの夢に出てきた啓太様はこう仰っていました。

 

『……どうして? 単純。お前に飽きた。お前の体に飽きた、ただそれだけ』

 

「このままだと、啓太様に飽きられちゃう……っ」

 

 そのような結論に至り、私は愕然としました。こういう知識には疎いので積極的に奉仕するといっても何をどうすればいいのか想像もつきません。

 

「どうしよう……なにか、なにか資料になるようなものがあれば……」

 

 資料、資料。なにか勉強に使えそうな本……本?

 そこで思い出したのは啓太様が隠し持っていたエッチな本。私たちが啓太様の恋人になってから、すっかり表に出ることはなくなっていましたけれど、あれらの本なら指南書として最適かもしれません。

 啓太様のお部屋に向かい、クローゼットの奥に仕舞ってあるダンボールを引っ張り出しました。その中には読まなくなった本や雑誌が詰められており、中にはエッチなものも入っています。二冊ほどエッチな雑誌を拝借するとダンボールを元の場所に戻し、リビングに戻りました。

 

「な、なんだか緊張するわね」

 

 こういう本は読んだことがないので、なんだか少しドキドキしますね。表紙には色っぽい女性がワイシャツを肌蹴させた扇情的な姿で映っていました。

 恐る恐る雑誌を捲ろうとしたその時。

 

「ただいま~。なにやってんの?」

 

「きゃっ! よ、ようこさん!?」

 

 振り返ると、野良猫会議に出席していたようこさんが不思議そうな顔で背中越に覗き込んでいました。私の手の中にある雑誌を見た途端、にやにやした顔を向けてきます。

 

「はは~ん、なでしこもそういうのに興味があったんだ~。なでしこって、意外とむっつり?」

 

「ち、違います!」

 

「でもエッチな本持ってるじゃん」

 

「これは啓太様のですっ」

 

 ようこさんに事情を説明しますと彼女は納得したように頷きました。

 

「なるほどね。そういえばわたしも詳しくは知らないなー。なんとなく想像はできるけどやり方とかよく分からないし」

 

「じゃあ一緒にお勉強しますか?」

 

「そうだね。わたしもケイタに悦んでもらいたいし」

 

 私の隣に移動したようこさん。一緒に並んで雑誌を読むことになりました。

 それでは、と目で合図を送りページを開きますと、そこには桃色の空間が広がっていました。わ、私の知らない世界です!

 一面肌色といいますか、手足が色々と絡み合っていて、なんだかとてもエッチです。

 

「キャー、こんなこともするの!? うわぁ、すっごいエッチ……」

 

「見てくださいようこさん、こんなのもありますよ……!」

 

「ひゃー、だいた~ん! ねえねえ、これなんか面白そうだよ。なでしこはどれがよさそう?」

 

「それアクロバティック過ぎませんか? 私はそうですね……この密着したやつなんかよさそうです。啓太様の温もりを感じられそうで」

 

「ああ確かにいいね。わたしはこの後ろからのやつかなぁ。今度啓太にこれしてもらおっと♪」

 

 ようこさんと一緒にキャアキャア騒ぎながらページを捲っていきます。見ていて顔に熱を帯びていくのがわかりますが、不思議と目が離せません。

 濃厚なエッチばかりですが、男の人も女の人も幸せそうです。私も啓太様とラブラブな夜をともにしてみたいなぁ。

 雑誌には女性向けのコーナーも設けられていました。そこには私たちが求めている"殿方を悦ばせる十の方法"が書いてあります。

 私とようこさんは顔を赤くしながら食い入るように"殿方を悦ばせる十の方法"を読んでいきました。うぅ、ちょっと恥ずかしい内容もありますけれど、頑張って羞恥心に耐えて、啓太様にご奉仕してみせます!

 まずは定番中の定番の技法から覚えていきましょう。実践するまで練習しないといけませんね。恥ずかしいですけど、頑張ります!

 

「……ただいま。なに読んでる?」

 

『キャァァァアアアアアアア――――――ッ!!』

 

 


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