いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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ちょっとIFルートの順番を入れ替えたので、最新話を更新します。
申し訳ないですが、三日目の分です。


第七十二話「人ならざる者の会合」

 

 

 啓太様が仮名さんから引き受けた依頼は彼が追っている魔導具【月と三人の娘】の収集でした。

 絶大な力が宿った魔導具シリーズ。それらを製作したのは稀代の天才魔導士である赤道斎。私も詳しいことは知りませんが、名前だけは耳にしたことがあります。なんでも常識を超えた発想力を持ち、それを実現させることが出来る知識と技術、霊力を持つ大魔導士だと。それ以上に、彼の人が大変態だという噂のほうが根強いけれど。

 

 啓太様のお陰で今まで逃げていた自分と向き合うことが出来、己の業を少しは受け入れることができました。そんな私がようやく『やらず』を返上し、啓太様と一緒に戦場に立てる。どこか感慨深くあり、それ以上にドキドキとわくわく感を覚えました。

 今までお仕事では足を引っ張っていた身ですから、ようやく啓太様のお手伝いが出来る。そして、啓太様と一緒に戦うことが出来る。戦場で啓太様の隣に立つことが出来るようこさんに羨望を抱いていました。死神との一戦で戯れるかのように楽しそうに啓太様と一緒に戦うようこさんの姿を見てから、その思いはより一層強くなった気がします。

 なので、初めて啓太様と一緒にお仕事が出来るとあって、私の気分は上々でした。さすがに子供ではないので普段どおりの自分を心掛けましたが、それでも嬉しさのあまりに頬が緩んでしまいそうになります。

 

 ですが、それも仮名さんに案内された場所に行くまでの話でした。

 今回、仮名さんが探している魔導具は【躍動する影人形】という小さい人型の魔導具です。その魔導具が目撃されたところというのが廃病院でした。

 時刻は夜の十時を回っているため、やはりそれなりに雰囲気があり恐怖心を煽ります。

 お化けが苦手なようこさんは早くもガクガクと震えて啓太様の影に隠れていました。私もようこさんほどではないにしろ、こういう建物はちょっと怖いです。幸いなことに霊的な気配は感じられませんので、滅多なことは起こらないでしょう。この時はそう考えていました。

 しかし、廃病院に入って数分のことです。その見通しを全力で否定するかのように次々と怪奇現象が発生しました。

 無人のナースステーションに鳴り響く一本の電話。トイレの鏡に映る不気味な顔。一面真っ赤に染まっていた手術室。

 正直、ホラー映画を普通に楽しめる私でも背筋に冷たいものが走りました。仮名さんや啓太様でさえ驚きの声を上げるほどです。

 

 探していた【躍動する影人形】は手術室で発見しました。五十センチほどの小さな人型で、影人形とある通り、影で出来ていると思うほど真っ黒な姿をしています。その子はちょこちょこと動き回り、私たちから逃げ回りました。

 影人形さんの能力は召喚系の力なのか、それとも啓太様のように創造系の力なのか。詳しい内容は定かではありませんが、次々と現れた異形の生物が行く手を阻んだのです。強行突破する啓太様に倣い、私も戦闘に参加しました。

 霊力の八割方を天に返した私ではようこさんと同程度の力しか発揮できませんが、それで十分です。のっぺらぼうで顔が膨れたナースの姿や、青色の肌の巨人、にやけ顔の生首、体をくねらせている何か、ベンチに座る青いツナギ服を着た男性。それらすべてを倒し、影人形さんを屋上に追い詰めたのです。

 

 壁際に追い詰めて包囲網を作り、捕獲まであと少し。そんな時でした。

 突如、夜空に大きな魔方陣が浮かび上がり、そこから見たことのない怪鳥が姿を現したのです。

 

【ギャォォォォォォオオオオオオオオ――――――ッ!】

 

 奇怪な叫び声を立てるその鳥はまるで伝説上の生き物であるフェニックスのように、火を纏いながら出現しました。全長五メートルほどで、夜空を美しい赤とオレンジの羽が火の粉とともに舞い散る光景は幻想的です。

 炎を纏わせながら飛ぶ怪鳥は鷹のように鋭い目で私たちを見下ろしています。その身から感じる霊力には覚えがありました。

 

「啓太様、あの鳥から……彼の死神の霊力を感じます」

 

「うん。あいつ、きっとあいつのペットだよ」

 

 ようこさんも気づいたようですね。

 そう、彼の者と同じ霊力をあの怪鳥から感じます。啓太様の命を虎視眈々と狙う死神――【絶望の君】と同じ霊力が。

 このことから、この怪鳥があの死神に近しい存在だというのが分かります。恐らく、ようこさんが言うように【絶望の君】の眷族なのでしょう。

 

「……マジかー」

 

 嫌そうに顔を顰める啓太様。啓太様と【絶望の君】との関係を知らない仮名さんが怪訝な顔をしていました。

 

「……あとで話す。とりあえず、俺を狙う敵」

 

「そうか。まあ、それだけ聞ければ十分だ!」

 

 仮名さんと啓太様が武器を構えたのを見て、私たちも身構えます。怪鳥は大きく羽ばたくと燃え盛る翼を広げて急降下。床すれすれに滑空してきました。

 

「うおおおぉぉっ!?」

 

 慌ててその場に伏せます。直撃を免れるましたが、吹き荒れる突風で体が浮き上がりそうになります。体勢を低くして凌いでいると、啓太様の声が聞こえてきました。

 

「誰か、結界張れる!?」

 

「啓太様、私が!」

 

「頼んだ!」

 

 このままだと人目に触れる可能性があります。ようこさんは結界術が使えないので、ここは私の出番です。

 

「ひふみひふみひふみよの、ししきょうこうのたむらん、たたぬまえ」

 

 印相を組み、真言を唱える。大半の力を封じている私ですが、伊達に長く生きてはいません。力をセーブしている今の私でも使える術はあります。この結界術もその一つ。

 

「にしきかたぬまのとうり、いよにたてまつぬししよ、たたぬまえ」

 

 練り上げた霊力を言葉に乗せながら、閉じていた目を薄く開き締めの真言を口にする。

 

「ごこくのはいえん、しきにまつろえ!」

 

 球状に展開された半透明の結界は病院を包み込み、怪鳥も呑み込みました。この術は私が知る結界術の中でも比較的有効範囲が広いものです。これで周囲の目を気にせず安心して戦えることでしょう。

 

「今の私では空間を隔離することは出来ませんが、このくらいなら出来ます。この隠蔽結界の中でしたら人目に触れることも音が漏れることもありません」

 

「上出来」

 

 結界を張った私たちの上空で怪鳥は様子を見るように旋回していました。

 空を飛ぶ相手に攻撃手段を持っていない仮名さんがどうやって戦うのか、啓太様に問います。

 

「……まずは奴を落とす。それが絶対条件」

 

 振り向いた啓太様は私の目を見て言いました。

 

「――なでしこ、いける?」

 

 啓太様の意思が視線から伝わってきます。もちろん、私に否という理由はありません。

 

「――はい。啓太様とならどこまでも」

 

 空を飛べるのは私とようこさんだけ。本性に戻れば啓太様とともに空中戦も出来ます。ようこさんはとある理由から本性に戻り辛いでしょうから、残された私が啓太様の足となるのです。

 ただ、啓太様はようこさんの事情をまだご存知でないはず。それなのに、真っ先に私の名前を口にしたのは単なる偶然でしょうか。まあ、啓太様のことですから、すべて察した上で私を指名したとしてもおかしくありませんね。本当に見ていないようでいてしっかり見ている、不思議な方です。

 あなたとなら、たとえ地の果てでも、地獄の底であろうとも、どこまでも一緒にいきます。

 

「……ようこ」

 

「うん、分かってるよ。わたしは仮名さんとだね?」

 

「……そう。援護よろ」

 

「まっかせて!」

 

「川平? 一体なんのことだ?」

 

 置いてきぼりになってしまっている仮名さんが啓太様に尋ねました。

 

「俺となでしこが奴を落とす。ようこはその援護」

 

「……なるほど。奴が地に落ちたその時こそ、私の出番というわけだな」

 

「頼りにしてる」

 

「応っ!」

 

「なでしこ」

 

 啓太様が準備をしろと、目で言います。頷いた私は本性に戻るため服に手を掛けました。

 

「はい。では啓太様、仮名さん。目を瞑っていてくださいね」

 

 素直に目を閉じてくださる啓太様と仮名さん。その間に素早く身に纏っていた服を脱ぎます。服は畳んで入り口付近の建物の陰にでも置いておきましょう。冷たい外気が肌に触れて少々寒いですが、それもほんの僅かの間だけです。

 人化を解き、私たち犬神の本来の姿に戻ると、寒さは感じなくなりました。

 

「もういいですよ啓太様、仮名さん」

 

 啓太様たちに目を開けていいように声を掛けます。

 それにしても人化を解いたのは何年ぶりでしょうか。記憶が定かではないので正確なところは分かりませんが、恐らく数十年はこの姿に戻っていないでしょう。

 もちろん啓太様にこの姿をお見せするのも初めてです。彼の目にはどう映っているのでしょうか。

 犬神の中でも小柄な方ですが、それでも人間からすれば自分の身長ほどある大きな獣。人化していた時にはなかった牙も、鋭い爪も健在です。

 恐れられることはないとは頭では分かっていますが、それでも不安に思ってしまう自分がいます。

 啓太様は――小さな驚きの表情で私を見ていました。拒絶されたわけではないと分かり安堵しますが、何をこんなに驚いているのでしょうか?

 

「啓太様?」

 

「ああ……。いや、ちょっと見蕩れてた」

 

「み、見蕩れ……っ! も、もう、啓太様ったら! こんな時でも相変わらずなんですから」

 

 啓太様はやっぱり啓太様でした。少しでも疑った自分が恥ずかしい……!

 近寄ってきた啓太様は私の背中を優しく撫でてくれます。

 

「……なでしこ」

 

「はい?」

 

「こいつ倒したら、もふらせて」

 

 その言葉に喜びと嬉しさを感じました。本性に戻ったこの姿を初めて目にしても、啓太様はこれまでとなんら変わらずに接してくれる。ああ、本当に全て受け入れてくれているんだな、と感じさせて心を暖かくしてくれます。

 もふもふしたものに目のない啓太様らしい発言。私は笑顔で頷きました。

 

「ふふっ、仕方のない人ですね。いいですよ♪」

 

「(゚∀゚)キタコレ!!」

 

 よく分からないテンションで喜びを露にする啓太様。私だけずるい、とようこさんが怒っていますが、今回のところが見逃してくださいね。

 啓太様の顔に頬をすり寄せる。啓太様からお日様のような匂いがしました。啓太様も首に抱きつくようにして手を回し、撫でてくれます。私がネコさんでしたらきっと喉を鳴らしていたでしょうね。

 そして、主様が軽やかな動きで飛び乗ってきました。体を沈ませて優しく受け止めます。

 

「……んじゃあ、行くか」

 

 はい!

 

 

 

 2

 

 

 

 ――すごい……すごい、すごい……!

 

 戦端を開いて直ぐのことでした。ようやく主様と一緒に戦うことができるという高揚感は元々ありましたが、それでも啓太様の指揮に従い、彼の犬神として闘っていると言いようのない興奮を感じているのに気がついたのです。

 戦いに身を置いた際に起こる高揚感ではない。獲物を嬲ることで感じるケモノとしての本能――愉悦感でもない。全力を振るえる快感でもない。これは――そう、純粋に戦いというものが楽しいと初めて知った時。まだ私が幼い少女だった頃に感じたような感覚。

 

 ――これが、主様と一緒に戦うことで得られる喜び……。

 

 犬の化身である私たち犬神は主とともに行うことなら何でも喜びを見出します。主と一緒に何かをするということにどうしようもない喜びを覚える妖なのです。

 戦いもそう。まるで主に遊んでもらっているかのような喜びと楽しみを感じることができる。これは主を持つ犬神だけに与えられた特権だと、昔誰かが言っていましたね。

 その時は主を迎えたことのない私には想像も及ばない話でしたし、興味もありませんでした。ですが、今ならわかります。そのヒトが言っていたのはこういうことなのかと。

 

 ――楽しい、愉しい、たのしい……!

 

 啓太様と一緒に戦えるのがこんなに楽しくて、嬉しいだなんて……! ようこさんはいつもこんな思いを独り占めしていたんですか!

 大人気なくもこの時ばかりはズルイと感じました。はしたないですが感情が抑えきれず、思わず歓喜の咆哮を上げてしまいました。

 そして、啓太様の犬神使いとしての素質もひしひしと感じます。

 心の底から沸々と沸き起こる高揚感。まるで胸の内から情念の炎で焼き焦がれるのではないかと思うほど、熱く猛る感情。そして、際限なく力が引き出されていくような感覚。太陽のような熱いエネルギーが胸の内を支配して、際限なく引き出される力が四肢に行き渡り漲る。

 天に返したほどの力は私にはありません。しかし、それとは別の力が今の私には宿っている。そんな感じがします。

 

 ――これが、啓太様の力……!

 

 主様が心の底からこの戦いを楽しんでいるのが分かる。その思いが伝播して私たちの身にも変化を生じさせているのでしょう。まるで全てを巻き込む台風のようなお方です!

 

「ようこっ」

 

「おっけー!」

 

 ただ一言、名前を呼ぶ。ただそれだけで意思の疎通が完了します。

 啓太様の仕草、表情、声色、それらの何気ない変化だけで私たちは主様の意図を察し、動くことが出来るのです。これも啓太様の類稀なる才能ですね。

 啓太様がようこさんに指示を出すと、刀を二本創造しました。飾りの一切がない直刀のそれは、啓太様が好んで使用する投擲専用の刀です。啓太様が刀を構えると、怪鳥が突撃してきました。

 赤い尾を引きながら近づいてくる怪鳥を見据え、四肢に力を込めます。

 

「……今!」

 

「じゃえんっ!」

 

 啓太様の合図にようこさんが怪鳥の眼前に炎を生み出しました。拳大ほどの炎の固まりは火の粉を散らしながら爆ぜます。

 

【ギャォォォォォオオオオオオオ――――――ッ!】

 

 驚いた怪鳥はその場で急停止すると嫌がるように頭を振りました。そして、間髪入れず啓太様の鋭い声。

 

「なでしこっ」

 

「はい!」

 

 溜めていた力を解放し、一直線に飛び出します。同時に霊力の力場を展開して空気抵抗を減らすことも忘れません。これで啓太様も狙いやすくなるでしょう。すると、啓太様の感謝の念が首筋を撫でる優しい手から伝わってきました。

 啓太様の鋭い呼気とともに投擲された二本の刀は真っ直ぐ突き進み、怪鳥の両の眼を貫きました。

 目からとめどなく血を流す怪鳥が大きく奇声を上げます。今度は先ほどのように傷が再生しないようですね。

 決定的となったこの隙を十二分に活かす! 啓太様を乗せた私は怪鳥の左翼をすれ違いざまに切り裂きました。美しい翼を根元から裂かれたことで怪鳥がバランスを崩し、よろけました。

 私はそのまま速度を落とさずに夜空を駆け上がり、怪鳥の真上に回り込みます。すると、啓太様は車から降りるような気軽な動きで私の背中から飛び降りました。地上からだと二十メートルほどの高さはあるのですから、ここから落ちればいくら啓太様といえど大怪我するというのに。恐怖心がないのかしら? 私のことを信頼しての行動だと嬉しいのですけど。

 

「――落ちろっ」

 

 落下地点に先回りしていると、啓太様が怪鳥の背中を蹴り飛ばしました。

 啓太様が好んで活用する"霊力による身体能力の強化"は犬神の私からしても凄まじいもので、全長五メートルはある怪鳥が叩き落されるくらいです。

 轟たる地響きを鳴らしながら怪鳥が屋上に墜落しました。仮名さんはちゃんと避難していますね。

 落下する啓太様を優しく背中で受け止めると、主様は私の首筋を労わるように撫でてくださります。何故、啓太様に撫でられるとこんなにも気持ちいいのでしょうか。いつまでも撫でてほしい気持ちに駆られます。

 

「仮名さん!」

 

「応っ! 必殺ホーリー・クラァァァァッシュ!」

 

 見れば魔導具を構えた仮名さんが伏せたままでいる怪鳥に斬り掛かっていました。大上段で振り下ろされる霊力の刃が残った右翼を切断します。

 

【ギャォォォオオオオオオオオ~~~~~~ッ!】

 

 悲痛な叫び声を上げる怪鳥。噴水のように鮮血が噴出しています。すぐに傷が治らないのは何か理由があるのでしょう。それが何か分かりませんが、今が絶好の好機です!

 

「なでしこ、ようこ!」

 

「はい!」

 

「うんっ!」

 

 相手は炎を纏う鳥、ならばこちらは氷で攻めましょう。

 

「ひふなのこおりよ!」

 

 大気中の水分をかき集め、私の周囲に氷柱(つらら)が数本形成していきます。直径一メートル、長さ十メートルほどの氷柱は切っ先を怪鳥に向けると一斉に放たれました。

 凍てついた氷の柱は怪鳥の背中に次々と突き刺さります。それと同時に上空からようこさんが降下してきました。

 

「ええ~い!」

 

【ギャォォォォオオオオオオ~~~~!】

 

 ようこさんの爪が怪鳥の背中を切り裂きました。悲痛な叫び声を上げる怪鳥ですが攻撃の手を緩めるわけにもいきません。

 おびただしい数の傷を浴びた怪鳥ですが、ここにきて再び傷口が再生し始めました。傷口から炎が迸り、瞬く間に傷を癒していきます。欠損していた双翼も傷口から噴き出る炎が一定の形に変化していき、翼となりました。この再生力には目を見張るものがありますね……。火の鳥の姿をしているだけはあります。

 しかし、この再生で一つ気がついたことがありました。どうやら霊力を元に傷を癒しているようですね。身に感じる霊力は確かに弱まっています。

 啓太様もそのことに気がついたのでしょう。怪鳥を四方で囲み総攻撃を仕掛けるように指示を出しました。

 啓太様を降ろした私は一旦建物の陰に隠れて人化。畳んで置いてあったいつもの服に着替えます。右側にようこさんがいるので、私は左側から攻撃しましょう。

 霊力を込めた手で殴り、スカートが捲れないように注意しながら蹴る。ドゴンッ、と重みのある鈍い音を響かせ、殴りつける度に巨体が揺れる。飛び上がって空へ逃げてもようこさんがしゅくちで連れ戻し、反撃の兆候を示せば力ずくで地に捻じ伏せました。段々と綺麗なオレンジと赤の羽根が血で濡れ、抜け落ちていきます。

 十分もすると、怪鳥は弱弱しい声で鳴くようになりました。少し、やり過ぎてしまいましたか。ちょっと可哀想と思えるくらい執拗に攻撃してしまいましたね。それまでの私なら、弱った獲物を嬲る行為にケモノの本能が疼き、どうしようもない快感を覚えていました。ですが不思議なことに、啓太様と一緒に戦っているとケモノの本能はなりを潜めて、冷静な自分でいることができます。

 攻撃の手を止めた啓太様たちも同じ思いなのか、少し気まずい空気が流れました。静けさが残る廃病院の屋上に怪鳥の弱弱しい鳴き声だけが響く。

 無言で刀を構え、怪鳥の首を落とす啓太様。虚空に溶けて消えるその時まで、しんしんと沸く悲しみからか泣いていたのが印象的でした。

 

 ――ちょ、ちょっと反省しないといけませんね。

 

 なんとも言えない後味が残りましたが、それでも難を逃れたことに良しとしましょう。しかし、今後もああいう刺客が送られてくるのですね。もちろん啓太様の身は私とようこさんが全力でお守りします……!

 

「それにしても何だったんだアレは」

 

 事情を知らない仮名さんが腑に落ちない顔で首を傾げていました。そんな仮名さんに啓太様が一から説明をします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 新堂家が結んだ【絶望の君】との契約。それを死の運命から逃れるため、藁に縋る思いで啓太様に依頼をしたということ。彼の死神と啓太様の死闘。その末で結ばれた一方契約。今後も死神からの刺客が送られてくるであろうということ。

 それらの説明を受け事情を察した仮名さんは難しい顔で腕を組みました。

 

「そうか、そんなことが……。それはなんというか、災難だったな。私にできることがあったら言ってくれ。喜んで協力しよう」

 

「ん。助かる」

 

 握手を交わす啓太様と仮名さん。男の友情というやつでしょうか。なんだか見ていて自然と頬が緩んできますね。

 不意にようこさんが「あっ」と呟きました。

 

「あの子どうなったの? あの影人形」

 

『――あっ!』

 

 今の今まですっかり忘れていました! その後、手分けして周囲を探してみましたが、やはりそれらしい影は見当たりません。

 思わぬ形で逃してしまった仮名さんは肩を落として意気消沈してしまいました。それはそうですよね。あと一歩というところまで追い込んだのに、思わぬ邪魔が入って逃してしまったのですから。心中お察しします……。

 啓太様もそんな仮名さんを気遣ってか、背中をポンポンと叩きながら言いました。

 

「……報酬。今度、食事奢る」

 

「すまない、川平……」

 

 後日、仮名さんが食事を奢ってくださる形で、今回の依頼は幕を閉じました。

 

 

 

 3

 

 

 

 啓太たちが去り再び静寂が支配する廃病院。その地下に件の影人形はいた。

 とてとてとて、と軽快な足取りで廊下を歩く影人形は地下の二階に存在する霊安室へ足を運んだ。扉は厳重に施錠されており中に入れない。しかし、扉の前に立った影人形が「よう!」とでも言うように片手を上げると、重い金属音を鳴らして開錠された。

 独りでに扉が開き、影人形が通れるほどのスペースが出来上がる。その隙間に影人形がひょいっと滑り込むと扉は再び閉まり、金属音を鳴らして鍵が掛った。

 霊安室は十メートル四方の空間になっており、壁際には遺体を安置する巨大な冷蔵庫のような物が設置されている。引き出し型の機器だが所々が錆びれていて内部は空。もはや巨大な箱と化したそれの前に影人形が立つと、再び独りでに中央付近の引き出しが開いた。

 本来は遺体を安置するための機械のため、引き出しの中は行き止まりになっている。しかし、この機械は引き出しとなっている部分以外すべてが外されていた。もはや全面が巨大な扉だ。

 遺体安置設備型の扉を超えると、そこには地下へ続く階段が存在していた。コンクリートで舗装された階段ではなく、人工的に掘り進めて作られた道。その手造り階段を降りていくと、開けた空間に出た。

 二十メートルはあるだろうか。かなり広いドーム状の空間だ。その中央には巨大なコンピューターのようなものが鎮座していた。正方形の形をした巨大な置物で中央には液晶パネルが取り付けられている。その巨大コンピューター風の置物からは床や壁、天井などに太いパイプのような管を無数に伸びていた明らかに異質な空間。

 その空間に足を踏み入れた影人形は置物の前までやって来ると、上部に存在していたランプが点滅した。そして液晶パネルに文字が表示される。

 

『なんやジョー。もう帰ってきたんか。なんか侵入者がおったようやけど、もういなくなったんか?』

 

 表示された文字の羅列は、なぜか関西弁だった。

 ジョーと呼ばれた影人形が頷くと、再びランプが点滅する。赤、黄、青、白と色鮮やかに光るランプはまるで感情を表しているかのようだ。

 

『なんやろな、肝試しかいな。夏ちゃうで今!』

 

【( ̄д ̄)】

 

 影人形から顔文字が吹き出しで現れた。どうやら影人形も意思の疎通が可能のようだ。

 

『まあええわ。ジョーが戻ったんやから、あとはクサンチッペとノーマンの旦那だけやな。ソクラテスはなんやニンゲンに捕まってもおてるし。まあちとばかし市内の監視カメラにハッキングして覗いてみたけど、そない酷い扱いは受けてないみたいやから一先ず安心やな。魔力回復率も順調やし、あともうちょいや』

 

【(゚д゚)!】

 

『おお、せやで。今ちょうど八十パーセントいったところや。この回復率なら、あと二か月くらいで溜まるんちゃうか?』

 

【\(^o^)/】

 

『せやなぁ。揃ったらまた騒がしくなるんやろうなぁ。全快まであと二十パーセントや。気張っていくで!』

 

【(`・ω・´)】

 

 人ならざる者の会合はこうして人知れず行われていた。

 

 


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