いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

76 / 96

 明けましておめでとうございます。
 本当は投稿する予定じゃなかったけど、新年ということでお年玉代わりの更新。
 三が日の間、一日一話でお送りします。



第七十話「躍動する影人形」

 

 

 死神との戦いで負った傷や疲労もすっかり完治し、無事に復調してから三日が経ったある日。

 紅葉がそろそろ見え始める時期。夕食も食べ終え、リビングでなでしこたちと穏やかな時間を過ごしていた時に一本の着信が携帯に入った。

 丁度、ようこの尻尾の手入れをしていた俺は一旦手を止めて携帯を見る。液晶画面には仮名さんの名前が表示されていた。ブラッシングの手を止められて気持ちよさそうに膝の上で寝そべっていたようこが顔を上げる。

 

「あれ、仮名さん?」

 

 なんだろうね、と首を傾げるようこ。お仕事の話では、と隣にいたなでしこが応じた。

 とりあえず出るか。通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。

 

「……もしもし」

 

『おお、川平か。すまないがちょっと依頼という形で仕事を手伝ってくれないか?』

 

 その言葉に、一瞬眉を跳ね上げる。珍しいな、と思った。

 仮名さんから仕事を斡旋されたことは今までも何度かあったが、彼自身の仕事を手伝う機会は結構少なかった。

 そんな仮名さんからの珍しい要請だ。もちろん断る理由はない。

 

「……いいけど。内容は?」

 

 とりあえず仕事の内容を聞かないと話にならない。電話に集中する俺の側ではようこたちが仕事の話ということで聞き耳を立てていた。それを見た俺は携帯をスピーカーモードに切り替える。

 

『――以前、私が長年に渡りとある魔導具たちを追っているという話はしたな? あの三体の骸骨と月の模様が刻まれた魔導具だ』

 

 三体の骸骨と月の模様、と聞いて思い出すのは、うちでほぼ動く物置と化している木彫りのニワトリ。このニワトリの背中には三体の骸骨と月の模様が刻まれているのだ。

 確か、仮名さんはこのマークがついた魔導具を専門で追っていると言っていたな。

 

「……ニワトリ?」

 

『うむ、君に預けているあのニワトリもこのシリーズの一つだ。最近、新たなシリーズの一体の目撃例がこの近くで挙がってな、その確保の助力を頼みたい』

 

「……なる。わかった」

 

『ありがたい。それで出来ることなら今から付き合ってもらうことは可能か? もちろん急な話だから予定が合わないようなら後日でも構わない』

 

 俺は大丈夫だけど、なでしこたちはどうする?

 そう視線で問いかけると彼女たちも問題ないようで頷き返してきた。

 

「……大丈夫」

 

 快諾した俺に仮名さんは再び感謝の言葉を述べると、待合場所と集合時間を教えてくれる。それを聞いていたなでしこがいつの間にか持っていたメモ帳にメモをしていた。流石です。

 さて、久しぶりの依頼だ。

 

「……二時間後に出る。準備しといて」

 

 神妙な顔で俺を見る二人の犬神。とりわけなでしこは初めての依頼ということもあり、気合が入っているようだ。目に力がある。

 

「はいっ」

 

「わかった!」

 

 それから二時間後。支度が整ったなでしこたちを伴い待ち合わせ場所の駅に向かう。駅までは徒歩三十分くらいの距離だ。

 待ち合わせ時間の十五分前には指定場所の駅に着いた。改札口前にはいつもの白いトレンチコートにスーツ姿で手にはジュラルミンケースを持った仮名さんが立っていた。俺たちの姿に気がつくと手を上げてくる。

 

「来たか。今日はなでしこくんも一緒なんだな」

 

 いつも依頼には同行しないで家にいるなでしこが一緒にいることに軽く驚く仮名さん。色々あってなでしこも戦闘に参加できるようになったため、今後は彼女も仕事に参加することを伝えた。

 

「そうだったのか。それはこちらとしてもありがたい」

 

「微力ながらお力添えになれればと」

 

 そう言って微笑むなでしこ。いやいや、謙遜してるけど思いっきり当てにさせてもらうからね。

 それから電車に揺られること一時間。少し閑古な場所に来た俺たちはタクシーを拾い、さらに車で移動すること三十分。

 やってきたのは、廃墟と化した病院だった。錆びれた看板には山城総合外科病院と書かれており、外科を専門に扱っている病院だったらしくかなり大きい。この辺りは人口が少なく、自然が多い。そのため療養施設としてなら分かるが、なぜここに外科病院を建てたのだろうか。たまにあるよね、なんでこんなところにこれ建てたのってやつ。

 時刻は夜の十一時。廃病院だからやはりそれなりに雰囲気がある。外観は三階建てで壁には皹が入っており、窓ガラスも全部割れている。

 いかにも出そうな雰囲気のある廃病院だが、珍しいことに霊的な気配は感じられない。場所柄、こういうところには亡くなった人の念が外から怨念や無念といった負の念を呼び寄せることがよくある。それらが怪奇現象や霊現象を引き起こすのだ。

 俺が今まで見てきた廃病院を含める、いわば心霊スポットも同等のケースが多かったけれど、ここにはそういった負の念が感じられない。中に入れば感じるかもしれないけれど、それでも比較的弱い方だろう。

 しかし、雰囲気はいかにも出そうな感じがするため、自分も妖のくせにホラー関連が苦手なようこは早くも及び腰。ようこと比べて比較的ホラーに耐性のあるなでしこもおどろおどろとした廃病院の雰囲気に呑まれたのか、若干笑顔が引きつっていた。

 

「……もしかして、ここ?」

 

「うむ。この廃墟で肝試しをしていたカップルが目撃したらしい。黒い人型の姿をしており、身長は約五十センチ。物的証拠として写真にも収めてくれた。よく撮れたものだと感心するな」

 

 そういって仮名さんが見せてくれたのは一枚の写真。ようことなでしこも恐る恐る覗き込む。

 写真には真っ暗な院内の廊下を手にしたライトが照らしており、その明かりの先に黒い人影のようなものが映り込んでいる。確かに見る限り、黒い人型だ。なんというか、影というよりは真っ黒い人形――棒人間?のような姿をしている。大分予想していた姿と違うな。デフォルメされていてどことなく可愛らしく見えるが、場所が場所だけに怖ろしくも見える。

 

「確認したところ、この黒い人型は【躍動する影人形】という魔導具だ。能力は今のところ分かっていないが、文献によるとこの人形の背中に例のマークがあるようだ」

 

「……なる。で、これを確保するから手伝え、と?」

 

「うむ。未知の能力を持っている可能性が高いからな。そのため川平に依頼を要請した次第だ。もちろん、報酬は色をつけて払おう」

 

「……まあ、いい。仮名さんの頼みだし。でも――」

 

 ……君たちは大丈夫ですか? ようこは軽くガクブルしてるし、なでしこもちょっと遠慮気味だよね?

 

「だ、大丈夫だようん。こ、怖くなんてないから!」

 

「私は……啓太様とようこさんが行くというなら」

 

 ――無理そうだったら、二人には外に出てもらうか。

 

 

 

 1

 

 

 

 廃棄されて結構経つのだろう。正面玄関を通ると中は結構朽ちていて、脆くなった天井や壁の破片、吹き込んだ窓ガラスの破片など散乱していてる。

 どういう経緯で廃棄になったのかは知らないが、当時使っていたと思われる医療器具や汚れたタオルなども床に落ちていた。

 待合室の椅子はところどころカバーが破れ、埃を被っていた。

 

「うぅ、いかにも出そうだよ~……」

 

 ようこが俺の服の裾を掴みブルブル震えながら後に続く。なでしこもやはり恐いのかピタリとくっついて歩いていた。

 正面玄関の隣に院内マップがあった。一階は受付およびナースステーション、外来診察室、緊急処置室、放射線治療室、内視鏡治療室、CT室、MRI室、機能訓練室、手術室など。

 二階と三階は主に病室がメインか。

 

「……ところでここ。勝手に入って大丈夫?」

 

 不法侵入にならないの? 所有者はわかんないけど。

 

「もちろんこの土地の所有者とは話をつけてある。……しかし、今更こう言うのもなんだが、ようこくんは本当に大丈夫か?」

 

「だい、大丈夫だもん。ゆーれいが出ても燃やしてやるしっ」

 

 誰が見ても強がりだと分かります。ようこの頭をくしゃっと撫でた俺は、そういえばと以前から訊きたかったことがあったのを思い出した。

 一階奥の受付へと向かいながら手にした懐中電灯で真っ暗闇の廊下を照らす仮名さんに尋ねる。

 

「……仮名さんは、なんでその魔導具シリーズを追ってる? ずっと探してるって言ってたけど」

 

 担当を任されているのかなと最初は思ったけれど、それにしては熱の入りようが尋常じゃないというか。仕事以上の意識を持って魔導具回収に勤しんでいるように見える。なにか、そう。使命感のようなものを感じるのだ。

 仮名さんは複雑そうな顔をしたが、やがて小さく溜息をつきポツポツと語り始めた。

 

「――私が長年追っている魔導具や魔導書を【月と三人の娘】シリーズというのだが」

 

「……ん? それって、あの魔導書の名前じゃなかった?」

 

 以前、仮名さんからの依頼で栄沢汚水という変態の悪霊を成敗したことがある。生前はただの一般人だった雑魚霊なのだが、こいつが偶然手に入れた魔導書が“書いてある手順を踏むと誰でも魔王になれる”というはた迷惑なチート級のアイテムだった。その魔導具の名前も確か【月と三人の娘】という名前だったはずだ。

 

「よく覚えているな。アレには正式名称がついていないため、便宜上シリーズの名前から取っているのだ。この【月と三人の娘】シリーズの魔導具はどれも強力なものばかりで、最低でも世界魔術防衛機構が推定しているランクでA。どれも封印指定されるものばかりで、規格外のものとなるとSSSもある。世界たった一つのランク指定だ」

 

「SSSランク、ですか……。それもたった一つだけとなると、相当すごい魔導具なんでしょうね」

 

 なでしこの言葉に仮名さんも頷く。

 

「うむ。あれはまだ確保できていないが、もし悪しき者の手に渡れば……冗談ではなく世界が滅ぶ。それほどの代物もある。そして、この【月と三人の娘】シリーズの作者は世界最高峰の魔導士であり人類種最強とも言われる人物で、名を――赤道斎」

 

「……赤道斎」

 

 名前からして日本人だよな。すごいな日本!

 

「赤道斎、ですか」

 

 どこか感じ入るように名前を呟くなでしこ。あれ、なでしこも知ってるの?

 

「いえ、詳しくは知りません。ただ、彼の者の噂は聞いたことがあります。いわく、孤高の天才、真理の探求者、変態王などよくわからない二つ名もありますが、噂に違わない実力を持つと思います」

 

 変態王、ですか。なんか渋い職人気質のお爺ちゃんが亀甲縛りしている姿を想像しちゃったんだけど。

 

「――その赤道斎なんだが、実は……私の祖先なんだ」

 

『……えっ?』

 

 その場にいた人全員の声が重なった。え? 仮名さんがその赤道斎っていう人の子孫?

 じゃあ、仮名さんも世界最高峰の魔術師の血を受け継いでいるということか。なにそれ、すごいじゃん!

 身近に偉人の子孫がいると聞いて一気にテンションが上がる俺だけど、一方の本人である仮名さんはどこか気落ちしている様子。

 

「私の祖先である赤道斎だが、魔導士としての腕前はともかく……とにかく変態なんだ」

 

「……は?」

 

 え? 人類種最強で、世界最高峰の魔導士が……変態?

 仮名さんは苦虫を百匹噛み潰したような苦渋の表情で言葉を続ける。

 

「詳しいその変態性は私も知らないが、ともかくその道の者なら赤道斎と聞けば、変態魔導士の名でも有名らしい。いや、そちらの方が名が通っていると言っても過言ではないな。なにせ、変態王の二つ名があるほどなのだから」

 

「ええっと……」

 

 さすがのなでしこも掛ける言葉が見つからない様子だ。俺もなんて言っていいか分からないもの。

 ようこは怯えるのに夢中で話が耳に入っていないようだけど。

 

「そんな変態王とまで称される人だが、それでも私の祖先なのだ。世に出回っている変態的な魔導具を回収するのが子孫である私の使命だと思っている」

 

 ああ、赤道斎が作った魔導具もそっち方面のやつばかりなのね。ニワトリの着せ替え能力といい、なんか納得したわ。もしかして、世界が終わる的な魔導具もそっち方面で終わる代物かな。

 そうこう話している間に受付であるナースステーションに到着した。普段は看護士が在住するこの空間も今は散らかり、汚れている。

 やはりここも机や椅子、ペン、何かの書類など当時使われていた道具がそのまま残っている。夜逃げしてから数年間放置するとこんな光景になりました、という感じだ。

 

「まずはナースステーションの中を探してみよう」

 

 仮名さんと俺の二手に分かれてナースステーション内を捜索することになった。もちろんなでしこたちはずっと俺の側にいる。

 予備の懐中電灯で床などを照らしながら、例の黒い人型の魔導具を探す。仮名さんの話だとニワトリのように自立駆動型らしいけど、こんなところにいるのかね?

 そう思いながらナースステーション内をくまなく探していると――。

 

 ――Prrrrr……Prrrrr……Prrrrr……!

 

「きゃぁっ!」

 

「ひっ……!」

 

 突然、受付に置いてあった電話が鳴り出した。飛び上がったようこが俺にヒシッと抱きつき、なでしこもピタッとくっついて来る。

 騒ぎを聞きつけた仮名さんも直ぐに戻ってきた。

 未だ、電話は鳴り続いている。

 

「……川平?」

 

「……いや、そういう気配はない」

 

 霊現象か、と視線で問いかけてくる仮名さんに首を振ってみせる。今のところ霊的な気配は感じられない。

 じゃあこの着信なんなのよ、と漠然とした不気味な空気が流れた。俺も少しだけこの状況にビビッてる。

 霊的な気配は本当に感じられないから、怪奇現象や霊現象ではないはずなんだけど。ていうか、電気繋がってるのね。

 流れ的に無視するわけにもいかず、意を決して受話器を取った。

 

「……もしもし?」

 

『…………』

 

 砂嵐の音が大きく声は聞き取れない。

 耳を澄ましながらもう一回聞こうと思ったときだった。

 

『……た……たす、けて……』

 

 砂嵐にまぎれて若い女の声が聞こえた。擦れた声で助けを求めている。

 うわっ、ビッチが喋った!

 

「ここは廃病院。一一九を押す」

 

 それだけ言って電話を切る。頭の中でふざけていないと、俺まで不安や恐怖に呑まれちゃうよ。

 それ以降、電話が鳴ることはなかった。

 

「……なんだったんだ?」

 

「……さあ?」

 

 なんともいえない空気が流れる。早くもようこは泣きべそを掻いていた。

 霊現象や怪奇現象だと分かれば怖くはないんだが、原因不明だからこそ恐怖心が増す。

 仮名さんはホラー関係は大丈夫なのか「続けれるか?」と聞いてきた。俺は大丈夫だけど、君たちはどうなの?

 

「わ、私は大丈夫です」

 

「……うぅ、ガンバる」

 

 恐いだろうに、それでも着いていくというようこ。帰ったら好物のおむすびとチョコレートケーキ買ってあげるから、もう少しだけ頑張ろうな。

 その後もしばらくナースステーション内を探索したが魔導具はなく、めぼしい痕跡もなかった。

 ナースステーションを出て他の部屋も見て回る。シンと静まり返った廊下に俺たちの足音だけが響き渡る。

 途中トイレを発見。ここも見てみたほうがいいのかな。

 

「一応確認した方がいいだろう」

 

「……了解」

 

「うぅ、トイレってお化けが出てくる定番な場所だよ~……」

 

 泣きべそを掻くようこの手を握ってあげるとキュッと握り返してきた。これなら少しは恐怖心が薄れるかな。なでしこもチラチラと俺の手を見てきたので彼女の手も握ってあげると微笑み返してきた。積極的になってきたなでしこだけど、まだまだこの辺は初心なのね。

 

「キミたちはこんな場所でも平常運転なのだな……」

 

 仮名さんが少しあきれたように言う。だってしょうがないでしょ。ようこたちがこれなんだから。

 男女に別れるか、という仮名さんの提案はようこたちが全力で却下したため、まずは男子トイレから探索する。中は個室が四つと小便器が四つある。個室の扉は全部開かれており、これといって変わったところはなかった。あの電話のような怪奇現象のようなものもない。

 

「次は女子トイレか」

 

 隣の女子トイレに移動。こちらも個室が四つあり、扉は全部開かれている。

 

「特になんもない、ね……」

 

 俺に寄り添いながら恐る恐る歩を進めるようこ。ここも特に異常は見当たらない。

 しかし、俺には気掛かりなことが一つだけあった。

 

「……この鏡、なんでこれだけ綺麗?」

 

 そう、洗面台にある大きな鏡だけ汚れ一つなく綺麗なのだ。男子トイレの鏡は汚れが付着していたり、ひび割れていたりしていたのに。

 曇り一つない鏡は明らかに不可解な点だ。

 

「確かに変だな……」

 

 仮名さんも不思議に思い、その鏡を眺める。ようこやなでしこも俺の背に隠れながら鏡を見る。

 四人の姿が鏡に映っているだけで、鏡が新品同様に綺麗な点以外、不可解なところはない。

 なんなんだろうと思いながら、その場を後にしようとした時だった――。

 

「――い、いやあああァァァァァァァ~~~~っ!!」

 

「……っ」

 

 ようこの悲鳴が響き渡る。なでしこも叫びそうになり、口元を手で押さえ堪えた。

 鏡に映っていた俺たち四人の顔が急に変貌したのだ。はにわ状態、というのだろうか。それまで見慣れた顔だったものが、目と口の部分にポッカリと穴が開き、まるでハニワのような顔になったのだ。しかも目の部分から血のようなものを流してるし。

 不気味なその光景にホラーに耐性のある俺でさえが一瞬、体が強張った。仮名さんも「うおっ!?」と驚愕の声を上げる。

 四人の顔がはにわ状態になり、しかも血涙を流している光景に耐え切れなくなったのか、ようこがついにキレた。

 

「~~っ! こんのぉぉぉぉ、燃えちゃええええええっ!」

 

 眩い炎が鏡を包み込むと、瞬く間に黒焦げ、一部が溶解した。

 炎が消え去った時にはすでに原型の見る影もなく、鏡に映っている俺たちもねじ曲がってよく分からない姿で映っている。

 ようこは恐怖を与える元凶を燃やしたことに満足感を覚えたのか、幾分かすっきりした顔で冷や汗を拭った。

 仮名さんが何とも言えない表情で俺に聞く。

 

「川平……。念のため聞くが、今のも?」

 

「……ん。幽霊とかじゃない」

 

 今の現象も電話の時と同じく霊的な気配は感じられなかった。まったく原因不明な現象だ。

 

『……』

 

 沈黙がその場に降りる。

 

「……次に行くか」

 

 賛成です。

 

 

 

 2

 

 

 

 機能訓練室、CT室、MRI室は鍵が掛っているため入れなかった。

 無人の廊下を歩いていくと新たな扉が見える。今度は両扉で窓の部分はスモークが掛っており、中は見えない。プレートには手術室という漢字が書かれていた。

 

「手術室か……」

 

 これまでに不可解な現象が二回も起きているため、ここでも何かあるのではないかと全員疑っていた。

 さすがの仮名さんも渋い顔でプレートを見つめ、なでしこは固い表情で口を一文字にしている。ようこに至ってはぶるぶる震えて俺の背中に顔を押し付けている始末だ。尻尾が出ていたらきっと丸まっていることだろう。

 

「開けるぞ……?」

 

 仮名さんの言葉に頷く。

 恐る恐る扉を開ける仮名さん。今度は何が待ち受けているのやら。

 

「……っ」

 

「うおっ……! これは……」

 

 部屋の中を見て、思わず絶句する。仮名さんも言葉を詰まらせていた。

 

「いや……っ」

 

 それまで必死に恐怖心に耐えてきたなでしこも小さく悲鳴を漏らし、俺の腕に抱き着いてくる。俺の背中に顔を押し付け、決して見ないようにしているようこがそのままの体勢で聞いてきた。

 

「なになに! なんなの!?」

 

「……ようこは見ない方がいい」

 

 絶対後悔するだろうから。

 部屋の中はこれまでで一番不気味な光景が広がっていた。何かがいるわけでもなく、何かがあるわけでもない。

 ただ、部屋のなか全体が真っ赤に染まっているのだ。壁や天井、床、さらには中央に置かれている手術台、照明器具に至るまですべてが真っ赤に染まっている。血をぶちまけたような色鮮やかな赤。しかし、色の濃さはどこも一定なため、本当に血をぶちまけて作った光景ではなさそうだ。血特有の鉄の臭いもしないし。こういう色の壁紙を張っているかのような、そんな部屋だった。

 

「……これは、不気味」

 

「一体なにが起きているのだ?」

 

 仮名さんの言葉にも首を傾げることしかできない。

 ようことなでしこにひっつかれている俺はのろのろと歩きながら部屋の入口近辺を、仮名さんは中央の手術台付近を調べることになった。

 

「こうも赤いと目が疲れるな」

 

「同感……ん?」

 

 今、隅のほうで何か動いたような……?

 一瞬だったが、部屋の奥のほうの隅で何か黒いものが動いたような気がした。目を凝らして見てみると。

 手術用のカートに黒い人型のようなものが乗っかっていた。まるでデフォルメされた棒人間だ。そいつはガーゼの束を枕代わりにして足を組んで寝っ転がっている。

 仮名さんに見せてもらった写真の人型と似ている。めっちゃ似ている。

 ていうか、コイツだし!

 

「いた! そこのカート!」

 

 仮名さんとなでしこが指差した方向を見る。ようこは相変わらず顔を背中に押し付けたままだが。

 

「間違いない、【躍動する影人形】だ!」

 

「なでしこ、ようこをお願い」

 

「は、はい……!」

 

 ようこをなでしこに預け、俺と仮名さんはそいつを捕獲するために走り出す。俺たちの姿に気がついた影人形は飛び起き、カートから飛び降りて逃げ出した。なんか知らんが、アニメなどで見る汗マークが見えるし! なにこいつ、なんか可愛い!

 

「このっ、大人しく捕まるんだ!」

 

 五十センチほどの小柄な体型を活かしてちょこまかと動き回る。仮名さんや俺の手から逃れ、手術室から逃げ出してしまった。

 小さい体してんのに結構足が早いなあいつ……!

 

「追うぞ川平!」

 

「ん! なでしこようこ、行く!」

 

「は、はい!」

 

「え、え? ちょっと待ってよケイタ! ――って、きゃあああ~~っ! なにこの部屋!?」

 

 慌てて追いかけてくるなでしこと、部屋の中を見てしまい驚き叫ぶようこを連れて俺も後を追った。

 

 





 感想や評価を下さると、作者のモチベーションに繋がりますのでじゃんじゃんください!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。