実家でお過ごしのお婆さま。寒い日が続くこの頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。
わたくし啓太は順風満帆な生活を送っております。死神と契約を結ぶという不名誉な実績は残りましたが、晴れて大金を手にしましたし、先の依頼人からオカルト関連で悩む人をこちらに紹介してくださったりと仕事も順調です。
そして、なにより長年にわたって恋慕の情を寄せていました意中の娘とも、ついに恋仲となることができました。
もうわたくし、幸せの絶頂期にいるかのようです。
そんなわたくしですが、いささか――。
「啓太様……お体を楽にしてくださいね……」
「んふふふ……ケ・イ・タ♪ いーっぱい愉しもうね♪」
美女二人に押し倒されているこの状況には、戸惑いを覚えます。
可愛らしいパジャマを着たなでしこたちが何故、夜の俺の部屋にやってきて、俺をベッドに押し倒したのか。
それを語るには、少々時間を遡らなければならない。
1
そもそもの始まりは早朝のことだった。
啓太たちがこの家に引っ越してきて早五日。身体操法で治癒力を促進していることもあり、傷の方も順調に癒えてきて、現在は松葉杖での移動を可能にしている。まだ右腕右足のギプスを取ることはできないが、それでもかなり順調な経過だ。啓太本人の予想だと、あと一週間ほどで完治できると認識していた。
朝食の時間のため、啓太たちが一階に降りて広いリビングに集まる。
アパートにいた頃は丸テーブルだったため、それとなく自分の席というのが決められていたが、現在は長方形の足長タイプのテーブルを使っている。その上、家には啓太となでしこ、ようこの三人しか住んでいないため、決められた席などはない。各々自由に座っていいという暗黙の了解があった。
本日の朝食は白米、合わせ味噌を使った味噌汁、目玉焼き、鯖の煮物、和え物。日本の朝食ベスト三に入るような数々の料理が人数分並べられている。
「……いい朝」
最初に降りてきた啓太が椅子に座る。
「んー……ごはんごはん……」
次いで、まだ寝ぼけ眼でいるようこが小さくあくびを漏らしながら降りてきた。まだパジャマのままである。
ようこは啓太の正面に座った。
「もう、ようこさん。寝ぼけたままだと危ないですよ?」
そして最後にエプロンを外したなでしこが、キッチンの方からやって来た。
彼女は啓太の右隣に座る。
大分眠気が取れてきたようこは少し違和感のようなものを感じたが、すぐに目の前の料理へ目が向いた。
「……? なでしこ、味噌変えた? 味が少し違う」
味噌汁を一口飲んだ啓太が微妙な味の変化に気がついた。
啓太の質問に隣のなでしこは微笑みながら頷く。
「はい。ちょっと配合を変えてみたんです。どうですか? お口に合うといいんですけど」
「……ん。美味しい。こっちの方が好きかも」
その言葉を聞いたなでしこは、ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた。
両手を合わせて心底嬉しそうに微笑む。
「よかった。啓太様のお口に合ってなによりです」
啓太たちの対面に座り、同じく味噌汁を飲んでいたようこは「ん?」と怪訝な目でなでしこたちを見た。
何かが、何かが変だ。そう、女の勘が告げている。
ようこの女の勘は別の食事の場面でも警報を鳴らしていた。
啓太が目玉焼きに掛ける醤油に手を伸ばそうとした時だった。
「はい、啓太様♪」
「……ん。ありがと」
啓太が手を伸ばすと同時になでしこが醤油を取ってあげた。絶妙のタイミングだった。
目をぱちぱちさせていた啓太だったが深く考えず素直に受け取る。
向かいでは白ご飯を食べていたようこが「んー?」と怪訝な目で二人を見ていた。
『ごちそうさまでした』
「はい、お粗末さまです♪」
食事が終わりご馳走様と唱和する。なでしこが全員分の食器を流しに持っていこうと席を立ち、ようやくようこはあることに気がついた。
――なでしこ、いつの間に啓太の隣で食べてたの!?
何気なく、自然な流れで啓太の隣を陣取っていたのだ。まるで元からここが自分の席だとでもいうような、疑問を感じさせない自然な動きで。
食事が終わってからというもの、ようこが感じる違和感は強まる一方だった。
その違和感はなでしこと啓太の二人から感じる。そのため、ようこは今日一日二人を観察することに決めた。
仕事の都合上学校を休むことが多い啓太。履修できなかった授業の分を宿題と言う形で穴埋めすることで、特例として長期の休学も許可されていた。それも川平家の特色を学校側が理解してくれているところが大きいが。
そのため、今日も啓太は宿題である国語、数学、社会のテキストと向き合っていた。
主庭とリビングを遮るガラス窓を開けているため涼やかな風が通る。
勉強には快適な環境のなか、窓際に面した小さなガラステーブルの上に教科書とノートを開いた啓太はカリカリとテキストに文字を刻んでいく。
そんな彼の周りでは――
「啓太さん聞いてくださいよ~! 実はですね」
なぜか酔っ払った渡り猫の留吉が啓太の裾を引っ張り。
「くけけけけけ!」
何が楽しいのか、啓太の背中をカッパがげしげしと蹴り。
「川平さん助けてっす~!」
ブルマの体操服を着たタヌキが啓太の影に隠れ。
「コケコケッ! コケー!」
木彫りのニワトリがタヌキを追いかける。
一言で言うと、カオスな状況だった。
そんな状況下のなか、啓太は驚異的な集中力で宿題を片付けていく。呼吸法で集中力を高めてまで勉学に取り組む姿勢は見上げたものだが、一言彼らを注意すればいいだけの話なのではと、ソファーに座りながら普段は読まない新聞で顔を隠すようこは思った。
ちょうど区切りがついたのだろう。シャーペンを置いた啓太は大きく伸びを一つ。そして肩の力を抜くと、首をコキコキと鳴らし。
「コケー!」
「うわぁ~ん! 助けてくださいっす~!」
自分の周りをぐるぐる回る木彫りのニワトリとタヌキを見て、むんずと無造作に木製のニワトリを掴み。
「くけけけけけけけ!」
興が乗ったのか楽しげに蹴りつけてくるカッパの顔をもう片方の手で鷲掴みにして。
「……うざい」
という一言とともに開いた窓から庭へ向けて投げた。くけ~、と鳴きながら宙を舞うカッパの腹に間髪いれず投げつけたニワトリが直撃する。
一匹と一体はそのまま芝生の上にぼてっと落下した。
体操服姿のタヌキがホッと安堵の息をつく。
「それでですね~、曼陀羅菩薩様がその場でヨガを――」
赤い顔と胡乱な目でよくわからない話しを延々とする留吉。啓太は一言「なでしこ」と口にした。
「はい、留吉さん。お水ですよ」
キッチンからコップを持ってきたなでしこが、留吉に優しく水を飲ませる。
おとなしく飲む留吉だが、酔いが回ったのか飲み終わるとその場で丸くなって眠ってしまった。
その様子を見ていた啓太は「仕方ないな」とでもいうように肩を竦め、なでしこも小さく笑った。
名前を呼ぶだけで、何を要求しているのかすぐに察する。何気なく交わされた阿吽の呼吸のようなやり取りを見てようこは「むむむ……っ!」と大きく顔を顰めた。
2
夕方になり、なでしこがいつものように買い物に出掛けようとすると、啓太も荷物持ちで同行すると口にした。
「ありがとうございます啓太様♪ ようこさんはどうしますか?」
これまでも啓太となでしこが一緒に買い物することは間々あったが、その場合は大抵ようこも同行する。なのでいつものようにようこに一緒に来るかと聞いたなでしこであったが。
「ううん、わたしは家で留守番してるよ。たまには二人で行ってきたら?」
「そう、ですか? では、お留守番お願いしますね」
珍しく家に残ると言ったようこに不思議そうに目をぱちくりさせるなでしこ。だが、たまにはそんなこともあるだろうと思い直した。
「うん、行ってらっしゃ~い」
啓太と二人きりということに意識がいってしまい、若干嬉しさを隠し切れないなでしこは上機嫌のまま啓太と一緒に家を出た。
それを笑顔で見送ったようこはすぐに自室へ戻ると、なぜか持っている地味な茶色のトレンチコートに同色の帽子、マスクを取り出し、啓太の部屋からサングラスとデジカメを拝借する。
リビングに戻りうたた寝をしていたタヌキと留吉をたたき起こした。
「んにゅ? 何事っすかぁ?」
「んぅー……どうしたんですか、ようこさん?」
ようこの異様ともいえる服装に目を丸くする留吉たち。それもそのはず。今のようこは茶色のトレンチコートに帽子を被り、サングラスとマスクで顔を隠していた。典型的な不審者の格好である。
ようこの姿にぽかんとしている留吉たちにようこは声高に宣言した。
まるでスクープを嗅ぎつけた新人記者のように。
「ケイタとなでしこが最近怪しいのよ。わたしの女の勘が叫んでるの、ぜぇ~ったい怪しいって。だから追跡して決定的瞬間を捉えるのよ!」
そう言ってコンパクトサイズのデジカメを取り出す。
最近刑事ドラマに嵌っているようこであった。
家で留守番しているようこが自分たちを尾行しているなんて露も知らない啓太たちは最寄のスーパーへやって来た。
買い物カゴを持つ啓太とその側でいろいろな食材に目を配り吟味するなでしこ。
安いことで知られているこのスーパーは近所の主婦たちも頻繁に活用されており、この日も多くの主婦などで賑わっていた。
食材売り場も人が多くいるため、自然と腕が触れ合うような距離で歩くことになる。互いの距離に気がついた二人は顔を見合わせると恥ずかしそうに目線を反らした。ポーカーフェイスに定評のある啓太ですら見て分かるくらいには羞恥心を感じているのだ。
「あの、啓太様? その、はぐれるとアレなので、その……」
頬を薄っすらと朱に染めたなでしこが啓太の手をチラチラと見る。その仕草にピンと来た啓太は自分からなでしこに手を差し伸べた。
「……ん。はぐれると危ない」
「ええ、はい。はぐれると危ないですものね……!」
差し出した手をきゅっと握るなでしこ。
何気に普通の握り方ではなく、指の一本一本を絡める、恋人握りというやつだった。
密着度が増して一瞬、びくっと肩を跳ね上げる啓太。
意外と積極的な一面を見せたなでしこは顔を赤らめながらも、嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「……」
「♪」
少しだけ目線を明後日の方角へ向けて気をそらす啓太に、ご満悦ななでしこ。見知らぬ主婦たちは二人の初々しさを微笑ましそうに見ていた。
「若いっていいわねぇ」
「あたしも昔は旦那とあんな時期を送ったんだよね~……」
「うふふ、微笑ましいカップルですね」
周りの声を聞き、二人の顔が赤くなる。
けれど、なでしこは幸せそうに啓太へ微笑みかけた。啓太も珍しく小さな笑みを浮かべてなでしこを見たのだった。
そんな初々しいやり取りを行っているカップルを怪しい一団が遠くから眺めていた。
変装したようこたちである。どこから仕入れたのか留吉とタヌキたちもようこと同じトレンチコートに帽子、サングラス、マスクを着用していた。
啓太たちがいる食品売り場とは反対のお菓子売り場のコーナーから気づかれないように棚で身を隠し、動向を見守っている。啓太たちには微笑ましい視線を送っていた奥様たちも、ようこたちには不審者を見るそれを向けていた。
「きぃ~~! なでしこの奴ぅぅ! 啓太とあんなに密着して……! あ~! いま手繋いだ!」
「よ、ようこさんようこさん……! 声が大きいですよっ」
「そうっす……! バレちゃいますっす……」
お菓子売り場のコーナーで棚に身を隠しながら、ジッととある方向を凝視しては小声で騒ぐ集団。しかもトレンチコートに帽子、サングラス、マスクという顔出しNGの見本のような格好。
どこからどう見ても不審者にしか見えない。通りかかる客が不審そうな目で見たり、店員もチラチラと動向を気に掛けていた。
取りあえずようこは持ってきたデジカメで手を繋いでいる様子を激写する。
初々しくもラブラブっぷりを周囲に見せ付ける啓太となでしこ。そんな二人へカメラ越しに怨嗟の念を送っていると――。
「お客様、ちょっとよろしいでしょうか?」
大柄なスキンヘッドの店員がにこやかな笑顔を浮かべてようこたちの背後に立っていた。
ほうほうの体で逃げ出すようこたち。しばらくあのスーパーには顔を出さない方がいいかもしれない。
仕方なくようこたちはスーパーの出入り口が見えるベンチに座った。そこで啓太たちが出るのを待つ作戦である。
同じ服装の三人組がベンチに座る姿というのもまた衆目を集めることとなったが、啓太たちのことで頭一杯のようこはまったく気にならないようだ。留吉とタヌキは身を縮める思いだが。
そして、ベンチで待機すること十分。
「あ、出てきた……!」
ようこたちの視線の先には丁度二人が出てきたところだった。
店内を出たというのにまだ仲良く手を繋ぎ、それぞれ別々のスーパーの袋を持っている。まるで新婚の夫婦のような姿だった。
「むぅー……! いいなぁなでしこ。わたしもケイタとイチャイチャしたいのに」
後を追いながら仲良く手を繋いでいる姿を写真に収めていると、不意にようこが羨望の眼差しで二人を見た。
啓太の犬神になって三年。自分なりに積極的に動いてきたと思う。しょっちゅう抱きついてるし、匂いをこすりつけているし、好きって言葉を何度も言ったし。
けれど啓太はようこのことを異性でなく家族として見ている。
近くで見てきたようこにもそのことは直ぐに分かったし、なんとか振り返ってもらおうと、時には色仕掛けのようなこともしてみた。
一応、反応のようなものは返ってきたものの、こうしてなでしこと一緒にいる啓太を見ると、どうしても伝わってきてしまう。
――ああ、やっぱりケイタは……なでしこのことが好きなんだな……。
分かってはいた。判ってはいたのだ。
啓太本人が気づいていなくとも、彼に恋する自分にはすぐにわかった。啓太がもう一人の犬神に心を寄せているということを。
そして、その犬神――なでしこも啓太のことを悪からず想っていることを。少し前から本人も啓太のことを好いていると自覚して以来、少しずつ積極的な姿勢を見せている。淑やかで大人しい性格の彼女にしては頑張っている方だ。
でも、認めるわけにはいかない。認めてしまったら、自分の居場所が……帰るべき場所がなくなってしまうから。
だから、ようこはあきらめない。絶対に啓太を振り向かせてみせると、後ろ向きな考えを頭の外に追い出して。
そして気合を入れ直した時だった。不意にようこはあることに気がついた。
――あれ? わたし、なでしこにあまり嫉妬、してない……?
自分の心境の変化に気がついた。
以前のようこなら啓太となでしこの関係を認めようとせず、なでしこに一方的な敵意を向けていただろう。
しかし、今はどうだろうか。心のどこかで認めたその上で、なんとか自分にも振り向いてもらおうと画策しているではないか。
そう、まるで――。
――まるで、わたしが二番でいいって思ってるみたい……。
そこまで思考が働き、その考えがストンと胸の中に降りた。
互いのピースがぴったりと嵌り合うような、腑に落ちた感じ。
――ああ、そっか……そうなんだね……。
「わたし、とっくになでしこのこと、認めてたんだ……」
「ようこさん……?」
口の中で何かを呟いたようこの顔を留吉が不思議そうに見上げる。そんな彼の頭を撫でたようこは「ううん、なんでもない」と明るく言った。
「さ、もう帰ろっか。早くしないとケイタたちが先に帰ってきちゃうしね!」
「あ、待ってくださいよ、ようこさーん……!」
「ちょ、置いてかないで下さいっす~!」
どこかすっきりした顔で駆け出すようこ。
彼女に置いて行かれない様に留吉たちも後を追った。
3
「……上がった。お風呂、どーぞ」
首にタオルを乗せた啓太がリビングに下りてきた。
それを見てようこがなでしこへ順番を促す。
「なでしこ先に入ったら? わたしは後でいいから」
「そうですか? ではお先にいただきますね」
なでしこが着替えを取りに自室へ向かうのを見届けたようこは風呂上りの牛乳を飲んでいる啓太に声を掛けた。
「ねえケイタ」
「……ん?」
「最近なでしことの間に、なにかあったの?」
突然のようこの質問に啓太は危うく牛乳を噴き出しそうになった。
少し咽た啓太は唇についた牛乳を手の甲でぬぐい、真剣な表情を浮かべるようこを見た。
「……どうした、突然」
「だってここ最近のケイタとなでしこ変だよ? なんていうか、お互い意識してるの丸分かりだもん。ねえ、もしかして――」
すっと目を細めたようこは核心をつく言葉を口にした。
「なでしこと付き合ってたり、とか?」
その言葉に啓太は一瞬眉を跳ね上げた。
そして難しい顔で思い悩む。
「いや、それは……」
「……」
このまま言っていいのか、それとも黙った方が良いのか。なでしこはもう少しだけ待ってほしいと言っていたため、どう返事をすれば良いのか悩む啓太。
うーん、と腕を組みなんと返事をすればよいのか言葉を捜す啓太をジッと見つめていたようこは。
「――なーんてね♪」
「うーん……ん?」
急にパッと笑顔を見せた。目をパチパチさせる啓太にようこは、えへへと舌を出して見せた。
「いいよ言わなくても。ケイタを困らせるつもりはないし。あ、でもケイタを好きな女の子はここにもいるんだからねっ」
忘れるんじゃないぞ少年♪ 可愛らしいウインクとともに啓太の頭を人差し指でツンと押したようこは「わたしもお風呂入ろ~っと」と軽い足取りで二階へ向かった。
一人残された啓太は呆然と立ち尽くしたまま、つつかれた額を撫でたのだった。
「お邪魔するよ~」
「きゃあっ、え、えっ? ようこさん!?」
バスタオルを体に巻き、長い濃緑色の髪を結い上げたようこは風呂桶を片手に、勢いよく浴室の扉を開けた。
ガラガラ~と扉がスライドする音とともに入ってきたようこに、体を洗っていたなでしこは反射的に胸を隠した。
困惑するなでしこの姿にけらけら笑うようこは彼女の隣の席に腰を下ろした。巻いていたタオルを外し、シャワーで体を流す。
「まあまあ、女同士なんだからいいじゃんいいじゃん。それに一緒に入ったことなかったからね、たまにはこういうのも良いと思わない?」
「あ、そういえばそうですね。それでは、ようこさんのお背中洗いましょうか?」
「じゃあお願いしようかな。そしたら今度はわたしが洗ってあげる」
「はい、お願いしますね♪」
ナイロン製のタオルを受け取ったなでしこはボディソープをつけ、ようこのきめ細かな背中を洗っていく。適度な力加減でようこもご満悦の様子だ。
「ん~、気持ちい~」
「強さはこのくらいで大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ~」
仲睦まじい姉妹のような微笑ましい光景。初めて人に背中を洗ってもらったようこだが、想像以上の心地よさで気持ちよさそうに目を細めていた。
ふと鏡越しになでしこを見る。
服の上からでは分かりにくいが、なでしこの胸も負けず劣らず結構な大きさなのだ。前に見たときよりも少しだけ大きくなっているのではなかろうか。
「……なでしこ、あんたまた胸大きくなった?」
「え? そうですか? 自分じゃよくわかりませんけど」
「うぅ、さすがのわたしも、なでしこには負けるわ……」
「えーと、ようこさんも十分大きいと思いますよ?」
自分の胸を持ち上げて意気消沈する。自分でも豊満な方だと自覚しているし、肌の手入れやバストを維持するための体操や筋トレなど行っていたりする。
一方のなでしこは着やせする性質であり、俗に言う脱ぐとすごいタイプだ。豊満なようこより若干上をいっている。
どちらも美乳と呼んでいいほど整った形だが、やはり個人差があるのか、ようこは若干前に突き出たロケット型。一方のなでしこは全体的に丸みを帯びたお椀型と呼ばれる形をしている。
特に手入れをしてないとのことだが、それでこの体を維持できるのかと考えると、ちょっと羨ましいようこであった。
「はい、背中流しますね~」
洗い終わった背中をシャワーで流すと、今度はようこがなでしこの体を洗う番だ。
受け取ったタオルにボディソープをたっぷり付けると泡立て、陶器のように滑らかな肌を傷つけないように力加減をしながら、ごしごしと洗った。
「このくらいでいい?」
「はい大丈夫ですよ。とても気持ちいいです♪」
「わかった、このくらいだね。んっしょ、んっしょ」
今時の女の子らしくガールズトークを楽しんだようこたち。
体が洗い終わると、広い浴槽に身を沈めた。ちゃんとマナーとしてタオルを湯につけないように頭の上に乗せるのを忘れない。
肩まで湯に浸かった二人は揃って吐息を零した。
「気持ちいいですね~」
「だねぇ~」
二人揃って気の抜けた声が出る。ここまで無防備ななでしこというのも珍しい。
ようこは「そういえば、なでしこ~」と何の気なしに声を掛けた。
「あんた、ケイタと付き合ってるでしょ?」
「………………え?」
なでしこの笑顔が固まる。完全の不意打ちだった。
振り向くと真剣な眼差しを向けるようこがいた。その目に攻撃的な色はない。
フッ、とようこは頬を緩めた。
「やっぱり。そうなんだね?」
「……はい」
言い逃れはできないと思ったのか、それともするつもりは最初から無いのか。
ようこと真摯に向き合ったなでしこははっきり頷いた。
それを聞き、ようこは穏やかともいえる顔で一言「そっか」と呟いた。
「いつからなの?」
「前回の死神との戦いです。撃退した夜に啓太様からお言葉をいただきました」
「あー、あの日かぁ。わたし思いっきりねてたからね~」
そう言って苦笑するようこになでしこはどこか気遣うような色を覗かせながら、しかししっかりと自分の意思を伝えた。
「……ようこさん。ようこさんには申し訳ありませんが、やはり私も引くことは出来ません」
なでしこの真剣な眼差しを正面から受け止めたようこはそれを聞き、にやっと笑った。
「……言うようになったじゃないなでしこ。でも、わたしも引かないよ。だから、一番はなでしこに譲ってあげる。でも二番はわたしがもらうから」
「えっ?」
その宣言になでしこは目をぱちくりさせた。ようこは目を丸くするなでしこを見て、してやったりといったような笑顔を浮かべた。
「わたしも引かない、なでしこも引かない。そうなったらお互いが啓太の恋人になっちゃえばいいじゃない」
「でも、わたしが一番って……ようこさんはそれでいいんですか?」
ようこが啓太の恋人になると聞いて、なでしこは不快感を示さなかった。むしろこの関係を崩さず新たな関係に踏み出せるというのは、なでしこにとって最良の選択だと思えた。
やはりなでしこも、啓太と同じくようこのことが気がかりだったのだ。啓太からようこに話そうかと言われたとき、少し待ってくださいと口にしたのは、なでしこが自分からようこに話を伝えたかったからである。
結局、伝える前にようこの方から聞かれてしまったが。
啓太と恋仲になることが出来たとはいえ、ようこのことも気がかりだったなでしこは彼女の提案は魅力的だった。
なでしこも、啓太とは違った意味でようこのことが好きだから――。
「わたしたち、なんだかんだあったじゃない。あの頃はケイタをなでしこに渡したくないって思ってたんだけど、今はちょっと違うんだ」
お湯を掬い、手の隙間から水が流れ落ちるのを見ながら独白するように喋る。
「もちろんケイタを独り占めしたいって気持ちはあるけど、でもなでしこならいいかなって。わたし、なんだかんだ言ってあんたのこと認めてたみたい」
「ようこさん……」
「ケイタのことが好きって気持ちだけで、『ならず』って言われて戦えなかったなでしこが、あの強い死神をコテンパンにやっつけちゃった。戦えるようになった。それ聞いたとき思ったんだ……ああ、なでしこには敵わないなぁって」
少し照れたように笑うようこ。そんな彼女をなでしこは潤んだ目で見つめた。
「だから、わたしは二番でいいよ。一番はなでしこに譲ってあげる。まあ、これもケイタが許してくれたらの話だけどね」
「ようこさん、私……」
我慢できなくなったなでしこは涙を流してしまう。そんな彼女の姿に苦笑したようこはなでしこを抱き寄せた。
「もう、なんでなでしこが泣くのよ」
「だって、私……! ようこさんが認めてくれたのが、嬉しいんですよ……!」
「もう……。なでしこって意外と泣き虫なんだね」
「……なんてこと言うんですかようこさんっ」
泣き笑いの表情で起こるなでしこ。
しばらく大浴室には乙女たちの楽しげな声が響いた。
これでようこのフラグも回収。
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