いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 六話目

 ようやく、ここまで来た……。


第六十三話「結ばれる想い」

 

 

「ん、んぅ……。……ここは?」

 

 ふと、目が覚める。見知らぬ場所で横になっていた私は首だけ動かして辺りを見回した。

 そこは闇夜に包まれた森の中だった。そばには焚き火があって、暗闇をオレンジ色の炎が照らしている。

 焚き火の近くにはようこさんが寝ていて、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 私の体には黒のジャケットが一枚掛けられていた。そのジャケットは啓太様が着ていた物のはずで――。

 

「……っ! 啓太様!?」

 

 がばっと起き上がる。啓太様は? 啓太様はどこに!?

 途方もない不安に襲われるなか、大切な主の姿を探していると、その探し人は森の奥からやってきた。

 木の枝を杖のように使いながら、風呂敷のように何かを包んだTシャツを手におぼつかない足取りでやって来たその人は、私の姿を認めると軽く手を上げる。

 

「……ん、起きた。気分はどう?」

 

「啓太様……っ!」

 

 思わず私は駆け寄り、啓太様の体を抱きしめた。

 ああ、よかった……。啓太様はここに居る。ここに居てくれている……。

 確かなぬくもりが、啓太様の存在を感じさせてくれる。

 今はただ、啓太様のぬくもりを感じていたかった。

 

「なでしこ……くるちぃ」

 

「……あっ、ご、ごめんなさい」

 

 慌てて啓太様を放す。

 ケホケホと咳き込んだ彼はいつもの無表情で私の体を気遣ってくれた。

 

「……体、大丈夫?」

 

「はい……。少し節々が痛みますが、このくらいならなんとか」

 

「そう。……さすがに服は交換したほうがいい」

 

 啓太様の言葉に改めて自分の格好を見下ろしました。

 いつもの普段着は先の戦闘で返り血がべっとりとついてしまっていて、使い物にならない。

 その返り血を見て、私はようやく自分が何をしたのか思い出した。

 

「あの、啓太様……っ! これは、その……」

 

 弁解しようと口を開くけれど、浮かんでくる言葉は言い訳ばかり。そんな自分が嫌になる。

 自分の手を見ると、手の甲にもべっとり返り血がついていた。私は血に塗れた、穢れた女なんだと改めて突きつけられたような気がする。

 視線を落とし、何も言えずにいる。何も言えない。

 何を言えというのだろうか。こんな血に塗れた女が口にした言葉にどんな価値があるのだ。

 俯いて顔を上げることが出来ない。今、啓太さまは一体どのようなお顔をされているのだろう。

 汚らわしい人を見る目か。

 危険な人を見る目か。

 それとも、こんな女に目を向ける価値などないのか。

 考えれば考えるほど思考が泥沼のように、底へ落ちていく。奈落のような冷たく暗い底へ。

 啓太様のふぅ、という溜息にビクンッと肩を跳ね上げ、過剰に反応してしまう。

 

「ごめん、なでしこ」

 

「……えっ?」

 

 しかし、掛けられた言葉は拒絶のそれでなく、なぜか謝罪の一言。

 思わず顔を上げると、そこには無表情ながらどこか困ったような顔で頬を掻いている啓太様がいた。

 

「……結局、なでしこに戦わせた。契約違反」

 

 そう言ってばつが悪そうに謝る啓太様。

 なぜ、そんな顔ができるのだろう。なぜ謝るのだろう。

 啓太様は見たはずだ。あの血に塗れながら、ただ本能のままに暴力を振るうケモノの姿を。隠し続けていた醜い私の姿を。本来の自分の姿を、真正面から見たはずなのに。

 

「なぜ、あなたは私を恐れないの……?」

 

 思わず出てしまった心の声。しかし本心の言葉。

 不思議そうに首を傾げた啓太様は何気なく言葉を口にする。

 本当に何気なく。私にとってはなによりの破壊力を秘めた言葉を。

 

「……なんで恐れる? なでしこ、守ってくれた。俺たちを守るため、戦ってくれた。恐れるどころか、感謝しかない」

 

 そして、啓太様は優しく微笑んだ。

 普段から無表情を崩さない主人にしては珍しい、微々たる笑み。

 

「……ありがとう、なでしこ。約束を破ってまで、助けてくれて」

 

 そう言って頭を下げてくださる啓太様。

 その言葉は、私の胸の奥にすっと入ってきた。まるで魔法のような言葉だった。

 ありがとうのただの一言。言霊でも呪声でもない、ただの言葉なのに。

 私の中にある三百年間の贖罪が赦されたような、そんな気がした――。

 自然と目から涙が溢れた。

 

「……っ! 啓太様……! 私、わたし……っ! 啓太さまのお側にいても、いいですか? これからも啓太さまにお仕えしても、いいんですか……っ?」

 

「……もちろん。むしろ、いてもらわないと困る」

 

「でも、こんな血に汚れた女ですよ……? 本当は醜くて、暴れるのが大好きな、そんな汚らしく醜い女なんですよ……!? それでも、本当に啓太様は――」

 

 心の底から出てくる言葉。それを啓太様は強引に止めた。

 正面から力強く抱きしめて下さったのだ。血で塗れたエプロンが触れるのにも構わず、強く、強く。

 そして、はっきりとした芯の通った声でこう言ってくださった。

 

「……なでしこは、汚くない。醜くもない。優しい女の子。自分のことを悪く言うのは、許さない。例えなでしこ本人でも」

 

 ――ああ。この人は、この方は、なんて器が大きいのだろうか。

 私のすべてを受け入れると、言外にそう言ってくださっているのを心で理解した。まるで啓太様の思いが直に伝わってくるような、そんな温かな気持ち。

 啓太様の力強い心音が聞こえる。闇に沈んだ心が晴れていくのを感じる。

 密着していた身体を離し、私の両肩に手を置いた啓太様は真剣な顔で私を見つめると、こう言ってくださった。

 

「……それでも不安なら、契約する。ずっと一緒にいるって、契約」

 

 啓太様は腰につけてあるポーチから何かを取り出すと、私に差し出してきました。

 可愛らしいピンクのラッピングで包装されているものです。

 開けてみて、と言われ、綺麗な包装紙を傷つけないように慎重に解きました。

 中に入っていたものを見て、思わず目を見開いてしまいます。

 そこにあったのは、純白のリボンでした。

 

「け、啓太様……これは……?」

 

 震える手でリボンを手に取り眺める。処女雪のように真っ白いリボン。

 啓太様は照れていらっしゃるのか、少しだけ目線を外して言いました。

 

「……今日、契約結んだ日。記念に何か残るもの、送りたかった。日ごろの感謝、その気持ちも込めて」

 

「……」

 

 啓太様は、この意味を知っていらっしゃるのでしょうか。女性にリボンを渡す、その意味を。

 おもむろに啓太様は私の手から、そっとリボンを取ると背後に回ります。

 そして、髪に触れて、手にしたリボンを……結んでくださいました……。

 

「……ん。うん、やっぱり、よく似合ってる」

 

 結び終えた啓太様は満足げに頷いていらっしゃいます。

 私は、こみ上げてくるものを抑えきれず、口元に手を当てて嗚咽が漏れるのを必死に堪えました。

 それでも、目からは透明の雫がぽろぽろと落ちてしまいますが、拭いません。

 だって、これは、喜びの涙ですから……!

 

「……なでしこ」

 

「は、はぃ……」

 

 啓太さまは無言で涙を流す私を優しい眼差しで見つめながら。

 

「……いたらない主人だけど、これからも、一緒にいてくれる?」

 

「はい……っ! なでしこは、常にあなた様のおそばにいます! 啓太様ぁ……っ!」

 

 感極まり啓太様の胸に飛び込む私を、そっと優しく抱きしめてくださいました。

 ――ああ、私……この方にお仕えできて、本当によかった……!

 

 私の頭に揺れる純白のリボン。それを異性に渡すという行為。そして、それを結ぶという意味。

 古の呪いの一つである祝福の儀式。それが【結び目の呪い】

【結び目の呪い】には特別な力が宿ると言われています。古来より、呪いとは儀式を意味します。リボンを結ぶということは即ち、相手を束縛するという意思表示。

 この結んだリボンの色で、その内容も多岐に渡りました。

 たとえば『赤』は、二人の仲は血よりも強い絆で結ばれているという、友情の意味。

 たとえば『青』は、家族がちゃんと家に戻ってこれるようにという、願いの意味。

 たとえば『黒』は、冥府に行っても二人が出会えるようにという、再会の意味。

 そして『白』は、終生、二人が離れ離れになることがないようにという、契りの意味。

 古では婚約の儀として使われていた白いリボンの【結び目の呪い】。そこではリボンを結び、誓いの言葉を口にするのが慣わしです。

 啓太様が渡し、結んでくださったリボン。そして、掛けてくださったお言葉。この二つが何を意味するのかなんて、雄弁に物語っていました。

 なんて、粋なことをしてくださるんですか啓太様……っ!

 

「――ふつつか者ですが、どうか末永くお側においてください。啓太様……」

 

 啓太様は何もおっしゃらずに、ただギュッと私を強く抱きしめてくださいました。

 ああ、本当に……私は幸せ者です……。

 

 

 

 1

 

 

 

 なでしこにリボンを渡す一時間ほど前。

 俺は夜の森の中で途方にくれていた。

 左隣には気絶したなでしこ、右隣にはすやすや寝息を立てるようこ。

 そして俺は、全身の筋肉裂傷やら骨が折れていたりやらで絶対安静。いや、痛覚切ってるから恐らくだけど。でも潜在感覚までは遮断してないから、体のいたるところで熱が帯びているのはわかるのよね。

 さて、どうしましょうか。死神に受けた契約云々は後日改めて考えるとして、まずは野営の準備しないと。自然に囲まれた場所だから、猪や熊とか出るかもしれないし。

 今の疲弊した俺では、そんなスライム並みの弱さの動物でもお陀仏してしまう可能性が高い。

 なので早急に光源を確保しないといけないため、死人に鞭を打つ勢いで体を酷使。

 痛覚を遮断したままで比較的損傷の少ない筋肉を動かし、なんとか体を動かす。よたよたと歩いて森の中から薪として使えそうな枝を三十分ほど掛けてかき集めた。

 火種はポーチの中に入っていた白紙の札を活用した。本来は霊力を染み込ませた特殊な墨汁を使う必要があるけれど、今は持ち合わせていないから代用として血で書いた。仙界で習った古今東西魔術講座がこんなところで役に立つとは、人生何があるか分からないな本当に。

 仙界で学んだ神言文字をちょろちょろっと書けば、発火符の出来上がりだ。あとはこの発火符を薪の下に入れて霊力を込めれば――。 

 

「……ん。即席焚き火、完成」

 

 薪に火が突き、オレンジ色の炎が暗闇の中を柔らかく照らす。薪のパチパチという音と木の焼ける匂いは何故か心が癒される。

 焚き火なんて何年ぶりだろう。仙界での修行で山に籠もった際はよく焚き火をしたなぁ。

 ああ、懐かしや懐かしや。

 

「……さて」

 

 まず、なでしことようこを運ばないと。

 抱き上げるのは今の俺ではかなり厳しいため、申し訳ないが脇の下に手を通して上半身だけ持ち上げ、そのままずるずると引きずる。

 二人を焚き火の側で寝かせ終えてようやく、俺も休憩だ。

 二人の側に俺も腰を下ろして一息入れる。

 それにしても、はけはどこにいるんだ? まさか、あいつがやられるとは思えないから、そう遠くにはいないと思うんだけど。

 

「ん……けいた、さま……」

 

 珍しく寝言を呟くなでしこ。どんな夢を見ているのか知らないが、顔を顰めて唸っていらっしゃる。

 何かを捜し求めるように手が宙をふらついている。

 俺がその手を取ってあげると、きゅっと握ってきた。

 

「行かないで、けいたさま……」

 

 悲しげな顔で切なそうに寝言を呟く。夢の中の俺は何をしているんだか。

 少なくとも、こっちの俺はどこにも行くつもりはないから、安心しろ。

 なでしこの髪を優しく梳くように撫でる。

 

「……どこにも行かない。安心する」

 

 なでしこの表情が緩んだ。それ以降、すうすうと寝息を立てて眠り続けている。

 今のうちに何か食料になりそうなもの探しておくか。山菜や木の実とかあればいいけど。

 

「……どっこい、しょぉぉぉぉ?」

 

 重い腰を上げた途端に膝がガクガクし始めたよ。思いっきりよぼよぼのお爺ちゃんみたいだし。今は身体操法で痛覚を意図的に切ってるから大丈夫だけど、こりゃ覚悟したほうがいいな。

 師匠のようなバケモノじゃないから、長時間の脳の酷使は本当にキツイ。この痛覚遮断ももって後一時間ってところか。

 着ていたジャケットをなでしこに被せてあげる。これ一枚じゃ寒いかもしれないけど無いよりはマシでしょう。それになでしこのメイド服は返り血で真っ赤だし。

 ようこは、いいか。温かそうな洋服だし。気持ちよさそうに寝てるし。

 薪を捜す途中で手ごろの枝を手に入れた俺はそれを杖代わりにしてまたよたよた歩く。仙界で培ったサバイバル知識を遺憾なく発揮し、木の実や果物、さらには小池も見つけて魚をゲット。

 入れるものが無かったから仕方なく来ていたTシャツを脱ぎ、それに包んで持ち歩く。

 ホクホク顔で戻ったら、なでしこさんが目覚めたところだった。

 

「……ん、起きた。気分はどう?」

 

「啓太様……っ!」

 

 急になでしこが抱きついてくる。迷子になった子供が親を見つけたような、そんな安堵と心細さがない交ぜになったような声だった。

 ぎゅっと頭を抱きしめてくるのはいいんですけど、身長差で俺の顔がなでしこさんのお胸様にジャストミート!

 谷間に顔がうずまり息が出来ぬ!

 幸せな状況ですけど、このままだと俺お陀仏しちゃうから、なでしこさん離してください……!

 

「なでしこ……くるちぃ」

 

「……あっ、ご、ごめんなさい」

 

 俺の状況が分かったのかすぐに開放してくれる。酸欠になりそうだったから慌てて呼吸をすると、器官に唾が入ったし! けほけほっ!

 あー、苦ちかったぁ。

 

「……体、大丈夫?」

 

「はい……。少し節々が痛みますが、このくらいならなんとか」

 

「そう。……さすがに服は交換したほうがいい」

 

 あんな膨大な量の霊力を宿してたのに、節々が痛いだけで済むとか。普通なら膨大な霊力に耐え切れず、肉体が壊れるぞ。

 さて、改めてなでしこの姿を確認する。顔色はそんなに悪くないし、軽く診たところ裂傷や捻挫なんかもなさそうだ。服がちょっとなぁ。純白のエプロンが真っ赤に染まってるし、ホラー映画に出てきそうなほどインパクトがある。ようこが見たら間違いなく泣くね。あの子ホラー系に弱いし。

 なので、いつものメイド服を創造しようとすると、なでしこは慌てふためき出した。

 

「あの、啓太様……っ! これは、その……」

 

 必死に何かを言い繕うとしている。

 何が言いたいのかは、大体察しがつく。戦いを拒んできた彼女がなぜ、戦場に立ってくれたのか。その理由も、俺の自惚れじゃなければ理解しているつもりだ。

 しかし、俺から尋ねるような真似はしない。きっとそのことは彼女にとって一番デリケートな問題なのだろうし。

 だから、一言謝った。昔、交わした契約を反故にしてしまったのだから。

 

「ごめん、なでしこ」

 

「……えっ?」

 

「……結局、なでしこに戦わせた。契約違反」

 

 仕方の無い状況だった、とは思わないし言わせない。格上と戦うにあたり、本気を超えた全力で挑んだ。そこそこ追い詰めることは出来たけど、今一歩及ばなかったのは単に俺が未熟だったからだ。

 俺がもっと力をつけていれば、なでしこの手を借りることなく勝てたかも知れない。過ぎたことをいつまで考えても詮無きことだけれど。やっぱり、俺はもっと強くならなければ。

 

「なぜ、あなたは私を恐れないの……?」

 

 不意になでしこがそんなことを聞いてきた。えっと、質問の意図がよく分からないんだけど……。

 恐れる? 俺がなでしこを??

 

「……なんで恐れる? なでしこ、守ってくれた。俺たちを守るため、戦ってくれた。恐れるどころか、感謝しかない」

 

 寧ろなでしこがいなければ俺もようこも、そしてお嬢様もセバスチャンの命も危なかった。感謝こそすれ恐れる理由なんて微塵も無い。

 だから、万感の思いを込めて頭を下げた。

 

「……ありがとう、なでしこ。約束を破ってまで、助けてくれて」

 

 今回の一軒に限らず、なでしこには普段から助けてもらっている。

 炊事、洗濯、掃除に始まり家計簿や通帳などの金銭管理も任せているから、彼女がいないと生活が成り立たなくなるのだ。いやマジで。

 ようこもここ最近なでしこから家事を習っているし、周囲の人にも良い影響を与えている。これまでの人生で一番の幸運は間違いなく、なでしこと出会えたことだろう。

 だからさ、なでしこ。お願いだから泣かないでくれよ。

 

「……っ! 啓太様……! 私、わたし……っ! 啓太さまのお側にいても、いいですか? これからも啓太さまにお仕えしても、いいんですか……っ?」

 

「……もちろん。むしろ、いてもらわないと困る」

 

「でも、こんな血に汚れた女ですよ……? 本当は醜くて、暴れるのが大好きな、そんな汚らしく醜い女なんですよ……!? それでも、本当に啓太様は――」

 

 ――ああ、そっか。なでしこはそれを気にしてたのか。

 今になってようやく、彼女が抱える闇の大きさを見ることが出来た気がした。

 なでしこは言う、自分は戦闘狂なのだと。血に汚れた女なのだと。

 まるで、自分という存在を否定してほしいように。ある種の自虐、のようなものだろうか。

 少し、頭にきた。

 

「……なでしこは、汚くない。醜くもない。優しい女の子。自分のことを悪く言うのは、許さない。例えなでしこ本人でも」

 

 戦闘狂い? いいじゃん別に。俺も戦うの好きだぜ。

 血に汚れた女? 血なんて洗い落とせば問題ないだろ。

 でも、それでも不安なのだと言うなら。万の言葉でも不安が消えないというのなら――。

 

「……それでも不安なら、契約する。ずっと一緒にいるって、契約」

 

 約束より重い、契約を結ぼう。それで、なでしこが安心するというのなら。

 腰のポーチから一つの小さな箱を取り出す。はけに頼み持ってきてもらった物の中に紛れ込んでいた、小さな箱。

 ピンク色の包装紙でラッピングをしてもらった、なでしこへ渡す予定のプレゼント。

 俺たちが契約を結んだ日から今日で丁度三年目。その記念日として買った贈り物。

 純白の高級リボン。

 

「け、啓太様……これは……?」

 

「……今日、契約結んだ日。記念に何か残るもの、送りたかった。日ごろの感謝、その気持ちも込めて」

 

「……」

 

 手にしたリボンを信じられないような驚愕の表情で見つめるなでしこ。

 優しくなでしこの手からそっとリボンを取り、背後に回る。

 そして、柔らかく手触りの良い髪に触れ、結んであげた。

 うん、やっぱ桃色の髪に白はよく映えるな。なかなか似合ってるじゃないか!

 

「……ん。うん、やっぱり、よく似合ってる」

 

 呆然としていたなでしこは、やがてこみ上げてくるものが抑えきれず、口元を手で押さえた。

 目から透明の涙がぽろぽろと零れ落ちる。

 美女の泣き顔って、なんでこんなに綺麗に映るんだろうなぁ。悲しみではなく喜びからくる涙からだろうか?

 なでしこの涙が喜びによるものだと分かるくらいは主人をしているつもりだ。

 

 夜の闇を焚き火が優しく照らし、パチパチと薪がはぜる音だけが聞こえるなか、居心地の良い空気が流れる。なかなかロマンティックなシチュエーションだ。

 ――これは、流れ的に言うべきか? 告白するべきか!?

 俺の気持ちはすでに固まってるし、心の整理もついている。気持ちよさそうに寝ているようこはまだ当分起きそうにないし……あれ? これって、絶好の機会じゃね!?

 よ、よし。言うぞ! 言ってやろうじゃねぇの! 男は度胸だ!

 さあ、川平啓太。一世一代の大博打の時間だ……っ!

 

「……なでしこ」

 

「は、はぃ……」

 

 涙に濡れた目で眩しそうに俺を見つめるなでしこ。

 そんな彼女を正面から真剣な眼差しで見つめた。

 バクバクと鳴る鼓動がうるさい。口の中がからからに乾く。

 緊張でいっぱいいっぱいの中、ありったけの勇気を振り絞り、思いの丈を口にした!

 

「……いたらない主人だけど、これからも、一緒にいてくれる?」

 

 なんか考えてた告白の言葉と違ぁう! 確かにこれもそうだけど、もっとストレートに伝えるつもりだったのにっ!ああ、俺のバカ……。

 しかし、天使のなでしこはこんな駄目駄目な告白でも前向きに取ってくれた。

 

「はい……っ! なでしこは、常にあなた様のおそばにいます! 啓太様ぁ……っ!」

 

 目尻に新たな涙を溜めて、それでも笑顔で俺に抱きついてくる。

 俺も優しく迎え入れて、彼女の華奢な背中に手を回した。

 なでしこは涙に塗れた声でそっと囁く。

 

「――ふつつか者ですが、どうか末永くお側においてください。啓太様……」

 

 気恥ずかしかった俺は何も答えず、ただただ彼女を抱きしめる手に力を入れるのだった。

 

 




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