11/24 死神の台詞を修正しました。
メイドさんの運転するリムジンに乗ること一時間。
目的地に到着した俺たちは目の前の豪邸を呆然と見上げていた。
お嬢様のご自宅は丘の上にそびえる大邸宅だった。玄関は開放感溢れる吹き抜け式で、両サイドにはずらっとメイドさんが並び低頭している。
なにこの絵に書いたようなお出迎え。薫の家も大分豪邸してたけど、ここはその比じゃねぇし。
もはや日本語も怪しくなってしまうほどのチッリ感、いやリッチ感。数億すると言っても納得しそうな洒落たシャンデリアが眩しいです。
「それでは、私どもも少々着替えて参りますので。後ほど食事の席でお会いしましょう」
そう言って一礼したセバスチャンはお嬢様と共にどこかへ去っていってしまった。
メイドさんの一人が進み出て客室へ案内してくれる。
本職のメイドってメイド喫茶にいるような人と違っておばちゃんが多いって謎知識にあるけど、そんなことないんやね。案内してくれる人も含めてここのメイドさんメッチャ美人じゃん。謎知識も当てにならないことがあるんやね。
「どうぞごゆるりとおくつろぎ下さいませ」
「うわぁ、すごぉい!」
案内された客室の中を見て回り、目を輝かせるようこ。
予想通り客室も豪華な作りになっていて、ここに篭っても生活が成り立つように必需品が一式揃っている。
リビング、キッチン、トイレ、風呂、冷蔵庫、電子レンジ、寝室。他にも遊具室やパソコンルームなどもあり、本当に客室なのかと突っ込みたくなるような部屋だ。
一泊数十万と言われても安く感じるような部屋を自由に使っていいと言われても、気後れしちゃうよこれ。ようことなでしこは気に入っているようだけど。
「お客様のご要望にはすべてお応えするように申し付かっております。なんなりと遠慮なく」
あ、ハイ。
1
その頃、お嬢様である新堂ケイは彼女専用の浴室でバスタブに身を沈めていた。
お湯を掬って顔に水をかける。次にシトラスの芳香剤を入れて泡立ててから、丁寧に体を洗い始めた。
「ふぅ……」
顎先まで湯船に浸かりながら、セバスチャンと戦った啓太の姿を思い浮かべる。
「強いね彼」
子供と大人といったら大げさだが、明らかに身長差と体格差があるのに、あのセバスチャンと正面から渡り合ったのだ。物心ついた頃から強い人間を見てきたケイには判る。
けれど――。
「アイツほどじゃない」
新たな希望を嘲笑するように力なく首を振る。希望を持ったところで無駄に終わるのは経験上、目に見えていた。
もはや慣れ親しんだ虚無感が胸の内を満たしていく。どうせ明日になったらすべてが終わるのだから。
ケイはいつもの歌を歌いだした。
いつしか自然と思いつき、歌い始めたあの歌。
死を誘う歌、死と戯れる歌を――。
【時を運ぶ縦糸、命を運ぶ横糸。その糸を紡ぐ手は死の運び手。
彼は冥府の支配者、うたかたのごとく消える命を輪廻の輪に乗せて。
潤い消えた乾いた心は砂のようにサラサラと、形崩し無に還る。
ただただ、
ただただ、
いつしか醒める夢がやってきた。ただただ、それだけのことだから】
さざ波を立てていた心が落ち着いてきた。
「ふぅ」
湯船から立ち上がる。啓太を自分の都合に巻き込んではいけない。あの少年と少女たちには今日だけここに泊まってもらって明日御礼をしよう。
たとえセバスチャンがなんと言おうと、明日の朝には送り返す。そう決めた。
ケイは風呂から上がると濡れた体を拭きもせずに浴室の外へ出た。風邪などの心配は十年も前にとっくに止めていた。
浴室の隣はケイの私室となっている。高い天井に広い部屋。大きいベッドが壁際に置かれていて、大きなプラズマテレビがあるだけで、お嬢様の部屋にしては酷く殺風景だった。
数年前にこの屋敷に越してきてからというもの、ケイは私物を増やそうとしなかった。セバスチャンが花瓶や家具などを置こうとしてもすぐに拒絶した。
一日中点けっぱなしにしているテレビにはケイの好きな動物番組がやっていた。電源は切っているためシャンデリアが灯ることはない。テレビが唯一の光源だった。
ベッドに腰掛ける。ベッドにはケイが唯一持っている玩具、クマのぬいぐるみが座っていた。
少女と何年も共にしてきたため古ぼけている。
ケイはたった一人のお友達であるクマのぬいぐるみを抱き上げ、優しく頭を撫でた。
「お前ともお別れだね。いままでありがとう。明日からはあの子の元に行きなさい」
キュッと抱き締める。
涙は出なかった。
2
時間は流れ夕方。メイドさんの手により高級スーツに身を包んだ俺。なでしこたちもメイドさんたちがチョイスしたドレスを着込み、いつもより色っぽさを醸し出していた。
晩餐に呼ばれ二階の食堂に連れてこられた俺たち。広々とした食堂の壁際にはメイドさんとシェフたちがずらりと並んでいた。
長テーブルの上には豪華な食事の数々が並べられていた。
極薄皮の小籠包、蟹肉入りフカヒレスープ、広東風海鮮チャーハン、アワビの干し物のステーキ、北京ダックなどなど。
食欲を誘う絶品料理が次から次へと、追加されていく。
始めて目にする高級料理の数々に目を奪われる庶民派の俺。ようこも涎を流さんばかりの顔で料理を凝視している。あのなでしこですら少し落ち着きがない顔をしていた。
「さあどうぞ。遠慮せずお召し上がりくだされ」
再び執事服に着替え直したセバスチャンに促され、高級料理の数々に手を伸ばす。
俺とようこは会話も忘れて料理に夢中となり、ただただ食事に専念した。なでしこは一つ一つ味わうように食べ、その都度コック帽を被ったシェフに尋ねている。まさかこの料理の数々を覚えるつもりですかなでしこさん!? 出来るのならよろしくお願いします!
「はぁ~、美味しかったぁ。お腹いっぱ~い」
「……なるほど、そのタイミングで隠し味にイチゴジャムを。大変勉強になります」
デザートのゆずシャーペットまでぺろっと平らげたようこは満足そうにお腹を擦っていた。その隣ではなでしこがメモ帳に料理の手順やコツを書き留めている。
俺も大変満足だ。いやぁ、美味しかった。
「……美味しかった。大変美味」
「お気に召していただけたようでなによりです」
にこっと微笑むセバスチャン。そして、手をぱんぱんと叩くと、壁際に並んでいたメイドさんやシェフたちが次々と退出していった。
どうやら、いよいよ本題に入るらしい。
空気が変わるのを敏感に感じ取ったなでしこたちも背筋を伸ばす。
「察しがいいですな」
真顔で話を聞く姿勢を取る俺たちを見てセバスチャンが不敵の笑みを浮かべた。
「……そりゃね。普通、こんなもてなしされたら、はいさよならって帰れない」
それが心理操作というやつだ。
にこっと微笑んだセバスチャンは手元のブリーフケースから紙切れを取り出すと、万年筆でサラサラと何かを書き出した。
「こちらは新堂家の資産を管理している顧問弁護士ともきちんと相談しております。私の一存ではないのでご安心ください」
そう言って紙切れを手渡してくる。
なんじゃらほいと受け取ってみると、そこには――。
「今回依頼を受けて下さるにあたり、手付金として川平さんに五千万をお渡ししましょう。私がこれからお願いする依頼を受けてくださるのなら無条件でお渡しします」
「……五千万?」
「ごせん、まん……っ」
あまりの額にオウム返しで聞いてしまった。金銭管理を任せているなでしこが目を見開いて絶句している。
ようこは今一つピンとこないのか首を傾げていた。
「ごせんまんえんって、どのくらい? おむすび千個くらい食べられるの?」
「おむすびでしたら大体五十万個、チョコレートケーキはホールで二万五千個くらいですよ、ようこさん! まさかこんな大きいお仕事が来るなんて!」
「ご、ごご、ごじゅうまんっ!? チョコレートケーキが、にまんって……ええぇぇぇぇぇ!?」
酷く庶民的な例えで驚くようこ。こんな大仕事が舞い込んできて、なでしこも我が事のように喜んでくれた。
ていうか、計算速いななでしこさん! さすがです。
「さらに、これが成功報酬です」
そう言ってセバスチャンは同じ紙切れ――小切手に五千万の文字を書き、渡してきた!
合わせて一億っすか! 小切手を見たなでしこさんがショックのあまり固まっちゃいましたよ!
「それだけではありませんよ川平さん。これは副賞ですが、見事依頼を成功してくだされば、もれなくこの邸宅を丸々、土地付きでお渡ししましょう!」
バナナを叩き売る店主のようにブリーフケースから土地の権利書、契約書、その他もろもろの書類をテーブルの上に載せた。
もう止めて! なでしこのライフはもうゼロよっ!
達成報酬の豪華さになでしこが気絶しそうだよ!
「――ですが、これからお話しする依頼はそう簡単なものではありません。場合によっては死を覚悟していただく可能性もあります」
それまでと一転して、重々しい口調で言うセバスチャン。
浮かれていた気持ちが一瞬で引き締まった。気絶しかかっていたなでしこも、ハッと正気を取り戻す。
そうだよな。こんな美味しい話なんだから相応のリスクがあって然るべきだ。
「絶対死んじゃうと思うけどね、わたしは。この依頼を受けたら明日があなたの命日よ。彼、あなたたちのご主人様なんでしょ? 悪いこと言わないわ、止めておきなさい」
かなり真剣な表情でそう忠告してくる。どうやらお嬢様は良心からそう言ってくれているようだ。
こりゃ、かなりヤバイ依頼っぽいなぁ。軽く聞いた話だと死神が絡んでるっぽいし。
「……詳しく聞く」
「そうですね、まずは新堂家の成り立ちを話しましょうか」
重々しい口調でセバスチャンは大企業、新堂グループを率いる新堂家の成り立ちを語り始めた。
新堂家は元々武家の家柄で、不況に次ぐ大不況や信頼していた者の裏切りなど不幸が続き、お嬢様の祖父は貧窮を極めるほどにまで追いつめられたらしい。
なんとか家を再興したい、そう考えた祖父は手を出してはならない領域、踏み越えてはいけない一線を越えてしまった。
「……それが死神?」
「はい。お譲様のお祖父様はこの世ならざるモノと契約を結ぶことで、家名を盛り返すことにしたのです。その結果、新堂家は巨額の富を得ることができました。しかし、その代償があまりも大きかった……それが――」
「契約その一『毎年、新堂家の人間に恐怖を与える』。契約その二『二十歳になると新堂家の者は必ず命を奪われる』。契約その三『二十歳になると新堂家の者に関わるすべての者の命を奪うことが出来る』。契約その四『二十歳になるまでは新堂家の者に関わるすべての者の命を奪うことはできない』。誕生日になるとね、アイツがやってくるのよ」
セバスチャンの言葉を遮るようにお嬢様が喋りだす。自分の頭に手を置いた。
「こう頭に手を置くと、そこから恐怖が流れてくるの。その後、実験動物を見るように私の顔をジッと見るのよ。まるで観察するように」
その恐怖を思い出したのか、かすかに体を震わせるお嬢様。
「そして、アイツは毎回こう言うわ。『もっともっと恐怖を覚え、絶望せよ』って」
「酷い……」
なでしこが呟く。
セバスチャンの話だと、その死神は絶望と恐怖を司る存在のようで、自分の力に絶対の自信があるらしい。そのため、毎年新堂家の人間に恐怖を与えては心が絶望に染まり、それがすくすく育つのを待っているのだと。
そして新堂家にやって来る傍ら、自分を倒そうとする格闘家や霊媒師の存在を許し、返り討ちにしてさらなる絶望を促す。
お嬢様のお母さんの代から名のある強者を何人も集めて迎え撃とうとしたが。
「結局、誰一人としてあいつに敵わなかった。ただのかすり傷さえ負わすことも出来なかったのよ」
「……」
セバスチャンが俯く。恐らく、彼はその頃から仕えていたのだろう。
「だから、あなたもきっと同じよ」
そう言い残して席を立つ。
小さなその肩にとてつもなく重いものが乗っかっているんだな……。
「それと一応言っておくけど、手付金欲しさに挑むならやめておいたほうがいいわよ。明日がわたしの二十回目の誕生日。すなわち、依頼を受けるということは契約であなたも死ぬということだから」
薄く笑うお嬢様の言葉を聞き、愕然とした。
ショックのあまり開いた口が塞がらない。ようこも驚いた顔でお嬢様を見ていた。なでしこだけは表情を変えず、俺の顔を見ている。
「……なん、だと」
「うそ……」
「明日はわたしに関わる者すべての命日。残念だったわね」
俺たちの反応に諦念の笑顔を浮かべて頷くお嬢様。
「これで分かったでしょ? 川平くんは確かにその歳の割りに強いかもしれない。でも今回ばかりは相手が悪いわ。こんなことで命を無駄にしないで。あなたを必要としてくれている女の子が二人もいるんでしょ?」
その言葉に、俺は力なく俯いた。
まさか、まさか――。
「……中学生、ないしは小学生だとばかり」
「は?」
訝しげの視線を向けてくるお嬢様。
「……その容姿で、二十歳……。俺とあまり身長、変わらないのに……」
「わたし、てっきりともはねに毛が生えた程度だと思った」
「……それは言い過ぎ」
精々中学生だろ。それがまさか俺より年上で、しかも成人直前だなんて!
くそっ! 発育不足はまだ目を瞑るとしても童顔にもほどがあるだろ! 俺と同じ身長なのに向こうは成人するとか、余計俺のちっこさが目立つじゃねぇか!
相変わらず俺の背は伸びないってのに! まさか、もう成長期終わったの俺の体!?
はっ! 閃いた! 身体操法で成長ホルモンとか体の発達を促すホルモンを過剰分泌させればいいんじゃね!?
「って、そうじゃないでしょ! なんでわたしが成人することに驚くのよ! この依頼を受けたらあなた死んじゃうのよ!?」
「くっくっく……」
「セバスチャン! なにあなたも笑ってんのよ!?」
「いや、くっ、もうしわけない」
口元を押さえなんとか笑いを堪えるセバスチャン。
お嬢様はそんなセバスチャンの襟を掴み、涙目になりながら強く揺すぶった。
おお、そんな顔もできるのか。
「――まあ、こんな豪勢な料理、ご馳走してもらった。その分の働きはする」
「お、おぉ……、で、では……!」
期待に震えるセバスチャンに頷き返す。
「……その依頼、正式に受ける。死神上等」
もちろん死ぬつもりなんてない。これでも場数を踏んでるし、こっちにはようこもいる。俺だって強くなった。
それに美少女が困ってるんだ、ここで立ち上がらなくてなにが男か。
死神がなんぼのもんじゃい! 死神上等! 神殺しじゃあー!
「あ、あなたなに考えてるの!? 死んじゃうのよ!?」
慌てた様子でそういうお嬢様。そんな彼女の心配を笑い飛ばすように、トンと軽やかな動きで床を蹴ったようこが俺の頭に飛び乗るようにして抱きついてきた。
「だいじょ~ぶ! なんていったってケイタにはわたしが憑いてんだから。だから、おーふなに乗ったつもりでいなさい、シンドウケイ♪」
「……」
自身満々でそういうようこにお嬢様が言葉をなくす。
ふとなでしこの様子が少しおかしいことに気がついた。
先ほどから一言も喋らず、ただ不安げな顔で俺をずっと見つめていた。
死神と戦うことに危惧しているのだろうか?
なでしこに話しかけようと口を開いた、その時だった――。
「ん?」
「えっ? なに、なに?」
突如、天井に吊るされていたシャンデリアの灯りが消え、テーブルの上に置かれていた燭台の火も一斉に掻き消えた。
停電だと燭台の火まで消えるわけがないし、なんだ?
「そんな、なんで……!」
顔面を蒼白にしたお嬢様が恐怖で震えていた。
セバスチャンも「馬鹿な、まだ一日早いはずなのに……ッ!」と青白い顔で動揺していた。
そして、頭を掻き毟り半狂乱になって叫ぶ。
「いや……いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」
「啓太様! 何か来ますっ、気をつけてください!」
食堂の入り口付近の空間が歪むと、まるで闇を具現化したような漆黒の渦が出現した。
次第にその渦は黒い稲妻を放ちながら徐々に拡大していき、やがて渦巻きの中から人影が現れる。
すらりと背の高い男だ。
黒いローブのようなものを纏ったそいつは閉じていた目を開ける。銀色の輝きを放つ凍るように美しい目だ。
背中まで伸びた黒髪をうなじ辺りで縛りっており、全体的に線の細い印象を受ける。
突如、現れた男は自分の体を抱き締めて恐怖で歯の根が合わなくなってしまっているお嬢様の元まで歩み寄った。
「一年ぶりだな新堂ケイ」
そう言って、男は冷笑を浮かべた。
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