いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 とりあえず五話だけ書けたので、この分だけ投稿します。


第五十三話「ようこの変調」

 

 

 薫の家に泊まって二日目。

 昨日は色々と疲れた。色々と……。

 朝食の前。なでしこに包帯を変えてもらってから、ようこたちを連れて食堂へ向かった。

 食堂にはすでにせんだんたちが席につき、俺たちの到着を待っていたようだった。

 

『おはようございます啓太様!』

 

 唱和されるおはようコール。はきはきした声に少したじろいだ俺は遅れて挨拶を返した。

 

「……おはよう」

 

「おはようございます」

 

「おはよー」

 

 席に向かうと、なぜかせんだんがスッと椅子を引いてくれる。

 

「どうぞ啓太様」

 

「ありがとう……?」

 

 座るといぐさが料理を運ぶ台車――サービスワゴンに乗ってるトレーを持って来て、俺の前に置いてくれた。

 

「き、今日の朝食になります」

 

「……ありがとう?」

 

 男が苦手で一定の距離を保っていたのに、こんなに接近して大丈夫なのか?

 いまりとさよかがコップにジュースを注いでくれる。

 芳醇な葡萄の香りが漂ってきた。

 

「これ、あたしたちが育てた葡萄から搾った葡萄ジュースなんですよ」

 

「美味しいですから是非啓太様も飲んでみてください!」

 

 やたらと親身に話しかけてくる双子の少女。

 いや、彼女に限らずせんだんを始めとした女の子たち全員がやたらと親切なんだけど!

 一体どうした!?

 

「あの、せんだん? みんな啓太様に対する態度が少し違っているようだけど……」

 

「うんうん。いぐさたちとかケイタと距離取ってたのにね」

 

 そうだよね。いぐさはもちろん、いまりとさよかもこんなに距離近くなかったよな。

 突然の豹変、というまでではないが変化に戸惑いを覚える俺たち。

 苦笑するせんだん、愛想笑いを浮かべるいまりとさよか、赤くなった顔を俯かせるいぐさ、鼻を鳴らしてそっぽを向くたゆね。

 そして、一人嬉しそうに笑うともはね。

 こうまで態度が変わると何かあるのではと勘ぐってしまうよ!

 

「昨夜の啓太様がね」

 

「うん」

 

「身を挺していぐさを守ってくれた姿を見てしまったら、ね。認めざるを得ないわよ。結局、わたくしたちは噂に踊らされていたのね」

 

 あ。やっぱり俺、認められていなかったのね。

 それならあの距離感も腑に落ちるわ。

 

「あの、啓太様……? お背中は大丈夫ですか?」

 

 不安そうに顔色を窺ってくるいぐさ。

 軽く頷いてみせるとホッと一息ついた。

 

「啓太様」

 

 朝食が終わるとせんだんに呼び止められた。

 振り返るとせんだんたちがずらっと横一列になって並んでいる。

 何事だろうか。首を捻っていると、少女たちが一斉に低頭した。

 

「今まで数々のご無礼、大変申し訳ございませんでした」

 

『申し訳ございませんでした!』

 

 唱和される申し訳ございませんコール。え、なに? 本当何事!?

 呆気にとられていると、せんだんが理由を話してくれた。

 その話によれば、せんだんたちは犬神の山で俺に纏わる噂を聞いていたらしく、俺を噂通りの人間だと思っていたらしい。

 そのため、今日の今日までずっと俺を認めず、どこか舐めていたのだと。

 そうだったのか。俺としてはあまり接点がなかったからだと思っていたんだけど。まさか、そんなふうに思われていたとはつゆも知らなかった。

 出来れば知りたくなかった事実だなぁ~。

 なでしこが心配そうな顔で見上げてきて、ようこが「どうするの?」と言いたげな目で見てきた。

 

「……頭上げる」

 

 俺の言葉に頭を上げるせんだんたち。真剣な顔でこちらを見つめるその姿はどこか、すべてを受け入れた死刑囚のような覚悟が見てとれた。

 

「……そもそも怒ってない。謝らなくていい」

 

「ですが」

 

「……それに、これから仲良くすればいい」

 

 仲良く、前向きでやっていこうぜ!

 

 

 

 1

 

 

 

 それからは非常に穏やかな時間が流れた。

 ともはねの相手をしたり、いまりとさよかに花の話を聞いたり、せんだんからここ最近の薫の話を聞いたりと非常に有意義な時間を送れた。

 なでしこたちのブラッシングをすればともはねやいまり、さよか、せんだんまでもが体験してみたいとマイブラシを持って来て。

 午後は日課である各種筋トレやランニング、仮想敵とのシャドーで汗を流していると、遠くでたゆねがうずうずさせた顔でこちらを見ていたり。

 当初の目的であるせんだんたちとの交流は順調に進んでいった。

 そして、昨夜とは一転して全員集まり賑やかな夕食を迎える。

 そんなこんなで、あっという間に時は流れ、薫は無事に帰宅。

 俺たち啓太一家は薫一家に見送られながら、薫邸を後にしたのだった。

 

「楽しかったねー!」

 

「ええ、ちょっとした騒ぎはありましたけど、楽しかったですね」

 

「……だな。せんだんたちとも仲良くなれたし。よかった」

 

「そうですね」

 

 朗らかな笑顔を見せてくれるなでしこ。なんだかんだあったけど、みんなと仲良くなれてよかったよかった。

 それからは学校と仕事を両立させながら普段通りの日常を送った。

 仕事があればようことともに出かけて霊的事件を解決し、家に帰ればなでしこに出迎えられ温かい食事が待っている。

 依頼のない休日はなでしことようこの相手をして一緒に過ごし、時たま起こるようこのトラブルに頭を悩ます、そんな日々。

 これは、何気ない日常の一コマで起きった小さな出来事。

 

 

 

 2

 

 

 

「……ただいま」

 

 学校から帰ってきた俺は、出迎えがないことに気が付き首を傾げた。

 いつもならなでしこやようこが出迎えに来てくれる。手が離せなくても『お帰りなさい』の一言くらいはあるはずだった。

 靴はあるから二人とも家にいるはずだけど、どうしたんだろう?

 すると、少し遅れて奥のほうからパタパタとスリッパを鳴らす音が聞こえてきた。

 やってきたのはなでしこで品行方正の彼女にしては珍しく廊下を走っている。

 

「……なでしこ?」

 

「た、大変です啓太様!」

 

 そんなに慌ててどうしたんだろう。

 そして、暢気に構えていた俺の思考を一瞬で吹き飛ばす話がなでしこの口から語られた。

 

「ようこさんが倒れましたっ!」

 

 ――ホワッツ!?

 慌ててリビングに向かう。そこにはぐったりとソファーで横になったようこの姿があった。

 苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、額には大量の汗が滴となって浮かんでいる。

 着ているシャツも汗でぐっしょり濡れていた。

 試しに額に手を乗せてみると。

 

「あ、いけませんっ」

 

「熱っ!」

 

 じゅっと肉の焼ける音とともに鋭い痛みが走った。思わず手を引く。

 手の平が軽い火脹れを起こしていた。

 すごい熱だ。

 

「……どうなってる?」

 

 水道で手を冷やしながらようこの様子を見る。熱に浮かれているが意識はあるようで、潤んだ目でこちらを見ていた。

 

「けいたぁ……あつい、あついよぉ……」

 

 うわ言のように呟くようこ。側に控えたなでしこがようこの頭に水で濡らしたタオルを乗せる。

 ジュッという音とともに水蒸気が上り、タオルが乾いた。

 薄目を開けたようこがなでしこに訴えかけてくる。

 

「あつい、あついよなでしこぉ……とけるぅぅ」

 

 そして、力尽きたように気絶した。

 

「とりあえず、ようこさんを冷やさないといけません。啓太様、ようこさんをお風呂場まで運ぶので手伝っていただけますか?」

 

「わかった」

 

 意図を察した俺は強く頷き、ようこの脇の下に手を通す。さっきの二の舞になるので、霊力で手を保護するのも忘れない。なでしこには足を持ってもらい、一、二の三で持ち上げた。そのままようこを風呂場まで運ぶ。

 そっとタイルの上に寝かしたらシャワーを全開にして直接水をぶっかけた。

 途端にもうもうと水蒸気が沸き上がる。

 

「あぁううぅぅぅ」

 

「ようこさん、しっかり!」

 

 少しだけ意識が戻ったようこだったが、まだ上の空。必死に呼びかけているなでしこの声にも反応できないでいた。

 俺はなでしこにシャワーをかけ続けてもらい一旦リビングへ戻る。そしてバケツに水を貯めると風呂場へ戻り、浴槽を一杯にする作業に没頭した。

 十数往復してようやく浴槽に水が溜まると、ようこを抱え上げてその中に浸かす。

 じゅわっと大量の水蒸気が立ち上る。改めてようこの額に手を置くと、先程よりは熱が引いているようだった。

 そのまましばらく様子を見てみる。

 大分、呼吸も楽になり様態も安定したようだった。

 

「……とりあえず、大丈夫そうだな」

 

「はい」

 

 ホッと安堵の吐息を漏らす俺となでしこ。

 しかし、一体何が原因なんだ?

 

「……なでしこは、原因わかる?」

 

「ええ、まあ」

 

 どこか歯切れの悪い様子を見せる。

 その訳を聞こうとしたその時、背後から聞き覚えのある声がした。

 

「――やはり発熱しましたか」

 

「……はけ?」

 

「はけ様」

 

 そこにはお婆ちゃんの犬神であり、幼少期から面倒を見てもらっていた親代わりのようなヒトが立っていた。犬神のはけだ。

 いつものように白装束に身を包み涼しげな顔で立っていたはけはようこの額に手を置き、次いでジッとようこの顔を見つめる。

 そして何か得心が行ったのか、鷹揚に頷いてみせた。

 

「的確な処置です。このまま冷やし続ければようこの熱も一晩で取れるでしょう」

 

「……そう、よかった」

 

 とりあえずは一安心かな。

 

「さっき、やはりって言った。はけもなにか知ってる?」

 

「……わかりました。お話ししましょう」

 

「はけ様!」

 

 なでしこが咎めるように鋭い声を上げた。

 そんな彼女を静かな目で見つめ返し、諭すような静かな口調で言う。

 

「なでしこ、あなたの気持ちもわかります。ですが、本来啓太様は知る義務があります。いつまでもはぐらかす訳にはいかないのです」

 

「……」

 

 苦痛に耐えるように顔を歪めるなでしこ。沈黙が下りる中、ようこの規則正しい呼吸音だけが聞こえる。

 俺と向き直ったはけはいつになく真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。

 

「聡い啓太様のことです。ようこについてずっと疑問に思っていたでしょう? 彼女がなんなのかを、どのような存在なのかを。まずは、今までずっとはぐらかしてきたことを詫びなければいけません。申し訳ございませんでした。ですが、我らは決して啓太様を軽視していたわけではなく――」

 

「……いい。わかってる」

 

 俺だって別に馬鹿じゃない。ようこがなんなのか、なんとなく見当もついている。

 お婆ちゃんやはけがそのことを俺に知らせなかったのも、恐らくそれを知ることでようこを見る目が変わるのを忌避してのことだろう。二人の愛情を今まで疑ったこともない。

 ――ん? と、いうことは、もし俺が考えている通りならようこの熱って、そういうことなのか……?

 

「……犬神の山に張られた結界。あれ、外からの侵入じゃなく、内からの脱走を防ぐもの。中に住んでいる犬神たちですら、外に出るには契約者が必要。それほど強力な結界を張る理由。それを考えればおのずと判る」

 

「左様、ですか」

 

「……」

 

 神妙な顔で頷くはけと沈痛な面持ちで黙するなでしこ。

 そんな二人の様子をチラッと横目で見て、静かに寝息を立てるようこの額をそっと撫でた。

 

「……最近、邪気が増しているせいか、仕事が増えてきている。それに比例するように、ようこの力も格段に増した。普通、こんな短期間で力が増すなんて、ありえないのに」

 

 そう、霊力や妖力といった無形の力は筋肉とは違い鍛えれば鍛えるほど力が増すという、そんな単純なものではない。

 仙界で学んだ知識によると、霊力などの力というのは魂の輝きに比例するらしい。上手く言葉に出来ないが、持って生まれた魂の形が霊力の強さに繋がるのだ。それはすなわち、生まれ持った資質に左右されるということ。

 そのため、一般的には霊力の絶対量を増やすことは出来ないと言われている。

 その霊力が、妖力が増えるということは、魂になんらかの変化が生じているということになる。

 

「…………ようこの妖力が高まって、炎の力が制御できなくなった。そういうこと?」

 

「ええ、その通りです。ただこれは病気ではなく、あくまで一過性のものです」

 

「……そう。ならいい」

 

 それまで沈黙を保っていたなでしこが顔を上げた。

 言いたいけど言ってはいけない。そんんな相反する感情に悩まされているような顔。

 

「啓太様……。ようこさんは、その……」

 

「いい。その時が来たら本人に聞く」

 

 なでしこの言葉を遮って小さく首を振った。

 念を押すようにはけが聞いてくる。

 

「……よろしいのですか? 本当はすべての犬神使いが正式な契約を結んだ段階で知らされるのです。彼女と彼の者のことを」

 

 心の底までも見通すような深い目で見つめてくるはけに頷いてみせる。

 

「ようこはまだ話したくないと思ってる。だから話さない。なら話したくなるまで待つ。それまで俺は無知でいい」

 

 それに、本人の知らないところで聞くのはフェアじゃないしな。

 こう見えて、ようこのことはなでしこと同じくらい信頼してるんだぜ?

 

 

 

 3

 

 

 

 翌朝、麗らかな日差しが差し込む早朝。

 窓から入り込む冷たい風に身動ぎしたようこは、ゆっくり目を覚ました。

 

「ん……んん……けいた? なでしこ……?」

 

 いつの間にか白いネグリジェに着替えて布団に横になっている。しかも両隣にはなでしこと啓太が小さな寝息を立てて眠っていた。

 傍には水が入ったコップが置いてあり、一口飲んで喉を潤したようこは昨夜の出来事を思い出した。

 

「あ、そっか……。わたし、熱出して倒れたんだっけ」

 

「ん……ようこさん?」

 

 ようこの声に反応したのか、なでしこが起き出す。

 すっかり体調が良くなったようこの姿にホッと一息ついた。

 

「よかった。すっかり熱が引いたみたいですね」

 

「うん。ありがとね、なでしこ」

 

「んぅ……」

 

 話し声に起こされたのか、のろのろと啓太が起床した。

 ふあ、と小さく欠伸をした啓太は目を覚ましているようこに気がつくと、唐突に彼女の額に手を当てる。

 突然、額に触れられてどぎまぎするようこ。頬が薄っすら赤く色づいていた。

 

「……ん。もう大丈夫そうだな」

 

「う、うん。……ケイタ、そ、その手」

 

 触れていた右手が包帯で巻かれていることに気がついたようこはその手を取り、まじまじと見つめた。

 

「これ、わたしに触ったから、だよね。熱かった? 痛かった? ごめんね。ごめんね」

 

 何度もごめんねを繰り返しながらぽろぽろと涙を零すようこ。鼻水まで出て、とても美少女がする顔には見えない。

 空いた左手でぽりぽりと頬を掻いた啓太は、自分の右手を握って離さないようこを抱き寄せた。

 そして、ぽふっと胸の内に納まったようこの頭を撫でる。

 無言の啓太だが、その思いを直に感じ取ったようこは声を上げて泣き出した。

 どこか困った顔でようこの頭を撫でる啓太。そんな啓太とようこを抱き締めるように、なでしこも身を寄せてきた。

 全員無言でようこの鳴き声だけが聞こえるが、心温まる時間が緩やかに流れる。

 スズメの、チュンチュンと鳴く声が聞こえてきた。

 

 





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