いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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八話目


第五十一話「薫邸にお泊り(中)」

 

 

「こちらが客間になります。啓太様にはこちらでお泊り頂く予定です」

 

 そう言って通されたのは今日泊まる部屋である客間。

 十五畳ほどの広さで、中央に大きいベッドと丸テーブルが置かれ、薄型のテレビが設置されている。

 天井も高く、壁際には胡蝶蘭がずらりと並んでいて、ほのかに甘い香りが部屋中に漂っていた。クーラーと小型冷蔵庫も完備されているから、快適に過ごせるのは間違いない。

 他にもお菓子やフルーツなどが盛ってある小皿がテーブルに置かれていて、ブルーベリーを一つまみしたようこが口をもぐもぐ動かしながらぐるっと部屋を見回した。

 

「へー、いい部屋じゃない」

 

 俺もベッドに腰掛けて部屋を見回す。ホテルの一室と言ってもいい感じだ。

 

「そちらにハーブティーがございますので、お休み前にどうぞ」

 

 ティーポッドとティーカップ、茶葉の一式が盆に載った状態で置かれていた。枕が変わって眠れない神経質な人でも安眠が取れそうだ。

 

「……いい部屋。ありがとう」

 

「いいえ、お気に召して頂けたならなによりです。なでしことようこは同室で隣の客間になるわ」

 

「えー? わたしもケイタと一緒の部屋がいいー」

 

 当然ながら部屋は女子と男子に分かれている。

 しかしようこは不満なのか、俺が腰掛けているベッドに自分もダイブしてぶーぶー言い出した。

 なでしこが小さい子にするように、めっと叱る。

 

「ようこさん、わがまま言わないでください。ここはお家じゃないんですよ?」

 

「そう。あまり迷惑かけない」

 

「ぶー……。はぁーい」

 

 これじゃ、ともはねの方が大人だな。

 幼女といっても差し支えがない少女を思い浮かべて苦笑すると、扉の向こうからタッタッタッと廊下を駆ける音が聞こえてきた。

 扉を開け放ち、今しがた思い浮かべていた少女がやってきた。胸の前に大きな機器を抱えている。

 

「啓太様、一緒にゲームしましょう!」

 

 そう言って抱えていたものを見せてくる。黒光りする箱型の機械は世界に広く普及されている家庭用ゲーム機、プレ○テー○ョン3だ。

 

「これ、とっても面白いんですよ~」

 

「こ、こら、ともはね! いけません!」

 

 手にしたソフト――格闘ゲームを突きつけて明るく言い放つともはねをせんだんが注意する。

 けれど、俺もゲームは好きだし、久しくやっていなかったから快諾した。

 なんのゲームだか知らんがこの俺に勝負を挑むとはいい度胸じゃないか。俺はことゲームに関しては男女差別をしない主義だぜ?

 

「まったく、仕方ありませんわね。一時間だけですよ?」

 

「やったー! ささ、やりましょう♪」

 

 テキパキと部屋のテレビにコードを繋げてセッティングしていくお子様。淀みのない動きから遊びなれていることが窺えた。

 電源を入れるホーム画面が現れソフトを起動する。ともはねはコントローラを受け取った俺の腕の中に潜りこみ、すっぽりと懐の中に収まった。

 わくわくした顔のともはね。俺の両隣をいつの間にかなでしことようこが占領して興味深そうにゲーム画面を見つめていった。ベッドの上に腰掛ける俺となでしこ、ようこ。俺の上にともはねという形である。せんだんはテレビが見える位置に置かれたソファーに腰掛けていた。

 

「ふーん、これがゲームっていうやつね」

 

「すごい綺麗ですね……。作り物とは思えないくらいです」

 

 何気に初めてゲームを視聴するなでしこたち。そういえばうちにはゲーム機置いてなかったね。買った方がいいかねプレ○テとか。

 今回プレイする格闘ゲーム?はギル○ィ○ア。シリーズものでその中でもかなり古い部類に入るソフトだ。シャー○リ○ードである。

 

「手かげんはなしですよ啓太様!」

 

「……了解」

 

 ともはねはカ○か。なら俺はネタキャラのロボ○イにするか。

 画面の向こうでは野太い声のナレーターが勝負の始まりの合図を告げた。

 さて、ご要望にお応えして手加減なしでいくかね。

 始まりと同時に下段攻撃で先制を仕掛けた我がロボ○イはそのまま華麗な連続技コンボに移行して、瞬く間にともはねのキャラを壁際に追い詰めた。

 

「むむむぅ! あー!? ダメー!」

 

「ふっふっふっ……」

 

 壁際に追い詰めてからの連続コンボ。科学の力でカ○をぼっこぼこにするロボ○イ。脱出不可能な状況にともはねは呆気なく敗れてしまった。

 

「啓太様、本当にお上手ですね~。このゲームは初めてですよね?」

 

 尊敬したような目で見てくる幼女。両隣からもなにやら熱い視線を感じる。

 

「まあ、ね。一通り動きを確認すれば、結構簡単」

 

「それに操作方法が薫様とよく似てる。あの壁コンボは薫様もよく使う手なんですけど、コンボの繋げ方とかまったく一緒でした」

 

 まあそりゃそうでしょ。あいつにゲームというのを教えたのは俺だし。

 そう答えると、せんだんが反応を示す。

 

「薫様とは昔から遊ばれていたのですか?」

 

「うん。あいつが海外に行くまで。よく一緒に遊んだ」

 

 懐かしいなぁ。宴会芸として大道芸を仕込んだり、二人鬼ごっこをやったり、囲碁や将棋なんかもしたっけ。あいつジャグリングがめっちゃ上手いんだよなぁ。興じ過ぎてクラブから刃物に変えようとしたから流石に止めたっけ。意外とノリノリだったな。

 それからしばらく、薫の昔話で盛り上がったのだった。

 

 

 

 1

 

 

 

 同時刻。

 不穏な影が薫邸に近づいていた。森の小道を抜けた二つの影は館を囲む鉄柵を軽々と乗り越え、人目を忍んで館の裏口にあたる場所まで移動した。

 茂みに身を隠しながら、二つの影は様子を窺うように館のほうをじっと眺めている。

 頭上には赤黄色い満月が照り輝いていた。

 

「では、健闘を祈る」

 

「そちらも」

 

「応よ」

 

 影が頷き合うとまるで忍者のように、しゅばっと散開した。

 風で茂みが揺れる。

 不穏な影が啓太たちに迫っていた。

 

 

 

 2

 

 

 

 さらに時同じくして。

 薫邸の上空を不定形の靄のようなものが流れていた。

 ゆらゆらと漂いながら、おろろーんと鳴き声のようなものを発している。

 生き物、ではない。半透明の靄のようなそれは俗に邪霊や雑霊と呼ばれる存在である。

 ただ、その邪霊は生まれたばかりであるため明確な【個】というのが存在していない。おろろーんと鳴きながら意味もなく宙を漂い、彷徨っているだけである。

 ただただ風に乗って、北西から南西へたゆたう存在。しかし、そんな邪霊も食事をしなければお腹がすき、餓死してしまう。

 産まれてまだ一度も霊力の補給(食事)をしていない邪霊は空腹に襲われており、落下傘のようにゆらゆら落ちつつあった。

 落下する先には、白亜の洋館。

 

 

 

 3

 

 

 

 ともなねとの遊びも一段落し、各々リラックスして過ごしていた。

 なでしことようこは就寝するまでこっちにいるようなので、自宅から持ってきた犬用の毛梳きブラシで二人をブラッシング。もふもふの尻尾を梳くことが出来て俺は心が洗われ、なでしこもブラッシングされて夢心地。これぞまさしくウインウインの関係ですな。

 なでしこが終わり、ようこの太くて健康的な尻尾を梳いていると、側で見ていたともはねが自分もと強請ってきた。

 

「啓太様啓太様! あたしにもしてください!」

 

 そう言ってドロン、と顕現させたのは二股の尻尾。ふりふりと尻尾を振りながら胡坐をかく俺の膝に手を置き、身を乗り出してきた。

 気持ちよさそうに至福の一時を満喫していたようこがむっとした顔でともはねを見た。

 

「ちょっと、今わたしの番なんだけど。第一ともはねは薫にして貰えばいいじゃない!」

 

「えー、ようこやなでしこばかりズルイ~! あたしも啓太様にブラシしてほしいです!」

 

「ダメ! 啓太はわたしのなんだから!」

 

 おいおい、いつお前のものになったんだ?

 大分ブラシを掛けたため、もう一梳きしてからぺいっと尻尾を膝上から退ける。ぶーぶー言うようこをなだめて、ともはねに自分の膝を叩いてみせた。

 

「わーい!」

 

 歓声をあげて膝の上に乗るともはね。お約束かい!とつい突っ込んでしまいそうになった。

 苦笑してともはねを膝から下し、尻尾だけを乗せる。そして、ブラシをかけた。

 ともはねのような尻尾は初めてだ。二股に別れているのもそうだが、全体的に尻尾が短い。ウェルシュコーギーの尻尾をもっと太くした感じかな。

 手触りとしてはさらさらというより、ようこのようにもふっもふっの感じに近い。ただようこ程弾力があるわけではなく、触ると尻尾の芯を感じられる。

 なでしこやようこでもないまた新しい感覚。これはこれで良いものだ。

 

「啓太様のブラシ、優しくて気持ちいいですね~」

 

 心地よさそうな顔で尻尾を委ねるともはね。その言葉に俺のブラシの腕を一番よく知っている二人は大きく頷いてみせた。

 

「そうよね。ケイタのブラシってなんか、こう……安心?する感じなのよね」

 

「確かにようこさんの言う通り、私も啓太様にしていただくと、とても心が落ち着きます。こう、お日様に当たっているような、胸が温かくなる感じがするんですね」

 

 なんか俺、べた褒めである。ここまで賞賛されるとちょっと恥ずかしい。

 

「……そう? ありがとう」

 

 なるべく反応を見せないように心を無にしてブラシに専念していると、コンコンとノックをする音が聞こえた。

 

「失礼します。啓太様、お風呂の準備が出来ましたが、いかがでしょうか?」

 

 お風呂か。それはもちろん入りますとも。

 

「うちのお風呂は大きくて広いんですよ~! 泳ぐと気持ちいいんです!」

 

 ともはねが自慢げに話す。

 風呂好きの俺としてはそれを聞いて期待感が高まった。

 

「それではこちらへどうぞ」

 

 すぐに入れるとのことなので、お風呂場まで案内してもらう。

 館から一旦出ると、舗装された道を通りガラス張りの建物に入った。

 中に入ると熱気が伝わってくる。熱帯の花や果物などがところ狭しに植えられ、中央には掘り込み式の巨大浴槽があった。

 まるでジャングルのような風呂だ。ライオンを模したオブジェから熱い湯が絶え間なく吐き出されている。

 想像の斜め四十五度をいくジャングル式お風呂を前に呆気にとられた。ようこやなでしこもビックリした顔でお風呂を眺めている。

 

「どうです、すごいでしょー!」

 

 我がことのように胸を張るともはね。うん、これは自慢していいわ……。

 

「温泉を引き込んでいるのです。その熱を利用して果物や植物をいまりとさよかの双子が栽培しているのですよ」

 

「これは、すごいですね……」

 

 感動した様子で周りを見回すなでしこ。ようこも熱心にうなずいていた。

 

「更衣室はこちらですので、着替えはそちらでお願いします」

 

「ん」

 

 サウナのような作りの部屋が更衣室のようだ。サウナとは違って中はクーラーで適温に管理されている。

 なでしこたちは後から入るようなので先に使わせてもらうことになった。

 大浴場とまではいかないが、こんな広くて豪華な風呂に入ることが出来るとは、なんて贅沢なのだろうか。

 さっと掛け湯をしてから湯船に浸かる。ガラス張りだから上を見上げると済んだ夜空を眺めることができた。まるで貴族にでもなったような気分だな。

 澄んだ鳥の鳴き声。周りを見回すと樹木に南米に居そうなインコが数羽止まっていて、綺麗な声を聞かせてくれている。

 

「あー……極楽」

 

 湯船に浸かりながら体中の筋肉を弛緩させると、リラックスしていくのが分かる。筋肉とともに気分が解れて、心が洗われるようだ。風呂は心の洗濯とはよく言ったものだ。

 こんな思いできるんだから、薫には感謝だなー。

 今頃、仮名さんと一緒に仕事に励んでいるであろう友人の姿を思い浮かべ感謝の念を飛ばす。届くか分からんけど。

 

「……ん?」

 

 不意に少し離れたところから"ガチャっ"と扉が開く音が聞こえた気がした。誰か来たのか?

 俺が入ってることを知らないのだろうか。別に俺が女の子の入浴を見るわけではないけど、この状況ヤバくね?

 いぐさだったら卒倒するんじゃなかろうか、と少しだけ危機感を抱いていると段々気配が近づいてきて、木陰の向こうから姿を現した。

 

「し、失礼します啓太様……」

 

「お邪魔するねケイター」

 

「啓太様ー、お湯加減どうですかー?」

 

 現れたのは――うちの犬神と幼女だった。

 恥ずかしそうに俯き加減のなでしこは手を前のほうで組み、ようこは元気一杯といったように軽い足取りでやって来た。

 二人とも布地の面積が少ない衣服――水着を着て。

 

「――え……えっ……?」

 

 突然現れた訪問者に一瞬で頭の中がパニックになる。

 なんで水着? いや、なんでなでしこたちがここにいんの!? と、とりあえずタオル腰に巻かないと!

 ていうか、なでしこもようこも色白やなっ、肌メッチャ綺麗やん! 胸でっか! 足もすらっとしとる!

 

「お、お背中を流しに来ました」

 

「わたしとなでしこで洗ってあげる。どう、嬉しいでしょ?」

 

 羞恥心で顔を赤くしているなでしこが可愛いです。ようこの言う通り超嬉しいです。本当にありがとうございます。

 なでしこはその心を表しているかのような純白の水着。しかも、意外なことにビキニ! ホルターネックと呼ばれるビキニで、首の後ろで結ぶタイプのものだ。胸元の結び目がとてもチャーミングで非常に可愛らしい。

 ようこは水色の水着で、なでしこと同じビキニ! 三角ビキニと呼ばれるタイプのもので、胸のふくらみが強調されていてとてもセクシーです。意外と凶悪的なボディを誇るこいつがこういうのを着ると色々とヤバイ。マジで。

ともはねは生意気にもセパレーツ型の水着だ。子供らしい健全な可愛らしさがそこにある。

 今まで胸はようこの方が大きいと思っていたけど、こうして見てみるとどちらも同じくらいの大きさなんだな。なでしこは着やせするタイプだったのか……。

 つい、少女たちの水着姿を目に焼き付けていると、もじもじしながらなでしこが聞いてきた。ゴメンネ、じろじろ見ちゃって! でも仕方ないよね、だって男の子だもん!

 

「あの、啓太様? そんなにジッと見られると、さすがに恥ずかしいです……。どうですか、この水着。せんだんから貸していただいたのですけど、変じゃないですか?」

 

「全然。すごく似合ってる。……かわいい」

 

 いや、本当に。見蕩れちゃったもの。

 

「ほっ、よかった」

 

 安心したように微笑む。いつも見慣れている笑顔なのに、状況が状況だからか、ドキッと胸が高鳴った。

 

「ケイタケイタ、わたしはどう? ほら、みやこちゃんのポーズ。うっふ~ん」

 

 ようこが対抗するように前に出てくる。グラビアモデルのように手を頭の後ろに回し、くねっとポーズを取る。

 ぷるんと揺れる柔らかそうな果実に一瞬目が奪われた。

 

「ふふ、ケイタも男の子なんだね。目がおっぱいにくぎ付けだよ?」

 

「啓太様……」

 

 ジトーッとした目を向けてくるなでしこ。いや、仕方ないでしょこれは。健全な男の子ってことで許してください。

 

「……私もそこそこあるのに」

 

 なでしこが確認するように自分のおっぱいをむにむに揉む。

 いやいやいや! 何してるんですかなでしこさん! 男が目の前にいるんですけど! 俺は男として見ていないっていうメッセージですか!?

 

「さ、背中流してあげるからお風呂から上がって。こんな美少女に洗ってもらえるなんて、ケイタは幸せ者だね」

 

 俺の手を取って湯船から立ち上がらせようとしてくる。なでしこもタオルを手に背中を洗う準備を整えていた。ともはねは既に自分の場所を確保して、タオルにボディーソープをつけている。

 修行や鍛錬で様々な苦行を乗越えてきた俺だが、水着姿の美少女ふたりに体を洗ってもらうという、新たな苦行を無事乗り切ることが出来るだろうか……。

 少し不安を覚えながらも、意を決して湯船から立ち上がった。

 

 

 

 4

 

 

 

 啓太がなでしこたちに背中を現れているその頃。

 啓太たちのいる温室に三つの影が近づいていた。

 

「な、なあ。本当にこの格好で行くのか?」

 

 風呂場へと続くガラス戸を前にショートカットの少女――たゆねが顔を赤く染めて振り返った。

 たゆねは可愛らしいパレオの水着を着ている。本人も非常に可愛らしく、美少女と言っても差し支えのない容姿をしているが、ボーイッシュな印象のたゆねが可愛らしいものを着ると、数倍可愛いく見えるのはギャップマジックによるものだろうか。

 傍では違うタイプの水着を着ている双子の少女――いまりとさよかが、当然とでも言いたげに頷いた。

 

「もちろん。せーっかくこんな立派なもの持ってるんだからさ、これで川平啓太も『しんぼーたまら~んっ』て襲い掛かってくるから!」

 

「そうしたら、あの人を追い出せるし。きちっと川平啓太にはセクハラしてもらわないと、追い出せないでしょ?」

 

「そうだけどさぁ……」

 

 両手で胸の前を隠し、羞恥心で涙目になっているたゆね。パレオを巻いた彼女とは違い、いまりとさよかはワンピースの水着だった。

 川平に縁のある人のケイタに対する印象は好ましくなく、あることないこと噂が飛び交い、ケイタの評価というのは酷いものだった。その噂を犬神の山に居た頃聞いていた三人は、啓太に対してマイナスイメージを抱えているのも無理はない。

 いくら主の命令だからといって、不信感を抱いている相手を家に置くことは賛成できない。そう思っていた三人は薫の命令に背くと判っていながらも、啓太を追い出そうと画策していた。

 そんな時、啓太がお風呂に入ると聞き、チャンス到来と一計を案じる。それは、劣情を誘うような格好で入浴中の啓太の背中を洗い、彼に襲い掛かってもらおうという魂胆だ。なお、たゆねの案である。

 川平家親戚の男子のほとんどが助平な点から、男は皆スケベだと信じてやまないたゆね。もちろん啓太も迫られれば性欲丸出しで襲い掛かってくるに違いないと思っていた。

 そうすれば、啓太を追い出すことができる。完璧な作戦だ。

 

「ほら、行くよたゆね」

 

 そして三人は風呂場に場に続くガラス戸を開いた。

 石畳の床を裸足で歩いていた三人が足を止める。三人とも驚いた顔でとある方向を眺めていた。

 そこには既に先客であるせんだんが木に寄り掛っていたのだ。薄青い浴衣姿で優美に足を組んでいるため、細長い足が露出してしまっている。どこか色気を感じさせる立ち姿だった。

 せんだんは木に背中を預けながら手持ち無沙汰な様子で腕を組んでいる。

 

「り、リーダー?」

 

「あら、貴女たちも来たのね」

 

 水着姿の三人を見て軽く目を細めるせんだん。

 いまえいとさよかの双子が不思議そうに聞いた。

 

「リーダーはどうしてここに?」

 

「んー。啓太様の背中を流しに、かしら」

 

『えっ!?』

 

 驚くたゆねたちに苦笑する。

 

「ま、本当は啓太様の様子を見に来たのよ。あの子たちが向かったからね」

 

 そう言ってお風呂場の方を指差す。

 たゆねたちもそちらに視線を向けると、件の啓太が椅子に腰掛けて体を洗っていた。

 なでしこたち、少女の手によって。

 

「な、なな、なんてハレンチな! 主であるからって無理強いしたんだなアイツ!」

 

「うわ、サイテー」

 

「やっぱ噂通りの男なんだね」

 

 義憤を募らすたゆねと冷めた目で啓太を見るいまりたち。側で話を聞いていたせんだんは首を傾げた。

 

「何を言ってるの? あれはあの子たちから言い出したのよ」

 

「えっ、そうなの!?」

 

 心底驚いたとでもいうように目を丸くするたゆねたち。鷹揚に頷いたせんだんは腕を洗われて僅かに頬を染めている啓太に目を細めた。

 

「ここだけの話、わたくしも最初は反対だったのよ。いくら薫様のご友人だからといって噂に聞く啓太様と関わるのは。でも、以前初めて顔を合わせたじゃない。その時から不思議に思ってたのよね。本当に噂通りの人なのかって」

 

 啓太にまつわる噂は数あるが、中でもよく耳にするのは『無口無表情で何を考えているのか分からない』『人形のように精気のない子供』『感情のない少年』『子供を血祭にあげたことがあるらしい』『悪魔のような子』という聞いていて良い感情を抱かない噂ばかりだった。

 しかし、以前薫と啓太の犬神を顔合わせする際に初めて、啓太と対面して違和感を感じたのだ。

 直に会い、会話を交わしその違和感はますます強くなっていく。せんだんの目に入った確かに無表情で口数も少ないが、どこにでもいる普通の少年のように見えたのだ。

 噂通りの少年なら、あのようこやいかずのなでしこが憑き、ここまで慕うだろうか?

 そう考えたせんだんは今回の一件を好機とみた。

 

「だからこうして啓太様の人となりを見極めようとしているのです」

 

「ははぁ、だからやけに川平啓太の側に控えてるんだ」

 

 せんだんの言葉に納得したように頷くいまり。たゆねは面白くなさそうな顔で腕を組んだ。

 

「……噂通りに決まってるじゃないか」

 

「だから、それを確かめるためにこうして啓太様のお背中を流しにきたのよ。そういう貴女たちは何しにここへ?」

 

 鋭い目で双子の少女たちを見るせんだんにいまりたちは本来の目的を捏造して伝えた。流石にリーダーには逆らえないらしい。

 

「えっ!? あー、あはは……あー、あたしたちも啓太様の背中を流しにきたの!」

 

「そうそう! あれでも薫様のご友人だしね!」

 

「お前たち……」

 

 あっさり百八十度態度を改める双子の少女にたゆねがジト目を送った。

 一旦更衣室で水着に着替え直したせんだんはたゆねたちとともに啓太の元へ向かった。

 木製の椅子に座った啓太の背中をナイロンタオルで洗うなでしこ。ようこは啓太の頭を洗っていた。

 甲斐がいしく泡立ったスポンジで主の体を洗う二人。啓太は緊張からか、若干体が強張り顔を赤くしていた。

 

「あれ? せんだんじゃない」

 

「あら、それにたゆねにいまりとさよかまで。どうしたの?」

 

「お邪魔するわね」

 

 微笑むせんだん。リーダーの陰に隠れるように縮こまったたゆねも小さくお邪魔しますと口にした。

 

「あたしたちも啓太様と親睦を深めたいと思ってたんですよぉ」

 

「そうそう。裸のお付き合いとかしてねっ」

 

 悪戯っ子のような笑顔を浮かべるいまりとさよか。

 目を瞑るっていた啓太の体が二人の言葉に少しだけ固くなった。

 瞼を開ければ六人の美少女がそこにいるという現実に尚更、目を開けることが出来なくなる。彼女たちの水着を見たらどうなるか分からないからだ。鋼の精神がいつまで持つか分からないのだ。

 

「……え? せんだん? マジ??」

 

 泡だらけの背中と頭を流してもらいながら目を瞑った啓太が顔を上げる。

 

「はい。わたくしどもも啓太様と親睦を深めようと思いまして」

 

「……マジか。まあ、いいけど」

 

「啓太様、湯船につかりますか?」

 

「ん」

 

 なでしこの言葉に頷いた啓太はようこに腕を取られ、浴槽まで誘導してもらった。

 啓太たちが浴槽に向かうのを見てともはねも入りたがるが、まだ頭を洗っていないため入浴できない。

 

「ケイタ、目を開けちゃダメだからね。せんだんたちを見るの禁止!」

 

 独占欲丸出しでそう強く言うようこ。啓太も小さく頷いた。

 湯船に入る。腰を下した啓太の隣をなでしことようこが、向かい側でたゆねといまり、さよか、せんだんが湯につかる。

 

「ふぅー、いいお湯ですね……」

 

「気持ちいぃ~♪」

 

 肩まで湯につかりほっこりした顔でリラックスするなでしこたち。そして楽しそうにお喋りを始めた。

 初めての混浴。しかも六人の美少女との混浴だ。相変わらず固く目を瞑っている啓太はよく分からない熱でダラダラと汗を掻いていた。

 そんな啓太をジッと観察するせんだん。たゆねは啓太のほうを警戒しながらお湯に身を沈め、いまりとさよかは楽しそうに会話に興じていた。

 その双子の話を聞いていた啓太は不意に顔を上げると、いまりたちのほうへ振り向いた。

 

「……そういえば、ここの花。君たちが育ててる? 確か、いまりとさよか」

 

『……え?』

 

 突然名前を呼ばれて驚く双子。目を瞑った状態で双子のほうに顔を向けている啓太は、フッと頬を緩ませた。

 

「せんだんから聞いた。ここの温室の管理、花の世話。全部キミたちがやってるって」

 

「え、ええ。まあ」

 

「そうです、けど」

 

「大したもの」

 

 いきなり褒められ、その上初めて見る啓太の微笑にいまりとさよかは時が止まったように動かなかった。

 いや、いまりたちだけではない。

 いつの間にか髪を洗う手を止めていたともはね。明後日のほうを向いていたたゆねはポカンと口を開けて啓太の方を見つめている。

 なでしことようこはお喋りを止め、せんだんも黙って啓太を見ていた。

 全員の視線が集中する中、啓太自身はまったくそのことに気づかず、珍しく饒舌に喋り続けた。

 

「……実際、人間でも園芸が上手い人ってそんなにいない。花の知識はもちろん、最適な栽培時期や土作り、毎日のまめな手入れ。……継続してやっていくのは、中々できるものじゃない。

 さすが、薫。いぐさといい、いまりたちといい……九人もの個性をしっかり見抜いて、個性を伸ばしている。ここに来て、驚いてばかり……」

 

 まるで熱に浮かれたように賛辞を呈する啓太に、いまりとさよかは照れていた。

 

「い、いやぁ~」

 

「お恥ずかしいです、園芸は奥が深くてまだまだ」

 

 我を忘れて啓太の顔を見つめていたたゆねが、はっと正気に戻り双子の脇を肘でつついた。言外に『なに仲良くなってるんだよっ』と訴えている。

 なでしこは優しい顔で啓太を見つめ、ようこは上機嫌で風呂の中を泳ぎ始めた。

 ともはねは再び頭を洗い始める。

 興味深げに啓太を見るせんだん。

 ほっこりと場が和んだその時だった。

 

「――た、大変です!」

 

 ロングコートを着たいぐさが慌てた様子でやってきた。

 そして、すべての少女にとってゾッとする話が舞い込んできた。

 

「下着が……家中の下着がなくなってるんですっ!!」

 

 一瞬、呆気に取られる少女たち。

 そして――。

 

『ええー!?』

 

 少女たちの叫びが爆発した。

 

 




 次回、あの変態たちが登場です。

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