【背景、お婆さま。
まだ肌寒い日が続く今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。
こちらでは只今、鶴の恩返しならぬ狸の恩返しが発生しています。
なにかのイベントでしょうか。彼が持ち込んだ「異性を惹き付ける薬」というTHE・惚れ薬のお陰で、現在ボクは犬神たちに怒られています。こればかりはボクが悪いわけじゃないと思うのですが、彼女らにとっては馬の耳に念仏。まったく関心を寄せません。
何がいけないのでしょうか。この世の中でしょうか?
今日も強く生きていこうと思います。
あなたの孫、川平啓太。敬具】
「ちょっとケイタ! 聞いてるの!?」
――はっ! 一瞬思考が飛んでいた。
ようこの怒声に意識が戻る。
ちょっとした好奇心と男の抗えない
それを見たようことなでしこは、もうぷんぷん。ようこはおれの肩に噛み付いて耳元でガミガミと怒り、なでしこはただただ横で俺の顔をジッと見つめるだけ。一言も話さず、ニコニコ笑顔で。……一番なでしこが怖いです。
俺たち三人のある意味じゃれ合いのような光景を不思議そうに見ていたタヌキは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「やっぱり、マズかったっすか? 啓太さんのような男の方は皆欲しがるものだと聞いてたんっすけど」
うん、間違いではない。というか正解だ。
俺もぶっちゃけ欲しくはないかと言われたら欲しいし。まあ正直、服用しないで好事家に売り飛ばす目的で欲しいし。ぐへへへ、金がたんまり入るぜ……。
おっといけないいけない。邪なものが溢れ出てしまったぜ。
まあ、なでしこさんたちからお許しいただけないだろうから、断念するけど。
「……気にしない。その心遣いだけでも嬉しい」
落ち込むタヌキにフォローを入れる。いや、マジでその気持ちは嬉しいからね。
しかし、それが返ってタヌキの気合を入れてしまったようで。
「いえ! ここで恩を返さないとあっちゃタヌキの名折れ! 待ってくださいっす! 他にも色々と実家から持ってきたのがあるので!」
そう言って再び風呂敷をガサゴソ。
取り出したのは先ほどの惚れ薬と同じようなボトルだった。
こちらは濃緑色のボトルで中央にはラベルが張ってあり、タヌキの肉球がポンッとハンコのように押されていた。
「啓太さんはお酒好きっすか?」
「酒? まあ、嫌いじゃない」
「ならよかったっす! これは超高級のお酒で、数年に一本しか作られないプレミア物っす!」
ほう! それはプレミア感半端ないな!
幼少の頃から実家の宴会などで酒を嗜んできたから、そこそこ強いし好きだ。
これならなでしこたちも文句はあるまい!
「……仕方ないですね。本当はお酒は二十歳になってからなんですよ?」
キラキラした目でなでしこを見ると彼女は苦笑しながら頷いてくれた。大丈夫! 俺、法律に縛られない男だから!
「ケイタケイタ! 私も飲みたい!」
ようこも目を輝かせてお酒の入ったボトルを見つめている。もちろん、飲ませてあげますとも。幸せは分かち合おう!
「じゃあ、飲んでみるっすか?」
「是非」
「はいっす!」
「ねーねーケイタ! わたしが最初に飲んでみていい?」
珍しくおむすびとチョコレートケーキ以外で強い関心を示すようこ。なでしこはそんなようこを軽く嗜めていた。
「いいよ。じゃあ、味見は任せる」
「任された! なでしこも飲も!」
「ええ? でもそれは……」
困った顔でこちらを見てくる。でも貴女もさっきからお酒をチラ見してるよね。
うちにやって来た当初はあまり我侭というか、俺やようこに合わせて自分というものを出さないなでしこだったけれど。そう考えれば大分打ち解けてくれていると思う。
いつまでも仲の良いパートナでありたいな。
食器棚からコップを持ってきたようこが自分となでしこのそれにお酒を注いでいく。
「……タヌキ、ありがとうな」
「いえいえ、啓太さんに喜んでもらえるなら嬉しいっす!」
なんて善いタヌキなんだ。
お酒からは良い匂いが香る。形容しがたいがとても美味しそうな匂いだ。
「うわー良い匂い。じゃあ頂くね!」
「ではすみません啓太様、タヌキさん。お先にいただきますね」
一口飲む。どんな味なんだろうか。
ようこもなでしこも「おっ?」と軽く驚いた顔で手にしたコップに視線を落とした。
どうなん? 美味しいの? プレミア感あるの?
「すごく美味しいです……。ここまで美味しいお酒は初めてなので、少し驚きました」
「美味しい~! これすごく美味しいよケイタ! ありがとうねタヌキ!」
なでしこたちが絶賛を送るとタヌキは嬉しそうに頭を掻いた。
あっという間にコップを空にする。なでしこたちがここまで絶賛するならメッチャ美味しいに違いない。これは楽しみだな!
さて、俺も頂きましょう!
「……じゃあ、タヌキ。ありがたく頂く」
「はいっす!」
タヌキに一言断りを入れて、マイコップにお酒を注いでいく。
やはり良い香りだ。まるでお酒が飲んで飲んでと囁いているかのようだ。
一口、飲む。すっと喉に入っていく。
「おぉ……」
まず最初に感じたのは口当たりのよさ。すっきりとした味わいで非常に飲みやすい。
そして不思議に思ったのが、アルコール特有の味が全然しないことだ。まるで味のついた水のようにすいすい飲める。プレミアな酒というのはアルコールの味がしないのだろうか?
しかし、これは本当に美味しいな。しつこくなくて何本も飲めちゃうよ。
タヌキが緊張した様子でコップを空けるのを見つめていた。
「ど、どうっすか?」
「……すごく美味しい」
「本当っすか! はぁ~、よかったっす」
安堵したように胸を撫で下ろすタヌキ。なんか所作がいちいち人間染みてるな。
タヌキにもお酒を注いであげる。酒だけだと味気ないから何かつまみになるのを用意するかな。
なでしこにつまみをお願いする。俺は料理からっきりだし、家のことは家主の俺よりなでしこのほうが詳しいからね。
「なでしこ、ごめん。つまみか何かお願い」
「はい。わかりひっく、ました」
ん? 今のってしゃっくり?
なでしこのしゃっくりなんて初めて聞いたぞ。
当の彼女は口元に手を当てて目を丸くしている。恥ずかしそうに俯くその姿はとても可愛らしい。
聞かなかったことにしよう。それが出来る男というもの。
ようこはケラケラ笑いながらなでしこを指差した。
「あははは! なでしこのしゃっくり初めてひっく、聞いた~」
そういうお前さんもしゃっくりしとるやないかい!
びっくりした顔で固まるようこ。くすくすとなでしこが笑った。
そして、二人のしゃっくりのペースが段々早くなる。
確かにしゃっくりって止まりにくいけど、このペースは異常じゃないか……?
「け、ケイターひっく! しゃっくりが止まんないよぉひっく」
止まらない恐怖からか泣きべそをかくようこ。なでしこも困った顔で口元を隠しているが止まる兆しを中々見せない。
ど、どうしよう? なにか民間療法でいいからしゃっくり止める手段ってないんか?
記憶を探ると、一つ有力な情報が出てきた。最近は俺自身存在を忘れがちになっている謎知識。その知識に頷いた状態で水を飲むと良いとあるけど、本当に効果あるんかこれ?
まあいいや、とりあえず試してみよう。
食器棚から新たにコップを取り出して水を注ぎ、なでしこたちに手渡す。
そして、しゃっくりを止める民間療法を教えようとしたその時だった。
「ああーっ!し、しまったっす!」
タヌキがお酒の入ったボトルのラベルを見て血相を変えていた。
なんだか嫌な予感がするんだけど……。
「……どうした?」
「啓太さぁん、お酒と間違えてとんでもないもの持ってきてしまったっす……」
そう涙目で言ってくるタヌキ。そうこうしている間にもしゃっくりのペースが凄いことになってきた。息できないんじゃないのって思うペースだ。
「…………なに?」
「これ、お酒じゃなくて退化水でしたっす……」
退化水? なにそれ?
不意にようこたちのしゃっくりがピタリと止まった。
おお、ようやく止まったかと後ろを振り返るとそこには――。
「けーた」
「けーたしゃまぁ」
だぶだぶの服を着た幼女が二人、女の子座りをしながら俺を見上げていたのだった。
感想や評価お願いします!