・3歳で歩けるようになるのを1歳半に修正。
・それに伴い、歩けるようになった当時の様子を追加。
・身体のスペックを上方修正。
・発音を修正。
皆さま、こんにちは。相変わらず前世の名前が思い出せない川平啓太です。
おかげ様ですくすくと育ちまして、ただ今一歳半でございます。
さて、前世の記憶が戻ってからの話をざっくりと説明しましょうかね。
まず、俺が最初にしたのは自身を取り巻く環境の確認だった。
家族構成から始まり、両親の職業、川平家について、度々耳にする犬神についてなどなど。
家族構成は両親に祖母の三人。だが、両親は俺が生まれて間もない頃に海外へ向かったらしい。父の仕事に母がついていったのだとか。帰国予定は不明とのこと。
これって軽く育児放棄じゃね?と思ったのが両親に感じた第一印象。実家に預ければいいとでも思ったのだろう。
なので、今世の両親の顔は祖母に見せてもらった写真越しでしか知らない。
不思議とこの両親に対しては何も思うところはなかった。もっと構って欲しかっただとか、両親の愛情を感じたかっただとかそういった感情は一切なく、あったのは驚くまでの無関心。
むしろ感じた俺がビックリするくらい関心が沸かなかった。写真を見ても「ふーん」の一言で終わり、お婆ちゃんとはけは人知れず涙した。その意味までは分からないが。
次に両親の職業。これは川平家に関わる話で、ぶっちゃけていえば退魔師の家系らしい。古くから犬神という犬の化生を使役して破邪顕正の下、人にあだなす魔を祓う。
んで、犬神というのは前世で知られる犬神とは違い、人の姿をとることも出来る巨大な犬の化生。川平家が掲げる破邪顕正に深く共感し、当家と盟友関係にあるのだとか。
犬神の存在を知った俺の反応は「イヌミミ娘キター!(心の雄叫び)」だったが、はけという実物を見てリアルで膝を突くことになる。なにせ彼、イヌミミがないんだもん。
今世初の挫折はそんなどうしようもない内容だったが、数分後には立ち直った。精神年齢およそ二十代後半を舐めんな!
ちなみに我が家、川平本家は武家屋敷のような和風家屋だ。まだ一人で出歩けないので、家の全貌は明らかになっていないが、はけに抱き上げられて外から見た感想は「超デケェ!」だった。
……まあいい。話が脱線してしまったから戻そうか。
そして、次に確認したのが前世の情報と今世の情報の齟齬を調べることだった。
現在は二○××年。日本であることから前世の歴史と共通している部分があるのではと思い、レッツ情報収集。
お婆ちゃんの犬神であるハケ――あのナイスガイなイケメン偉丈夫――におねだりして資料室に突撃。身長的な問題で本棚に手が届かなかったのでハケに手伝ってもらい片っ端から本を開いていった。
結果、分かったことといえば共通している点もあれば違う点もあるということ。大きな歴史の流れは前世の頃と変わりはないが、細かなところで相違点があった。歴代の総理大臣とか大災害があった日付けや内容とか。
アメリカ合衆国の大統領が今年になってオーバーマン大統領になったと聞いて、耳を疑い、テレビで見て確信する。
ここは平行世界、パラレルワールドなのだと!
だってあのオバマの顔で名前がオーバーマンとか、もうそれしかないでしょ。
この結論に至ったとき、なぜか胸の内がすごくすっきりしたのを覚えている。
……それはさておき、なんの話だったか。ああ、そうだ。前世と今世の知識の差異だったな。
でだ、あらかた情報を収集し終え、ここがパラレルワールドだと当たりをつけた俺が次に始めたのは将来を見据えての鍛錬だった。
川平の家系が退魔を生業とするのはこの一年でいやというほど分かった。日常会話で除霊云々だとか、どこぞの悪霊がうんたらかんたらだとか仕事の話が頻繁に飛び交う。まあ、これも俺が四六時中祖母やはけと一緒にいるからだろうが。
将来的に俺も川平の一員としてこの退魔の世界に浸かるのだろう。犬神使いとやらになるのが一番現実的か。
というわけで俺も近い将来荒事に身を置きそうなので、今から鍛えて有事に備えようというわけだ。鍛え方などは前世の謎知識があるため問題ない。本当なんなんだろうな、この知識……。
とはいえ、俺もまだ一歳半。流石にそんな激しい運動は……やろうと思えば出来るが、将来のマイボディに影響を及ぼすので自重する。
このマイボディかなりのスペックを秘めているらしくすでに結構な速さで走ることすらできる。だが、流石にそれは早熟では片付けられないので周囲にはようやく歩けるようになったレベルと認識してもらっている。
お婆ちゃんの目の前でいきなり走り出したらあの人も驚くだろう。歳が歳なのだから心臓にいらぬ負担を掛けたくないし。はけは恐らく絶句を通り越して気絶すると思う。あの犬神なんか気炎を上げて俺の育児に取り掛かるからな。気に入られているのかすごい猫可愛がりしてくるし。
ちなみに歩けるようになった当時のお婆ちゃんたちの反応ときたら、まあ凄くて凄くて。
当時を簡単に振り返ると。
『……おばあ、みえ』
『うん? どうした、けい、た』
お婆ちゃんに向かって、てとてと。
『あうけるようになった。……おばあ?』
『……はけぇぇぇぇ! 啓太が、啓太がーーーー!!』
『どうされました主ッ! ……っ!?』
『あ、はげ』
に向かって、てとてと。
『……はぅ』
『はけ、失神するな! 啓太の一大事じゃぞ! 失神しとる場合か! おお、啓太や。もう歩けるようになったんじゃな』
今日は宴会じゃー! とテンション高げに騒ぐお婆ちゃんと未だに目を回す。
そんなカオスのような光景が広がったのだった。
なので鍛錬は祖母たちが寝静まってからそっと部屋を抜け出して裏庭で行っている。気配を消す鍛錬にも繋がり一石二鳥だ。
そして、今日も俺は鍛錬に精を出す。
1
「んしょ……んしょ……」
時刻は深夜一時。昼間は色んな人が出入りしていた川平家も今では虫の声が聞こえるほどシンと静まり返っている。
俺は祖母と同じ部屋を使っているため、まず彼女を起こさないようにベビーベッドから抜け出すことから始まる。言わば第一の試練だ。
柵をよじ登り慎重に降りる。
チラッとお婆ちゃんの方を見ると豪快にいびきをかいて寝ていた。惚れ惚れする眠りっぷりだ。とても七十代の眠り方とは思えない。
しかし油断は禁物。そんなお婆ちゃんだが彼女は川平最強とまで言われているらしい。小さな気配を察知してもおかしくない。
そろりそろりと祖母の前を通り襖をそっと開ける。
…………。
うん、問題ない。
ささっと出る。さて、ここからが問題だ。
第二の試練、はけである。
彼は犬神であり普段は祖母の側に控えているが、就寝の際は別の部屋で眠るらしい。主大好き青年が何故別々の部屋で眠るかは知らないが、これが一番の問題なのだ。
彼がどこの部屋で眠っているのかが分からない上に、霊体化という反則技まで使えるのだ。こちらからは見えないため、どこにはけが潜んでいるのかが分からない。
ここから裏庭までの距離は大体二十メートルちょっと。今日も見つからないことを祈りながら恐々と歩を進める。
…………。
うん。どうやら大丈夫なようだ。
裏庭に出て周囲を確認。人気なし!
では鍛錬を始めよう。
「まじゅは、じゅうにゃんから」
軽く汗ばむまで念入りに体を解す。急な運動は身体も驚くからね。
股関節、肩関節、手関節、足関節と順に解していき、ちょっと息を切らせたところでようやく鍛錬を始める。
まだ身体が出来上がっていないため成長に妨げない程度の筋トレを行う。
「いち……にー……しゃん……」
大体、腕立て十回、腹筋十回、スクワット十回の一セット。
「りょきゅ……にゃにゃ……はち……」
一歳児半ではおそらく腕立ての一回もできないと思うが、この身体のスペックはなんと十五回まで出来る。以前限界まで挑戦してみたら十五回だったのだ。
まあ翌朝は筋肉痛に襲われたけど。
「……じゅう。はふー」
腕立て終わり。次は腹筋だ。
ちなみに筋トレは縁側で行っている。さすがに地べたでやるわけにはいかないからな。汚れるし。
腹筋とスクワットが終わるとちょっと休憩。さすがのマイボディもここまでいくと息を切らせる。
「ふぅ……よし」
さて、次は突きの鍛錬だ。
「えい」
肩幅に足を開き腰を落として右の突きを放つ。
「えい」
今度は左の突き。
重心がぶれないように意識しながら、一定のリズムで一つ一つ丁寧に突く。
動作の一つ一つを確認しながら丁寧に突く。
突く。
「えい……はふー」
二十回ほど繰り返すと肩が上がり始めた。ちょっと一休み。
呼吸を整えたら今度は蹴りの鍛錬。
これも重心がぶれないように気をつけながら回し蹴りを放つ。
「やあ、たあ」
左右二十回終えてようやく今日の鍛錬は終了。
時間にして十分にも満たない鍛錬だが、まあ本格的に鍛える前の準備運動といったところだ。
持ってきていたタオルで汗を拭く。
さて、見つかっちゃう前に戻るとしよう。
そしてまたこそこそと気配を殺しながら部屋へと戻る。
……早く大きくなりたいな。