一日一話でお送りします。
「あっはっはっはっはっはっ! か、川平、お前なんて格好してるんだっ、俺を笑い殺す気か……!」
軽くイラッとするような声を上げて笑う先輩を冷めた目で見上げる俺氏。扉を開けての第一声がこれだったから怒ってもいいと思うんだよね。
萌えキャラがプリントされたシャツに黒のズボン姿の先輩。いつも大体こういう格好だから、先輩の普段着が俺の中で定着してしまっている。多分女の子とのデートでも萌えキャラシャツ着てくると思うよ。そんなシチュエーション、まず来ないと思うけれど。
居間に通すと早速ようこにラブコールを送る先輩を制するように、なでしこがおもてなしの心を見せた。猫には一応クローゼットの中に隠れてもらっている。
「すみません、今ちょうどお茶を切らせていまして。こんなものでよければどうぞ」
そういってなでしこが出したのは――お茶漬けだった。
……あれ? 来客にお茶漬け出すのって、確か京都では『帰れ』を意味していたと思うんだけど。
しかし先輩はその隠された意図を察することなく暢気にお茶漬けを受け取った。
「いやいやお構いなく。俺、お茶漬け好きなんで。ずずっ……うまっ!」
そして遠慮なく食べ始める。この人の感覚は本当に分からん。
見ればなでしこも唖然と口を開いていた。まさか素直に受け取ってそのまま食べるとは思わなかったのだろう。
なでしこの後ろではニワトリを抱えながら尻尾の毛を猫のように逆立てているようこ。
そんな簿妙な空気を感じ取れないのか、それとも感じ取った上で無視しているのか、先輩は気にした様子を微塵も見せずお茶漬けを完食した。
何事もない顔で手を合わせる先輩。その辺は礼儀正しいんだよなぁ。非常にもったいないと思います。
「……なでしこ、お買い物行ってくる」
「あ……。はい、わかりました。では行ってきますね」
流石に清純ななでしこに先輩の相手をさせるのは気が引ける。
夕飯の買出しという名目で変態から逃がすと、聡いなでしこはすぐに意図を察してくれた。パッと明るい表情になると、ものの五秒で支度を済ませて出て行った。ようこの恨めしそうな視線が突き刺さる。後でなにかお詫びしないといけないな……。
先輩が絡むと大抵碌なことがない。まあ根はいい人だし、何かと世話にもなっているのだけれども。
「って、なでしこ……。あの格好で行った?」
確かなでしこさんはニワトリの力で服装をナース服に変えられており、そのままだったはず。あれで外に出たら――。
やはりというか、その数秒後。顔を真っ赤にしたなでしこさんがユーターンしてきましたとさ。
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「ところで川平、今更なんだがその格好はなんなのだ? ふむ、お前は女顔だから意外と似合ってるぞ。もちろん、愛しのミューズも!」
「みゅーず言うな!」
「あちちちちちちっ!?」
なでしこさんのお茶目な一面にほっこりしてしばらく、先輩のこの発言が場の空気を壊した。クルッと回った先輩は王女に告白する王子様のように片膝をつくと、懐からバラの花束を取り出して見せる。
何気に結構な手品を披露して見せた先輩であったが、ようこさんにとってはどうでもいいらしく、花束もろとも彼女の得意技である『じゃえん』で燃やしてしまった。
妖力で出来ている炎は自然のそれとは違いようこの意のままに操ることが出来る。普通なら室内で燃やせば周囲に火が燃え移るが、絶妙なコントロールで先輩のみを、それも表皮と髪の毛、服の一部だけを燃やすという離れ業をやってみせた。もしかしたら漫画で見るような燃やされて丸焦げになるギャグの実態はこういうことなのかもしれない。
「……まあ、色々あって。主にコレのせい」
「うん? これは木彫りかね。よく出来ているではないか」
ようこからニワトリをもらい先輩に渡す。受け取った先輩は目の前までニワトリを持ち上げ、ひっくり返したりなどして繁々と眺めた。
擽ったい――感覚があるのか分からんが――のかコケコケと身を捩るニワトリ。木彫りのニワトリがまるで生きているかのように動き、鳴いたことに驚いた先輩は牛乳瓶の底のような分厚いレンズに隠された目を丸くした。
「おおっ!? 動く……動くぞこいつ!」
驚いてはいるが取り乱してはいない先輩。意外と肝が据わってる人なんだよな。
「もしや川平、お前やようこさんが着ている服は……このニワトリが原因か?」
「……そう」
先輩は手の中でバタバタするニワトリと俺の顔を見比べると、にやっと嫌な笑顔を浮かべた。
これはくだらないことを思いついたときに浮かべる笑顔だ。まるで鴨が来たと悟った時に浮かべる賭博師のような笑みに警戒する。
「おい、木彫りのニワトリよ。お前、川平たちの服を自在に変えることができるのだな?」
「コケン?」
「そうであるなら、川平の……」
俺たちから隠れるように背中を向けて内緒話をする先輩と一羽。
怪訝な思いで話が終わるのを待っていると先輩が振り向き、両手に持っていたニワトリを突き出してきた。
「――よし、やれ!」
「コケー!」
両の翼を大きく広げたニワトリが一鳴きすると、どろん。
嫌な、とても嫌な音が聞こえ、次いでどこからともな立ち昇った煙幕が俺を包んだ。
諦めにも似た心境で白い煙が晴れるのを待つ。
そして――。
「ぷっ、ぶわーぁっはっはっはっはっはっ! か、川平っ、お前似合いすぎるぞ……!!」
「……」
「キャー! ケイタかわいいー♡」
「……」
なにかツボに入ったのか、腹を抱えて笑い転げる先輩。先輩の手から離れたニワトリが羽ばたき、俺の頭上を旋回し出した。
背後から目にハートマークを浮かべたようこが抱きついて来る。
俺は、自分の姿を見下ろした……。
「タイヘンケッコー! マホウショウジョ、タイヘンケッコー!」
ピンクを基調とした可愛らしい白のフリル付きの服で、襟元には紺色のリボンが付いていた。マントの先端は四つに分かれており、両端の先には十字架が取り付けられている。
ブーツとストッキングが何故か一体となっており、これまた同色のピンク。ブーツのくるぶしに当たる部位には何かの羽のような飾りつけが施されており、手には二の腕まで覆う白のハンドグローブ。
そして、いつの間にか握られていた魔法少女的なステッキ。赤い柄、錫状頭部分には大きな星が嵌められており、これまた両サイドに羽のようなものが三つずつ並んでいる。
どこからどう見ても立派な魔法少女ですね。大変ありがとうございました!
頭と耳には相変わらず猫耳と尻尾がついてるし! 一部のマニアには需要が高そうですね!
「いやー、まさか川平にここまでのポテンシャルがあるとは、この戦うオタクこと河原崎直己の目をもってしても見抜けなかったぞ!」
「これでケイタとお揃いー♪」
どこからともなく取り出した一眼レフのカメラでシャッターを切り始める先輩。様々なアングルからの眩いフラッシュが俺を照らす。
服装は違うがお揃いの魔法少女という点に喜びを見出したようこが嬉しそうに抱きついたまま、すりすりと顔をこすり付けてくる。ブンブンと振られている尻尾がその喜びを如実に表していた。
「素晴らしいっ、見えそうで見えないこの絶妙なチラリズム! ピコピコ動いては保護欲を誘う猫耳! やはり今度の新作はイ○ヤたんをモチーフにしたキャラを出さねば!」
「…………先輩。コレ……なに?」
「む? 川平は知らんのか? 今巷で人気急上昇中のプリ○マイ○ヤ。その主人公のイ○ヤたんの魔法少女カ○イドルビー・プリ○マイ○ヤたんバージョンだ」
知らんがな! あと「そんな常識も知らないのか?」って顔で言うな!
まるで初めて地動説を唱えたニコラウス・コペルニクス。当時の民衆は彼の正気を疑うような目で向けていたようだが、まさにそのような視線を向けてくる先輩であった。
そして。
「……で? それは?」
「うん、これか? これは『猫娘変化』に登場する姉キャラクター、みおちゃんの格好だ」
どこぞのカメラマンのようにシャッターを切る先輩も、それまで着ていた萌えキャラのシャツにズボンというマニアックでラフな格好から一転し、セーラー服にハイソックスという出で立ちだった。
驚いたことに、それが結構似合っていた。女顔とまではいかないが端正な顔立ちをしている上、女子にも負けず劣らずの白い肌。髪も普段は後ろで無造作に縛ってあるが、解けばさらさらと長い髪が一層女子のように見える。
体つきも華奢なほうであり、一七八センチの高身長も相まってクールな印象を持つ女子高生のようだ。全然美少女で通る。まず一目見て男だと看破するのは非常に困難だろう。
まあ、唯一その瓶底メガネが美少女っぷりを台無しにしているが。
「ふむ……。自分が『猫娘変化』のキャラに扮したことはなかったが、存外いけるものだな」
体を捻ってみたりして自分の姿を確認している先輩は一仕事終えたとでもいうようにゆったり羽を休めているニワトリを抱き上げた。
「うむ! 良い仕事をしたな鶏――いや、こけ子よ! 君の仕事は実にクールでパーフェクトだ!」
「コケー!」
褒められているのが分かるのか、嬉しそうに羽をバタつかせるニワトリ。そして微笑ましそうにニワトリを抱き上げる先輩。
和気藹々とした空気がそこだけ流れているけれど、生憎とこっちは空気がどんよりと淀んでいるのだよ。主に俺だけ。
さて、そろそろ怒ってもいいよね……?
「…………ニワトリ、二度は言わない。さっさと戻す」
高ぶった感情に呼応するように体から霊力が立ち昇る。ギラギラとした目ですべての元凶であるニワトリを睥睨した。
「コケ?」
ニワトリは俺を見ては首をコテンと傾げ。
「マホウショウジョ、タイヘンケッコー!」
貴様は選択を誤ったッ!
デストロイの時間ですよゴラあああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁ!!
ぶちっと堪忍袋の緒が切れると同時に霊力を体内で高速循環。強く畳を蹴った。
ニワトリを掴み取ろうと一直線に伸ばす手。常人では反応できない速度での出来事。
しかし、先輩は――この戦うオタクこと河原崎先輩は、常人の枠から外れていた。
「ふんぬ!」
「……っ!」
なんとニワトリを胸に抱き寄せながら体を反らし、そのまま見事な後方宙返りで距離を取る。
ちゃぶ台の上に着地した先輩は陸上選手も真っ青な瞬発力を発揮し、すかさずジャンプ。
窓ガラスを突き破って二階から飛び降りた。
沸き起こる往来での悲鳴。突然アパートの二階から人が窓を突き破って落ちてきたのだから当然だろう。たとえそれが猫耳をつけたセーラー服姿の男でなくても普通は驚く。女装野郎なら尚更拍車をかけること間違いない。
悲鳴を上げて逃げ出す人の中、先輩は華麗に空中で姿勢を整えて受身をとった。
さながら一流のアクションスターのような無駄のない動き。
思わぬ先輩の行動に俺もようこも絶句していると、完璧な受身で衝撃を和らげた彼は爽やかな笑顔を浮かべて手を上げた。
「弁償金は後で必ず払うと約束しよう! それと、しばしこけ子を借りるからな川平! では、アディオス! ふはははははははー!」
そして、颯爽と走っていく。徐々に遠ざかる先輩の背中を見送りながら、強くサッシを握り締めた。
嫌な音とともに、少しだけサッシが歪んだ。
「……逃がさない」
上等じゃボケぇぇぇぇぇ! サーチアンドデストロイじゃあああああああ――!!
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