いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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第三十九話「級友(上)」

 

 

「川平、ちょっといいか」

 

 あの嬉し恥ずかしの昼飯の後、なでしこを見送って教室に戻ると当然ながら待ち構えていた生徒たちから質問責めにあった。

 一々相手にしていたらきりがない上、野次馬根性丸出しのこいつらに付き合うのもなんだかなーと思い適当にはぐらかし、午後の授業を終えて今は放課後。

 さあ帰るべ、と鞄を持って立ち上がると、出鼻を挫くかのように大男が俺の元にやってきた。

 強持ての顔に鷹のような鋭い眼光。岩のようにゴツゴツした筋肉でブレザーがはちきれんばかりにピッチピチ。その風貌で学ランではなくブレザーなのが違和感を感じる。

 重苦しく感じるほどの低い声で話しかけてきたその男。

 三島剛三郎。番長、お呼びじゃないのにここに降臨。

 

「……ん」

 

 予期せぬ番長の登場に内心動揺してしまったがそれを微塵も表に出さず、ただ頷いて肯定の意を表す。

 

「そうか。ちと付き合ってくれ」

 

「ん」

 

 顎でしゃくり移動を促してくるため素直に後に続いた。

 とぼとぼと番長の後をついていく俺に周りがざわめいた。

 

「番長が川平を人気のない場所に連れ込むぞ」

 

「ついにか……」

 

「もしかして、リンチ?」

 

「校舎裏?」

 

「川平ヤバイんじゃないか? 先生に知らせたほうがよくない?」

 

 え? 俺ピンチ? 校舎裏でボコられちゃうの?

 このまま素直についていって大丈夫なのだろうか。それとなく危機感を抱いていると急に三島くんが振り返った。

 な、なんだ? もしかしてこんなところで殺るつもりか!? お、おお俺も黙って殺られないぞ! 徹底抗戦の構えを見せるぞっ!

 

「……警戒してんのか?」

 

「……」

 

「安心しろ。川平に危害を加えるつもりはねぇ。第一これから向かう先は屋上だ」

 

 そう言うと再び歩き出す三島くん。それだけじゃ安心できないんですけどー!

 本人曰く、危害を加えるつもりはないとのこと。一応最低限の警戒だけは怠らないで素直についていこう。

 向かった先は確かに屋上だった。一日に二度もここに来るなんてとは思ったけど。

 

(ん? あれは……)

 

 昼休みとは違い放課後になると屋上はほぼ無人となる。この日も無人かなと思ったが、一人だけ見知った人がいた。

 ベンチに座って薄い本を読んでいたその人は屋上にやって来た俺たちを見ると本を閉じる。

 

「おお、来たか!」

 

「……先輩?」

 

 俺の数少ない友人の一人であり、中学時代からよくしてもらっている人――河原崎先輩だった。

 先輩はこの学校でまず知らない人はいないほどの知名度を誇っており、戦うオタクという二つ名を持っている。その名から分かると思うが、変態という意味で知られているのだ。

 一七八センチという高身長に華奢な体つき。長い髪を無造作に後ろで縛り、瓶底メガネがキラッと太陽光を反射して輝いている。

 ブレザーの下にはもはや定番と化している萌えキャラがプリントされたシャツを着込んでいた。

 ん? んん? 先輩が俺に用があるのか?

 頭の中がハテナマークで一杯になる。

 

「急にすまん、こんな場所に連れてきて。あまり人に聞かれたくねぇ話なんだ」

 

 振り返った三島くんが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

 その姿に失礼ながら意外性を感じつつも用件を聞く。ついでになんで先輩がここにいるのかも。

 

「まあそう焦るな川平。腰を据えて話すためにも一旦ベンチに落ち着こうではないか」

 

 先輩に促されベンチに座る。俺、三島くん、先輩というよく分からない順番で。

 

「…………川平は、聞くところによるとオカルト方面に明るいと聞いているが、本当か?」

 

 急にそんなことを聞いてくる三島くん。その横顔は真剣でジッと前を見据えていた。

 どうやら大切な話らしい。俺は素直に頷いた。

 そうか、と小さく呟いた川島くんはしばらく口を閉じた。言葉を捜しているようだった。

 生唾を飲み込みながら辛抱強く口を開くのを待った。経験からしてこういう時はこっちから聞きだしてはダメなのだ。

 

「河原崎が、紹介してくれたんだ。こういう話は川平に相談するのがうってつけだと」

 

 なるほど。確かにこの人は俺の素性というか、そっち関係に明るいことを知っているな。

 三島くんは俺に向き合うと大きく頭を下げた。

 

「……頼む川平っ! 俺の妹を助けてくれ!」

 

 番長と呼ばれている剛の者が頭を下げている。大柄なその体に見合わず、今は不思議と小さく見えた。

 霊能者として手相や運勢、恋愛占いをはじめ色々な相談事を受けてきた。中には急を要するその手の相談を持ちかけられたことも何度かあったが、ここまで切羽詰った感じの相談者はいなかった。

 俺も仕事スイッチを入れて、学生としてではなく『犬神使い』の川平啓太として話を聞く。

 

「ここ二週間前から、妹の様子が変なんだ……」

 

 三島くんには小学三年生の沙耶ちゃんという妹がいるらしい。

 物静かで本を読むのが大好きな女の子だが、時々性格が変貌したのではないかと思うほど狂ったように笑い、周囲の物を壊すような行動を取るようになるとか。

 大体五分ほど暴れまわるとバタリと電池が切れたおもちゃの様に唐突に動かなくなりそのまま眠りにつくという。そして本人はその時のことを覚えていないと。

 

「お袋と親父は研究者で今は海外にいるからこっちに来れねぇ、少なくともあと一ヶ月は無理だ。俺も昼は学校、夜はバイトがあるから日頃から沙耶のことをちゃんと見てやることが出来なかった。こうなっていたのに気がついたのも、つい二週間前のことなんだ。もしかしたらもっと前からそういう兆候があったかもしれねぇ」

 

「……学校から、何か連絡は?」

 

「いや、幸い学校で何か問題を起こしたとかそういう話は聞いてない。沙耶の友達にもそれとなく聞いてみたが普段通りって話だ」

 

「……」

 

「一度病院に連れて行ったんだが、異常はなく健康体だと言われた。じゃあ何かオカルト関係、幽霊か何かに憑かれたんじゃないかと思って霊媒師のところにも向かったんだ。そしたら案の定だった……。しかもそいつが言うには沙耶に取り付いた幽霊、悪霊っていうのか? かなり強力な奴らしくてその霊媒師じゃどうにも出来ないって話だったんだ」

 

 確かに世に出ている霊媒師にもピンからキリまで色々いる。中にはその人の手に余るような奴も出てくるだろう。俺は幸いなことにまだそういう案件に出くわしたことはないが。

 力なく項垂れ、弱弱しい声を出す三島くん。もう普段の覇気に満ちた番長の姿は見る影もなかった。

 

「沙耶も、なんとなく異変に勘付いているようだった……。おかしくなったのかって泣いてた。……くそっ! どこの糞幽霊だか知らねぇがうちの妹を泣かせやがって! ちくしょうが……っ」

 

 三島くんは立ち上がると床に膝をついた。

 

「なあ頼む川平! どうか、どうか俺の妹を助けてやってくれ! この通りだ……っ!」

 

「川平、俺からも頼む。三島家とは家同士の付き合いがあり、沙耶ちゃんも俺にとって妹分のようなものだ。川平なら沙耶ちゃんを任せられる」

 

「頼む川平……! もちろん報酬は払う! 俺に出来ることならなんだってする! だから、妹を……っ」

 

 河原崎先輩も真剣な表情で頼み込んできた。三島くんも何度も頭を下げている。

 ていうか、俺受けないなんて一言もいってないんだけど。これじゃあ俺が悪者みたいじゃないか!

 まったく失敬しちゃうぜ。この川平啓太、そんな女の子を見捨てられるような畜生じゃないわー!

 

「頭上げる」

 

 俺の言葉に恐る恐る頭を上げる三島。そんな不安そうな顔しなさんなって。

 

「もちろん受ける。だから安心する」

 

「……っ、川平ぁ! お前って奴は……!」

 

 なんか三島くんの目からぶわっと滝のような涙が出てるんだけど――って、ちょ! 抱きつくなぁぁぁ!

 あ、暑苦しい! 俺の思っていた三島くん像となんか違う!

 

「うむうむ。川平なら快く引き受けてくれると思っていたぞ」

 

 そこのオタク先輩、なにしたり顔で頷いてるんだ! さっさとこの熱血漢をどうにかしやがれ!

 結局その後、満足いくまで抱きしめられる嵌めになった。

 

 

 

 1

 

 

 

「じゃあ、一度うちに来るんだな?」

 

「ん。実際に見れば、ある程度判ると思う」

 

「なるほど、わかった。俺はいつでもいいが」

 

「なら今日。なるべく早いほうがいい」

 

「それは助かるぜ。じゃあこの後直接うちに行くか」

 

 とんとん拍子で話が纏まった。

 どうやら悪霊が取り付いているとのことだし、聞く限りだと結構な頻度で表に出てきている。あまり悠長に構えてはいられない。

 なので、もうこの後三島くんの家にお邪魔して直接妹ちゃんを視てみようという話になった。

 ようこにも連絡を入れて来てもらわないとな。

 

「……あ、ようこ? うん。ちょっと急な仕事が入った。そう。すぐ来れる? ……わかった。学校前で待ってる」

 

「今のは?」

 

 電話を切ると三島くんたちが不思議そうにこちらを見ていたから助手を連れてくるとだけ言っておいた。

 助手がいるのか、と驚きや関心が返ってきたが、この辺りは詳しい説明は省かせてもらおう。

 ところで、先輩も来るのか?

 

「当然。さっきも言ったが沙耶ちゃんは俺にとっても妹のようなものなのだ。妹の身を案じるのは兄として当然のこと!」

 

 はいはい、さいですか。なんとも妹想いなお兄ちゃんなことで。実の兄も隣で重々しく頷くな。こいつらホント、シスコンだわ……。

 なんかもう三島くんのイメージがガラッと変わったわ。話してみれば結構普通な男子だし。

 って、あ――!

 

「うん? どうした川平」

 

 不思議そうな目でこっちを見る河原崎先輩だが、やっべぇぇぇ! この人のことすっかり忘れてたわ!

 もしこの人にようこたちの本性が知られたら……うん、間違いなく興味持たれるな。

 仕事中はどうにかして本性を知られないように振舞わせないと。絶対この人のことだから面倒なことになるわ、うん。

 

「ケイタ~!」

 

「……はぁ。さっそく、か」

 

 空から笑顔でようこが降ってきた。重力を感じさせない動きでそのままふわっと俺に抱きつく。

 そうだった。緊急って言っちゃったから急いでくるよな。浮遊移動だと走るより早いよね。うん、これは完璧俺の落ち度だわ。

 これはさっそくミスったか? 透明化してるから一般人の三島には見えていない様子だが、霊視体質の先輩は見えてるだろうし。

 一応、尻尾は出てないけど……。

 

「川平、そちらのお嬢さんは? なにやら空から降ってきたが……」

 

「は? なに言ってるんだ河原崎?」

 

 ようこを視認できる先輩が目を丸くして――瓶底メガネで見えないけど!――いるのに対し、三島はキョトンとしている。やっぱり三島は霊視できないようだ。

 今のうちにようこに小声で注意を呼びかけた。

 

「ようこ。仕事中は尻尾出さないで……」

 

「え? なんで?」

 

「ちょっと面倒なことになる」

 

「んー。ケイタがそういうなら」

 

 聞き分けのいい子は好きです。

 透明化を解かせて二人に紹介した。

 

「俺の助手のようこ。こう見えて結構力のある子」

 

「なるほど、さっきのは霊能力か何かか。霊能者は空も飛べるんだな……」

 

 なんか勝手に勘違いしてくれた先輩。とりあえず放っておこう。薮蛇をつつかないでもいいだろうしな、うん。

 

「ケイタの助手のようこです。よろしくね!」

 

 にこやかにお辞儀をするようこに三島くんは何故かテンパっていた。

 

「あ、ええっと……その、三島剛三郎です! あの、よろしくおねがいしますッ!」

 

「……なんで焦ってる?」

 

「ばっ……! あ、焦ってねぇし! 俺はいたって普通だ、うん」

 

 いやいやどう見ても普通じゃないから。まるで異性を意識しまくってる童貞くんが美人なお姉さんに話しかけられたかのような反応だからね。

 って、そういえば俺はもう見慣れちゃったけど、ようこもなでしこもメッチャ美人でしたね……。三島くんもその歳でオトナになってるわけじゃないだろうし。

 てことは、え? 本当に照れてるのか?

 

「くっくっく……。三島よ、お前がまともに女子と会話をしたのは数年ぶりだな」

 

「河原崎っ、てめ――」

 

「俺は河原崎直己という。川平とは友人関係でただのオタクだ。まあ、そこの初心な奴ともどもよろしく頼む」

 

「うん! よろしくね~」

 

 完全におちょくられてるな。なんとなく二人の関係がわかった気がするわ。

 三島くんの家は歩いて大体三十分くらいの距離らしい。俺の家とは反対方向でお隣さんが先輩のお宅だとか。

 なんでも二人のご両親が学生時代の友人らしく、幼い頃から家族ぐるみで付き合いがあったとか。

 

「ここだ。もうこの時間なら沙耶も帰っていると思う」

 

 三島くんの家は高級住宅街の一角に建てられていた。二階建ての大きな家だ。小さいながらも立派な庭がついている。

 隣には小さなマンション並みの高さがある一戸建て。こっちが先輩の家か。薫邸とは違った方面での豪華さがある。

 今度絶対突撃しようと心に決め、川島家にお邪魔した。

 

「……お邪魔します」

 

「おじゃましまーす!」

 

「邪魔をするぞ」

 

 うん。見た目相応に中も広いな。家具もそこはかとなく品をがありセンスを感じる。家主は粋な人だな!

 薫の豪邸もいいけどこんな家もいいなー。こっちは家庭的な明るさというか、アットホームな感じがするし。

 

「沙耶ー、いるかー?」

 

 二階に向かって呼びかけると、フローリングを歩く軽い音が聞こえてきた。

 二階から女の子がひょこっと顔を出す。

 

「お帰りお兄ちゃん。……お客さん?」

 

 女の子は川島くんを見て、次いで先輩に視線を移し、そして俺とようこに目を向けて小さく首をかしげた。あら可愛らしい……。

 とことことこ、と降りてきた女の子は三島くんの服をきゅっと握ると、兄を盾にしながら俺たちを盗み見た。

 内気な子だな。恥ずかしがり屋かな?

 

「……お兄ちゃんの、お友だち?」

 

「ああ、兄ちゃんの友達の川平だ。今日は沙耶に会いに来てくれたんだぞ」

 

「沙耶に会いに?」

 

 こてんと首を傾げる妹ちゃん。

 同じ目線になるように腰を落とした俺はなるべく威圧感を与えないように、努めて表情と声を緩めた。

 

「……こんにちは。三島くんのお友達の川平啓太だ」

 

「……三島沙耶です」

 

「……」

 

「……」

 

 しばし見つめ合う俺と妹ちゃん。

 兄の陰から出てきた妹ちゃんは俺の前まで来るとジーと穴が開くくらい凝視してきた。

 俺も身じろぎ一つしないでジーと妹ちゃんの顔を見つめる。

 そして――。

 

『よろしく』

 

 硬く握手を交わした。

 数秒で打ち解けた俺と妹ちゃんに三島くんたちが驚いている。

 いやー、なんかこの子とは波長が合うというか、シンパシーを感じるわー。

 妹ちゃんも幾分か緊張を――警戒を解いたようだ。リラックスした様子でボーっと俺たちを眺めていた。なるほど、この意識が彼方に飛んでるような空気が妹ちゃんのデフォなんだな。

 ま、それはいいとして。

 

「……今日は沙耶ちゃんに会いに来た。最近、意識が無くなるって聞いたけど、本当?」

 

「うん……。数分だけだけど、沙耶覚えてないの」

 

 やはり不安なのか瞳が揺れている。

 俺は安心させるように肩に手を置いた。

 

「そう、大丈夫。お兄ちゃんはそれをなんとかしに来た」

 

「……っ! 本当?」

 

「うん。こう見えてお兄ちゃん、すごい人だから。ささっと治してあげる。だから、もう怖がらなくていい。安心して」

 

 結構精神的に追いつめられていたのだろう。妹ちゃんは三島くんに抱きつくと小さく肩を震わせた。

 三島くんは声を殺しながら泣く妹ちゃんの優しく背中を叩いた。

 こりゃなんとしても退治せねばな。妹ちゃんのためにも、妹想いな川島くんのためにも。

 しかし――。

 

「……どうだ川平。なにか分かったか?」

 

 先輩が小声で聞いてきたのに対し軽く頷いた。

 

「悪霊の仕業なのは間違いない。沙耶ちゃんの体に霊力の残滓がある。けれど、どうやら今は沙耶ちゃんから離れてるみたい」

 

 妹ちゃんの体には僅かな負の霊力が付着していたから、変貌の原因が悪霊なのはまず間違いないだろう。しかし、その肝心の悪霊が妹ちゃんの体から離れてどこかに行っているようだった。

 恐らく常時取り憑いているのではなく、その時々に憑いているのだろう。

 稀なケースだがこういうタイプの霊はいる。大抵の場合憑く対象の近くに隠れているものなのだが――。

 

「……ようこ。見つかった?」

 

「ううん、ダメ。この家全体調べてみたけどそれらしい気配はなかったよ」

 

 透明化して家内を捜索していたようこが首を振った。

 やっぱりか。それらしい気配がまったく感じられないからもしやと思ったけど。

 隠密性の高い悪霊とか、メンドくさい奴が出てきたなぁ……。

 

 




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