第一話「転生」
「ぴゃえっ!?」
バチンッ! となにかのスイッチが入ったかのような、とても重くて大きな音が頭の中で響いた。
それと同時に膨大な量の情報が頭痛となって襲ってくる。
頭痛に耐え切れなかったのか、知らず知らず泣き喚いたら意識がフェードアウトしていくのを感じた。
意識が途切れる寸前に感じたのは、やけに自分の声が高いなということであった。
1
――夢の中、なのだろう。
気がついたら白い何もない空間に漂っていた。
右も左も上も下もなにもない。
なにこれと首をかしげていると、唐突に目の前に大きなスクリーンが映し出された。
そこでは知らない男の一生が描かれていた。
ここではないどこか。見覚えのない顔の男。まるで映画のフィルムのようにコマ送りとなって情景が次々と変わっていく。
それに呼応するかのように、自身の中に着々と知識と記憶が築かれていくのを感じた。
この映像によく出ている人物は恐らく自分なのだろう。それも得た知識――蘇った知識によると『前世の』という単語が頭につくが。
前世の自分はよくわからない人物だった。それが自分だというのは直感で理解したが、肝心の名前や家族構成、育った環境、仕事内容など自身に関する情報の八割近くが抜けていた。
蓄積していく記憶は前世の自分に関するものを取り除いたものばかり。それは歴史の内容だったり、どこぞの店の料理が美味しいだったり、戦闘技術だったり、どこかの機密情報だったりと色々だ。
ぼへー、と呆けながら目の前のスクリーンを眺めていると、プツンと画面が途切れた。それと同時に間欠泉のようにボコボコと沸き上がっていた前世の記憶の方も終着を見せていた。どうやらインストールは完了したらしい。
再び意識が遠のき始める。
夢の中で意識を失うとは、これいかに?
2
目が覚めた。おはようございます。
夢の中での出来事はきちんと覚えている。前世と思わしき記憶と情報の数々もしっかりと覚えている。
うーむ、どうやら俺は本当に二度目の生を受けたようだ。だって俺いま赤子だし。
ちっちゃな手の平サイズのミニハンドを眺めそう結論付ける。
すると、俺の視界に突如、ぬぅっと大きな顔が割り込んできた。
「啓太、大丈夫かい?」
眉をハの字にして心配そうに声を掛けてきたのは今世の祖母だった。その後ろにはひっそりと佇むナイスガイな偉丈夫がいる。
俺、川平啓太はとりあえず大丈夫だとアピールするため、ベビーベッドから祖母に向けて両手を振った。
「あうあうあ~」
「おお、よしよし。その様子だと大丈夫そうだね。いきなり大声で泣き出したときはビックリしたよ」
「おむつは濡れていませんし、お腹が空いたのでしょうか」
「そうかもしれないね。どれ、ご飯を持ってこようかね」
「では私は啓太様を見ています」
ナイスガイな青年はその場に残り、祖母は部屋をあとにした。
「啓太様、失礼します」
一言断ってから青年は手を伸ばし俺を抱き上げる。こんな赤子にまで敬語を使うとは、この青年かなり生真面目だな。
というか、この青年の名前はなんて言うんだろう。いつまでも青年じゃ青年が可愛そうだし。
祖母がよく口にしていた記憶はあるんだが、なんだったか。喉まで出掛かっているんだけど。
確か『は』から始まって二、三文字の名前だったような……。
「は、は……」
「……? どうしました啓太様?」
「は……はふー」
ダメだ分からん。すまんな青年。君は青年だ。
まあ、そんなことはどうでもいい。どうでもよくはいいが現状打開策がないのだから仕方ない。
改めて青年を見やる。
結構大きい。身長一八〇近くはあるんじゃないだろうか。それでいて美形だ。イケメンだ。
濃紫色の髪は右目を隠すほどの長さがあり、露出している目はとても涼しげである。
声もバリトンが聞いていてとても耳に良い。子宮に響く声とはこういうものなのだろうか。まあ俺男だからわからないけど。
白を基調にした着物がとてもよく似合っている。
以上の点から、彼はとても女性にモテるだろうと推測できる。なんとも妬ましいことだ。イケメン爆ぜろ!
「ど、どうしましたか? なにか睨んでいるような……」
困惑した様子の青年に正気を取り戻す。
――落ち着け俺。赤子が殺意を帯びた目をするべきではない。be coolだ。赤子は純真無垢であるべきなんだ。
祖母の顔を思い浮かべた。なぜか胸がほっこりした。