いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 大変お待たせしました。



第三十二話「飛び込む依頼」

 

 

『実は折り入って頼みがある……!』

 

 切羽詰った声が携帯の向こうから聞こえた。

 急ぎの話と判断した俺は気を引き締めて電話に意識を集中した。

 

「……緊急?」

 

『ああ、少々厄介な事件が発生した。ついては川平、君に依頼を頼みたい。無論報酬は払う』

 

「ん。内容は?」

 

 お得意さんの仮名さんは支払いも良いし、色んな依頼を持ってきてくれる。

 彼の手助けなら積極的に引き受けていこうと思っている。

 

『助かる! 今からそちらに向かうから内容は直接説明する』

 

「ん、わかった。今友人の家にいる。だから外で落ち合う」

 

 流石に薫の家へ勝手に仮名さんを呼ぶわけにはいかないからな。場所は通いの喫茶店でいいか。

 不意に薫が肩を叩いてきた。視線で問うと小声で話しかけてくる。

 

「仮名さんからですか?」

 

 おや? 薫の口からまさかの仮名さんの名前が出てくるとは。

 意外な気持ちで頷くと、薫は家に呼んでもいいと言ってきた。

 

「ん。仮名さん、ちょっと待ってて。……いいの?」

 

 電話口をふさいで小声で確認を取ると、薫は朗らかに笑いながら頷いた。

 

「ええ。実は仮名さんとは交友関係がありまして。どうぞ」

 

「ん。ありがと。――仮名さん? うん。今、薫の家にいる。それで薫が家に来ていいって。……ん、わかった」

 

 待ち合わせ時間を決めてから電話を切る。

 場所を提供してくれた薫に頭を下げた。

 

「いいんですよ、このくらい」

 

 笑顔で快諾する薫、マジイケメン。

 

 

 

 1

 

 

 

 仮名さんが薫の家にやってきたのはそれから一時間後のことだった。

 グレーのスーツにこの世のすべてが不満だと言いたげなぶっちょう面。頭にコカコーラの缶を乗せて、銀色の鈍い輝きを放つアタッシュケースとケージを手にしてやってきた。

 薫の部屋へと移動した俺たちは高級そうなソファーに座って話を聞く。ちなみに俺と薫が隣合わせで座り、ガラステーブルを挟んで仮名さんと対面する形だ。

 秘書のように俺の背後にはなでしこが、薫の後ろにはせんだんが控えている。

 しばらく無言でお茶を啜っていたが、やはりどうしても気になって仕方がなかった俺は思い切って訊ねることにした。薫も何事もないように優雅にお茶を飲んでるけど、チラチラとそこに視線を向けてるし。なでしこもせんだんもなんとも形容し難い顔をしているし。

 

「仮名さん……。そのファッション、どうかと思う」

 

「これはファッションではない!」

 

 じゃあそのコーラの缶はなんなのさ……。

 というかよく落ちないね。なに、接着剤でも使ってんの?

 

「これには訳があるのだ……。今回の依頼にも関係する」

 

 隣でお茶を啜っていた薫が小さく手を上げた。

 

「あの、僕にも聞いてほしいとのことですけど」

 

「うむ。できれば川平薫にも協力を願いたい。もちろん報酬は出そう」

 

「……俺と薫の二人。おおごと?」

 

 通常は一人に依頼するものだ。複数人に依頼するとなるとそれ相応の案件ということになる。

 さてはて、できることなら危険性が少ないものであってほしいな。

 

「実は現在、とあるムジナの妖怪を捜索している」

 

 アタッシュケースから取り出したのは一枚の資料だった。

 寄越されたその資料に目を落とすと、件のムジナのカラー写真が目に映った。

 可愛らしい小動物がカメラ目線で写っている。

 

「これが?」

 

「うむ。全長二十二センチ、体重五百グラム、体毛は白色のムジナ妖怪だ」

 

「……ムジナ?」

 

「うむ、ムジナだ」

 

 というかムジナってアナグマの別名ですよ? もっと胴はずんぐりしてて顔も大きいんですよ?

 いや、どっからどう見てもイタチかフェレットですよこれ。

 隣から身を乗り出して資料を見ていた薫もなんとも微妙そうな味のある顔をしていた。

 

「……で? このイタチが?」

 

「いやムジナだ。そのムジナだが、犬神たちのかかる疫病の『むじなしゃっくり』の防疫に使われている医療動物で、毎年この時期になると天地開闢医局で保護して『むじなしゃっくり』の治療に協力してもらい血を少々頂戴するのだが」

 

 はい読めたー。読めましたー。

 

「……脱走?」

 

「うむ、察しがいいな。なんでも待遇が気に入らないとのことらしい。置き手紙にはそうあった。とはいえムジナがいなければ『むじなしゃっくり』の治療が出来ない。そのため現在脱走したムジナを捜索しているのだ」

 

「また捕まえるのは?」

 

「それが非常に難しい。ムジナは小柄で素早く、頭も回る。天地開闢医局の局員では手が回らず、こうして私にもお鉢が回ってきたのだ」

 

「なるほど……で、その頭は?」

 

「うむ……」

 

 仮名さんは重いため息を吐くと、徐に缶に手を伸ばし引っ張った。

 しかし、缶は頭にぴったり頭にとくっ付いてしまっているようで微動だにしなかった。

 

「ぐっ、むっぐぐぐぐ……ッ!」

 

「取れない?」

 

「くっ……うむ。これがムジナの厄介な能力なのだ」

 

 聞くところによると、そのイタチ――ムジナは物と物をくっ付ける力を持っているらしい。しかも厄介なことに素材や大きさ、重さに関係なく結合させることが出来るとのことだ。しかも複数の対象に能力を発動させることも可能らしい。

 仮名さんの頭の缶は捕獲に失敗してゴミ箱ごと転倒した際に能力を使われ、たまたま頭に乗っかった空き缶を引っ付けられてしまったとのこと。

 それって、地味に強力じゃん。車とくっついたらヤベェじゃん……。

 

「……ん。話はわかった。そのムジナ、捕まえればいい?」

 

「うむ。捕獲用の道具はここにある」

 

 そういってアタッシュケースから取り出したのは――三節棍?

 三つに折りたたまれた棒だった。先端には楕円状の白い球体のようなものがあり、その周りを透明な袋が被さっている。袋越しに触れてみるとパン生地のような弾力があった。

 仮名さんはその三節棍のようなもの組み立てて一本の長い棒にすると、どこぞのアクション映画のように流麗な動作で振り回し、腋に挟んだ。

 

「……仮名さん。段持ち?」

 

「うむ、棍術が三段、ヌンチャクが二段だ――っと、そんなことはどうでもいい。この棒の先端は天地開闢医局謹製のトリ餅で金色蜘蛛の糸とハスの実を混入して作られている。ムジナ捕獲専用で作られたトリ餅のためムジナ以外引っ付くことはない。これで捕獲するのだ」

 

「ふーん……。わかった。その依頼、受ける」

 

「おお、そうか! ありがたい。それとムジナは霊気の高い人間にとり憑く傾向があるようだ。また酒類に目がないとの情報も上がっている」

 

 酒に目がないとか、飲んだくれなのか?

 そういえば薫はどうするんだろうか。

 

「薫は?」

 

「うーん、協力したいのは山々なのですが、この後仕事が入っていますので」

 

「そうか……。川平薫の犬神たちにも協力を得られれば心強いのだが、仕方あるまい。話し合いの場を設けてくれて感謝する」

 

「いえいえ。……あっ、そうだ。せんだん、ちょっと」

 

「はい」

 

 ちょっとごめんなさい。一言断って席を立った薫はせんだんを連れて部屋の隅に移動すると、小声で話し始めた。

 

「……から……すれば……」

 

「ですが……あの子……」

 

「……そこは……はね……」

 

 うーん、何を話してるんだろうね。盗み聞きしたいところだけど、さすがにそれはまずいしなぁ。

 二分ほど話し合っていた二人だが、なにかしら折り合いがついたのか戻ってきた。

 そして、薫から意外な提案が出される。

 

「ともはねを?」

 

「はい。彼女は知ってのとおり犬神の中では最年少です。まだまだ経験も浅く精神的にも幼い。ですので少しでも彼女に経験の場を与えてあげたいのです」

 

「ふむ」

 

「幸いともはねの『能力』は仮名さんの依頼と相性が良いですから、力になれると思います。もちろん依頼料は要りません。啓太さんの邪魔になるようでしたら断っていただいても構いません」

 

「……どうする川平。こちらとしてはともはねくんの協力は願ってもいないことだから彼の提案には賛成だ」

 

「んー、ともはねに経験積ませる……か」

 

 確かにともはねは幼いし、見た感じそこまで強い力は持っていなさそうだ。魑魅魍魎が跋扈する世界では弱者からすぐに食われていく。

 俺も知り合いが、それもあんな小さな子供が死んでいくのは本意じゃない。

 それにともはねの能力が何なのかは知らんが、薫の口ぶりからすると期待して良いみたいだしな。

 と、いうことで。

 

「ん、わかった。俺も異存はない」

 

 あ、でも肝心のともはねは了承してくれるかな?

 

「大丈夫ですよ。あの子ならむしろ喜ぶと思います」

 

 あっそう? ならいいんだけど……。

 話も終わり、では具体的な打ち合わせをしようという流れになった。

 その前にお茶でのどを潤して――。

 

「ケイタケイター! 見てみて変なの拾ったー!」

 

 今までお外で遊んでいたようこが何かを抱えて部屋に突撃してきた。

 胸の前で抱えられたそれは可愛らしいイタチであり。

 

『ぶぅぅ――――ッッ!?』

 

 先ほど見せてもらった資料に載っていたカラー写真上の生き物だった。

 思わず俺と仮名さんがお茶を噴き出し、薫はお茶が気管に入ってしまい咽ているなか、そいつは可愛らしく小首をかしげた。

 

「きょろきょろきゅう~?」

 

 ……可愛らしい鳴き声ですね。

 

 





 長らくお待たせしましてすみません!
 正直、今の今まで執筆意欲が沸かなかったです。
 この話、何気に落としどころが難しかった……。

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