いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 今回はある意味では啓太のキャラが崩壊しているところがあります。



第二十七話「招待状」

 

 ――事の発端はあるサイトでのやり取りだった。

 

 とあるアパートの一室。女の子二人と男の子一人が暮らすその家では現在、女性陣はリビングで仲良く布団を敷き、すやすやと寝息を立てていた。

 八畳の暗闇の和室では一人の少年がカタカタとキーボードを叩いている。

 パソコンのモニターの明かりが少年の顔を照らしていた。

 

「んー……」

 

 ジッと画面を眺めていた少年は小さく呻ると、再びカタカタとタイピングし始める。

 

『ケータ:依頼は無事達成。とるに足らない雑魚悪霊だった』

 

 そんな文章がMS明朝で画面に浮かび上がる。

 少年が立ち上げているのは満月亭というサイトだった。

 青白い夜空を背景に満月の前で山犬が月に向かって吠えている図がレイアウトされている。

 なにを隠そう、このサイトは世界中に散らばる犬神使いたちがネット上で情報交換を行う場所である。利用しているのは犬神使いたちがメインだが、今ではその関係者も頻繁に訪れるようになってきた。

 もちろんアドレスは一般には非公開だし、ネットの検索でもまず引っ掛からない。直接アドレスを入力しないと辿り着けない仕組みになっていた。

 完全会員制のため、ホーム画面の赤い鳥居の下に六文字以上のパスワードを入力しないとログインできない。

 ちなみにこのサイトの管理者は少年の祖母であり、自らがHTMLの入門書を片手に一月かけて作成した。機械に強い老人もここまでパソコンに堪能なのはそう居まい。

 サイトのコンテンツは掲示板とチャットである。シンプルだが利便性が高い。

 少年はチャットの方に書き込んでおり、他にも三人メンバーがログインしていた。

 

『婆:お疲れ様。問題はなかったろうね?』

 

『ケータ:当然。依頼主とは握手して別れた』

 

『川平宗吾:仕事は上々のようだな。もうすぐ駆け出しの称号も取れるんじゃないか?』

 

『房江:啓太ちゃん今中学生よね? それでこの首尾とか……なんで他の人たちから悪く言われてるのか分からないわ』

 

『川平宗吾:まだ啓太を無能やら落ちこぼれと罵っている馬鹿どもがいるからな。まったく、そやつらより啓太のほうが何倍も優秀だというに』

 

『ケータ:言いたい奴らは言わせておけばいい。弱い犬が吠えてるだけだ』

 

 ――KAORUさんがログインしました。

 

 右下の画面に流れたテロップ。

 懐かしきハンドルネームに少年の頬が緩む。

 

『KAORU:お久しぶりです皆さん』

 

『婆:おお、久しぶりじゃな。元気にしとったか?』

 

『川平宗吾:久しぶり』

 

『房江:お久しぶりね。犬神ちゃんたちは元気?』

 

『KAORU:はい。皆様もご壮健でなによりです』

 

『ケータ:薫、お久~』

 

『KAORU:啓太さんもお久しぶりです^^』

 

『KAORU:ざっと見ましたけど、啓太さんって相変わらず文面がアレですね(笑)』

 

『ケータ:アレってなんぞや』

 

『房江:あー分かる分かる! 啓太ちゃんってほらクールっていうか、普段からあまり喋るタイプじゃないでしょう? 砕けたこともあまり話さないじゃない』

 

『川平宗吾:文章だと結構砕けているな。冗談も通じるし。普段からもうちょっと表に出しても良いんじゃないか?』

 

『ケータ:ヤダ、めんどい』

 

『川平宗吾:めんどいってお前……』

 

『KAORU:あはは……啓太さんも変わらないですね』

 

『婆:こう見えて意外と面倒くさがり屋じゃからな、啓太は』

 

『房江:はあ、あの啓太ちゃんがねぇ……』

 

『川平宗吾:そういえば話は変わるが、この間犬神たちだけで仕事をしたのって薫のところか?』

 

 新たに書き込まれた文章に、おっと注目する。

 そういえば薫のところの犬神はまだ見たことなかったなと独白した。

 少年が薫と最後に会ったのは彼が仙界で修行を積む前だから、もうかれこれ五年も顔を合わせていない。

 それ以来会っていないため当然、薫の犬神を目にしたことがなかった。噂では九匹という破格の数に憑かれたとか。九人憑きは川平家の歴史でも極めて稀なケースであり、従弟としては鼻高々である。

 

『KAORU:ええ、そうですよ。自分たちだけでやってみたかったそうです(笑)』

 

『婆:薫のところは個性豊かな犬神が多いからのぅ』

 

『ケータ:薫のところの犬神か。そういえばお互いまだ顔合わせしてなかったよな』

 

『KAORU:そうですね。ちょっとこちらはドタバタしていたものですから』

 

『ケータ:今度会うか? その時にお互い顔合わせしよう』

 

『KAORU:いいですね。丁度、こちらも落ち着いてきたので今度、我が家の招待状を送りますね』

 

『ケータ:おお、楽しみにしてる。確か新しい家に引っ越したんだっけ?』

 

『KAORU:ええ、前の家はこの人数ですと狭いですから』

 

『川平宗吾:十人だからな』

 

『房江:ハーレムってやつね!』

 

『婆:爛れた生活は送るでないぞ?』

 

 薫をからかい始める面子たち。ちゃっかり祖母も乗っかっていた。

 回線越しに慌てたような感覚があった。

 

『KAORU:そんなのではないですよ』

 

『ケータ:その歳でパパにだけはなるなよ?』

 

『KAORU:もうっ、啓太さんまで!』

 

 早いレスポンスにククッと喉の奥で笑う少年。

 からかった時の反応は昔から変わらないようだ。

 それから少年が床につくまでの間、満月亭は愉快なチャットで賑わった。

 

 

 

 1

 

 

 

「――クスッ……。相変わらずだなぁ、啓太さんは」

 

 とある西洋風の館。

 豪邸と呼ぶに相応しい館の一室で、その家の主である少年は昨夜のネットでのやり取りを思い出して小さく笑んだ。

 少年――川平薫は用意されていた洋服に着替え、皆が待つ食堂へと足を向けた。

 食堂に入ると薫以外は全員指定の席に着いている様子だった。

 

『おはようございます、薫様!』

 

「おはよう、みんな」

 

 主の入室に気がついた犬神たちが声を揃えて挨拶をする。そんな彼女たちに薫も柔和な笑顔を浮かべて挨拶をした。

 食堂の中央には長テーブルが置かれており、その上には純白のテーブルクロスが掛けられている。

 人数分の椅子にはセンスを感じさせる洒落た彫刻が施されており、そこそこ高価なものだと察することが出来る。

 天井には小さなシャンデリアが吊り下げられて、優しい光を放っていた。

 

「薫様っ、こっちこっち!」

 

 とてとてとて、と席を立って薫の下にやってきた一人のようじ――少女。

 小学校低学年を地でいく身長の彼女は何が嬉しいのか、楽しそうに主の袖を引っ張って席に誘導する。

 

「そんなに慌てなくても自分で行けるよ、ともはね」

 

 そんな彼女に苦笑する薫はそれでも引かれるがまま。

 用意された席の隣に座っていた少女が薫のために椅子を引く。

 

「ありがとう、てんそう」

 

「……いえ」

 

 漫画家が被るようなベレー帽を頭に乗せた女性は恥ずかしそうに俯き、そのまま自分の席に座りなおした。

 

「どーぞ、薫様♪」

 

 巫女装束を着た金髪の女性がワゴンを押してやってくる。ワゴンの上には温かい料理が載せられていた。

 

「今日はシンプルな目玉焼き定食ですよ~」

 

「ありがとう。フラノが作ったの?」

 

「はい~。ごきょうやちゃんも一緒に作ったんですよ~?」

 

「お口に合えばいいんですが……」

 

 薫の正面に座った白衣を着た女性が不安そうに口ごちた。

 一番端に座った豪奢なフリル付きのドレスを着た女性が手を叩く。

 

「皆さん、お喋りはここまでにしていただきましょう。さあ、薫様」

 

「うん、そうだね。それじゃあ、いただきます」

 

『いただきます!』

 

 薫の号令に続くと皆、思い思いに喋りながら箸を動かし始めた。

 その様子を微笑みながら眺め、自分も食事を始めた。

 ここにいる少女たちはすべて薫に忠誠を誓った犬神だ。

 その数、九名。一人の犬神使いに複数の犬神が憑くのは珍しくはないが、ここまで集まるのは稀である。

 

 赤い巻き髪が特徴のお嬢様的な風貌の女性、序列第一位のせんだん。

 濃緑の髪を三つ編にしてメガネを掛けた気弱な雰囲気の少女、序列第二位のいぐさ。

 ショートボブの栗色の髪に若干つり目なボーイッシュの少女、序列第三位のたゆね。

 首筋までの高さの銀髪を外側へ跳ねた白衣を着た女性、序列第四位のごきょうや。

 背中まで届く茶色の長髪に掛かった前髪で目線を隠した女性、序列第五位のてんそう。

 金髪のボブに星マークが刺繍された巫女服を着た女性、序列第六位のフラノ。

 薄紫色の髪を片側に束ねた瓜二つの容姿を持つ双子の少女、序列第七位のいまり、第八位のさよか。

 薄茶色の髪を後頭部で二又に分けたこの中で一番若い少女、序列九位のともはね。

 

 彼女たちこそが薫の宝であり、大切な家族なのである。

 そういえばと、伝えておかなければいけない話を思い出し、食事の手を止めた。

 

「皆、食べながらでいいからちょっといいかい?」

 

「なんでしょうか薫様」

 

 それまで思い思いに談笑しながら食事をしていた皆が、なんだなんだと薫に顔を向けてくる。

 皆の顔を一通り眺めた薫は昨夜決まった話を切り出した。

 

「実は啓太さんたちを我が家に招待しようと思っていてね」

 

「啓太さん、というのは川平啓太様のことでしょうか?」

 

「うん、そうだよせんだん。今までバタバタしてたからなかなか会えなかったけど、ここ最近になって落ち着いてきたからね。みんなの紹介も含めて招待しようかなって」

 

「――川平啓太っていうと」

 

「――ほらあれだよ。あのなでしこが憑いたっていう人」

 

「――確か人形とか言われてあまり良い噂を聞かなかったよね? しかも、アイツまで憑いたって聞いてるし」

 

「――大丈夫なのでしょうか~……?」

 

「――啓太様、か……」

 

「――……? ごきょうやどうした?」

 

「――いや、なんでもないんだ。どんな方なのかなと思ってな」

 

 そこらかしこで小声で話し合い、ざわめく食堂。

 せんだんが咳払いをすると皆騒ぐのを止めて傾聴の姿勢を取った。

 この集団の中では実質的リーダーである彼女は背筋を伸ばすと主の顔を見つめた。

 

「――かしこまりました。それが薫様の意志であるならわたくしたち一同に異議はございません。精一杯のお出迎えをさせて頂きますわ」

 

「うん、頼んだよせんだん。それでなんだけど、啓太さんの元に招待状を届けたいんだ。良ければ誰か行ってくれる人はいないかな?」

 

 そう言って取り出した招待状。封にはシンプルに招待状の三文字が書かれている。

 普段なら我先にと挙手をする彼女たちだが、今回ばかりは誰も手を上げようとしない。

 噂を信じている者、信じていなくとも火のないところに煙は立たない理論で何かしらあるだろうと思っている者、どうでもいいかなと思っている者、後ろめたい罪悪感を抱いている者。

 個々が感じている思いは様々だが、彼女たちにとって川平啓太に対する印象は出会ってないにも拘らず悪いものだった。

 

「はい!」

 

 しかしそんな中で真っ先に小さな手を上げた犬神がいた。

 少女というより幼女で通る容姿をしている犬神、ともはねだった。

 

「あたしが啓太様に届けます!」

 

「そう。ありがとう、ともはね」

 

 安心した様子で微笑む薫にともはねもにぱっと明るい笑顔を返した。

 しかし、薫は知らなかった。

 なぜ、誰も手を上げない中で彼女だけが手を上げたのか、その心中を。

 

 ――事態は静かに加速していく。

 




 しばらく更新頻度は大体このくらいのペースになると思います。一週間辺りに一話のペースですね。
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