うー、今日も寒いな……。どうもこんばんは、川平啓太です。
クリスマスも終わりもうすぐ大晦日を迎える、ある日の夜。
時刻は九時を回っている。
今夜は吹雪。外は轟々とつめたい雪風が吹雪いている。
なでしこは洗い物を、ようこは漫画を、そして俺はパソコンで調べものをしていた時だった。
――ほとほとほと。
「……ん?」
なにかを叩く音が聞こえた。
パソコンの画面から顔を上げる。なでしこも聞こえたのか、布巾で手を拭いながら首を傾げていた。
「なんでしょう?」
「さあ……」
――ほとほとほと。
また聞こえた。なにやら玄関のほうから聞こえてくる。
はて、と内心首を傾げながら腰を上げた。
「……はい」
新聞なら間に合ってるし、セールスはお断りやでー。
扉を開けると、そこには思わず人物が。
「お、お久しぶりです、啓太さん……」
俺の腰の高さまでしかない身長に艶やかな手入れの行き届いた毛並み。ピコピコと反応する可愛らしい猫耳。
二つの尻尾がゆらっと揺いでいる。
元気に二本の足で立ち、黒色の帽子に空色のマントといった大正ロマンな格好をした人語を解す三毛猫。
確か、名を――。
「……猫?」
「留吉ですよ啓太さん」
いい加減覚えてくださいよー、と苦笑する猫。
見た目猫又、その実渡り猫という意味不明な妖怪。
全国を歩き回る健脚の持ち主、渡り猫の留吉がやってきた。
「大丈夫?」
「は、はい。強行軍だったものですから」
留吉を家に招きいれた途端、ぺちゃりとその場に潰れた。
慌てて抱き起こしストーブに火を入れる。何が入っているのか知らないが、大きな風呂敷を抱えていた。
「突然お邪魔してすみません」
なでしこが淹れたお茶を渡す。
背負っていた風呂敷を置き、マントと帽子を脱いだ留吉は申し訳なさそうな顔で低頭した。
「ん、大丈夫。今日はどうした?」
「いえ、過日のお礼をと思いまして。忙しかったものでついついご挨拶が遅れて申し訳ありません」
そう言って持ってきていた風呂敷を解き、中身を差し出す。
和菓子だった。
花を模した煉切と呼ばれるそれらは和菓子特有の美しさを見事に表している。
食べるのがもったいないくらいだ。
皆さんで食べてくださいと言葉を続ける留吉。それに対し、俺は困った顔を浮かべながら頭をかいた。
「……猫って、生真面目?」
「はい?」
「別に、ここまでしなくていい。猫、律儀すぎ」
「す、すみません」
「謝んなくていい。その気持ち、すごく嬉しい」
なでしこに人数分の食器を持ってこさせる。
「今日は泊まってく。今からご飯」
「え? でもそんな、悪いですよ」
「外、吹雪。こんな中帰すほど、鬼じゃない。いいから泊まってく」
「そうですよ留吉さん。ゆっくりしていってください」
なでしこの言葉にようこも頷く。
留吉も流石にこの吹雪は厳しいのか、密かに安堵した様子だった。
今日の夕食は鮭のムニエル、水菜と竹輪のお浸し、肉じゃが、えのきの味噌汁だ。
ちゃぶ台の上に並んだ料理に留吉が感嘆のため息を漏らす。
「うわ~、すごく美味しそうですね~」
「ん、当然。なでしこの料理だもの」
フンスッ、と俺が胸を張って答えると台所からやってきたなでしこが恥ずかしそうに微笑んだ。
「もう、啓太様ったら……。留吉さん、一杯食べていってくださいね」
「ねーねー留吉。まだアレ集めてるの?」
早くも鮭のムニエルに手を伸ばしたようこが尋ねた。こらっ、いただきますしてからでしょうが!
ペシンッとようこの手を叩き落とし、留吉を見る。
「……仏像だっけ?」
「はい。この後は横須賀に行く予定です。とある骨董屋に仏像が一体あるとの情報を入手しまして」
骨董屋……。
その言葉を聞き思わず渋面を作ってしまう。
「……大丈夫?」
「僕にも協力者が居ますから今度こそ大丈夫ですよ! ……たぶん」
本当に大丈夫かなぁ。
なでしこの料理に舌鼓を打ちながら、留吉と出会った頃のことを思い浮かべた。
1
今から二ヶ月ほど前。とある骨董屋で彼と出会った。
その日、店主からの依頼により下見に来ていた俺は店内をざっと見回し、霊力の残滓などを確認する。
「……特にない、か」
依頼の内容は夜間に度々出現する妖怪を退治して欲しいというもの。
店主の話によると、小さな毛むくじゃらの化け物の姿を目撃した客が数名おり、徐々に客足が遠のいて困っているらしい。
成功報酬は八万。今回で三回目の依頼だ。何が何でも依頼を達成する気概で挑んだ。
ようことなでしこを伴い一通り店内を見て回った俺は小さく息を吐いた。
「目撃した時間帯もまちまちなんですね」
「ん。それらしい骨董があれば、ヤマを張れるけど。特にない」
なんらかの曰くつきの骨董なんかがあれば、もしかしたら妖怪はそれを狙って出現しているのかもしれない。
しかし、ここにはそれらしい品はなく、あるのは普通の骨董品だけだった。
「……徹夜、だな」
店主には影を掴むために閉店後も滞在しても良いと許可を貰っている。店の鍵も預かってるしな。
なので三日ほど居座ってそれらしい者が出現しないか見張っていよう。
なでしこにその場に残ってもらい、ようこを連れて周辺を視て回る。
特に怪しい場所や、霊力が淀んだ場所もなかった。
時刻は瞬く間に過ぎて行き、閉店時間である二十時になった。
「――! ケイタケイタ……っ!」
暗い店内で怪しい人影が出ないか待ち伏せをすること三時間。
これ地味に辛いなと思いながら欠伸をかみ締めていた時だった。
ふいに何かに気がついたようこが肩を叩いた。
指を差す方向に目を凝らす。
「……?」
怪しい人影があった。誰かいることは事実だが、人にしては小さい。
だ、誰だ……?
骨董品をごそごそと漁っている怪しい影。灯りをつける。
パッと照明が灯り、店内が明るくなる。
怪しい人影。その正体を目の当たりにし、三人とも目を丸くした。
「猫……?」
空色のマントを羽織った大正ロマンの格好をした三毛猫。それが二本足で立ちなぜか仏像を手にしていた。
なんかジ○リに出てきそうなのがいるー!
「あ、あの、えっと~……こ、こんばんは?」
パチクリ、と目を瞬かせた猫は困ったような顔をして頬をかき、なぜか挨拶をしてきた。
「猫……犯人、確保」
どっからどう見ても犯人以外の何者でもないでしょ。
ガシッと肩を掴む。
さあ、楽しい尋問タイムだよ?
「……で、猫は」
「あの、留吉です」
「……猫は、なにしてたの?」
猫こと留吉。二又に分かれた尻尾をお持ちなのに渡り猫という種族の彼。
そんな猫又じゃないのかよ! と突っ込みたい猫を事務所らしき場所に連行し、お話を聞いていた。
「僕たち渡り猫は全国を回ってある仏像を探してるんです」
「ぶつぞー……」
骨董品集めが趣味の種族なのか。なんというか、ニッチでレトロで渋い趣味をお持ちですな……。
「どうして仏像を?」
なでしこの当然な質問に留吉は困ったように頬をかいた。
理解してもらえないでしょうが、と前置き説明してくれる。
「それが僕たち渡り猫の使命なんです。語れば長いお話なんですが、江戸中期までとあるお寺に一〇八体の仏像が保管されていました」
「うんうん」
ようこの相槌に微笑み続きを話す。
「そのお寺の和尚さんはその仏像をとても大事にしていまして、何事にも代え難い至宝でした。ですが、ふとしたことからこれが散逸してしまいまして」
「まあ……」
気の毒にと言いたげななでしこ。
そんなに大事にしていたものが急に無くなったらショックだわな。
「和尚が亡くなるまで、その仏像は一体も戻ってきませんでした。和尚は死ぬ間際まで失った仏像を気に病んでおられまして、そんな和尚に恩を返すために僕のご先祖様は無くなった仏像を探す決意をしたんです。
僕のご先祖様は和尚にとても可愛がってもらっていました。ここで恩を返さなければ猫が廃る。そう決意したご先祖様は厳しい修行を経て力を蓄え、妖力を持つ猫――渡り猫になりました。副次的に尻尾ももう一本生えちゃったんですけどね」
「……なるほど。それで、亡くなった和尚の代わりに、仏像を?」
「はい。全国を旅しながら回収して回っています。ここに来たのもその仏像があるとの話を風の噂で耳にしまして」
なるほどな。
鶴の恩返しならぬ猫の恩返し、か。……いい猫じゃないか!
「そうでしたか……それではなぜこそこそと?」
「はい。お金も在りますし買いたいんですけど、僕ってこんな姿じゃないですか。人間さんを怖がらせてしまいますし、だからといって盗むのは悪いことで……」
「……それで、どうしたらいいかと、ずっと悩んでうろちょろしてた、と?」
「はい……」
ぶわっ。
なんていい子なんや! 心の中の俺が滂沱の涙を流した!
……ん? それにしては人間の俺には普通に接してくるね?
「あ、それはですね、お隣さんのお姉さんたちから僕たちと同じ妖怪の匂いがしましたので」
あ、さいですか。
しかしまあ、それなら話は早い。
これがただの妖怪なら、んなの知ったことか!とばかりに除霊(物理)するが、良い猫だそうだからどちらも得する方法で穏便に解決しようじゃまいか!
「……猫、話がある」
2
「それで、啓太さんは仏像を購入して僕に渡してくれた。啓太さんがいなければ、今もずっとあそこにいたかもしれませんね」
あれから一時間。ついつい思い出話に華が咲いてしまった。
留吉の言う通り、あのあと目当ての仏像を購入した俺はそれを留吉に渡し、以後ここには来ないように言い含めた。
お目当てのものを手にすることが出来た留吉は恐縮した様子で何度も頷き、俺は店主に妖怪を退治したと報告。
留吉、仏像を無事入手。俺、依頼を無事達成。これぞまさにウインウインな関係という奴だ。
「啓太さんには感謝してもしきれません。恩人さんです」
「……大げさ。お返しは貰った」
ほれ、ジュースでも飲みなさい。
空いたコップにオレンジジュースを注ぐ。
俺はアイスココアだ。何気にジュースの中では一番の好物だったりする。もちろん、ココアはバンホーテン。
そこから話がどう捻じれたのか、いつの間にか仏像がいかに素晴らしいかという話になり、留吉のマシンガントークが止まらない。
――こいつ、酔ってんのか? オレンジジュースだぞ。
酔っているもの特有の据わった目で仏像の良いところ十八点目を語る猫。
テキトウに相槌を打つ傍ら、ようこはすでに夢のなかへ旅立ち、なでしこは微笑みながらお茶を啜っていた。
(なにこのカオス……)
川平家は今日も平常運転であった。
最近感想が少ない、ちょっと寂しい……。
みんなー! オラに
次回、