いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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IFルートラスト。
二話目を投稿してましたw


■■■話「■■る■■」

 

 

 平行世界の俺となでしこ、そしてようこが亡くなっていたという事実に衝撃を隠せない。墓標という目に見える形で現実を突きつけられ、その場に重い空気が流れた。

 平行世界のこととはいえ、俺たちが死ぬなんて。なんとも言えない気持ち悪さを感じる……。

 

「…………いつまでもここに居てもしかたあるまい。行くぞい」

 

 お婆ちゃんの言葉に皆無言のまま頷いた。嫌な空気を引きずりながら再び空を行く。

 今度こそお婆ちゃんの家に向かうのだ。

 

「それにしても、本当に酷い光景だな……」

 

 仮名さんの言う通り、見渡す限り一つも緑が無い。現代での建造物の多くにはコンクリートが使用されている。そのため、コンクリートの欠片や土砂などが風に乗って飛ばされている。まるで海外で見かけるような荒野のように砂埃がすごい。こんな環境じゃ生きにくいだろうな。

 そして、侵食現象がいたるところで発生しているのがわかった。道路や建物、森、地面などところどころがモザイク上のブロックに変質してしまっており、何も無い空間や空にまで波及している。まさに世界規模の虫食いだ。

 上から見下ろすと広範囲に亘って侵食体が生息しているのもよくわかる。同じ侵食体同士では争わないのか、何をすることもなくその辺をうろついているだけだが。

 こうして見ると色々な固体がいるんだな。人のような形をしたものもいれば犬のような形をしたものもいるし、中には円盤に足がついたようなものや、正方形のようなものもいた。共通点としては全体的に真っ黒であり、赤い筋が体の一部に張り巡らされている。

 いくつか山を越え、侵食空間を避けながら空を飛び続けること十分弱。お婆ちゃんの家が見えてきた。

 

「――予想はしておったが、こりゃ酷いのお……」

 

 お婆ちゃんの家は大きな武家屋敷だ。立派な佇まいで、幼少の頃住んでいた俺も強い思い入れがある実家。

 そんな大切な思い出が詰まった家が丸ごと侵食空間になっていた。数百メートルに亘ってドーム上のブロックが、本来あった家を飲み込んでしまっている。

 平行世界とはいえ変わり果てた家の姿。さらにはその裏手にある俺たち川平家にとって馴染み深い山――通称犬神の山も枯れて、山肌がむき出しになっていた。生物の気配は、まるでない。

 実家には必ず誰か人がいたし、犬神の山もそこに住む犬神や動物たちの気配があったのに、生命の息吹がまるで感じられない。 

 

『……』

 

 これにははけたちも堪えたようで沈痛な面持ちで、自分たちが暮らしていた山を見下ろしている。

 しばし、上空から無残に変わり果てた光景を眺めていた俺たちであったが、お婆ちゃんが消え入りそうな声量で呟いた。

 

「皆の者、今すぐこの場を去るぞい。今後、この世界に足を踏み入れることまかりならん」

 

「……そうですね。私たちの世界にどのような影響を与えるか検討もつきません。もう少し探索したいところではありますが、深入りは危険でしょう」

 

 お婆ちゃんとはけの言葉に頷く。すでに侵食空間が拡大しているのだから、これ以上ここに留まるのは危ない。

 それは皆、同じ意見なのだろう。全員神妙な顔で頷いた。

 そうして来た道を引き返す俺たちであったが――。

 

「くそっ、空を飛ぶタイプのやつもいるのか!」

 

 道中、鳥型の侵食体に見つかってしまった。渡り鳥のような外見だが、この侵食体もやはり全身真っ黒で、血管のような赤い筋が頭の側面から腹部にかけて張り巡っていた。この侵食体は群れで行動するタイプのようで、無数の仲間とともに統一された動きで追ってくる。群れは大体、三十体ほどか。

 

「……皆、迎撃する!」

 

「うむ!」

 

「はい!」

 

 お婆ちゃんとはけが左に、俺たちは右に進路を変えた。二手に分かれてやつらを分散させればやり易くなるだろう。

 狙い通り、侵食体たちは二手に分かれて追ってきた。

 

「ようこ」

 

「うん!」

 

 ようこが反転し、特大の炎を見舞う。直系一メートルほどの炎の塊を次々と生み出しては打ち出した。

 炎の砲撃は侵食体に直撃し、その身を燃やしていく。しかし、これで終わりではない。

 

「なでしこ」

 

「天津風よ!」

 

 なでしこの霊力が風を生み出す。突風となったそれは渦を巻き始め、侵食体を飲み込んだ。ようこの炎と絡み合い灼熱の竜巻へと変わる。

 炎の竜巻に身を焼かれていく侵食体は一体、また一体と地面に落ちていく。

 

「よし」

 

 俺たちのほうに向かってきたのは全滅した。お婆ちゃんの方はというと――。

 

「終わったようじゃな」

 

「……さすが」

 

 すでに倒した後だったようね。さすがは川平最強。まだまだ現役だな。

 

「まずいぞ川平。先の戦いで地上にいるやつらが気付き始めた」

 

「……マジか」

 

 仮名さんの言葉に俺も下を見てみる。確かに地上にいる侵食体がわらわらと俺たちの元に集まってきているのが見えた。飛べないようだけれど、すぐに移動したほうがいいな。

 お婆ちゃんたちと頷き合い、すぐにその場を離れる。

 しかし、元の世界に戻ってもこの世界と繋がっていては駄目だよな。もちろん通路は塞ぐけれど世界が繋がっているようじゃ意味がないし。なんとかして、あの扉を閉じないと。

 山を越え、空を飛ぶこと数十分。再び吉日市に戻ってきた。ここに来た数十分の間でも、侵食空間が拡大してきている。すでに吉日市内はブロックで埋め尽くされており、いつこの山にも侵食現象が発生するかわからない状況だ。

 

「急ぐのじゃ!」

 

 焦燥感に駆られながら山に降り立つと、急いで階段がある場所へ向かう。

 

「……っ! くそっ、こんな時に!」

 

 すると、行く手を塞ぐように一体の侵食体が俺たちの前に現れた。手足が長い人型の侵食体。こいつは、俺たちが始めて遭遇した侵食体か! あれからずっと山の中をうろついていたのか。扉へ続く階段はもう目の前だっていうのに!

 致し方ない、リスクはあるが強行突破するか! そう考えて刀を創造し構える。仮名さんもホーリー・ブレイドを構えた。

 

『……』

 

 しかし、そいつはただボーっとそこに突っ立っているだけで動かない。なでしこの未来日記だと生物を見かければ問答無用で襲ってくると書いてあったのだけれど。ここにくる途中で見かけた侵食体も、俺たちを見るやこっちにやって来たし。

 もしかして、見えてないのか? のっぺらぼうというか、顔がないから見えていない?

 もしそうなら、戦闘を避けて通ることができるかも。お婆ちゃんたちに音を立てないようにジェスチャーを送り、そろそろと迂回しながらゆっくり歩く。耳が聞こえるかどうかはわからないが、念のため足音を立てないように。

 侵食体の背後に回った。後もう少しで抜けることができる、と思ったその時――。

 

『――かわひら、けいた……』

 

 ぐるんと振り返った侵食体が俺の名前を口にした。

 こいつ、喋るのかよ!

 

「……っ」

 

 喋ると思っていなかったし、まさか名前まで呼ばれるとは思わなかった。思わず声を漏らしそうになる俺たちだが、その侵食体は体の向きを変えただけでその場を動かない。

 驚き固まる俺たちだが、そいつは擦れたような声で再び俺の名前を口にした。

 

『かわひら、けいた……』

 

 こいつは、俺を知っているのか? となると、もしかして俺の知り合いだった人?

 警戒するなでしこたちを手で制しながら、意を決して話しかけてみる。

 

「……誰?」

 

 しかし、そいつは俺の言葉が聞こえていないのか。独白するように呟いた。

 

『……忘れる、な』

 

「……?」

 

『その、物語の、主人公は、お前、だ。かわひら、けいた。お前が、主人公だ……』

 

 何を言ってるんだこいつは?

 何が言いたいのか理解できず困惑する俺たちだが、そいつは構わず言葉を続ける。

 

『お前が、主人公で、なければ……ならない、のだ。忘れるな。で、ないと……そっちも、同じ、ことになる』

 

「……お主は一体何者なのじゃ?」

 

 お婆ちゃんがそう問いかけるが、やはりそいつは何も答えない。

 そして――。

 

『もう、ここには、来る、な』

 

 それだけ言い残し、そいつは去っていった。

 最後までよくわからない奴だったな。何か忠告をしてくれたみたいだったけど。俺が主人公? なんの? 駄目だ意味わからん。

 俺もおばあちゃんも仮名さんも首を傾げるなか、なでしことようこの様子がおかしいことに気がついた。目を大きく見開き、さっきまで侵食体が立っていた場所を見つめている。

 

「……どうした?」

 

「う、うん。あの子なんだけど……ちょっとだけだけど、ケイタの匂いがしたの」

 

「俺の?」

 

「うん。でも本当に微かだったから、もしかしたら勘違いかもしれない」

 

 自分でそう言いつつも、その言葉を信じていないような表情を浮かべるなでしこ。おいおい、それって――。

 

「いえ、勘違いではないと思います。私も、ようこさんと同じく、あの侵食体から啓太様と同じ匂いを感じました……」

 

 マジか。だとすると……いや、でも……ああ、もう! わけ分からん!

 色々と分からないことだらけだが、一旦それは脇に置いてとにかく今は先を急ごう!

 特殊な術式を彫った刀――爆心刀を創造し、それを等間隔で天井に突き刺しながら階段を下っていく。

 やがて見えてきた研究施設の出入り口。さて、問題はここの扉だな。どうやって閉じればいいのか。

 ボタンでもあればな、と思いながらペチペチと扉に隣接した壁を叩いた時だった。

 

 ――ゴゴゴゴゴゴゴッ!

 

 

 うおっ、マジかよ!

 重たい音を伴いながら徐々に持ち上がっていた扉が下りていく!

 もしかして俺が触ればそれでいいんか!?

 

「急げ!」

 

 扉が閉まりきる前に潜り抜ける。全員潜り抜けたところで地響きとともに扉が閉まった。間一髪だ……。

 

「どうやら啓太が扉の鍵になっているようじゃな」

 

「……解せぬ」

 

 本当に解せぬ。

 しかし、扉の閉め方が分かったのは幸いだった。

 研究所を駆け抜けて、元の世界に存在していた扉も同様に触れるだけで閉じた。

 倉庫室からリビングに戻る。軽く外を見たが、侵食現象や空間は見当たらない。どうやら俺たちが不在の間こっちの世界には影響を及ぼさなかったようだ。その点では安心した。

 リビングに戻り一息つく。やっぱりあっちの世界に行くとドッと疲れるわ。

 

「……分かっているとは思うが、今回の件はわしらの胸の内に秘めておくのじゃぞ」

 

 そりゃ当然ですわ。平行世界の存在が他所に知られたらどうなることやら。こればかりは本当に想像もつかないが唯一つだけ、絶対碌なことにはならないことだけは分かっている。

 

「はぁ、寿命が十年は縮まったわい」

 

 ごめんねお婆ちゃん。今日はゆっくりしていって頂戴。仮名さんもね。

 

 

 

 1

 

 

 

 翌日、念のため俺はあの世界がどうなったのか確認するべく、再び地価に降りて閉じた扉を今一度開けてみた。

 

「……」

 

 扉の先はあの廃棄された研究所のような施設ではなく、コンクリートの壁で覆われていただけだった。

 もしかしたら、あの世界は消えてしまったのかもしれない。だから、扉の先はどこにも繋がっていないのかも。

 なんにせよ、これで今回の一件に区切りがついたと見ていいだろう。扉を閉めてようやく安堵の吐息を零したのだった。

 

 




 ちょっと書いていてアンニュイな気分になりました。
 明日の零時に今年最後の更新をします。今度は本編です。
 それと、今回のIFルートの説明(設定?)をあとがきの方でします。もし興味があればご覧ください。

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