いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

27 / 96
 連投四日目。
 新作小説がもう少しで投稿できそうです。詳しくは活動報告をご覧ください。


第二十三話「特命霊的捜査官」

 

 

 とある正午のカフェテラス。ある席では現在進行形で注目を集めていた。

 割烹着のような和服を着た美少女が優雅に紅茶を飲んでいたからだ。割烹着という出で立ちでも目立つのに、それを着ている少女が中々お目に掛かれないほどの美少女なのだから、さらに人の目を奪っている。

 誰もが少女とお近付きになろうとするが、その場にいる男たちも皆同じ考えなのか、互いに牽制し合って変な膠着状態が続いていた。

 そんなある種の冷戦は唐突に終わりを告げる。

 トレンチコートを来た一人の男が少女が座る席に歩み寄ったからだ。

 しかも、その男の姿に気がついた少女が柔和な笑みを浮かべたではないか。

 まるで、待ち合わせていた人が来たかのような――。

 

「仮名史郎様、ですね。お待ち申し上げておりました」

 

 一旦席を立ち、低頭する少女に男が驚いた声を上げる。

 

「随分早いな。まだ二十分前だというのに」

 

「主人はいつもこのくらい前には着いているようにとの言明ですので」

 

「なかなか几帳面な主人のようだな」

 

 男の言葉に困ったような笑顔を浮かべた少女は再度小さく頭を下げた。

 

「申し送れました。我が主人、川平啓太様の名代として参りました犬神のなでしこと申します。以後お見知りおきを」

 

「丁寧な挨拶痛み入る。私は仮名史郎。鎮霊局の者だ」

 

 そこで男の視線が少女――なでしこを通り越して、後ろの席に座る客へ向かう。

 その客は薄い茶髪の少年で、何故かサングラスとマスクという格好をしていた。

 

「君の名前も教えて欲しいのだがな、川平啓太」

 

 男の言葉に振り返る少年。

 少年――啓太はサングラスとマスクを外しつつ、どこかジト目を感じさせる無表情という味のある顔で呟いた。

 

「……もう言ってる。名前」

 

 

 

 1

 

 

 

 どうもこんにちは。現在依頼主と対面している川平啓太です。

 席を替えてなでしこの隣に付く。四人掛けの丸テーブルのため、あと一つ空席が開いている状態だ。

 依頼主の仮名史郎は席につくと、虚空に語り掛けた。

 

「さて、そこの君も出てきたまえ」

 

「――へぇ、わたしが視えるんだ」

 

「ああ」

 

 虚空から漂っていたようこが姿を見せる。突然現れた少女にギョッと目を剥く客がいたが、そんなのお構い無しとでもいうように話は進んでいった。

 とりあえずようこを空いた席に座らせる。これですべての席が埋まった。

 やってきた店員さんにコーヒーとココア、オレンジジュース、ウーロン茶を頼む。

 

「さて、私はこういう者だ」

 

 仮名史郎が差し出した名刺には『特命霊的捜査官 仮名史郎』という文字と生真面目な顔写真が書かれていた。

 それを財布の中に入れつつ、仮名史郎――仮名さんを見上げる。

 白いトレンチコートにスーツ姿の仮名さんはかなりの長身だ。一八〇はあるだろう。

 濡れたような黒髪をオールバックにしている。彫りの深い端整な顔立ちだが、眉間に寄った皺が気難しい印象を与えていた。

 ほどなくして届いた飲み物が全員に行き渡る。

 俺はウーロン茶、仮名さんはコーヒー、なでしこはココア、ようこはオレンジジュース。

 一口飲んで喉を潤し、早速本題に入った。

 

「……俺を指名とのことだけど」

 

「うむ。留吉を知っているか?」

 

「留吉……?」

 

 留吉。なんだろうどこかで聞き覚えがあるんだが……。

 どこだったかなー、とない頭を捻って思い出そうとしているとなでしこが助け船を出してくれた。

 

「以前、依頼でお知り合いになったあの渡り猫ではないでしょうか」

 

「……おお。猫」

 

 ああ、思い出した。確か以前に依頼で知り合ったはその子と。

 二足歩行する言葉が達者な礼儀正しい猫だったな。探し物をしているとかで全国を旅している渡り猫だとか。

 尻尾が二つあったからてっきり猫股だと最初勘違いしてたんだっけ。

 

「うむ、猫だな。その猫から君を推薦された」

 

「……どういう関係?」

 

 あの渡り猫とこの捜査官の関係性が今一つ把握できないんだが。

 

「彼とは友人関係だ」

 

 あら意外。だけどまあ、種族を超えた友情っていいよね。

 俺の脳裏にイイ笑顔を浮かべて手を振っているカエルの仙人が浮かんだ。

 

「……そう。それで、内容は?」

 

「ターゲットは栄沢汚水」

 

 懐から取り出した電子手帳のような端末。そのディスプレイを読み上げていく。

 

「去年のクリスマスに車に撥ねられ死亡。栄沢に身寄りや縁者はおらず、記録によると軽犯罪の常習犯だったらしい」

 

「……軽犯罪?」

 

「うむ。深夜、素っ裸にコート一枚だけを着て街を徘徊し、出会う女性に己の……ごほん、まあ提示して悦に浸っていたらしい。ようは変態だな」

 

「変態か……」

 

 というか露出狂かよ。しかも常習犯とか。

 なにを想像したのか、なでしこの顔が少しだけ赤くなってる。

 

「彼は生前、カップルに対し羨望を通り越して鮮烈な憎しみを抱いていたらしく、死後悪霊となってまでカップルを恨んでいるらしい」

 

 モテない男の妬みが怨霊と化したか。どんだけ憎んでたんだソイツ……。

 リア充爆発しろは言ってただろうな。

 しかし、ただの悪霊程度なら仮名さんでも倒せるんじゃ? 特命霊的捜査官って言うほどだし、自力で退治できる力量は持ってるはずだ。

 

「……? そのくらいなら、仮名さんでも倒せるんじゃ?」

 

「いや、事はそう単純ではないのだよ」

 

 はあ、と思い溜息を吐く。どうやらその辺に俺に依頼した理由がありそうだ。

 ディスプレイが見えるように差し出した。

 覗き込んでみると、画面には一冊の古びた書物が映し出されている。

 表紙には月と朽ちかけた骸骨が三体刻まれていた。

 

「……なかなか、悪趣味な本」

 

 とりあえずセンスは感じされないな。

 

「うむ、その意見には全面的に同意する。これは和製の魔術書『月と三人の娘』だ」

 

 なんでもその魔術書は書いてある手順を踏むと誰でも魔王になれる書物で、あまりの危険性に世界魔術防衛機構がAランクで封印指定している魔術書らしい。

 なにがどう魔王になるのかは分からんが危険な代物というのは理解した。あやしい匂いがぷんぷんするぜ……。

 

「私は専門でこの本を追っかけていてな、栄沢は偶然この本を手にしてしまい……死ぬ直前に最後の一線を踏み越えたらしい」

 

「……魔王?」

 

 その変態が魔王級の力を手にしてしまったと。確かにそれは厄介だな。色んな意味で。

 

「魔王になる素質は強力な念。奴は生前、カップルに対して壮絶な妬みを持っていた。恨みの念だ。さらに奴の趣味であるストーキング。この二つが見事合致してしまい、今ではカップルにひたすら嫌がらせを繰り返し、裸で街を徘徊する変態魔王に成り果ててしまったのだ……ッ!」

 

 ……ちょっと、俺が想像していた魔王の斜め上をいくんだけど。

 なでしこは事態は深刻と見なしたのか、真剣な表情で質問した。いや、確かに深刻だけどさ……。

 あれー?

 

「その魔術書は押収したのですか?」

 

「ああ、奴の部屋から押収してある」

 

「でも、その人どうやってその本を手に入れたの?」

 

 ようこのもっともな疑問に対し、仮名さんはため息を返した。

 

「児童館の絵本コーナーだ。流石の我々も盲点だった」

 

 うん。それは仕方ない。

 

「なんとしても止めねばなるまい。そこで川平、君の出番だ」

 

「……なぜ、俺?」

 

 そう。その話なら別に俺である必要性は感じられない。俺より腕の立つ霊能者なんてごまんといるだろうし。

 その質問に対し、仮名さんはコーヒーを呷ると指を三本立てた。

 

「一つは先ほども言ったとおり、留吉の推薦だからだ。彼の人を見る眼には私も信を置いている。そしてもう一つ、カップルだからだ」

 

「……カップル?」

 

 想定外の言葉に思わず首を傾げた。隣では嬉しそうにはしゃぐようこと、恥ずかしそうに頬を染めるなでしこ。

 あー、なるほど。読めてきた。

 こんな美少女を二人も侍らせている俺は奴にとっては最大の敵というわけで。

 

「囮?」

 

「うむ、頭の回転が速いな川平。その通り。そして三つ目だが、君が犬神使いだからだ。破邪顕正の名のもと悪を下すのは、君の使命だろう?」

 

「……こういう悪なら喜んで」

 

 満足そうに頷く仮名さん。じゃあ、依頼を受けるに当たって報酬の話に入ろうか。

 

「……依頼料は後払い。いくら?」

 

「うむ。百出そう。場合によってはボーナスをつけてもいい」

 

「……受けた。変態撲滅する」

 

 変態、栄沢汚水よ。俺の()となれ。

 ふと見れば申し訳なさそうな目で俺を見ているなでしこに気がついた。その心中を察した俺は頭を撫でる。

 

「大丈夫。俺とようこの仕事」

 

「申し訳ありません、啓太様……」

 

「誤らなくていい。戦闘は俺の仕事。そういう契約」

 

 戦闘において俺とようこは意外と相性がいいから、恐らく大丈夫だろう。

 だから気にするなと頭をくしゃくしゃすると、少しだけなでしこの頬が緩んだ。

 つまらない顔をしてそっぽを向くようこの頭も同じく撫でる。

 

「いつも通り、俺とようこでいく。頼むぞ?」

 

「うんっ」

 

 あっという間に機嫌を直し相好を崩すようこに苦笑する。

 それを見ていた仮名さんが意外そうな顔をしていることに気がついた。

 

「……どうしたの?」

 

「いや、なんでもない。なでしこは戦わないのか?」

 

「ん。なでしこ戦えない。だから戦うの俺、ようこの二人」

 

 大丈夫さ。仮名さんは大船に乗ったつもりでいてくれ。

 

「そうか……。ではこれより作戦終了まで君たちは私の指揮下に入る。作戦名は『サイレントナイト・オペレーション』だ。決行は五日後のクリスマスイブ。異論はないな?」

 

「……意義あり。作戦名変更を希望」

 

「むっ、結構いい名前だと思ったのだが……ではなにか希望はあるか?」

 

「変態撲滅作戦」

 

「なんだそれは……。それだったら私のサイレントナイト・オペレーションの方がいいだろう」

 

「ふっ。厨二乙」

 

 結局、作戦名が決まったのはそれから三十分後の話だった。

 ちなみに多数決で仮名さんの作戦名が採用された。俺以外満場の一致という結果に一人心の中で泣いたのだった。

 

 




 なでしことようこには作戦名の良さが分かってもらえなかった模様です。
 感想や評価、お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。