逆位契約云々の設定をすべて書き換えます。
どうもこんにちは。毎日生傷が絶えない生活を送っている川平啓太です。
踏みしめられるほどの硬さを持つ白い雲の上。
雲面の上をしっかりと立ちながら眼前にあるゲートを見上げた。
「……思い返せばもう三年か。長かった」
この仙界と呼ばれる異境へ修行に来てからもうそんなに経つ。初めて仙界に足を踏み入れた時の感動を今でも昨日のように思い出せる。
見るものすべてが新鮮で、関心が沸いた。また、思い浮かべていた仙人像と実物がまったく異なっていたのにも驚いた。
「……霞を食べないことに一番驚いたっけ」
ここ仙界は彼ら仙人たちにとっての流刑地だ。
天界で罪を犯した仙人たち――本当は神仙と言うらしい――はこの地に落とされ、刑期が満たされるまで収容される。
犯した罪は大小様々。大罪と言えるものから人間の感覚からすれば罪の範疇に入らないものまである。
そして、仙人がこの地から解放されるには刑期を満たす他にもう一つ。地上から修行場としてやってくる人間と個人契約を結び、力を貸す代わりに刑期を軽くするというものだ。
そのため、ここにいる多くの仙人たちは人間と契約を結んでもらおうと、あの手この手でアピールしてくる。
「……お婆ちゃんたち、どうしてるかな」
この地で修行を初めて三年。当初の予定では一年で終えるはずが俺本人の希望で滞在期間を今日まで延ばしてきた。
色々な収穫があった。
知の仙人から教わった数々の知識、真理を探究する仙人から叩き込まれた様々な魔術、武の仙人から鍛えてもらった武術と肉体。餞別としてもらった数々のアイテム。
そして、掛け替えのない友人たち。
そう、俺はもうボッチじゃない! 薫以外にも友達が出来たんだ!!
そして、少しだけ長く話せるようになったんだ!
人知れず涙を流していると、背後に気配が。
「……白山か」
「ケロケロ」
振り返ればこの仙界で一番の仲良しであり友達である白山名君の姿があった。
彼はカエルの仙人である。容姿もまさにカエルが人の形をした彼はケロケロ言いながら俺の隣に立った。
「……もう行っちゃうケロ?」
「ん。もうそろそろ行こうかなって思ってる」
「そうケロか……。淋しくなるケロ~」
涙を浮かべる友の肩を優しく叩く。
スンスンと鼻を鳴らしながら彼は俺の目を真っ直ぐ見つめた。
「本当によかったケロ? やっぱり今からでも契約を――」
「これでいい。大丈夫」
「ケロケロ~……。でも、それじゃあ啓太くんがあんまりケロ」
悲しそうにケロケロ鳴いてくれる白山。俺のために悲しんでくれるのが不謹慎だけど嬉しかった。
そんな彼の悲しみを散らすように白山の方を強く叩く。
「納得してのことだから、大丈夫。それに、白山の力が無くても大丈夫。強くなったから」
でも、ありがとう。俺のために泣いてくれて。
そう言うと、彼はさらに大きな声で泣きながら俺を抱きしめた。
泣き虫なところは相変わらずだな。
自然と頬が緩んだ俺は彼の背を優しく叩いた。
「――もう行くのね」
抱き合う俺たちに新たな声が掛けられる。
振り返るとお世話になった仙人たちがいた。
「姐さん、師匠……」
「誰が姐さんよっ! まったく、啓太のその呼び方だけは変えられなかったか。それだけが心残りね」
俺が姐さんと呼んでいる仙人、好天玄女。この仙界の統括者だ。
彼女からは徹底的に基礎体力や精神修行を仕込まれた。今の俺の肉体の半分は彼女によって改造されたといっても過言ではない。
「アタシの課す鍛錬は動けなくなるくらい疲労するのに、啓太だけよ? 鍛錬のあとで更に自主練するのって。今まで多くの修行僧や霊能者を見てきたけど、啓太ほどタフでマイペースな人は見たことないわ」
「褒められた。照れる」
「褒めてない! まったく……まあ、アンタが居たこの三年は賑やかで退屈しなかったわ。あっちに行っても元気でね」
「ん。お世話になりました」
顔を背ける姐さん。その目に光るものがあったが、見なかったことにした。
彼女と入れ替わるように一人の老人が前に出る。
「お前さんがここに来て、もう三年になるんじゃな。長いようでいて短い期間じゃった」
「師匠……」
腰が曲がったこのお爺さんは東方神鬼。武の仙人であり俺の師匠だ。
「お前さんが儂の元にやってきた日を今でも昨日のように思い出せる」
白い髭を撫でながら遠い目をする師匠。
俺も三年前のあの日を思い浮かべる。
「突然儂の元にやってきては弟子にしてくれと土下座をしてきたな。何度も断ったのに毎日やってくるもんじゃからつい聞いてしまったわ」
「……確か、なぜ強くなりたい、だっけ?」
「うむ。それに対してお前さんは『将来に向けてとりあえず強くなりたい』と言いよったんじゃ。今まで多くの者が儂の元にやってきたが、あんな返答を返したのはお前さんが初めてじゃ」
「師匠、大笑いしてた」
「そりゃ笑いもするじゃろう。じゃが、有事に備えて力を身につけること、そしてありが儘の自分を偽りなく見せること。それが儂の心を動かしたんじゃ」
「でも教えてくれたのは、身体操法だけだった」
「当たり前じゃ。武とは自身で培うもの。儂の武は儂だけしか扱えん。無理に覚えようとしてもそれはただの物真似じゃ。言ったであろう? 身体操法こそが武の根底にして原点と」
「ん。でもまだまだ」
「当たり前じゃ。たかだか三年で極められてたまるものかい。儂ですら三百年掛かったんじゃからな。……まあ、地上に戻っても修行だけは怠らんようにな」
そう言って頭を撫でてくれる師匠。
師匠との修行の日々は心が折れかけたけど、俺の血となり確かな糧となっている。
「師匠……今までありがとうございました」
「うむ。壮健でな」
最後にもう一度、師匠に大きく頭を下げる。
「啓太くん」
「白山……」
白山は目に涙を浮かべながらも懸命に笑顔を作ろうとしていた。
いかん、釣られて俺も涙が出てくるし……。
「また、会えるケロね?」
「ん。また会おう」
微笑み合い、握手する。
「またな、白山」
「またね、啓太くん」
そして、俺は光り輝く輪――ゲートを潜った。
向かうは地上、蓮伯寺。
1
「おお、戻られましたか」
地上に戻った俺を出迎えたのは蓮伯寺の和尚だった。
彼はこのゲートを管理する者であり、川平でもよくお世話になっている人物である。
「おかえりなさい啓太くん。少し見ぬ間に大きくなりましたね」
「和尚」
柔和な笑みを浮かべた和尚は頭からつま先まで視線を走らせると、大きく頷いた。
「ふむ……。それに随分と力をつけたようだ。此度の修行に得るものがあったようですな」
「はい。多くのものを得ました」
「それは重畳。お婆様には私から連絡を入れておきますので、もう戻られたほうがよいでしょう」
一つ頷いた俺は感謝の言葉を述べて寺を後にした。
電車と新幹線を乗り継ぎ、ようやく懐かしの我が家に辿り着く。
時刻は午後の八時を回ったところだった。
すれ違う女中の驚いた顔に出迎えられ、お婆ちゃんの部屋に一直線。
「お婆ちゃん、帰ったー」
これお土産ー、とお饅頭が入った紙袋を差し出す。
パソコンをしていたお婆ちゃんはきょとんとした目をしていた。
「お、おお。おかえり啓太。連絡はもらっていたが、何事もないように入ってきたのぉ」
「おかえりなさいませ啓太様」
「ただいま、はけ」
涼しげな笑みを浮かべたはけからお茶を受け取る。
すでにお茶の用意をしていたとは流石ははけ。パネェ。
「それで、ちゃんと契約は出来たんじゃろうな?」
「ん、……一応」
左の袖を捲る。二の腕あたりに小さなアルファベットのような模様が刻まれている。
仙人と契約を交わす際にはその証を授かる。それは指輪だったり、ネックレスだったり、変わり者だと令○のような魔方陣だったりと様々だ。
俺の場合この文字のようなものが白山と契約した証だ。
「契約はした。だけど白山の力、使えない」
「というと?」
「白山、力弱い仙人。恩恵を与えるほど、格強くない」
本来なら自分が契約した人間にその仙人の力が分け与えられる。
例えば、風を司る鴉の仙人は風を操る力を、土を司るモグラの仙人は土を操る力をといった具合だ。
本来であれば俺も白山からなにかしらの力を与えられるはずなのだが、生憎彼の仙人としての格は非常に低く。もともと持っている力もそこまで強いものでもない。
したがって契約しても、契約者に与えられるほど力がないということだ。
彼と契約して受けたメリットは、ぶっちゃけない。
「それは、なんとまあ……」
「それで、なぜお主はその仙人と契約したんじゃ? 契約する前に説明を受けんかったのか?」
それは当然受けた。白山は何度も何度も確認してきたし、最初の方は向こうが断ってきた。
だが、俺が契約した理由はメリットデメリットを度外視したところにある。
なにせ、白山さんは俺の――。
「友達だから。能力、二の次」
そう、友達だから。単純に力が欲しいのならその辺の強そうな奴と契約を交わした。
だが、あいつは俺の二番目にできた友達であり、そんな友人を救いたかったから契約したのだ。
それに能力を貰えなくてもやっていけるほど、この三年間に渡り徹底的に鍛えてきた。
「……そうか。なんともまあ、啓太らしい」
「啓太様は本当に優しい方ですね」
お、おいおい。そんな優しい目で見るなよ。照れるだろうがコンチクショー。
「お前さんが納得してのことなら、わしが口を挟む話ではない。それに向こうでは随分と修行に励んだようだしの」
「……もち。今の俺、啓太改」
パワーアップして帰ってきたのフレーズが生で使えますが、なにか?
むんっ、と力こぶをつくって見せる俺に二人は生暖かい目を向けたのだった。
カエルを入れないようにしつつ、尚且つ契約できる内容を考えた結果こうなりました。
カエルには悪いが、弱小仙人のポジについてもらいます。
逆位契約? なにそれ??