IFルートで使われる設定はすべてこのルートで完結していますので、本編にまったく関係がありませんし影響もありません。
本編とは別の話と思ってください。
第01話「繋がる世界」
【くそ、くそ、最悪だ……。知らなければ良かった。知るべきじゃなかった】
【現実だと思ってた世界が、実は作り物だったなんて……。なんで、そんな馬鹿げた話……くそっ】
【俺はこの偽りの世界で何を信じて生きればいいんだ……。そもそも、俺は一体、なんなんだ……?】
【なんでこんなことに、こんなことが知りたかったわけじゃないのに……!】
【どうして、なんで? 何がいけなかった? 知ってしまったからか?】
【嗚呼……出来ることなら、過去の世界に戻って、やり直したい……】
――以上が川平邸より発見した手記Aの一部です。なお、これ以上有用な情報はない模様。手記Bには彼らとの私生活が記録されており、情報の有用性は皆無なため報告記録には上げませんでした。
――ええ、そうですね……。
――……了解。引き続き情報の捜索を継続します。通信終了。
1
そもそもの始まりは、この日だった。
普段は意識の外にあった倉庫の存在を思い出したこと。その部屋の中を整理しようと考えたこと。それが、そもそもの始まりだったと思う。
それらの考えは間違いなく、自発的に思いついた
なんにせよ、この日、すべての歯車が狂ったのは確かだった。
その日、普段使っていない地下の倉庫室の存在を思い出した俺は、折角だからその部屋の中にある物を整理することにした。
仕事関係で手に入ってしまった曰く付きの品や、使わなくなった家具、不要な置物、どこで手に入れたのか忘れた骨董品などを倉庫にまとめて押し込んである。一応危険物とそうでないものの区分だけはしてあったが、中は結構カオスなことになっていた。
「……これは、一人はきつい」
助っ人がいるな。なでしこたちにも手伝ってもらうか。
一度部屋を出て、自室にいるなでしこの元へ向かう。どうぞ、との声に扉を開くとなでしこはテーブルに着いて何かを読んでいるところだった。
優しい微笑を浮かべて静かにページを捲っている。何を読んでいるのか聞くと彼女は目を落としながら「日記です」と言った。
「……日記? なでしこ、日記つけてた?」
「ええ、少し前からですけど。ようやく【絶望の君】を倒すことが出来て啓太様の周りも落ち着いてきたので。これを機に書くのもいいかなと思いまして」
あー、確かにここ最近はずっと忙しかったからなぁ。【絶望の君】は刺客を送ってくるは本人も襲撃してくるわ、薫も厄介なもの背負ってるわ、解決したと思ったらまた面倒な事態を招くやらでてんてこ舞い状態だった。
日記かぁ。これでゆっくりする時間も出来ることだろうし、俺も書いてみようかな。
「それはそうと、啓太様? なにかお話があるのでは?」
おっと、それはともかくとして本来の用事を伝えないと。
「……地下室の倉庫、整理する。手伝ってくれる?」
「ああ、そういえば物で溢れかえってますものね。確かにそろそろ整理しないといけませんね。わかりました。ようこさんもですか?」
「ん。この後、伝えに行く」
「でしたらようこさんには私から伝えておきますので、啓太様は先に倉庫の方へ」
「……そう? んじゃ、よろ」
なでしこの部屋を出た俺は汚れてもいいようにティーシャツと短パンに着替え、先に地下へ向かった。
旧名「保管庫」である倉庫室は地下の二階に位置する。スイッチを入れると明かりが点いた。部屋の中は二十畳ほどの広さで壁際には物を保管する保管ラックが並んでいる。大きなサイズのものに関しては床の空いたスペースに置いていた。
やっぱ、パッと見てカオスだなこれ。なんでツタンカーメンの置物があるんだよ。マーライオンっぽいのもあるし。自分が入手したとは思えないものもある始末だ。
「……とりあえず、始めるか」
まずはいるものといらないものを分けないと。ツタンカーメンはいらん。マーライオンはネタとして使えそうだから保管しておこう。
スペースを取っている大きな物から分別を始めていると、なでしことようこが援軍に駆けつけてくれた。数枚の雑巾に水の入ったバケツ、ハタキなどを装備している。さすがです。
「手伝うよケイタ~」
「ん、助かる」
「では私は汚れを取っていきますね。これからは定期的にお掃除しないと」
「頼む」
三人で手分けして整理整頓をしていく。いる物いらない物に分けて綺麗にラックの中に収納していくと、段々ごっちゃになっていた空間が片付いていき、空きスペースが出来ていく。
一時間ほど経つと随分と片付き、綺麗になった。
なんだか、一度始めるととことんやりたくなるな。次いでだから壁も少し汚れてるし、ここも出来る限り綺麗にするか。
そう思い、手にした雑巾で白地の壁を水拭きしようとしたときだった。壁の一部に違和感を覚えたのだ。
「……?」
壁紙の色が、微妙に違う?
同じ白地の壁紙だけれど、一部分だけ色褪せているように見えた。なんだろう?
そして、その少しだけ色褪せた壁に手を添えると、再び違和感。もしやと思い、コンコンと壁をノックしてみる。
「啓太様?」
不思議そうな顔をするなでしこたち。口に人差し指を当て、静かにするようにジェスチャーを送った。
色褪せているほうの壁は。
――コンコン。
その隣の白い壁は。
――ゴンゴン。
「音が違う?」
やはりだ。なでしこの言う通り、色褪せているほうの壁が若干高い音だ。
ということは、この先は空洞になっているってことだよな?
この空洞部分が気になった俺はハンマーを創造して、試しに壁を壊してみることにした。
なでしこたちが静止する間もなく鈍器を壁に叩きつける!
「……え?」
「穴? いや、階段……だね」
呆然とした様子のなでしことようこ。
壁を取り壊してみたら、その先には直径三メートルほどの穴が開いており階段が続いていた。周りは崩れないようにコンクリートで補強されていて、階段は地下へと続いている……。
なんなんだ、この階段は――。
「啓太様、これって一体……?」
「なんなのこの階段! 明かりがないから真っ暗だし、恐いよケイタぁ……!」
ホラーなど怖いものが苦手なようこが俺にしがみつき、早くも泣きべそを掻き始めた。
突如現れた謎の階段。ものすごい怪しいし、どことなく不穏な空気も感じられる。
しかし、見つけてしまった以上見て見ぬ振りは出来ない。俺の家の中で見つかったのだし、危険がないか確認しないと。
「……下りてみる」
「えぇっ! ここ行くの!?」
とはいえホラー全般御免なようこには厳しいか。ようこにはいつぞやの廃病院の時のように照明を担当してもらいたかったけど、無理強いは出来んな。
なので、ようことなでしこには家で待っていてもらうように言うが、彼女たちは首を強く横に振った。
「ケイタは行くんでしょ? なら、怖いけど我慢する」
「啓太様の行くところになでしこあり、です」
本当に可愛い奴らだな! くしゃくしゃと二人の頭を撫でた俺は念のため、仕事道具が入ったカバンとウエストポーチを持っていくことにする。必要ないとは思うけど、万一があるかもしれないからな。
準備が整った俺たちはようこに点してもらった火を照明代わりして、暗いコンクリートの階段を下っていった。
階段の幅は狭く大人二人分のスペースで、そこそこ急な勾配になっている。真っ直ぐ地下へと向かっており、コンクリートで出来た道が延々と続いた。
「うぅ、まだ着かないの……?」
俺にしがみついたようこが泣きの入った声で呟く。腕時計を見ると、下り始めてすでに十分は経過している。かなり長い階段だ。
「……なでしこ、ようこ、大丈夫?」
今のところ特に変わった気配や雰囲気は感じられないが、こういう暗闇の中に長時間いるのは精神的にとても厳しいものがある。しかも延々と同じ光景が続いているのだから、精神的負担は結構なものと見ていいだろう。俺はまだ大丈夫だが、彼女たちの身が心配だった。
「私は、まだなんとか」
「うー、わたしもなんとか、なんとか大丈夫……」
そういうなでしこだけど、少し疲労の色が見て取れた。ようこは傍目から見ていっぱいいっぱいだと分かるし。
「……もうちょっと進んで、まだ続くようなら一旦引き上げる。もうちょっと頑張って」
「はい」
「うん……」
それから階段を下り続けること五分。ようやく終わりが見えてきた。
「やっと着いたー……!」
ようこが安堵したように言う。延々と階段が続いていたから俺もホッとしたわ。
しかし、たどり着いた先にある物を見て思わず愕然とする。
「扉、ですね」
「だねぇ……」
行き着いた先には大きな扉が存在していた。壁に埋め込まれているそれは横二メートル、縦三メートルほどの巨大な扉。銀で出来ているのか分からないが、扉全体が銀色で全面に紋様のような彫刻が彫られている。古代の遺跡や神殿にありそうな扉だ。なぜ家の地下にこんなものがあるのだろうか……。
ドアノブは見当たらない。一般的な蝶番状で開閉する扉ではないな。恐らくスライドするタイプの扉か。かといって電動式にも見えないし、もちろんスイッチのようなものも見当たらない。
謎の階段の先には謎の扉か。一体なんなんだろうなこれ。後でケイの家に電話してセバスチャンから話を聞いてみるか。
「ぬぐぐぐっ~! ……ダメ、力尽くじゃ開かないみたい。鍵穴もないし、どうやって開くんだろ?」
ようこが力尽くで押し開けようとするが扉はビクともしない。その後ろではなでしこが厳しい顔でぶつぶつと呟いていた。
「――これは、空間ごと隔離している? いえ、似ているようだけど違う……もしかして、時空に干渉しているの? 魔術による術でも結界でもない。時空そのものに干渉して空間を断絶して隔離するなんて。一体なんでこんなものが……」
「……空間ごと隔離してるのこれ?」
この中で一番の年長者であるなでしこ。培った知識は相当なもので魔術などの神秘にも詳しい。
そんな彼女の意味深な呟き。関心を寄せないわけがない。
「はい。どうやらかなり強力な術式が施されているようです。正直これほどまで強力な術式は聞いたこともありません」
「赤道斎なら出来る?」
変態が服を着ているような奴だが、魔術に関してはあいつの右に出る奴はいない。赤道斎なら空間隔離くらいできるんじゃないか?
「……いえ。恐らく、赤道斎でも無理ですね。空間隔離くらいならともかく時空間に干渉するのは厳しいと思います。いわば世界そのものに干渉するということですから」
マジか。ていうことは赤道斎以上の術者がこれを作ったってことか?
赤道斎以上の魔導士か、想像つかないわ。
「……なんだろうねホント。これなんて雷っぽいマークだし」
扉の中央に刻まれた雷マーク。それに触れた途端――。
――ゴゴゴゴッ
重々しい音を立てながら扉が持ち上がっていったのだ。
なでしこがビックリした顔をしていた。俺は拍子抜けした顔をしているけど。触れたら開くなんて、どこの漫画だよ!
「け、ケイタ様? 一体どうやって開けたんですか?」
「……いや、触れただけ」
ホント、何で開いたんでしょうね?
疑問は尽きないけど、折角開いたんだ。先に進んでみるか。
後々考えれば、この時が狂い始めた歯車が噛み合わなくなった決定的瞬間なのかもしれない。普段の俺ならまず一旦地上に戻るという選択を取ったはずなのだから。
2
「なに、ここ?」
「なにかの研究所ですか?」
扉の先は廃棄された研究所のような施設に繋がっていた。全体的に白い造りとなっており廊下の壁があちこち崩れ、タイルのような床の一部が抜けているところもある。
電気は活きているようで電灯は点いている。しかし、ところどころに設置されている何かの機械はどれも壊れているようだ。
「ねぇケイタ……。なんだか、イヤな感じがするよ……」
「なんでしょう。とても寒気のようなものを感じますね……」
ようことなでしこがそう訴えてくる。俺も言葉では言い表せない感覚に襲われていた。不安や恐怖といった明確に表現できるものではない。ようこの言う“イヤな感じ”というのが一番的を得ているかもしれん。
人の気配はまるで感じられない。霊的な気配も今のところないし、本当に無人のようだ。
「……進んでみる」
ここが何なのか確認しないと。とりあえず周囲を警戒しながらこの研究施設のような場所を探索することにした。
内部はかなり広い。映画とかに登場する研究所のようで、廊下は大人四人が並んで歩けるほどのスペースだ。崩落しそうな天井や壁、抜け落ちそうな床に注意して進んでいく。
なんの部屋だか分からないがオペレータールームのような空間にはパソコンのようなモニターや巨大スクリーンがあったり。巨大な機械が並んでいる部屋などもあった。しかしどの部屋の機械もすべて故障しているようで、なんの反応も示さない。いつぞやの廃病院のような怪奇現象もないし。
ただ不思議なのは、文字が見当たらないのだ。普通、こういう施設なら各部屋に"○○○室"といったプレートのようなものがあるはずなのだが、それらしきものはどこの部屋にもない。また、数々の機器が設置されているけれど、その機械にも文字がないのだ。キーボードなら番号や記号が割り振られているのに、黒いボタンだけが並列されていたりなど。まるで、文字などありとあらゆる記号が一切使われていないかのよう。
もちろん資料や記録用紙などもないし。本当なんなんだろうねこの施設。不気味さすら感じるよ。
なでしこたちも気味の悪さを感じているのか、いつしか言葉数が少なくなりいつの間にか俺にピッタリと寄り添うようにして歩いている。俺の腕を掴んでいるようこなんて携帯のバイブレーションのように震えてるし。
「……お? あの扉だ」
通路を進んだ先に、例の扉がまたあった。パッと見て扉に刻まれた紋様は同じみたいだし、ここが出口なのか?
中央の雷マークに触れてみると、やはりというか。重い音を響かせながらゆっくりと扉が持ち上がっていった。
「また階段?」
扉の先には来た時と同様に、コンクリートの階段がお目見えした。今度は地上へ向かっているということは、この先に何かあるんだな。恐らく、この施設に関係する何かが。
「……行こう」
俺たちはその長い階段を上ることにした。恐らくこの階段も下りの時と同様に長いんだろうな。
ようこが照らしてくれる火を頼りに一つ一つ階段を上っていく。
今度は長いだろうなと予め予想していたから、上ることはそんなに苦ではなかった。やはり十五分ほど上り続けると、ようやく出口が見えてくる。
「……光? てことは、外?」
出口には光が差し込んでいた。どうやら建物の中ではなく外に繋がっているらしい。はたさて、どこに辿り着くのやら。
そして俺たちは長い階段を上り詰めた。外に出た俺たちを待ち受けていたのは、想像を絶する光景だった。思わず大きく息を呑んでしまう。
「――は?」
「なによ、これ……」
知らず知らずそのような当惑した声が漏れ出た。同じ景色を見たようこも絶句しており、なでしこは言葉も出ない様子だ。
山の一角に出た俺たち。目の前には変わり果てた世界が待ち受けていた。
ビルや家、店などの建築物が壊れている。いくつか原型が残っている建物もあるが、その多くが一部崩壊していた。まるで、退廃した世界。建物だけでなく、木々や草木といった自然も枯れ果てている。緑は一つもない。この山に生えていたであろう木々も、全て枯れていた。
そして、人が一人も出歩いていない。全員家に篭っているのだろうか、それとも――。
平成の世とは思えない光景。世界の終わりが訪れたような、本当に退廃した世界にやってきたような、そんな気分。しかし、これは紛れもない現実。
しかし、どこか見覚えがある景色なんだが……。
「……!」
言葉を失いながら呆然と廃れた景色を見ていると、不意にあることに気がついた。
「啓太様!?」
「どうしたのケイタっ」
間違いであってくれと思いながら駆け出すと慌ててなでしこたちが後を追ってくる。
枯れた木々の間を縫うように走りながら山道を一気に駆け抜ける。街の中を走っていて気がついたが、そこら辺りの建物の中から人の気配が感じられた。人はちゃんといるようだとその点では安心する。
三十分ほど走り続けてようやく目的地にたどり着いた。後を追っていたなでしこたちも立ち止まる。
そこには二つの石の柱のようなものが建っていた。本来ならここにあるべきものが掛かっていたのだが、そこには何もない。見る影もなくなっている……。
視線を下げると、綺麗な水が流れていた川はすっかり枯れていて、水路の跡だけが見て取れる。
「啓太様? ここが一体……」
「……河童橋」
「え?」
石の柱に指を向ける。
「……ここ、河童橋」
そこには"河童橋"と彫られていた。
「うそ……! ここがあのカッパ橋!? じゃあ――」
驚愕の声を上げるようこに頷く。この橋と、その下に流れていた川を見て確信した。
道りで見覚えがある景色だと思った。間違いない。ここは……この地区は……!
「ここが、吉日市だって言うの!?」
俺が住んでいる地域、吉日市なのだから!
3
衝撃の事実に全員言葉もない。初めに正気を取り戻したのはなでしこだった。
「……ここが吉日市だとして、私たちがあの階段を下り初めてから然程、一時間も経っていません。こんな短時間でこれほどまでの被害を出せるものですか? 見たところ、かなり時間が経過して風化しているところもありますし」
「じゃあ、どういうことなの? 現に街が滅んでるじゃないっ」
「私も、そこまでは……。とにかく、調べてみる必要があります。啓太様、一度家に戻りましょう。家がどうなっているのか心配です」
だな。俺もそれが気になっていた。
うちの家はこの近くにある土手を越えた先だ。急いで自宅へと向かった。
「……ケイタケイタ! 人がいるよ!」
自宅に向かう途中、人を見かけた。パッと見て二十代の青年だ。ちょっと声を掛けてみるか。
「……あの、すみません」
「やあ、ここは吉日町だよ」
「え?」
突然何を言い出すんだこの人は。ていうか、ここは吉日市であって町じゃないし。
怪訝な顔で青年を見るが、彼は笑顔を浮かべたまま壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返した。
「やあ、ここは吉日町だよ。やあ、ここは吉日町だよ。やあ、ここは吉日町だよ。やあ、ここは吉日町だよ。やあ、ここは吉日町だよ。やあ、ここは吉日町だよ」
「な、なにこの人」
ようこが気味の悪そうな顔をする。俺もまったくの同感だった。ちょっと近づきたくない。
距離を取ってもその人は、そこに俺がいるかのように目の前の空間に同じ言葉を投げかけ続けた。な、なんなんだあの人は……認知症か?
「あ、啓太様、あそこにも人が」
今度はなでしこの声。振り返ると、人のよさそうなお婆さんが瓦礫に腰をかけて休んでいた。あの人なら大丈夫そうだな。
試しになでしこが声を掛けてみる。
「あの、すみません」
「はい。今日縲√ユ繧ュ繧ケは繝医r諢いい丞峙縺励天気↑縺です枚蟄励ね」
「……え? なに? なんて言ってるの」
お婆ちゃんの言葉がよく聞き取れなかったようこ。俺もなんて言ってるのかさっぱりだ。
もう一度よく聞こうと耳に意識を向ける。
「そう繝シ繝峨〒隱ュ縺ソ霎そシ繧薙う□蝣エこの霎シ繧前ま薙□蝣たエ蜷医矢口さん↓逋コ逕が溘@縺セね縺吶」
――ダメだ、分からん。どっかの方言かな? たまにあるよね、聞き取れないほど訛ってる方言って。
お婆ちゃんにバイバイと手を振って先を進むと、件の土手が見えてきた。
土手の芝生も枯れているため、ただの盛り上がった土になっている。そこを超えると家が見えるのだが――。
「そんな、わたしたちの家が……」
地上三階建ての邸宅は見るも無残に倒壊していた。入り口は瓦礫で塞がれていて入れそうにない。
前庭の一角に植えていた花はなでしこがお世話をしていた。その綺麗に咲いていた花も無残に散ってしまっており、なでしこは悲しそうな顔で花々を見つめている。
変わり果てた我が家の姿に言葉を失っていると、不意になでしこが声を上げた。
「……なでしこ?」
ふわっと浮き上がったなでしこはそのまま空を飛び、二階の窓に近づいていく。確か、あそこはなでしこの部屋だ。
割れた窓ガラスの隙間に手を入れると何かを持ち出し、やがて降りてくる。
なでしこが持ってきたもの、それは一冊の本だった。
「……それは?」
「私がつけていた日記です。これが外から見えたもので」
そういえば少し前からつけてるって言っていたな。ぺらぺらと日記を捲っていたなでしこだが、不意に「えっ?」と声を上げた。
「どうしたのなでしこ?」
なでしこの後ろからひょいと顔を覗かせたようこ。なでしこは驚愕の表情で呟くように言った。
「日記に、覚えのないことが書いてあるんです……。これは、確かに私の字。でも、私こんなの知らない……」
なでしこに許可を貰い、その日記を読んでみる。中身が気になるのか、なでしこたちも日記を覗き込むようにして見た。
【2020年6月17日(日記形式なので数字は半角で書きます)】
とうとうあの【絶望の君】に勝つことが出来た。これを期に今日から日記を書くことにする。
一日でも多く、啓太様との楽しい日々を記録できるように。
ようやく啓太様はあの死神の
【2020年11月25日】
ついに宗家から啓太様との婚約を許された! これまでは忙しい激動の日々だったので、そう言う話を満足に行えなかったからとても嬉しい!
結婚は啓太様が高校を卒業し、大学に入学してからということになった。私も異論はない。啓太様もやりたいお仕事が見つかりましたし、妻として夫の足を引っ張る真似は避けなくては!
【2021年12月24日】
今年もクリスマスがやってきた。啓太様やようこさんと毎年祝うこの日ですが、今年は【絶望の君】を倒した記念ということで少しメニューを豪華にしてみた。七面鳥の丸焼きは流石に調理したことなかったけれど、上手くできたと思う。啓太様もようこさんも喜んで食べてくれたし、よかった。
そして、嬉しいことに啓太様から私とようこさんに婚約指輪をプレゼントとして頂いた。この時は嬉しすぎて私もようこさんも、思わず泣いちゃった。私がプレゼントしたのは手編みのセーター。今日は大切な宝物が増えた、良いクリスマスイブだ。
「……」
「ふふっ」
「えへへ……」
なんか、改めてこう書かれると恥ずかしいな……。なでしことようこも照れてるし。
でもよかった、喜んでくれて。大切にしてくれているのは知っていたけど、まさか宝物にランクインするとは思わなかった。
さて、なでしこの話だと本来はここまでしか書いていないようなのだが――。
ページを捲る。
【2022年3月20日】
「三月……!?」
「え、え? 三月って、今二月だよね」
そこに書かれていた日付に驚く。三月って、一ヶ月先じゃん。
まさかと思ってなでしこを見るけど、彼女は全力で首を振って否定した。よかった、妄想日記じゃなくて……。
とりあえず、読んでみよう。
【2022年3月20日】
今日は啓太様が志望した大学の合格発表日。K大学は難関な大学として有名なところだけど、啓太様はそこを見事一発で合格。流石は私の主様にして旦那様です!
大学は自宅から比較的近い距離で、電車で約三十分で通える距離にあるとのこと。楽しい学校生活が送れるといいですね。
そして、啓太様が大学に無事進学できたということは、いよいよ私たちも結婚することができるということ。
その日が待ち遠しい……!
うそ、あの大学入れたの俺!? この間、入試試験受けたばっかりで、正直合格率は半々で手応えも微妙だったんだけど!
よかったぁ、という思いとともに、ということは日記に書いてある通り、いよいよなでしことようことの結婚かぁ。うわっ、すげぇ楽しみ!
【2022年3月23日】
今日、結婚式の日程が決まった。式は五月十日。それも私とようこさんの同時結婚式。
この提案をしたのは宗家で早いほうがいいだろうと、会場の手配や関係者の招待など手配をしてくれた。宗家には本当に頭が上がらない。
ようこさんと同時に結婚式を挙げる。一番の親友と一緒に愛する人と式を挙げることができるなんて。私はすごい幸せ者だ。
「ようこさんと一緒に結婚式!?」
「うそ、なでしこも一緒なの!?」
驚きの声を上げるなでしことようこ。そりゃ、二人同時に式を挙げるなんて聞いたことないから驚くよな。それとも一夫多妻が認められている海外ではあるのかな?
あ、そういえば戸籍とかどうするんだろう。まあ仮名さんやお婆ちゃんが何か手を回しそうだけれど。
【2022年5月10日】
今日、ついに私は啓太様の妻となった。ようやく、ようやく夫婦になることができたのだ。
結婚初夜ということで啓太様も興奮されているのか、いつもより深く、そして熱く愛してもらい、私のお腹に命が宿ったと確信にも似た予感が過ぎった。
もちろん検査をする必要があるけれど、私は間違いないと思う。
啓太様との赤ちゃん。とても嬉しい……。
啓太様と夫婦になれたその日に赤ちゃんを授かるなんて、なんて幸せなんだろうか。
「……赤ちゃん」
「赤ちゃん……」
「いいなぁ、なでしこ」
顔が熱くてなでしこの方が見れません。
この先も気になるところではあるけれど、ちょっと飛ばそう。日記の最後はいつなんだ?
【2024年7月22日】
二年も先なのか……! 肝心の内容はどうなってるんだ!?
【2024年7月22日】
世界各地で起こっている異変はついに日本でも発生した。
横浜や大阪などは早くも壊滅してしまった。東京も尋常じゃない被害を受けているし、ここ吉日市でも異変が見られるようになった。
ここも危ないかもしれない。啓太様は相変わらず様子が可笑しいままだし、私たちは一体どうなるのだろうか……。
日記はここで終わっていた。
「……異変?」
世界規模で異変が起きていて、それが日本でも発生した。吉日市も巻き込まれ、それが原因でこの現状なのか?
それに、俺の様子が可笑しいって、どういうことだ?
ダメだ、不可解な点が多すぎる。
なでしこもまったく理解が追いついていないようで、難しい顔で首を傾げている。そんな中――。
「……あ、わたし分かったかも」
唐突にようこがそんなことを言った。
「ほら、前にテレビでやってたやつあるじゃん。あれだよきっと! えっと、へー……へー」
「ようこさん?」
「へーなんちゃらせかいってやつ!」
へーなんとかせかい? 平行世界?
「……平行世界のこと?」
「そう、それだよそれ! そのへーこー世界ってのじゃない?」
顔を見合わせる俺となでしこ。地下の倉庫室にあった謎の階段と扉。僅かな時間で世界が変貌するほどの変化が生じたこと。そして、未来の内容が書かれたこの日記。確かに、ここが平行世界なら辻褄が合う。
もし、ここが平行世界なら――。
「戻りましょう啓太様!」
「ん!」
一も二もなく頷いた俺たちはあの扉があった山まで戻ることにした。念のためなでしこの日記だけ回収し、全力で駆け出す。
山道を風のごとく駆け上がり、例の階段を駆け下りる。扉は……開いたままだ!
扉を潜り抜け、その先にある不思議な研究施設のような場所を駆け抜ける。
そして、入り口と思われる扉を抜けて、コンクリートの階段を駆け上がった。
「はっ、はっ……」
いつしか息が上がっていた。このくらいの運動で息を切らすことがない俺がだ。思いのほか、精神的に追い詰められていたのかもしれない。
ようやく長い階段を抜ける。果たしてそこは――。
「――戻って、きた?」
駆け上がったその先は、整理整頓したばかりの見慣れた倉庫室だった。
戻ってこれた、そう実感したのだろう。ようこもなでしこも大きく息をついた。
「はぁぁ~、よかったよぉぉぉ~~」
「ふぅ……、流石に色々あって疲れましたね」
「……だな。俺も疲れた……」
だが、そうも言ってられない。なんで家の倉庫室が平行世界と繋がているのか知らんが、繋がりっぱなしっていうのは間違いなくやばいだろう。しかも扉は開いたままで閉める方法知らないし。まさかとは思うが一度開いたら開けっ放しなんてことはないよな?
なにはともあれ、至急お婆ちゃんたちに連絡する必要があるな……。
IFルートは全部で三話くらいになると思います。
本来なら裏設定は明かさないんですが、このルートは三話で完結するので、すべて書いた後にあとがきで補足説明させていただきます。