P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
季節は少しずつ暖かくなっていく三月の終わり。織斑千冬はオープンカフェで、コーヒーを片手にこの一年のことを振り返っていた。
弟の入学から、個性溢れる代表候補生らの指導。亡国の台頭、戦い、裏切り。色々なことがあったものだ。千冬はこの一年に思いを巡らせながら、それでも皆が無事に過ごせたことに安堵した。
それに確かに辛いことも多々あった。でもその分だけ皆成長している。
千冬は生徒達、何より大切な弟の成長を思いながら小さく微笑んだ。
「織斑先生~」
物思いに耽っていた千冬が声の方向を見ると、山田が息を切らし手を振って走ってくる。一年経っても相変わらずな教師らしからぬ様子に千冬は苦笑いした。
「はぁはぁ……。お、遅れて申しわけ、ありません」
「いやいい。私もさっき来たばかりだ」
「でも今日は私の方が、お、お願いした、のに」
「気にするな。……とりえあえず一息ついたらどうだ?」
「あ、ありがとうございますぅ~」
山田は「ふぃー」と本当に一息つくと、イスに座った。
その後彼女が店員に注文するのを見届けてから、千冬が口を開く。
「それで今日は買い物の付き添いだったな」
「はい。私よりずっと『大人の女性』である織斑先生の意見を参考にしたくて」
「ほぅ……。要は年増だと言いたいのか?」
「はうっ!そ、そんなこと思ってませんよ!」
「冗談だ」
山田がオロオロと手を動かすのを見て、千冬はまたも苦笑した。
「悪かった。でも私はファッション関係はそう詳しくないぞ」
「いいんです。とにかく先生の意見を聞きたくて。私洋服選びは、どうしても自分好みの方ばかり目が行っちゃうんで」
「ふむ」
「ここはビシッ!と格好いいアダルトな服を選びたいんですよ」
「そうなのか」
「そうなんです。私だってもう大人の女性ですから!」
えっへん、と胸を張る山田の姿は見た目少女のようで、彼女の言う『大人の女性』とは程遠いのだが。
しかし優しき千冬お姉さんは思っても口には出さず、その穴を埋めるようにコーヒーを口に運んだ。
「でもなんで急に買い物しようと思ったんだ?」
千冬が不思議に思ってたことを尋ねる。用事で町に出ていた千冬に、唐突に山田から思わぬ誘いがあって、こうなったからだ。
「……べつに。深い意味はありません」
「ん?」
山田の態度に一瞬違和感を感じたが、千冬は気のせいだと思い直した。
目を少し細め風を感じる。少し前まで寒かったいうのに、季節は少しずつ暖に向かって変わり始めている。
「ああ、そういえば」
季節の移り変わりを考えていた千冬が思い出したように言う。
「この前のアレどうなったんだ?」
「アレ?アレって何ですか?」
「お見合いだよ。叔母の勧めで断れなかったっていう……」
ピキーン。
歴戦の戦士である千冬には、その瞬間場の空気が一気に凍りついたのを確かに感じ取った。どうなっているんだ?
「……ああ、アレですか。……お断りしました」
「そうなのか?」
「ええ。いきなりなお話でしたし。相手の方もちょっと、その、年上で」
「そうか。残念だったな」
「ぜーんぜん残念なんかじゃありませんよー。だって私まだ結婚なんて考えたことなかったし?まだ若いですし?世話になった叔母さんの紹介で会っただけで実は乗り気じゃなかったし?そもそもお付き合いすることさえ思いもよらなかったし?」
「そ、そうか」
山田の態度に少し驚きながらも、千冬は引きつった笑みを返した。
「これ飲み終わったら出発していいですか?回りたい所多いですし」
「あ、ああ」
そして山田は紅茶をじっと見つめたかと思うと、それを一気に飲み干した。
少し釈然としない思いを感じつつ、千冬も自分のコーヒーを飲み干す。
「行きましょうか」
「ああ」
そして二人は席を立った。
……女性が唐突に買い物に行きたがる場合、それは良いことがあった時か、もしくはスゲーむかつくことがあった時と相場は決まっている……。
そうして今、波乱の空気を纏わせながら、二人の女性は歩いていった。
「う、ううっ……」
山田の嗚咽が薄暗い路地に響く。
暗い路地、それに女性の嗚咽ときたら最悪の想像をしてしまう方もいるだろう。
しかーし、こと繁華街ではもう一つの可能性の方がめっちゃ大きくなる。それは……
「ううっ……気持ち悪いです~」
そう。それは酔っ払いのゲ○吐きだ。
山田が何故このような醜態を晒しているのか。
それは買い物も終わり、軽く一杯飲んでいこうとある店に入った矢先、お目付け役の千冬が急に学園からの電話で帰って行ってしまったのだ。
買い物も満足いく結果に終わり気分良くなっていた山田は、その流れで最近自身に降りかかったことへの愚痴を聞いてもらおうと考えていたのだが、それが寸前にお釈迦になってしまい、うなだれ、そして荒れた。
結果ストッパー役不在のまま急ピッチで飲み続け、見事な酔っ払いが完成したのである。
山田は口元の残りゲ○をハンカチで拭うと、そのハンカチをバッグにしまう。
「男なんて……」
自身の情けない姿からつい最近の『あの』屈辱を思い出してしまい、山田は一層惨めな気分になった。
そして山田は男と女におけるこの世の無常を呪いながら、ふらふらと千鳥足で欲望渦巻く夜のネオン街へと消えていった……。
というか単に次の店へはしご酒する為に。
酔っ払いに上限なぞないのである。
「おーい一夏。ご苦労さん、今日はもう上がっていいぞ」
「はい。分かりました!」
我らが偉大なる主役織斑一夏は元気良く答えると、持っていた空ケースを置いて額を拭った。大きく安堵の息を吐く。今日の仕事は本当にハードだった。
「悪りぃな。こんな遅くまで」
「しょうがないですよ。今日は大変でしたし」
「すまねぇな。その分今日のバイト代は色をつけておくからよ」
「あはは。どうもです」
「じゃあな!気をつけて帰れよ」
「はい。失礼します店長」
一夏はそう店長に一礼すると、バイト先の居酒屋を出た。
学生にとって春休みであるこの時期、一夏はバイトに精を出していた。
とはいえ中学の時のように家計のことを考える必要は無いので、特にお金を稼ぐ必要はないのだが、休みを持て余していたのと、一夏の性格から将来の備えの為に短期間だけバイトすることにしたのである。
そもそも一夏は中学卒業の後就職を考えていたほどで、汗水流して働くのは嫌いではない。世間一般では敬遠されがちな肉体労働もさほど苦にはならないのだ。
そんなわけで彼は空いた時間を利用し、学園の警備員西田の紹介によって、このイカ料理専門居酒屋『イカ931MAX』に裏方業務として短期間お世話になる次第であった。
尤も彼の周りに少女達は、その休みを何故もっと有意義に過ごさないのか、という文句も出たのだが。
ISの訓練に学業、やることは多いはずだ。……そんなお叱りも多々受けた。
後はデートとか、デートとかデートとか、デー……(略)とにかく春休みを利用した桃色空間を夢見ていた少女らの八つ当たりも受けたが、それでも彼は何とか色欲に憑かれた野獣らを説き伏せて、バイトにかこつけたのであった。
「あれ?」
裏口から店を出た一夏が正面に回ると、店の前の電柱を抱え込むように女性が一人蹲っている。
……マズイなぁ。
一夏はその姿を見て少し不安になる。酔った人間は完全無防備であり、そのせいで盗難などの犯罪に巻き込まれるのも少なくない。それが女性なら尚更だ。
どうあれ介抱した方がいいだろう。一夏は本来の持つ優しさから、蹲る女性に近づき声をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
しかし女性は反応せず、一夏の不安は強くなる。
「俺そこの店で働いているんです。良かったら中で水でも飲んで休んでみては?」
そこで不意に女性の身体がビクンと震えた。そして一夏が身構える間もなく……。
「オエ~」
吐いた。
酸っぱいような刺激臭と共に、一夏の足元は惨事に見舞われる。
この靴まだおニューなのに……泣きたい気持ちになるのを一夏は必死で堪える。また出されたゲ○はあたかも濁った酢豚を連想させてしまい、おそらく自分は当分酢豚食えなくなるだろうな、とも思った。
それでも一夏は自身も腰を沈めると、女性の肩にそっと手を置いて、落ち着かせるように軽くさすった。このような災難にぶち当たった時にも常に相手のことを思いやる。それこそがモテ男がモテる所以であるのだ!
そしてそのまま女性の状態を確かめる為に顔を覗き込んだ。
「え?」
「はれ?」
しかしそこで一夏が固まる。だがそれは相手も同じであった。
「せ、せんせい……?」
「お、おりむら、くん……?」
アホ面で互いの顔を見つめる二人。
「「なんでここに?」」
声がシンクロし、二人は同時に顔を背ける。
先生と生徒。
夜の繁華街で、ゲ○にまみれたくっそ居心地の悪い邂逅を果たした瞬間であった……。
キャスト
織斑一夏……限定鬼畜王。この酢豚SSでは毎度散々な役割になっているが、本来の彼は欠点はあれど、優しく強い志を持った好青年である。
もし一夏が某鬼畜王さんのように積極的にヒロインを落としていくゲームが出たとしたなら、世の紳士たちはたとえ諭吉さんをお布施したしても、きっと後悔はしないだろう。
山田真耶……やまだまや。上から読んでも下から読んでもやまだまや。……親はぜってー狙ってつけただろ!こういう面白半分に親が子に名前をつけると、子供は将来傷つくことになるんだよ!ちきしょう!
総括すると巨乳。
織斑千冬……ブラコン。以上。
凰鈴音……酢豚。
どうでもいいことだが、かつてお世話になった尊敬すべき方と、いや~んな店で邂逅しちまった時のあの何とも言えない空気は何だろうか?そりゃ男たるものどんな聖人だとしてもエロなのは当然だけど……不思議な罪悪感と、身勝手だが軽いショックに襲われる。
……特に相手の手にSエム系の商品なんかが握られていた時には……もう……。
……こんな時どんな顔をすればいいのか分からないの……。