P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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強烈な個性を持つ人の友人やるのは刺激が多く面白い反面気苦労も多いわけで。





鷹月静寐の気苦労

「まったくしょうがない奴め!」

 

部活帰りだろうか、結構遅くに部屋に戻ってきた篠ノ之さんは、入ってくるなり怒り収まらぬ感じで吼えた。私のことかと一瞬思ったが違うらしい。同居人として知り合って間もない頃は彼女のこういった仕草に大変驚いたものだが、最近はいい加減慣れてしまった自分がいる。これは成長と言えるのかな?うーん。

 

篠ノ之さんは持っていたバッグを乱暴にベッドの方に投げると、部屋の中を半円を描くようにグルグル歩き出した。これはあれだ、彼女なりの怒りを鎮める方法だ。正直この状態の彼女とはあんまり関わり合いたくないが、同じ部屋に住む者としてそうは言っていられないのが辛いところ。

 

ま、それにこういう態度を見せてくれるようになったのは私に対する信頼とも取れるわけだし。

 

「どうしたの篠ノ之さん?」

どうせ彼女がここまで感情を表す事柄なんて意中の幼馴染くんのことでしかないんだけど。それでも律儀に聞いてあげるのが友人関係を円滑に進めるためには必要なのです。

 

「別に何でもない」

ムスッとしたまま篠ノ之さんが言う。毎度変わらず素直じゃない。

 

「そんなことないでしょ?何があったか話してみて?」

「鷹月には関係ないだろ」

 

ならそんな風に不機嫌な姿を見せないでよね、もう。

 

「そうごめんね。じゃあ聞かない」

「えっ……あ、いや……うう~」

 

しかし早々に一歩退いてやると、不服そうにコチラを見てきた。

本当に素直じゃないなぁ。聞いて欲しいならはっきりそう言えばいいのに。

 

ため息を一つ。

根は良い子で、慣れれば不器用なこの性格も可愛らしくもあるのだが、同時にとても面倒くさい子だ。こりゃ織斑君も大変だと少し同情。

 

仕方ないなぁ。

明日の予習の手を止めノートを閉じる。経験上今回は長くなりそうだから。

 

「篠ノ之さん。良かったら何があったのか話してくれないかな?」

あくまでこちらが下手に出て優しく問いかける。彼女にはこれが一番。

 

「むっ……そこまで言うなら」

「ありがとう」

 

一応不承不承のポーズを取りながら篠ノ之さんが私に向き直る。我ながら彼女への手綱が上手くなったものだ。

 

「実は一夏の奴がだな……」

「うんうん」

 

予想通りの篠ノ之さんの話を聞きながら思う。

実は私ってば結構苦労人な人生を歩むのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「鷹月さん寝不足?珍しいね」

 

翌日。一限目の休み時間に欠伸をかみ殺して目をこする私に、諸悪の根源その人がのんきに話しかけてきた。

 

うん。キミのせいだけどね。

と口に出かけたが何とか止める。正確にはキミの幼馴染さんのせいだし。

 

「昨夜遅くまでおしゃべりしちゃって」

「へーそうなんだ。あんま夜更かししない方がいいぞ」

 

おい。

 

「……篠ノ之さんが中々解放してくれなくてね」

「ふーん」

「何かあったみたいだけど、織斑君知らないかなぁ?」

「知らない」

 

このやろー。

 

「ちょっと聞いたんだけど、昨日部活関係で彼女と少しモメたそうじゃない?」

「ああ。たいしたことじゃないよ」

 

その『たいしたことじゃない』事のせいで私は日付が変わるまで愚痴に付き合わされたんですけど!

その愚痴った人を見れば何時もの専用機持ちの面々と一緒に笑っている。昨夜遅くまでの愚痴の一方通行で随分とストレスの方も発散出来たようで。おかげでコッチは予習も出来ずにでしたが。

 

「どうしたの?」

 

目の前ののほほんとした顔を見てると段々イライラしたきた。

私には一発ぐらいその頬を叩いてもいい権利がある気がする。

 

そこで「アハハハハ」と声高に笑う同居人の声が聞こえてきた。横目で伺えば何が可笑しいのか分からないが、2組の凰さんの肩を叩きながら楽しそうに笑ってる。っていうか彼女は何でナチュラルにこのクラスにいるんだろう?2組に帰れ。……なーんてね。

 

しかしどうあれ思うこと。

この幼馴染組、ちょっと、いやかなりムカツク。お灸が必要かな。

 

「ねぇ織斑くんさ」

「何?」

「今週末ヒマかな?」

「んー。特に予定無いぞ」

「そう。……じゃあ」

 

席を立ち彼に顔を近づける。

 

「ちょっと付き合ってくれないかな?」

「いいよ別に」

 

しかし全く反応なし。さすが各方面から鈍感に定評がありまくる人だ。

 

「織斑君さ、意味分かってる?」

「何が?」

「年頃の男女が休日に出かける意味」

「ただの買い物か何かだろ?」

 

やっぱり彼にとってはそうだった。『特別』でも何でもない、ただの友達とのお出かけという感覚。

しかしそれも想定内。更に近づき耳元で囁くようにして言ってやった。

 

「……デートのお誘いだよ」

「へっ?」

 

思わぬ言葉に驚いたであろう、彼のその呆けた顔に内心にんまりする。勿論表情には出さずに。

 

『アイツは私の気持ちを全然察してくれない!』

篠ノ之さんが愚痴る時のお決まりの台詞。昨夜も2回は聞いた。鈍感な彼への嫉妬とやるせなさ。想いを分かって欲しいという彼女の願い。

 

しかしそれは彼女の言葉が足りないからでもあるのにとも思う。なら分かるようにはっきり言葉で伝えてやればいいのにと。

 

その彼女の度重なる愚痴から思い、学んだことを実行してみたが一応は効いたようだ。やったね。

しかし買い物をデートに置き換えただけでこうも狼狽するとは。ちょっと可愛いかも。

 

「どうかな?織斑君」

「え?ああ、ど、どうだろ?」

「聞いてるのは私なんだけど。それでデートのお誘い受けてくれる?」

「えーと……」

「そっか。織斑君は嫌なんだ」

「嫌じゃない!」

 

いきなりの強い声にちょっとびっくり。

 

「そ、そう?じゃあ……日曜日に……いい?」

「分かった」

 

んん?ちょっとからかって笑って終わるつもりが……あれ?

今更だが少し変な舵取りに変わっちゃったかも。

 

でもやっぱり悪い気がしてもう一度篠ノ之さんの方を伺ってみる。しかし彼女は未だこちらのことなど気にもせず周りと笑っていた。その態度に少しムカツク。専用機持ち相手ならハリネズミの如く嫉妬アンテナを立てまくって警戒しているのに、私なんかじゃそれに触れることさえないというわけですか。そうですか。

 

でもね篠ノ之さん?相応にして足元をすくわれるってのはそういう油断からくるものなんだよ。

 

「じゃあ俺行くよ」

 

織斑君はそう言って背を向けて歩き始める。だがニ、三歩歩いたところで振り返ってきた。

 

「鷹月さん」

「はい?」

「楽しみにしてる」

「……っ」

 

卑怯だと思う。凄く卑怯だ。

そんな言葉をいきなり言うなんて。そんな風に笑うなんて。

 

さっきとは逆に固まって口をパクパクさせる私に背を向けて、彼は歩いていった。やはり彼は無自覚にしろ対女性では百戦錬磨の一筋縄では行かない相手だ。私もそれなりの覚悟を決める必要がある。あと対応するための準備もね。

 

じゃあまずは何を着ていくか考えることから始めようかな。

私は頬杖をつきながらそんな想像を始める。

 

篠ノ之さんは私たちのお出かけも知らず、まだ楽しそうに笑っていた。それに申し訳なさがまた浮かぶが、よくよく考えれば気にする必要はない。だって彼女は彼との仲を尋ねるといつも言うではないか「一夏はただの幼馴染だ!」と。顔を真っ赤にしながら。現に昨夜も3回は聞いた、しっかり言質は取ってある。それは恋人関係はおろか男女の仲も篠ノ之さん自身が否定しているということになるわけでして。

 

そう。つまり私が彼とデートに行こうが、もしかしてその先に少し進んじゃいそうが、彼女に文句を言われる筋合いは無いと言うことになります。ね?篠ノ之さん。

 

「ふふ」

思わず笑みが出る。

 

ルームメイトから連日聞かされている彼のこと。おかげで彼の好みから行動パターンまで当方は強制的に学習済みでありますよ。それを駆使していざ闘い(デート)の場に。勝利へのキーワードは『素直になること』『自分の思いをはっきりと言葉で伝えること』これだね。

 

さて、どうなるもんかな。

予習できなかったノートを広げながら私は週末の闘いに思いを馳せる。

 

 

眠気はもう治まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




油断大敵ですよ箒ちゃん。
案外一夏君のような超モテタイプは職場の地味で目立たない子なんかとゴールインすることも多いかも。



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