P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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子供の頃はゲームにおせちにお餅にお年玉エトセトラ。
楽しい思い出しかないお正月も、大人になると出費が嵩んだり、面倒事が多くなるものでして。





五反田弾の悪夢

正月。それは全ての人にとって一年で一番の憩いの期間。

家族を連れて実家に帰省する者。海外旅行と洒落込む者。愛する人とのラブラブっぷりを神様に見せつけに行く者など各々それぞれがそれを満喫する。

 

正月。それは誰もが『いい夢』を見るための特別なものなのだ……。

 

 

 

 

五反田弾は自室で漫画を見ながら熱々の餅を貪っていた。餅の食感を楽しみながら弾は幸せを噛み締める。煩わしかった家族親類の挨拶が一段落して、ようやくのんびり出来たからだ。お年玉は嬉しいが思春期真っ盛りの高校生の少年にとって大人の集まりは居心地が悪い。

 

「うまっ、やっぱつきたては違うな」

熱々のお餅、トッピングはきなこに小豆、ついでに砂糖醤油。それさえあれば何もいらない。弾は新年のめでたさと世の平和を詠いながら、ただただ幸せを感じていた。

 

「よぉ。邪魔するぞ」

 

しかしいきなり響く声と共にノックもなしに戸が開かれた。驚いた弾が視線を向ける。

 

「一夏?」

「あけましておめでとう弾」

「ああ。おめでと……で、どうしたんだ?正月早々いきなり」

「迷惑だったか?」

「そうじゃねぇけどさ」

「ちょっと相談したいことがあってさ」

 

相談?弾は一夏に座るように促すと、頭をかきながら身体を起こした。正直寝正月を満喫したいところだが、親友の相談とあれば無視するわけにもいくまい。

 

「わぁったよ。それでどうしたんだ?また鈴と喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩とは違うけど鈴のことだよ。よく分かったな」

「マジか。適当に言ったのによ。ったく新年早々しょうがねぇな」

「そう言わないでくれよ。俺的には一大事なんだからさ」

「へいへい。じゃあ聞かせろよ。どうせくだらないことだろうけどさ」

「それなんだけどな……」

 

一夏はそこで難しい顔を作ると、弾が食べていた餅の残りを取って食べ始めた。それがとっておきの最後のきなこ風味だったので弾は少し悲しくなる。

 

「うまいな。小豆もいいけどやっぱ餅はきなこだな」

「まぁな」

「納豆で食べるところもあるらしいけど、あれってどーなのかな?」

「どーでもいいじゃねぇか」

 

餅を食いながらのほほんと話す一夏に弾はDANDAN苛々してきた。

 

「おい一夏。早く言えよ」

「実は妊娠しちゃったみたいでさー」

「はぁ?くだらない冗談言うなよ、まだ脳みそ寝てんじゃねぇのかお前」

「失礼なやつだな」

「一夏くん。男の子ってのはね?絶対妊娠できないの。分かった?ならウチ帰って早く寝てなさい」

 

弾はやさしく親友に言い聞かせるとごろんと横になる。一夏はこんなくだらない冗談を聞かせるために、人の幸せな寝正月気分を壊したってのか?まったく。

 

「おい弾。真面目に聞いてくれって」

「何だよしつけぇなぁ。そんなに心配なら病院逝ってこい」

「もう行ったよ」

「へー。それで医者はなんだって?脳に疾患があるって言われなかったか?」

「お前こそいい加減にしろ。何で俺が妊娠するってんだよ。鈴だよ鈴!」

「なにぃー!!!」

 

弾大絶叫。新年度の初っ端から今年一番のサプライズであります。

 

「り、り、りり、り、りり、鈴?」

「ああ」

「お前、お前お前お前!鈴と、そ、そんな関係だったのか?」

「ああ」

「で、でもよ!妊娠するってのは当然その『行為』をしなければ出来ないんだぞ!分かってんのか一夏!コウノトリが運んでくるってことはないんだからな!そ、そう、具体的にはおしべとめしべがだな……」

「セックスしたに決まってんだろ」

「Oh……」

 

その言葉に弾は膝を付く。

いつかはこの二人が結ばれれば……と望んでいたが、実際聞いてみるとその場面がぼんやり浮かんでしまい、勝手だがすげーモヤモヤするのに気付いた。

 

「それで、どうするかって話なんだよ……」

「ど、どーするってお前」

「俺ら学生だしさ。更にはIS学園なんて特殊な環境にいるわけで」

「あ、ああ」

「正直俺らだけで子供を育てるのは厳しいって分かってる」

「一夏……」

「俺はまだまだガキだ。何の身分も保証も力もない。幼い綺麗ごとだけじゃみんな不幸にしてしまう」

「そうだな……」

 

家族を養う、それは決して簡単なことではない。

しかも一夏は学生の身分で年齢的には庇護が必要な子供である。そんな者がどうやって妻と新たな生命を養っていけるというのか。

本来はとてもめでたいことなのに……本当にままならない。

 

「一夏お前さぁ。何でちゃんとしないんだよ……」

「ちゃんと?何をだよ」

「何ってお前、避に……」

 

避妊のやり方知ってんのか?

と言おうとしたが、流石にいくら一夏相手にもそれは失礼だと思い弾は言葉を飲み込んだ。

 

「……で?一夏。お前はどうしたいんだ?」

弾は難しい顔で親友に聞く。結局大事なのは一夏の心構えなのだから。

 

「厳しいのは分かってる」

「ああ」

「何も分かってない、甘いと言われるのも分かってる」

「ああ」

「それでも……それでも俺は新たに授かった命を失わせる真似はしたくないんだ!」

「よく言った!それでこそ一夏だ!」

 

弾は誇らしい思いで親友の決断を後押しした。

世間からは甘いと言われるだろう。年長者がいたならばその無知を厳しく叱責されるに違いない。

 

それでも、これが織斑一夏なのだ。

これが自分の親友なのだ。

 

「それで今日お前に会いに来たのは、サポートを頼みたいからなんだ」

「任せとけ。俺に出来ることなら何だってしてやる!それは約束する」

 

胸を叩いて弾は力強く返す。

大切な友人を、そしてその愛の結晶を守る為だ。どんなことだって協力してやるさ!

 

一夏が安心したように笑う。それを見た弾も微笑み返す。

きっと厳しいこと、辛いことがたくさん待ってるに違いない。でも大丈夫、この二人ならきっと……。

 

弾は友人として、大切な二人の末長い幸せを願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「そっか。じゃあさっそく頼むわ」

「へっ?」

 

バターン!

一夏ののほほんとした声に弾が一瞬呆けると、いきなりドアが蹴り開けられた。

 

「ニーハオ」

「鈴?」

「あけましておめでとう、は言わないわよ。中国じゃ正月は来月だし」

「んなことどーでもいいよ!何なんだよ!」

「愛しいベビーが産まれたからさ、さっそく弾に手伝ってもらおうかなと」

「……は?」

 

何て言ったコイツ。産まれた?

弾のチンケな頭は酒でも呑んだようにクラクラしてくる。

 

「そっか。がんばったな鈴」

「うん。ねぇ見て一夏そっくりでしょ」

「ほんとだ」

「天使みたいでしょ」

「天使だな」

 

あはは、うふふ……。と早速親バカっぷりを見せる二人に弾の思考は追いつかない。

追いつかないが、だからこそ叫ぶしかなかった。

 

「なんでいきなり子供が産まれんだよ!十月十日っていう常識があんだろ!」

「それはあれだよ」

「何だよ!」

「だってISだし」

 

そう。ISは全てを可能にする。

細かい設定?常識?時空列?……ISは深く考えるな、ただ感じるんだ。

 

「無限の可能性の前にはそんなの微々たるもんだよ」

「ふざけんな!おかしいだろ!」

「弾うるさい!マイベイビーが泣いたらどうすんのよ!」

「あっごめん」

「まったく弾おじさんはしょうがないよなー」

「しょうがないおじさんでごめんねーベイビーちゃん」

 

いきなり理不尽に責められる流れにも弾はぐっと堪えて黙り込む。

いつものことさ。こんなのは。

 

「ま、そーゆーわけだ。じゃあ弾しばらく子供の世話頼むぞ」

「はい?」

「ミルクは常温で飲ましてね。はいこれ赤ちゃんに関するマニュアルよ」

「はい?ちょっと……あれ?」

 

ドサドサ、と赤ちゃんと一緒にマニュアルの資料の束を鈴に渡される。

なんだこれ?どうなってんの?弾のヒューズが飛んだ頭はこの状況に対応できない。

 

「それ全部読んどいてね。もし万が一でもベイビーに害をなしたなら、正月明けの空は拝めないと思ったほうがいいわよ」

「そういうことだ。じゃあな弾」

「おいちょっと待て!お前らどこ行くんだ?」

「「デート」」

 

綺麗に声がハモる。弾は更に混乱する。

 

「ふざけんな!赤ん坊放っておいてデートに出かけるバカがどこにいるってんだ!」

 

弾の至極まっとうな叫びが響く。しかし一夏と鈴は顔を見合わせると「何言ってんだコイツ」という目を揃って向けてきた。

 

「弾知らないのか。子供が生まれた後でも、妻を女性として扱ってあげるのが夫婦円満の秘訣なんだよ」

「知るかボケ!」

「まぁ弾には分からないか。この領域(レベル)の話は」

「一夏それは可哀想よ。非モテの弾にそれを理解しろって言う方が土台無理なんだからさ」

「まぁそうだな」

 

弾はガックリ膝を付く。

正月早々俺のライフはゼロだよ……。

 

「そういうわけでじゃあな弾。行ってくる」

「わーい。一夏と一緒に旅行だー」

 

幸せそうなカップルと不幸せな男が一人。

これがクリスマスからお正月に続く人生の縮図だってのか?ちきしょう……。

 

「あ、そうだ忘れてた。鈴」

「ん?ああ、そういえばそーだったわね」

 

絶望する弾の前に腕を組んで出て行こうとしていた二人は、思い出したようにポンと手を打つと部屋の外に消えていく。しかしすぐに戻ってきた。……両手いっぱいの赤ちゃんと共に。

 

「弾。ついでにこの子らの面倒も頼む」

「いいよね?どうせ予定もないだろうし」

「な、な、なんじゃこりゃー!」

 

両手いっぱいに抱えきれないほどの赤ちゃんを押し付けられ、弾は呆然としながらも叫ぶ他なかった。

 

「何だよこの赤ん坊は!」

「ん?ああ、これは箒との子で、こっちはセシリア。これはシャルで隣はラウラとの子。右手に移って左から楯無さん、簪、のほほんさん。最後にこっちが虚さんに山田先生との子供だ」

「……えっ?ちょっと待て。今聞いちゃいけない名前が一人混じっていた気がするけど」

「どうあれ全てが俺の大事なかけがえのない愛する子供たちだ。だから弾頼んだぞ」

「ちょっと一夏さん、僕頭がおかしくなってきそうなんですが。いや既に狂ってんのカナ?アハハ」

「大丈夫。弾なら出来るさ。それにさっき言ったろ?『何でもする』って。だから大丈夫!」

 

そう言ってにこやかに笑い親指で立てると、一夏は鈴の肩を抱いて出て行った。

残されたのはただ一人の哀れな男、と数多の赤ちゃんたち。

 

オギャー

オギャー

スブター

 

「う、う、うわぁぁぁぁぁぁあああああ!」

 

弾に最後に残された道。それは泣きながら叫ぶことだけだった……。

 

 

 

 

 

 

 

「はぅあっ!」

額にもの凄い汗を浮かべて弾は飛び起きた。

 

「はぁはぁ……ゆ、夢?」

見慣れた自分の部屋。目の前には読みかけの漫画と食べかけの餅。間違っても沢山の赤ん坊なんていない。

 

「ははっ。そうか、ゆ、夢だよなもちろん。はぁ~」

安堵の息を吐く。そうだあれは正月の魔物、悪夢だ。あんな恐ろしい恐怖なんてなかったんや……。

 

よし。正月早々縁起が悪いがもう終わったんだ。餅でも食って落ち着こう!

そう思い直し弾は今度こそとっておきのきなこ餅に手を伸ばす……。

 

「よぉっ。邪魔するぞ」

しかしそこに響く親友の声、否悪魔の声か。

 

「い、い、一夏さん?」

「あけましておめでとう弾。……ちょっと相談したいことがあってさ」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

正月が生み出す悪夢。それは終わりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お正月。一番身分が低く甲斐性なしである私がご親類全員の幼い子供たちの面倒を見るはめになりました。
時間にして4時間ちょいだったと思いますが、泣く・叫ぶ・喚く・馬にされる・ケツを蹴られる・金的にアッパーされる、など幼い子供ゆえの無邪気さを存分に発揮してくれやがりまして、私のライフは数時間で一気にゼロになってしまいました。

保父さんに小学校の先生。
日々天使であり子悪魔でもある子供たちを相手にしている方々。同じ男として本当に尊敬致します。



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