P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
怒らないから手を挙げましょう……(スッ)
三国志。
それは他国の歴史伝でありながら日本人にとっても知らぬ者はいないだろう、と断言できるほどの人気のある物語である。
魅力のある武将に軍師。彼らが男、否漢の信念を懸けて覇権を争う様は人の心を熱くする。
故に彼らの物語は小説化に映画化、更には漫画化にゲーム化……全てのジャンルで繰り広げられている。例えどれだけの時が経とうとも、それはあらゆる媒体へと姿を代え、見る者に深い感動を与えているのだ。
しかしである。
よもや三国志の時代から二千年の時が経った現代日本で、漢たちの熱き物語が違う意味で熱く燃え滾る様になろうとは一体誰が想像出来たであろうか?
剣を持たずに竿を持ち、果ては「背を見せるは武人の恥」の屈強な武将達がガンガン後ろから攻められることになるなんて当時の一体誰が想像できただろう?……つーかそんなの誰も想像出来ねェよ!ノストラダムス先生でも予言不可能だわ。
まぁそんなこと言ったら「じゃあ俺らを女性化するのはいいってのかよ!」という英雄達の怨念の声が聞こえてきそうだが。
とにかく!人の想像とは無限であり、それを駆使して人は新たな世界を生み出してきたのだ。人の可能性とは凄まじい。
しかし一方で行き過ぎたそれは、時に理解できない異物として他者から認識される危険をも孕んでしまったのである。しかしそれでも人は強い。例え「日陰者」「ヤヴァイ人」と後ろ指を差されることになろうと『意思』を貫き通す強さを兼ね備えている生き物へと進化してきたのだ。
そして何より人間の知の探求とは恐ろしい。理解できないものに対し、嫌悪感を抱くと同時にそれを受け入れようともしてしまう性を持っているのだ。そう、あたかも一人のとある少年が「キモイキモイ」と呟きながらも、その禁忌本を読み進める手を止められなかったように……。
その先に待っているのは『破滅』か『新たな世界』か。
今ここにその禁忌に触れてしまった少年、五反田弾もその崖っぷちに立たされていたのであった。
「雨止まないな」
「そうだな」
一向に止まない雨に辟易した一夏によって飲食店の店先に避難して数分。雨は止むどころか弱まることも無く降り続け、一夏はため息混じりに曇天の空を眺めている。
「あっ今少し光った」
「ああ」
「そういやさ、昔『子供は雷を見たらヘソを隠せ』って言われたけどあの信憑性って何だろうな」
「さあな」
魂が抜けたような返事を続ける弾に、一夏が心配して顔を寄せる。
「弾大丈夫か?熱ないか?」
「大丈夫だって!デコ触るな!」
自分の体調を心配してくる一夏を手荒くあしらう弾。一夏が少し気分を害したように手を引っ込めた。弾はその様子を見て悪いと思ったが、今は気にするわけにはいかなかった。クールにならなければ。
チラリ、と隣に居る一夏をこっそりと伺うと、一夏は雨を見上げながら濡れた髪を掻きあげている。その仕草がやけにセクスィーで、思わず「君が一番セクシー」と言ってしまいそうになる。
弾は慌てて目をそらす。何考えてんだ俺は?
でもやっぱ改めて一夏ってイケメンなんだよなぁ……。
妙な気分になりながら弾は親友のことを考える。そりゃ美人として名高い千冬の弟なのだ。しかも顔のパーツがそっくりの。そりゃイケてるに決まっている。
決まっている。……だけど!
「だからなんでそんないいニオイするんだよ!」
耐え切れず弾は叫んだ。考えないようにしてもさっきから嫌でも香りが漂ってくるのだ。
「えっ?何?」
「何?じゃねーよ!よく考えたらおかしいだろ一夏!何だよそのニオイは!」
「は?……ああこれね。香水だよ」
「香水ィ?」
一夏とは程遠いアイテムに思える香水に弾は驚いた。
なぜそんなものを?女の園に入学した結果、そんなのを用いるチャラ男になっていたのか一夏は。
「セシリアに貰ったんだ。さっきカラオケ店出る前にトイレで少し吹きかけた」
「なんで俺相手なのにそんなの使う必要あんだよ!」
「なんでってカラオケで少し汗かいた気がしたから、それだけだよ。お前こそなんで怒るんだ?」
「べ、別に怒ってねぇよ」
弾は小さく鼻を鳴らすとそっぽを向いた。だが理由が分かった所で一夏から匂う魅力的な香りは変わらない。弾の手はイライラするように開いたり閉じたりしていた。
香水。
それは元は不快な体臭を隠す為に発明されたものだが、長い時を超えて今やその用途は主にファッション的なものへと変化していったものである。
更には『メスの本能を刺激する!』『吹きかけるだけで貴女も彼の女王様に!』といった本来の香水の意味合いとは斜め上の方へ行ってしまった商品も開発されるようになった。
ちなみにセシリアさんが一夏君にプレゼントしたのは、小瓶1本ウン万円もするというシロモノで体臭改善を目的にしたものではなく、相手を昂らせてそのまま『ベッド・イン!』する事を目的としたものであった。
故に策士セッシーは当然「わたくし以外の人の前では使わないで下さいね」と念を押したのだが、我等がワンサマーはそんなご立派なTPOなぞ持ち合わせちゃいない。単に汗の匂いを和らげるスプレー程度にしか考えていなかった。
こうしてDANの悲劇への流れは止まることなく勢いを増していったのである。
昨日触れてしまった三国志の男祭りによるデジャブ。そして今一夏から漂うやけに魅力的なニオイ。それにより弾の頭はパンク寸前になりそうだった。
この流れを変えなければ大変なことになる!弾は本能的にそう思った。大きく深呼吸をすると、和やかな笑みを浮かべてイイ匂いを発するイイ男に問いかける。
「一夏。帰ったらゲームでも……やらないか?」
「ゲーム?ああ、そうしようか。雨止みそうもないし」
「何やる?久しぶりに桃鉄なんてどうだ?」
「うーん……。あ、そうだ!無双ゲームやろうぜ、三国志のやつ。弾持ってたよな」
「はい?」
忘れようとした所に三国志を出すワン・サマーさん。悪気なぞ勿論ない、彼は何も知らないのだから。しかし今の弾にとってはその『三国志』というワードは大変デンジャラスなものなのだ。
「三国志……か……」
「あれ面白いよなー。よし俺の関羽の青龍偃月刀で全てをなぎ払ってやるぜ」
「……じゃあ俺孔明使おっかな……」
弾の頭にせっかく忘れようとした禁断の絵がムクムクと浮かんでくる。そして主の意思になぞそっちのけで脳内のヒゲと優男はおっ始めやがる。一瞬にして弾は正常な判断が出来なくなった。
男と女、男と男……。違いは何なんだろう……?
「三国志いいよなー。カッコイイし、俺もあんな漢になりたいよ」
「なぁ一夏」
「んー?弾はどの武将が好き?」
「男同士のセックスってどう思う?」
「えっ?」
一夏は朗らかに笑っていた顔を瞬時に引きつらせて弾を見つめた。
暫し桃源郷に行ったように頭がフワフワしていた弾であったが、自分を見つめる一夏の引きつった表情に慌てて我に返る。
「いや!違う!そういう意味じゃなくてだな!」
じゃどーゆー意味だ。弾は自分にツッコミを入れる。全く無意識に出てしまった。
「い、一夏……あの」
心なしか隣の一夏との距離が半歩分ほど広がったような気がする。弾は必死で言い訳を考えた。
「一夏、俺は……!」
「弾」
「はい!」
「雨も小振りになってきたし今のうちに行こうぜ」
一夏は明るく言うと傘を広げ弾に入るよう促す。それは普段どおりの一夏の姿。でも雨は全然小降りになんてなっていない。それに弾は気付いてしまった、傘をさす親友の手が震えていたのを……。
そのまま並んで歩く。ただ歩く際の二人の距離、これが広がったのは決して気のせいじゃない。さっきまでは触れ合う程近かったのに、今はあきらかに一夏のほうが外側に出ている。弾は泣きたくなった。
「一夏お前肩濡れてないか?もっとコッチに……」
「いや?気のせいだよ。アハハハ……ハ」
一夏のわざとらしい明るい声がキツイ。
弾は言い訳も何も考えられぬままクッソ居心地の悪い相合傘の中を歩いた。
豪雨の中を二人無言で歩く。喋らずともツー・カーで分かり合える仲、と言ってもこの無言状態はそれとは違う。弾は懸命に話題を探すが見つからず、一夏の方からも苦悩だけがよく伝わってくる。
一夏は傘の外に出る面積が多くなったせいか、しきりにうっとおしそうに濡れた髪を掻きあげていた。
『雨は男の色気を二割方増す』という昔からのお約束事があるように、雨に濡れた一夏の姿は妙な色気を発していた。しかもセッシー印の香水がそれに輪をかける。
このままでは長きに渡る友人関係が壊れてしまうかもしれん。とにかく誤解を解くこと、それには話題が必要だ。弾は必死に脳みそに総動員をかける、俺のチンケな脳よ、どうかいいアイデアを導いてくれ!
そこにヒゲと優男がスッと脳内に浮かんでくる。
お前らじゃねぇ。座ってろ。
しかし弾はようやく答えを導き出した。
姉だ。超絶シスコンである一夏には姉さえ出せば食い付いて来る。弾は己の導いた答えに満足そうに鼻息を出した。これを切欠にする!
「なぁ一夏。千冬さん元気か?」
「千冬姉?ああ、元気だよ」
「離れていたときもあったけど、今は一緒に暮らしているようなもんだからなー」
「うーん、寮生活でしかも学校では教師と生徒の関係だからあんまそういう意識はないけど」
「でもそれでも良かったじゃないか。また家族が側に居られるようになって」
「ありがとう」
一夏が嬉しそうに微笑む。子供のように純粋な笑顔だった。
そのいい笑顔に弾もほっこりする。そしてヒゲと優男が、一夏の笑顔というニフラム効果によって消えていくのを感じた。一夏すげぇ!
「にしても千冬さん美人だよなー」
「何だよいきなり」
「あんな美人奥さんに貰えたら最高だろうなーって」
「……まだ早いだろ、結婚なんて」
「そうかぁ?」
「そうだよ。だって千冬姉料理とかしないし。ガサツだし。だから俺がもう少し側に居てやらないと……」
「お前ってホントオカン系だよな」
「うるせー」
よし!いい感じだ。この流れで!
弾はいつもの関係に近づいたことでようやく張り詰めていた緊張を解いた。
「家事得意だし一夏って女みたいなとこあるよなー」
「女みたいって、お前なぁ」
「一夏の方がいい奥さんになったりしてな」
「何言ってんだお前」
「唯一の男性操縦者ってのはウソで実は女だったりして」
「はぁ?」
「案外セーラー服とか着たら似合うかもしれんな。お前女顔だし」
「……おい」
「そうだ。実は蘭の奴が昨日サイズ間違って服買ってきたらしくてさー。俺んち帰ったら試しにそれ着てみないか?新たな自分に会えるかもしれんぞ?……なーんt……」
なーんてな。
という言葉が続かなかった。一夏が引きまくっているのに弾はようやく気付いたからだ。
「一夏?ど、どうしたんだ?」
「お前、やっぱ今日おかしいよ色々……」
「な、何言ってんだよぉ。今のはアメリカン、いやチャイニーズジョークってやつだよ。ハハハ」
弾はそう言って一夏の肩を叩こうと手を伸ばす。
しかし一夏がスッとその手をかわした。
「あの、一夏さん?」
「弾。俺、その、用事思い出したからここで帰るよ」
「帰るって、じゃあゲーム……やらないの?」
「悪い。じゃあこれ。傘は弾が使っていいからさ……」
そうして一夏は弾に取っ手を握らせると傘から出た。そのまま一歩二歩とゆっくり退いていく。
暫し呆然となってした弾だったが、ここに来てようやく現状を把握した。これは……!
「違う!そういう意味じゃねェよ!俺はただ……」
「ガシッ!」と弾は下がろうとする一夏の手を掴んだ。このまま帰す訳にはいかない。今日一日の自分の態度、そして発言を思い出すと改めてその危うさに戦慄する。誤解されるに充分なものだ。
手を掴まれた一夏が恐る恐ると言った風に弾を見る。いつもの一夏を知る者からは考えられない弱々しい瞳。食べられることを恐れる小動物の姿、雨に晒された姿が一層それに拍車をかける。
『関羽殿……かわいらしいですぞ……』
『孔明殿……そなたもかわいらしい……』
「……可愛いよなお前……」
気付けばそんな言葉を発していた。
「弾……お前、そんな……」
「……ん?んん?……違う!そうじゃない!」
弾は必死で手を振る。違うんだ。暫し休んでいたヒゲと優男が急に「こんにちは」してきたせいなんだ!弾は半泣きになりながら詰め寄る。
「ヒィッ……!」
しかし一夏には弾の都合など知らないしどうでもいい。友の性癖を誤解した一夏は震えながら後ろに下がっていく。
「い、一夏!」
「ごめん!俺急いでるから!じゃ!」
一夏は背を向けると駆けて行こうとする。
「一夏ぁ!」
だから弾はありったけの想いを乗せて叫んだ。
男の魂の叫びにさすがの一夏も立ち止まる。そして恐々と振り向いてきた。
弾は眼を閉じると一呼吸する。
大丈夫だ。俺には、いや俺らには『魔法の言葉』がある。
どんなに拗れようとも元通りになる、絶対の『魔法の言葉』が。だから大丈夫、またいつもみたいに笑い合えるさ……。
そして弾は開眼し一夏と正面から向き合うと、その『魔法』を唱えるために口を開いた。
「俺たち……ホモ達だよな?」
そうしてニッコリ微笑んだのであった……。
決まった……。
弾は微笑んだまま、己の発した『魔法の言葉』を噛み締めていた。
『僕たち、友達だよね?』
それは魔法。どんなに大きく喧嘩しようとも、それさえ発せば仲直り出来る魔法の言葉。だって友達だから、かけがえのない親友だから……。そんな思いを乗せ相手にぶつかるもの。
だからこれさえ言えば絶対大丈夫、一夏もきっと分かってくれる。
弾は菩薩のような笑みのまま、そう確信したのであった……。
はずだった。
しかし一夏は顔面蒼白で今はハッキリ分かるほどガタガタ震えている。
あれ?何だこの反応?弾は首をひねる。ここは一夏が笑顔で駆け寄ってくるシーンじゃないのか?
何でだ?俺は確実に魔法を唱えたはずなのに。確かに言ったはずだ「俺たちはホモ達」だと。
いや待て。
…………ホモ達?ホモ達だってぇぇぇぇ!
「違う!なし!なし!今のなーし!ノーカンだ!間違いだ!」
弾は絶叫する。こんなの間違いだ。脳裏に住み着いたヒゲと優男のせいで間違ってしまったんだ!全部あの酢豚娘のせいなんだ!
しかし弾の思いをよそに一夏はくしゃりと顔を歪ませると深々と頭を下げてきた。弾は混乱する。
「一夏?」
「ごめん。俺……」
「一夏?俺の話を……」
「弾の気持ちは嬉しいよ。でも、俺はやっぱりお前とそういう関係になるのは考えられなくて、その……」
「あの、一夏さん?」
「ごめん!俺!お前の気持ちには応えられない!本当にごめん!」
そう言うと一夏は呼び止める間もなく全力全速で走り去って行った。
手の力が抜け傘を放す。降りしきる強い雨が弾を濡らしていく。
「……ちがう」
弾は呟く。
「……ちがうんだよ」
弾は雨の中誰も居なくなった場所で、誰に言うこともなくそう発した。
「俺は……」
全部あのヒゲと優男のせいだと。いやそもそも諸悪の根源はあの酢豚っ子だと、そう心で自己弁護して。
もうどうにもならないと分かっていても。それでも……!
「俺はホモじゃなーい!」
そう泣きながら叫ばずにはいられなかった。
えぴろーぐ。
その日のうちに耐え切れず鈴に泣きながら相談した一夏によって、DANの罪は暴かれることとなった。
一夏を優しく抱きしめて慰めながらも、想い人を醜き獣欲によって汚し傷つけた、そう理解した鈴。翌日憤怒の酢豚大明神となってDANの下に向かった。
そこで更に「見ないで」と何度も頼んでいた約束も破られていたことが判明する。殺人者の目になる鈴。
役満にリーチどころかダブル役満に届きそうな命の危険を感じ、DANは即座に妹を売り渡した。せめてBL本の件だけでも助かろうとして。
これは蘭のせいだと、蘭が勝手に開けて見たんだと必死に、文字通り命を掛けて土下座し命乞いをした。
しかしそんなことはこの兄妹を昔から知る鈴には通用しなかった。
被疑者として妹は呼びだされ、そこで兄の嘘と罪は全て発覚する。
怒り狂う鈴から地獄のフルコースをその身に食らうDAN。五反田家に自業自得な男の絶叫が響く。
そしてその怒りは、兄によって事実無根の罪を被されそうになった妹も同じであった。
勝手に女の子の私物を開け盗み見た罪を被されただけではなく、鈴によって聞かされた己が兄の罪。それは想い人をよりによって実の兄により汚された……という最低のもの。その怒りは凄まじいものであった。
実際はそんな「アッー!」な関係には当然なっていないのだが、そんなのは怒れる女相手には意味が無い。女性がこうなったらもう何を言っても無駄なのだ。
兄の罪は怒れる妹の手によってたちどころに拡散された。
それは瞬く間に町内どころか日本さえも飛び越えて、一時間後にはイギリス、フランス、ドイツの少女までが知ることになった。正にグローバル化である。
噂の伝達による上乗せにより、最終的にDANは『雨の日に現れる戦慄の男色モンスター』という都市伝説レベルにまで行き着いてしまった。
『男はDANを見たら尻を隠せ!』なる最悪な格言さえ生まれ、誤解が解ける数ヶ月の間、彼はダンゴ虫のようにひっそりと暮らすことを余儀なくされたのであった。
「見ないで!」と言う女性の秘密を勝手に覗いちゃいけません。そんな大罪には必ず罰が当たります。
そういう訳で一夏(とDAN)の周りは今日も波乱です。
一夏がホモという幻想を一度壊したかった。イケメンシスコンホモなんてあんまりじゃないですか。せめてイケメンシスコンくらいにしてあげないと。
誰にでも秘密の趣味ってのはあります。あるものです。
それが犯罪ではない限りは決して騒ぎ立てるようなことはせず、そっとしておいてあげましょう。