P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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飲み会などで、下戸に無理やり酒を勧める風潮に私は断固反対します。


五反田弾は……

「で?結局こうなったと」

 

帰ってきた鈴は、覗き見た部屋の惨状にただため息をつく他なかった。ビール缶、一升瓶が無残に散らばっており、酒の臭いが充満している。一体どれほどの酒を消費したのだろう?

 

「あのね弾。アンタ限度ってもん知らないの?」

「面目次第もございません」

「ハァ……。それでもう一人のお馬鹿は……ったくもう」

 

弾が指差した先には、一升瓶を胸に抱えて眠っている一夏の姿があった。

酔っ払いのお手本のような姿に、鈴はもう一度盛大なため息をつく。

 

「その、お前が遅いからさ、結局は飲みながら一夏の愚痴を聞くより他無かった訳で」

「あたしが居ない方がいいと思ったのよ。そっちの方が弾に話しやすいかなって」

「あ、やっぱり?」

「でもだからといって、酒を更に飲ませて潰せなんて言ってないわよ!」

「ハハ……そっすね」

 

引きつった顔で笑う弾を見て、鈴は再度ため息を吐いた。

それにしても弾の方は顔こそ赤いが、一夏のようにダウンするような兆候は見られない。実はアルコールに強い体質なのだろうか?

 

「まぁ、それはそうと一夏がこんなにストレス溜まってるとは知らなかったぜ」

「そうみたいね……」

「鈴もさぁ、もう少し思いやってあげられなかったのか?昔からの仲なんだからよ」

「……しょうがないじゃない」

 

弾の非難じみた物言いに、鈴はふてくされたように返す。

 

「いつもの面子に加え、最近はある姉妹まで加わるしさ。正直ヤキモキする思いもあって……。まぁ他の連中も同じだと思うけど。そのせいで最近は皆が皆一夏を拘束し過ぎていたかも知れないわ」

「ふーん」

「あたしはクラスも違うし、やっぱ不安なのよ。昔を共有している強みはあるけどさ、ムカツクけど一夏の周りの子みんな魅力的だし。……一夏が取られるんじゃないかって。皆あたしに負けないくらい一夏を想っているのが嫌でも分かるし……」

 

言ってから鈴は急に恥ずかしくなった。勢いで結構ハズイこと言ってしまった?

俯き加減で弾を伺うが、当の弾は「ふーん」と気の無い声で呟くだけだった。やはり弾のほうも酔いが回っているのかもしれない。鈴はホッと安堵の息を吐く。この瞬間だけはアルコールの力に感謝した。

 

そのまま弾の側を離れ、一升瓶を抱いて寝ているアホタレの所に向かう。格好こそアレだが、表情はまるで無垢な子供のように安らかだった。覗き込んだ鈴の顔に知らず笑みが広がる。

 

「まったく、人の気も知らず幸せそうな顔で寝ちゃってさ」

「こういう無防備な表情に女はやられるもんなのか?」

「うっさい」

 

自分と同じように覗き込んだ弾を一喝すると、鈴は食材の入った袋を困ったように掲げた。

 

「あーあ。せっかく買ってきたのに」

「ちなみに何作るつもりだったんだ?」

「そりゃ酢豚よ」

「相変わらず期待を裏切らない奴……」

「なによ?文句あるの?」

「滅相もございません」

 

鈴の睨みに、弾は降参とばかりに両手を挙げる。

 

「今回は有る無し選ばせてあげようと、パイナップルも買ってきたのにさ」

「パイナップル……俺は無いほうがいいな」

「弾の意見は聞いてないわよ。一夏に」

「ですよねー」

 

弾がガックリうなだれるが、いつものことなので鈴は気にしない。

ホント無駄になったなぁ。鈴は袋を置くと、途方に暮れるように天井を仰ぎ見た。

 

「……パイナップルの有無の選択。つーか選ぶことが出来る幸せか」

「へ?」

 

弾の呟きに鈴が顔を向ける。

 

「いやな、一夏の境遇聞いて改めて思ったわけよ。普段不満ありまくりな俺の境遇もコイツに比べりゃまだマシなのかな?って」

「はぁ?」

「やってらんねーことも多いけど、少なくても俺の人生には強制はないからな。なんつーの?俺の意思決定があるわけだし」

「……一夏が何言ったのかは知らないけど、いくらIS学園でも人の尊厳を踏みにじるようなことはないわよ」

「本当に?」

「……たぶん」

 

流石にそこまで酷くない、と思う。

 

「ふーん。でもあれだ、とにかく鈴ももう少し一夏を気遣ってやれよ」

「うっさいわね、弾に言われなくても分かってるわよ」

「分かってないから今回一夏がこうなったんだろうが」

「そ、それはお酒のせいで……!」

「酒は切欠に過ぎねぇよ。溜まりに溜まったストレスが爆発しただけだ。側に居るのに、気付けなかったお前の怠慢だろ」

「うぅー……」

 

獣のような唸り声を上げる鈴。そんな彼女の頭に弾はそっと手をやる。

 

「そういう友達関係の悩みを分かってあげられるのは、中学を共に過ごしたお前が一番の適任だろうしさ」

「もう!分かったって!」

「ライバルが増えて不安なのは分かるけどよ。そういう面では多分お前が一番リードしてんだぜ?」

「な……!」

 

さっきの言葉、実は聞いてやがったのか!

鈴は真っ赤になりながら、目の前の少年を睨み付ける。無茶苦茶恥ずかしい……。

 

「ま、がんばれよ鈴。俺は応援してるぜ」

そう言ってニヤニヤと笑う弾に、鈴は耳まで真っ赤になるのを感じた。こんちくしょーめ。

 

しかしふと先程の弾の台詞が頭を過ぎった。真っ赤になって震えるだけだった鈴の顔に邪悪な笑みが広がっていく。

 

「ねぇ弾。選択は大切よねぇ?」

「は?」

 

鈴の表情を見て、何を思ったか弾が一歩下がる。

 

「ふふ。あたしは優しいからさ、弾にも選ばせてあげる」

「な、何をだ?」

「なーんか話がずれたけど、こうなった根源の原因はやっぱアンタのせいでしょ?」

「いや、その……」

「このまま上手くごまかせると思った?残念でした!」

 

弾が更に一歩下がる。鈴は一歩距離を詰める。

 

「鈴。落ち着け、落ち着こう!話せば分かる!」

「うふふ。弾、アンタは調子に乗りすぎた……」

「せ、選択。選択とはなんでしょうか?俺が助かる選択はありますでしょうか?」

「キャメルクラッチとテキサスクローバーホールド。どっちがいい?選ばせてあげる」

「マルチデッドエンドじゃねーか!そんな選択あってたまるか!ざけんな!」

「おーけー。つまり両方ね?じゃあ行くわよ」

「聞けよ人の話!……鈴さん?許してくれませんか?」

 

鈴は満面の笑顔を震える弾に向ける。

そして可愛らしく小首を傾げると、獲物ちゃんに断罪を下した。

 

「ダ~メ」

 

 

 

 

 

 

「一夏、俺はもうダメだ……」

「弾?」

 

あれから一週間経った日曜日。またも突如かかってきた親友からの電話に、一夏は怪訝な声を返した。

 

「今すぐ俺んちに来てくれ……」

「お、おいどうしたんだ?」

「頼む一夏……」

「……分かった。すぐ行く!待ってろ!……ところで」

 

一夏はコホンと一つ咳払いをして続ける。

 

「先週あれからどーなったんだ?目覚ましたらお前は何故か泡吹いて悶絶してるし、鈴は気にするなの一点張りだし……。そのまま鈴に連れられて帰ったけど、なぁ弾、俺もしかしてまた……」

 

そこで不意に電話が切られる。一夏は己の行動に不安を感じながらも、友の助けとなる為に外出の準備を始めた。

嫌な予感がするのを懸命に振り払いながら。

 

 

 

「弾!」

「お~きたか。イケメンさんよぉ」

 

出迎えた弾の酒臭い息に一夏は思わず鼻を摘んだ。コイツまた飲んでいやがる。

 

「弾、何があった?」

「な~んも」

「おい」

「ああいう言い方すればお前が来ると思ったんだよ。我ながら演技派だろ?」

 

なんじゃそりゃ?

一夏は青筋を立てて、拳を握り締める。

 

「まぁ上がれや一夏。酒くらい出すぜ」

「いらねぇよアホ。また真っ昼間から酒飲みやがって」

「うるへー。こういう時に飲まなくていつ飲むってんだ!」

「蘭やおばさん達は?」

「揃ってお出かけ。日帰りの旅行ツアーが当たったんだと。帰りは深夜だろうよ。とにかく上がれ」

 

そんで弾だけがまた置いてけぼりか……。

ケラケラと笑って奥に消えていく友の後姿から、一夏は五反田家の闇を垣間見たような気がして少し震えた。それと日曜に頻繁に店休んで大丈夫なのか?商売的に。

 

そんな人様の家庭を勝手に心配をしながら、一夏は弾の後に続いた。

 

 

 

「それで用件は?」

バカ正直にノコノコ来てしまったことを悔いながらも、一夏は問いかける。

 

「それがよー。聞いてくれよ一夏!うへへ……」

だらしなく相好を崩す友の姿に一夏は別の不安が募った。マジ大丈夫かコイツ。

 

「実はよ、午前中虚さんと会っていたんだよ」

「虚さん?……ああ、そう言やお前それで悩んでたっけ」

「でな、勇気を持って聞いたんだよ。先週見た男のことをさ」

「ふむ、それで?」

「いや~『あの人とはなんでもありません』だってよ。ただのお仕事関係だって」

「そうか!良かったな」

「『誤解させてごめんなさい』って謝られてよー。改めてデートの約束してくれたし。俺って愛されてね?」

「ハイハイ」

「だからあん時言ったろ一夏。信じることが大事だって。虚さんに限ってそんなのありえねーってな!好きな人を信じてやることが大切なんだよ、分かるか?」

 

それ言ったの俺だろ。

一夏はそう思ったが、友のためにグッと堪えた。今はとにかく祝ってあげよう。

 

「とにかくおめでとう弾」

「おう!つーわけでお前も飲めよ」

「何でだよ!」

「祝い酒だよ、祝い酒。酒ってのは本来嬉しい時にこそ飲むものなんだ」

「はぁ?お前確か先週は……」

「いいからいいから。そんなことよりグーっといけよ!」

「お前な、いい加減懲りろ」

「んだよ一夏。俺の酒が飲めねぇってのか!」

「逆切れすんな」

「あーそーかい。一夏さんは所詮親友の恋の行方なぞどーでもいいと、上手くいくよう祝う心すらお持ちじゃないということですか。ふーん……」

「何でそうなる……」

「じゃあ付き合えよ。喜びには共に酒で分かち合い、祝う合う。それがダチってもんだ!」

「この酔っ払いが……!」

 

一夏は盛大にため息を吐くと、弾からビールの入ったコップを受け取った。

一杯だけ、一杯だけ付き合ってやろう。そうすれば弾も一応は納得するだろうし、義理も果たせる。

 

 

……あれ?なんかデジャブ……。

 

「ホレホレ一夏!男らしく一気してカッコイイとこ見せろ!」

「クソッタレ野郎」

 

弾の煽りに一夏は最後に毒付くと、ゆっくりとビールを口に含んだ。

アルコールが、体内を、駆け巡っていく……。

 

 

 

 

 

「だ、弾ニキ。も、もう……」

「なんだこれくらいで!まだ序の口じゃない……か。あれぇ?」

 

あれから数十分、ここでようやく弾の腐りきった脳みそが現状を把握した。先週のちびっ子酢豚からの折檻で刻まれた身体の疼きが呼び起こされ、鬼畜一夏の恐怖が脳裏に浮かんでくる。

しかし後悔先にたたずは人の常。気付いた時には大抵既に遅いのである。

 

……人はなぜ過ちを繰り返すのだろうか……。

 

「お、おい一夏。急に突っ伏してどうしたんだよ。冗談きついぜ」

 

酒飲みはバカを繰り返す。それはアルコールに支配された人の性なのか。

 

「えーと一夏さん、起っきして下さいませんか?やっぱ未成年の分際で酒なんてダメ、ゼッタイ!だよな。うん」

 

弾の額に嫌な汗が浮かんでくる。

嫌!もう嫌や!

 

「一夏?頼むから優しい一夏のままで起きてくれー!一夏ぁ、一夏さーん!」

 

 

 

 

 

「うっせーチンカス」

「ひぃぃぃぃ!」

 

そして悲劇は繰り返される。

以下、エンドレス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




他人とお酒を飲む際は、相手の意思を尊重し楽しく飲みましょう。
「人の嫌がるものを無理矢理食わせる権利は誰にもない」井之頭さんの名言です。


次回は久しぶりに思いっきり毒づきたいなぁ…。

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