P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
ちなみに私は犬におっかけられる初夢で一年の最初を迎えました。
腕を組んで煌びやかな建物から出てきた二人。そんな幸せいっぱいの二人を迎えてくれたのは、多くの人たちからの拍手と喝采であった。
「おめでとー!」
「幸せにね!」
「イヤッホゥー!」
「リア充爆発しろ!」
「恋人募集中!」
「酢豚ー!」
結婚式。
それは将来を誓い合ったカップルの一つのゴールでもある。特に女性にとっては人生の最大イベントと捉える人も多く、誰もが想い人との幸せな式を夢見ているものなのだ。
そして今ここにも一組のカップルが幸せの門を潜ろうとしていた。
一夏は照れたように参列者に手を振りながら、隣の花嫁の肩に手を置いた。花嫁はベールをしており、更に恥ずかしそうに俯いているためその表情は見えない。そんな彼女も愛しく思え、一夏は小さく笑った。自分は幸せ者だ。
……ただ少し互いの身長差が気になった。自分の愛しい伴侶はこんなに背が低かったっけ?
しかし一夏は首を振ってその感じた違和感を押しやる。自分の履いている靴が上げ底にでもなっているのだろう。そうに違いない。
「二人ともキスしろよ!」
そこで誰かが余計な声を出した。結婚式に絶対一人はいる昔なじみのお調子者というやつだ。良く見れば長髪の赤髪だったような気がするし。
「キース!」
「キース!」
「キース!」
そこで挙がるキスの大合唱。
式でのチュッチュ強制は時々見かける光景だが、これを「ハレンチな!」と断罪する者なぞいない。むしろ恥ずかしがってやらないでいると「空気読め!」のブーイングが起こる。やってらんねー。
しかし親は、特に花嫁側のおやっさんにしてみれば、いくら相手が夫になる男性とはいえ、愛しい娘のキスシーンを見せられて心から「イエーイ!」と喜ぶことが出来るだろうか?
まぁどうでもいい。とにかく場をそういう「キスしなきゃいけない流れ」にさせられた一夏は困ったように頭をかいた。どうあれこの恥ずかしくも幸せな空気を無視できるほど彼はKYではないのだ。
花嫁と向かい合う。彼女も小さく頷いたのを見ると、一夏はそっとその肩を抱いた。やはり身長差が気になったが、履いている靴がシークレットブーツ仕様にでもなっているんだ。絶対そうなんだ。
そしてベールをそっと上げる。後は花嫁の可憐な唇に己の唇を……。
「あれぇ?」
そこで一夏は素っ頓狂な声を出した。
「鈴?」
「なによー。早くしなさいよぉー」
「いやいやいや。ちょっとちょっとちょっと。あれあれあれー?」
「いいから早く愛の証、情熱のキッスをしなさいよ。ホレぶちゅーって」
「待て待て。なんでお前がここにいんの?」
「アンタと結婚したからに決まってるでしょーが!何寝ぼけんのよ!」
「えー!そんなバカなー!」
一夏大絶叫。自分が思っていた結婚相手がいつの間にかすり替わってましたー。なんてシャレにならない。
でもこの世は奇なり。昔は実際にこういう非道が世界各地でマジで起こっていたらしいから恐ろしい。
「なによー!あたしとじゃ不満だっての?」
「そ、そういうことじゃなくて」
「じゃあ早くキッスしないよ。愛のテーゼ、永遠の誓いのキッスを!ハリーハリー!」
「いや待て落ち着け!俺は……」
「おーほっほっほ!無様ですわね!鈴さん!」
テンパる一夏をよそに大きな声が響く。驚いて目を向ければヤツがいた。天下御免のお嬢様が。しかも鈴と同じくウエディングドレスまで着て。
「セシリア?何でお前まで?」
「やはり一夏さんの愛を受け止めるのはチャイニーズの小娘ごときでは役不足だったようですわね」
「それにどうしたんだよその格好?」
「さぁ一夏さん。こんな酢豚娘なぞ黄河に投げ捨ててわたくしと真実の愛を誓い合いましょう!
「セシリアさん。頼むから話聞いて」
「大丈夫ですわ。もう既にオルコット家の婿養子としての戸籍は用意致しましたから」
「俺の事情は無視ですか」
相変わらず己の妄想道を突き進むお嬢様である。
「はぁ?急に現れて何言い出すのよこのメシマズ。つーかケツがでか過ぎてドレスがしわになってるわよ」
「なんですって!」
「エステにでも行ってケツの矯正でもしてから着なさいよ。やーい尻デカー」
「ムキー!あなたこそ相変わらずお胸がスマートでいらっしゃいますこと!ここまでドレスが映えない方も珍しいですわね!」
「言ってくれたわね!メシマズケツリア!」
いつの間にか新郎を置いて喧嘩をおっ始める二人。
「おい……」
一人取り残された一夏は唖然とその醜い争いを眺めていた。わけわかんねー。
「全く。相変わらず野蛮な二人だよね」
「シャル?」
そこにさりげなく手を取ってくる新参者。彼女もまた当然のようにウエディングドレスを着ている。
「さぁ一夏。あんな凸凹コンビなんて放っておいてボクと愛の逃避行へ」
「何言っちゃってんのシャルまで!」
「ホラホラ早く。五月蝿いの見つからないうちに。もう新居、二人の愛の巣まで用意してあるんだから」
「相変わらずちゃっかりしてますね……」
「ありがとう。じゃあ行くよ!」
「待て!」
そこに響く声。もう見なくても大体分かってきた。ウエディングドレス姿の新たな刺客、それは……。
「なんだモッピーか」
「某お小遣いサイトのような愛称で呼ぶな!とにかくそこまでだ!」
「何の用?ボクたちはこれからの人生設計の話し合いで忙しいんだけど」
「そんな人生設計なぞあってたまるか!そ、それに!そういうのは幼馴染とするものだ!」
「ハン。幼馴染が結ばれるなんて今は流行らないの。メルヘンやファンタジーじゃないんだから」
「何だと!」
「今や幼馴染というものは『約束された敗北』……ツンデレやらクーデレやら男装の麗人エトセトラ、そういうのの当て馬にしかならない惨めな存在なんだよ。っていうか箒の境遇にピッタリじゃない」
「実は人が気にしていることを……!許さん!決闘だ!」
「全くこれだから暴力系幼馴染は。ちょっと待っててね一夏、すぐにあのモッピーを片してくるから」
そしてまたしても一夏を置いて決闘を始める二人。
ポツンと取り残された一夏は思う。どうでもいいけど当事者を置き去りにするなよな。
「おーい嫁」
「うん分かってるよ。ここまできたら」
やはりそこにはドレスを着たラウラがいた。慣れって怖い。
「一夏。今日で名実ともに私の嫁になったな!」
「それよりラウラ。あっちのほうにおいしいお菓子があったぞ」
「本当か?」
「うん」
「そうか。ちょっと行って来る」
そう言うとラウラはドレスを引っ下げて向こうに消えて行った。
素直でいい子だ……。でも自分の存在が食欲より劣るというのもそれはそれで悲しい。
囃し立てていたギャラリーがいつの間にか誰もいなくなった場所で、一夏が思うのはたった一つ。
逃げるしかない。
一夏はそっとこの場を後にする。結婚式でこんな修羅場なぞノーサンキューだ。
だから逃げよう、ヤツらの目の届かぬ場所へ。地平線の彼方まで。
「そうは問屋が卸さないよチミ」
しかし織斑一夏という人間にはそんな都合のいい逃亡なぞ許されないのであった。
「た、楯無さん」
「やっほー」
「あの、そのドレスはやっぱり……?」
「うん。君の想像通り。じゃあ結婚しよっか」
「楯無さんまでそんな大事を簡単に言わないで下さいよ!」
「なんで?自分で言うのもなんだけど私っていい女でしょ?何の文句があるの?しかも私と結婚したら対暗部用暗部っていう力まで付いてくるのよ?そういう危険な力って男の憧れでしょう?」
「俺は普通の人並みの幸せが望みなんですよ!それだけでいいんです!」
そういう非日常に憧れるのは結婚前まで!
結婚後は誰もが普通を愛するようになるのが男の常なのだから。
「ふむ仕方ない。なら特別に今お申し込みで、もれなく可愛い妹と癒し系な従者がついて来まーす」
「へっ?」
楯無は大袈裟に手を広げる。その後ろから出てきたのは。
「ど、どうも一夏」
「おりむー」
「oh……」
やっぱりというか簪と本音であった。
「簪……。お前まで……」
「ご、ごめんね。でも私やっぱり一夏と一緒にいたくて。それで……」
この場でそんないじらしいこと言わないでくれよ……。
一夏は頭を抑えて苦悩する。結局のとこ男が最後に弱いのはこういうタイプの子なのだ。
「おりむー。私は二号さんでいいよ~」
反対にこういう一見頭の弱そうな子は実際裏で何考えているか分かったもんじゃない。
「よし。じゃあ一夏君。私達三人を末永く可愛がって……」
「うわぁ~!」
だから逃げた。男に許された最後の手段、耳を塞いで全力ダッシュだ。
『待てー!』
いつの間にか8人もの大所帯に膨れ上がった声が、逃げども逃げどもずっとついて来る。
一夏は泣いた。
泣きながら、それでもただ走り続けるしかなかった……。
「はうっ!」
布団を蹴飛ばして目を覚ました一夏が見たのは実家の見慣れた天井だった。
「はぁはぁ……ああ良かった。夢かぁ……」
一夏は額の汗を拭って大きく息を吐き出す。最終的には飢えた8人の淫獣らに追いつかれ、全員に圧し掛かられながら「結婚しろ!」「責任とれ!」の大合唱をされたところでようやく目が覚めたのであった。
「それにしても新年早々ヒデェ夢だった……」
美女軍団に追いかけられ迫られ圧し掛かられる夢。普通の男なら「覚めないで!」と願うものである。しかしそこはこの織斑一夏、そんじょそこらの男とは格が違うのだ。
時計を見ると時刻は午前四時を回ったところだった。一夏は布団を直すと潜り込む。
よし!まだ一般的には朝じゃない。だから今の夢はなし!こんな恐ろしい初夢なんてノーカンだ!
一夏はそう己に都合よく解釈すると、今度こそ自分が望む夢を見れることを願い目を閉じる。
「千冬姉のウエディングドレス姿……フフ」
そんな幸せな夢を見れることを願って。
……つーかこの男は何を夢見ていたのであろうか。
夢とは本人の深層に潜む願望の一種でもある。彼は誰とゴールインした夢を見ていたのであろうか。
いつの間にか酢豚へと変わっていた花嫁だったが、本来彼が望んでいた相手とは……。
だがそれ以上いけない。
それは人が歩むにはあまりに厳し過ぎる修羅の道……!
まぁ、でも夢を見るのは自由なのだから。
だからいいんだ。夢の中くらい叶わないことを願ったとしても。いいに決まっているんだ……。
「千冬姉……ぐふふ」
気持ち悪いニヤケ顔で眠りの入り口にこんにちはする一夏。
そうして色々sis-konをこじらせた男は、今度こそ幸せな夢を見るためにネバーランドに旅立った。
「一夏!いい加減責任を取れ!」
「もうイギリスでの披露宴の準備も整っていますのよ!」
「一夏はボクがいなきゃ駄目なんだから!そうだよね?」
「一夏。このお菓子美味しいな」
「一夏君もう年貢の納め時じゃない?」
「ごめんね一夏……」
「もう観念しちゃいなよおりむー」
「酢豚!」
「助けてくれー!」
しかし夢の中とて彼に平穏なぞ訪れない。
一夏はさっきの夢の続きとばかりに、相も変わらず8人の獣に追いかけられる悪夢にうなされるのであった……。
これはそんな罪なモテ男の初夢。
初日のお参りで「願ったのは世界の平和だよ」な-んて言ってる健やか過ぎるイケメン・美女カップルを目撃し、微笑ましくなると同時に空しくなったコンバットです。
『金!食!美女!』……こんな欲に塗れた願いしかでなかった私はなんて醜いんだ……。ううっ。