P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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ヤツらが……やって来る……!





織斑一夏の腐女子

「なぁ鈴。女ってどうしてあり得ない想像すんの?」

「ん?」

 

とある午後。俺は久しぶりに鈴の部屋に遊びに来ていた。

そして一通りの無駄話の後、思い切って最近気になっていたことを相談することにする。

 

「どしたん?急に」

「この前の休みにさ。弾と遊んでいるところに偶然クラスメートと会ったんだよ」

「ふむ」

「そしたら次の日にやたら目をキラキラさせながら弾との関係を聞いてきてさ。参ったよ」

「ふむふむ」

「ただの友達だって言ってのに中々信じてくれなくてさ」

「ふーむ」

「全く。友達以外何があるってんだよ」

「そりゃおホモ達でしょ」

「……やっぱし?」

「そらそうよ」

 

鈴は「当然」とばかりに頷く。

 

「あのなぁ……。鈴なら長い付き合いだしよく知ってるだろ。俺にその気は無い!」

「でもさ。アンタって昔からちょっと「おいおい」って思うほど男に密着するし」

「それはスキンシップというやつで」

「肩に手を回すのは勿論のこと腰にまで手を回したり……」

「ただのスキンシップだ!」

「話すとき相手の目をジッと見つめるし」

「スキンシップ!」

「『お前と一緒にいるのが好きだ』とか男に対しては恥じらいもなく言うしさ」

「スキンシ……」

「そう言えば何でも許されると思ってんのかテメーコノヤロー」

 

鈴の恫喝に俺はただ押し黙るしかなかった。

違う!全部ただのスキンシップだ!友達への友愛表現なんだ!それ以外に無いんだ!

俺は声なき声でそう反論する。意味無いけど。

 

「ま、冗談はともかく。そんな感じでその子たちが思う気持ちは分かる」

「俺はいい迷惑なんだよ!」

 

最近やたら俺の尻に熱い視線が注がれている気がするんだぞ!ちくしょうめ。

まだ混ざりっ気なしの新品だってのに。

 

「別にいいじゃん。妄想するのは人の自由」

「ったく。なんでそんなおかしな妄想すんのかな?常識的に考えてあり得ないだろ」

「アンタら男だって似たり寄ったりでしょ」

「ん?なにが」

「女の子が仲良くしてるの見れば『百合だ』『萌え~』とか言って超キモイ妄想してるじゃん」

「俺はしない」

「女の子って同性同士で手をつないだり抱き合ったりなんて別に何とも思わないのにさ。それを世の一大事みたいにキモイ笑顔で騒ぎ立てて……うえっ」

 

鈴が自分の身体を抱くようにして身を震わせる。

 

「鈴?」

「ごめんちょっとトラウマが……。とにかく男も女も両方どっちもどっちってことよ」

「うーん」

 

何か少し納得いかない。

 

「でもなぁ。事実無根のホモ扱いされんのは……」

「いいじゃない。ある意味光栄に思わないと」

「はぁ?何言ってんだ」

「『ホモが嫌いな女子なんていません』業界にはそんな名言があるけどさ、これって実は一つの絶対条件付きの言葉なのよ」

 

鈴がしたり顔で続ける。

 

「ホモが嫌いな女子なんていない……『ただしイケメンに限る』ってね」

「え?」

「つまりブサメン同士がどれだけ親密に仲良くしてようが女の子は食指が動かないのよ。女子がその心を動かすのはあくまでも綺麗なものにだけ……。つまりイケメン同士のイチャイチャにしか興味ないわけ」

「なんじゃそりゃ」

「そういう訳で弾と一夏がその対象に選ばれたのは、アンタらが女子の厳しい美審査を通り抜けた証でもあるわけよ。おめでとさん。うほっいい男!」

「アホかお前は!」

 

おめでたいのはお前の腐った酢豚脳だ!

と声なき声で強く言う。実際口に出したら蹴られるから言わないけど。

 

「どうすりゃいいってんだ……」

「安心しなさい。その概念を覆す方法が一つだけあるわ」

「え?マジで?」

「その薔薇咲き誇る幻想をぶち壊す方法。……それはね一夏、アンタが普通に女の子とデートする男だってのを皆に見せ付ければいいってことよ」

「そうなのか?」

「そうなの」

 

どうも彼女たちの情念はそんな簡単に消えるものではないと思うのだが。でも鈴を信じよう。

 

「それで一夏。ここまで言えば次にどうすればいいのか分かるわよね?」

「馬鹿にするなよ。そのくらい俺にだって察しがついてる」

「そう。だったら話が早いわ。明後日は都合よく休日だし」

「ああ。分かってる」

 

俺は鈴を見つめる。

鈴も俺を見つめている。言葉は要らない。

 

 

 

「明日シャルを誘ってみるよ」

「ちょっと待たんかーい!」

 

鈴がいきなり身体と大声を使ってノリツッコミを入れてきた。

相変わらず芸人根性に優れている子だ。

 

「なんでそこでシャルロットが出てくんのよ!誘うべき都合いい相手が他にいるでしょーが!具体的には目の前に!超可愛い女の子がさぁ!」

「何言ってんだ鈴。お前が言いたかったのはつまりそういう事なんだろ?」

「ハァ?」

「シャルといえば男装だ。不本意にも俺がこの疑惑を持たれるようになったのも実は『シャルル』との一件があったからなんだよ」

 

俺はあの日々を懐かしむように目を細めた。

身近に『男』が居る生活。あの時の俺は輝いていた。本当に楽しかったんだ……。

 

「現実に戻ってきなさいよ。それで?」

「つまり俺の風評被害の土台が既にその時にはある程度出来ていたという話になる」

「ふむ」

「それを完全にぶち壊すためには、俺がシャルルとシャルは完全に別だと認識している、ということをはっきり示さねばならない。もうあの時のシャルルはいないんだと。一時ドキドキしてハァハァしたかった男の子のシャルルはもういないと。そんな邪な思いは今の女の子のシャルに対して思うべきことなんだと……。そういう当たり前のことを皆の前で白黒はっきりさせることが風評被害を取り除く第一歩なんだ」

 

俺は鈴相手に熱い持論を語る。

そう。思えばあの時シャルルが俺の前に現れたときから全てが始まったんだ……。

 

「……ねぇ今何つった?さりげなくとんでもないこと言わなかった?アンタまさかあの時のシャルルとハァハァしたいって思ってたの?」

「気のせいだ聞き間違いだ。それよりまぁそういうことだよ鈴」

「待てよこの野郎」

「よし。じゃあ早速明日シャルを誘ってみるぜ!」

「おいホモ夏」

「じゃあな鈴。アドバイスありがとな!」

 

持つべきものは気軽に相談できる幼馴染だな。俺は昔ながらの幼馴染に感謝して彼女の部屋を出た。

 

後ろの方から「酢豚ー!」と誰かの怒りの声が聞こえた気がしたが、空耳だろう。

 

 

 

 

翌朝。俺は少し緊張しながら教室までの道程を歩いていた。何せどうあれシャルをデートに誘うのだ。緊張しないはずが無い。

 

「おはよう織斑君」

「調子はどう?」

「ああ。おはよ」

 

途中登校してきたクラスメートに挨拶する。

どこにでもある風景。変わらぬ何時もどおりの光景。……でもさぁ。

 

人の尻見ながら調子尋ねるなっての。

腐ってやがる……(対応が)遅すぎたんだ。

 

もしここで俺が「調子悪い」って言おうものならどんな想像されるか分かったもんじゃない。

やっぱり駄目だ。どんどんクラスメートたちが腐っていってる。このままだとマジで弾×一夏本でも作られてしまうかもしれん。早急に何とかせねば。

 

俺は強い決意を新たに教室へと向かった。

 

 

 

「シャル!」

そして教室。俺は開口一番隅にまで届くような大声でシャルに近づいた。

 

「な、なに?どうしたの一夏」

「明日俺と一緒に出掛けてくれ!」

「ええっ」

「駄目か!」

「だ、だめじゃないけど……。どうしたの?何か欲しいものでもあるの?」

「違う。シャルと出掛けたいだけだ!」

「あの一夏。それって……」

「俺とデートしてくれ!」

 

ブゥー!

シャルの側に居たセシリアが飲んでいた紅茶を噴水のように吐き出した。案外面白い一芸を持っているもんだな最近のお金持ちは。

だがそんなことは今はどうでもいい。

 

「シャル!駄目か!」

「あの、い、いいの?」

「俺の方が頼んでるんだ!」

「一夏……。う、うん。もちろん喜んで!」

「よしっ!」

 

ガッツボーズする。

ここまで皆の前で言えばはっきりするだろう。俺はまぎれもなくノーマルだと。求めているのはシャルルではなくシャルなのだということが。

ふと静まり返った教室を見渡せば箒が木刀を自分の顔面にめり込ませたままぶっ倒れていた。

でも今はそんな些細な事なんてどうでもいいんだ。

 

「一夏。ボク凄く嬉しいよ……」

「俺もだ。シャル……」

 

これで尻を見られながらの挨拶も消えるだろう。すごく嬉しい。

 

皆分かってくれたか?俺はモーホーじゃない。ノーマルだ。女の子が好きなただの男なんだ……。

そんな勝利の感慨を感じながら俺は拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

二週間後……。

 

「Oh……」

放課後。誰も居なくなった教室で、俺は偶然見つけてしまった一冊の薄い本を片手に一人佇んでいる。

俺はその内容にただ戦慄するしかなかった。

 

『一夏の夜の淫夢』

主人公ICHIKAが赤髪の長髪友人やら、とある事情で女性の格好をした金髪の美少年らを片っ端から喰って行く『両刀使い』の物語。誰がモチーフになっているか丸分かりだ。せめて名前くらい変えろよ!

 

「ふざけんな!」

俺は本を引き裂いて崩れ落ちる。俺の行動は何だったんだ……。

 

更に何より俺の絶望を濃くしたのは、最後のページに書かれていた作者名だった。

 

 

 

作 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

協力 クラリッサと愉快なウサギたち。

 

 

 

 

 

 

 

 

おいおい。腐女子ってのはノンケにだって構わず(男を)喰わせちゃう人間なんだぜ。

 

ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




男子が彼女らの「アッー!」趣向に「オエッ」となるのと同様に。
女子も彼らの「萌えー!」な趣向に「キモッ」となるらしい。

両者の間には例え一周回っても決して交わることの無い「溝」があるようだ……。
そんなのに無縁の良い子の皆様は、いずれ世界の平和の為に両者が手を取り合うことを願いましょう。



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