P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
※1 てるてる坊主
「今日も雨ですわね」
放課後、食堂の一席で向かい合って座っていたセシリアが外を見ながら呟いた。
「ああ。でも天気予報によると明日、明後日くらいには雨もあがるらしいぞ」
「そうですか……」
「ん?セシリアは雨が好きなのか?」
「特別好きというわけではありませんが……ただ故郷が比較的雨が多いので、つい思い出して」
その横顔が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか?
まだ幼さの残る歳の少女が一人で異国の地で過ごすということ。その重圧は俺には想像も出来ない。
「シャルはどうだ?雨は好きか?」
もう一人の同席していた少女に尋ねてみる。
「う~ん。どうだろ?でも日本の雨は欧州より湿度が高く感じるから、少し嫌かもね」
「それは確かに感じますわ。髪が乱れてセットが大変ですの」
「うんうん。おかげでここ最近はいつもより早起きだよ」
女性特有の悩みを共有しあう少女たち。男にはあまり縁の無い悩みであるが、朝に三十分もセットに費やす女性からすれば、一大事なのだろう。
「それに暑くなるのは分かっているけど、そろそろお日様がみたいかな」
「そうですわね。今週末はお買い物に行きたいですし」
「じゃあてるてる坊主でも作ろうか」
「「てるてる坊主?」」
俺の言葉に二人が揃って首を傾げる。計ったような二人の少女の様子に思わず笑みが出た。
「日本に伝わるおまじないみたいなもんだよ。それを窓際に吊るしとくと晴れになるっていう」
「そうなんだ。おもしろそうだね」
「それでは一夏さん。教えて頂けますか?」
「よしきた。じゃあ俺の部屋で作ろう」
「はーい」とまるで姉妹のように揃えて返事する二人の少女。
と言ってもてるてる坊主とはそんな大層なものじゃない。基本はティッシュと輪ゴムと吊るす紐があれば完成。後はお好みでマジック、色ペン、リボンと言った所か。
まぁそれでも、普段勉強でもISでも教えられてばかりの俺が、どうあれ何かを教えることの出来る数少ない機会だ。笑った顔や髪を生やしたりなんかして、沢山のてるてる坊主たちを作ろうか。
席を立ち部屋に向かう。思えばイギリスとフランスの少女とてるてる坊主を作ることになるなんて、一年前は想像もできなかった。本当に人生って天気と同じように分からないものだと思う。
「晴れるといいね一夏」
「効き目があるか分からないけどな」
「大丈夫。きっと効きますわ」
ちっぽけなお人形に願をかけて。
あーした天気にな~れ。
※2 アジときどきサバところによりフグ
「サビキ釣りは初心者にも優しい釣りなんだ」
防波堤で、俺は二人の小柄な少女に説明する。
「このカゴにアミエビを入れて後は下に沈めるだけ。簡単だろ?」
「ねぇ一夏。これ臭いんだけど」
「まぁ……そうだろうな。そういうモンだ」
異臭を放つコマセを嫌そうに見る鈴。
サビキ釣りは夏の釣り場の風物詩とはいえ、女の子にはキツイ面も確かにある。
「スプーンあるから。それ使って上手く手に付かないように入れてくれ」
「え~」
「じゃあ俺が毎回入れてやるよ」
あからさまに不服な表情の鈴に苦笑するしかない。
鈴は比較的大丈夫な部類だと思っていたが、これじゃミミズ系のエサは無理だろうな。
「よし一夏、さっそくやってみるぞ」
「待て待て。今サビキを付けてやるから」
一方ラウラは、早くも竿を持って待ちきれないとばかりにせっつく。日差し対策に被った麦わら帽子がよく似合っていた。
「それにしてもいい年の若い男女が釣りってなぁ……」
「なんだよ鈴。嫌だったのか?」
「別にそうじゃないけどさ。女の子遊びに誘っておいてこれは無いんじゃない?まぁアンタにそんな心遣い求めるのは野暮だってことは分かってるけどさー」
「そう言うなよ。久しぶりの快晴なんだしさ。それに海って快適だろ?」
「まぁね。確かに少し涼しいし。……魚臭いけど」
「安心しろ、これからもっと臭くなるから。……よし!これで仕掛けはオッケー。ラウラやってみ」
「任せろ」
仕掛けを付けた竿をラウラに手渡す。
「投げ方はさっき教えた通りだから。軽く力抜いて」
「いくぞ。……とおっ」
「そうそう。上手い上手い」
流石ラウラ、物覚えが早い。
「一夏!なんかブルッと来たぞ!」
「早速アタリが来たか。ゆっくり上げてみな」
「うむ。……おおっ!魚がこんなに!」
「おっ三匹も。しかもメインのアジじゃないか。おめでとラウラ」
釣れた豆アジを針から外し、海水を入れたバケツの中に入れる。活きがよくバケツの中で元気に泳ぎ回るアジをラウラは嬉しそうに眺めている。
……ただ数十分後には大抵悲惨な状態になっているから、あまり魚に感情移入して欲しくはないな。
「よし!次行くぞ!」
「はいはい」
「一夏の今晩のおかずの分も私が釣り上げてやるからな」
「それは頼もしい」
ラウラは早くもやる気MAX様子だ。やはり初心者にとっては、魚が釣れてこそ面白いのだから。
「ちょい待ち一夏!あたしの竿は?」
「まぁ待て。まずはラウラのカゴにアミエビ入れてから」
「そんなの誰でも出来るでしょ!何ならあたしがやるから一夏は仕掛け作ってよ。それは一夏にしか出来ないんだから」
言うが否や鈴はラウラのカゴにアミエビを入れ始めた。さっきまでアミエビに嫌悪感丸出しだった少女とは思えない豪快な手つきでカゴに入れていく。ラウラの釣果を見て勝負心に火が点いたのかな?さすが負けず嫌いに定評のある幼馴染だ。
「う~。手ェくさーい!」
「大丈夫だ。それがやがて病みつきになる」
「ならねーよ!」
「お前もいずれ分かるさ。釣りの恐るべき魅力、釣りバカ日誌への道を……」
「バカ言ってないで早く仕掛け作ってよ!」
鈴用の竿を取り出し仕掛けを作る。と言ってもこのサビキ釣りは難しい仕掛けなぞ必要なく、基本的に糸を軽く結んでいくだけでオッケーの、簡単なのが魅力の釣りなのだ。
「やったまた来たぞ!今回は四匹だ!」
「あー!ラウラずるい!一夏あたしのはまだ?」
「一夏よ。この魚は針を深く飲んでるようだが、これはどうやって取るんだ?」
「ちょっと!先あたし!」
矢継ぎ早に両側から投げかけられる言葉の応酬。
屈んだり立ち上がったり、あっちに行ったりこっちに行ったりと忙しいことこの上ない。
「ほい出来上がり。鈴これ使って」
「オッケー」
「一夏。私のを見てくれ」
「ああ。今回は小サバだな……ん?」
「どうした?」
「ラウラ。最後のそれフグじゃないか。外道がかかっちまったな」
「外道?コイツは外道なのか。……うむ。確かに腹を膨らませて生意気そうなヤツだな」
キューキュー泣き声のような音をたてるフグを針から取り外しにかかる。結構深く飲んでるな。
「やった!早速あたしにも来たよー。わお!五匹も掛かってる」
「へぇ。アジが三匹にサバが二匹。バランスいいな」
「えっへん。これが才能の差ってやつかにゃー?ラウラちゃん」
「ムッ」
鈴の勝ち誇った声にラウラはカチンと来たようだ。急かすように肩を揺さぶってくる。
「早くしてくれ一夏」
「もう少しで外れそうなんだけど……。よし!ようやく取れたぞこのフグ公め」
「一夏~。あたしのやつも早くとってよー」
「分かってるって。ちょいと待ってろよ」
鈴の下に向かいながら、チラリと横目で俺用に持ってきた竿の方に目を向ける。
この調子じゃ自分用に釣りをするヒマはないかもしれない。
「よっしゃ!ここから更にあたしの爆釣りを見せてあげるわ!」
「ふふん。私に勝てると思っているのか?」
でもこの二人が楽しそうなら、それでいいかな。
※3 不器用な少女のぶつかり方
「フッ」
小さく息を吐き出し竹刀を振る。何度も何度でも。
剣道の最も基本である素振り、その中の一つ上下素振りを延々と行っている。中学の時に一応頂点を極めた立場だが、基本の素振りは嫌いではない。熟練者や上達者の中には基本を無下にし、自分の型を追求する者も出てくるが、私は基本の型が好きだった。
朝の道場。部員も人っ子一人居ない空間は私にとっては好ましかった。それは集中できるから。剣道とは突き詰めれば己との戦いであると思っている。故に雑音に惑わされることなく自分の世界に没頭できるこの空間が好きだった。
……なのに今は集中が出来ない。
「ダメか……」
仮初の集中と構えを解く。やはり練習に身が入らない。
タオルで汗を拭うと、道場の入り口を見る。
素振り中も何度も目が行ってしまった。ここに来るはずのない少年の姿を夢想してしまう。
「一夏のバカ」
思わずそんな呟きが出た。
「もういい加減にしろ」
そう言われたのは昨日のこと。朝練習を繰り返し誘う私に一夏はうんざりしたように言った。自分は別に剣道部員じゃないんだと、出る義務はないんだと、そう言ってきて……その結果喧嘩となった。
確かにそうかもしれない。しつこくキツイ言葉で言い過ぎたのかもしれない。一日経ってみて私自身反省すべきことは色々出てくる。
でも、それでも……と思う。思ってしまう。
一夏の方だって私の気持ちを少しくらい汲んでくれてもいいじゃないだろうかと。
不安なのだ。離れていた時間、それを取り戻すことの出来ないもどかしさが。
不安なのだ。今の一夏は沢山の素敵な女の子たちに囲まれているのが。
不安なのだ。一夏がまた私から離れていくのが。手の届かない遠くに行ってしまうのが。
その不安を解消する方法が見つけられない。
セシリアのように自分に自信を持つことも。
鈴のように親しい友達感を出すことも。
シャルロットのように優しく接することも。
ラウラのようにありのまま想いをぶつけることも。
私には、出来ない。
不器用な私には他の子たちの真似は何一つ出来ない。
剣を交えることで想いを酌んで欲しいと願うのは自分でも我侭だと思っている。
一夏にもそれを求めるのは理不尽だとも分かっている。
でも、それでも……!
「おはよ」
ふてくされたような声に思わず顔を上げる。見れば一夏が頭を掻きながら道場に入って来た。
「一夏……。どうしたんだ?」
「どうって、朝練しに来たんだよ」
「で、でも昨日は」
「いいだろ別に。それよりヒマなら相手してくれよ」
腕を軽くストレッチしながら言う一夏に私は言葉が出ない。何か話さなければ……そんな思いだけが頭の中をグルグル回る。
『来てくれて感謝する』かな?それとも『昨日は悪かった』と言えばいいのかな?
そんな答えなき自問だけを繰り返していたが、やがて意を決して一夏に向き合った。とにかく何かを……。
「い、一夏!」
「なに?」
「その……なんだその髪は。寝癖がひどいじゃないか。道場は神聖な場なのだぞ、身だしなみを整えないでどうするんだ。だらしないぞ」
なのに結局口から出るのはこんな小言だけ。自分の性格が嫌になる。
「どうせ面を被るしいいだろ別に」
「そういう問題ではない。ちょっと待ってろ」
更衣室まで急ぎ戻ると、ブラシを手に戻る。
「ほら寝癖を直してやるからジッとしてろ」
「水もジェルもなしに直らねぇよ」
「いいから」
やはり女性より硬い男の髪、それを何度もブラッシングする。一夏も始めは身体を動かし嫌そうにしていたが、やがて観念したのかおとなしくされるがままになった。
数センチと離れていない一夏の顔を盗み見る。不貞腐れたようにそっぽを向いてるが、これは単に照れているだけだと、何となく分かった。思わず笑みが出る。
「一夏」
「なんだよ」
「ありがとう」
自然と思いが言葉に出ていた。
驚いた顔を向けてくる一夏の顔を間近に見て、慌てて手を振る。
「いや、深い意味はないぞ一夏!ただ、あれだ……そのぉ」
「箒」
「な、なんだ!」
「何のことか分からんが、変なものでも食ったのか?それともまだ寝ぼけてんの?」
ニヤニヤしている一夏を見て分かって私をからかっているのだと理解する。
だからお返しに髪を梳く力を思いっきり強くしてやった。
「いってぇー!ハゲになったらどうすんだ!」
「うるさい!遅刻してきた分覚悟しろよ、ビシバシ鍛えてやる。」
「たまには優しくしてくれよ」
「文句言うな。ほら、もういいから早速打ち込みをやるぞ!」
向かい合い、構えて一夏と対峙する。
もうさっきまでのモヤモヤは無くなっていた。
「手加減しないぞ!」
「してくれたことないくせに」
そうだ。私は他の子たちのように器用じゃないのだから。手を抜いたりは出来ない。
だから手加減無しにぶつかろう。この竹刀を想いを乗せた剣に変えて。
「いくぞ一夏!」
そして私はありったけの想いと共に剣を打ち下ろした。
更識姉妹を出さなかったのは決してハブったわけではなく、姉の方が別のヨゴレ作品に出演してもらっているせいであります。