P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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『ニシンのパイ』に『ウナギゼリー』最初に考案したイギリスの方を尊敬する……。





少女たちのミュージック・アワー

「どしたの一夏。なんか随分ご機嫌じゃない?」

 

いつもの面子で夕食を取っている中、鈴は隣に座る一夏に問いかけた。

一夏はお喋りに興じている皆をチラリと見ると、心なしか声を潜めて鈴に答える。

 

「分かるか?」

「まぁね」

「実は最近ラジオに投稿するのが俺的にブームなんだ」

 

一夏は嬉しそうに答える。

 

「たまたま聞いてた番組がそういうリスナーからのお便りを紹介する番組でな。聞いてて面白かったから、俺も好奇心で一回投稿してみたんだ」

「ふーん」

「それが幸運にも番組で紹介されてさ。ちょっとこそばゆかったけど嬉しかったなー」

「へー」

「MCのお姉さんがまたいいんだよ。まだ新人らしいけど、明るく楽しく紹介してくれるんだ」

「ほーん」

 

気の抜けた鈴の返事にも一夏は気にすることなく続ける。

 

「メインは音楽なんだけど、その合間にお便りを紹介するコーナーがあって」

「そんなのにハマッてんの?しかもラジオ投稿って、一昔前じゃあるまいし」

「いいじゃねーか。そんなの俺の勝手だろ」

 

気分を害された一夏は少し怒った声を出す。

 

「ごめんごめん。それで何ていう番組に?」

「……別に。どうでもいいだろ」

「そんなに拗ねないでよ。子供だなぁ」

「うるせーな」

 

鈴はそっぽを向いた一夏を見て苦笑する。

しかし一夏は一旦こうなると意固地になる性格だ。これ以上聞き出すのは難しくなったかもしれない。

 

「ねぇ一夏その番組って……」

 

そこで鈴は言いかけた言葉を飲み込む。

視線を感じたからだ。あたかもこっそり自分たちを注視しているかのような気配。

 

鈴はいつの間にか周りのお喋りが止まっているのに気付く。顔を上げると正面のシャルロットと目が合った。彼女は慌てて取り繕ったような笑みを隣のセシリアに向ける。

 

「えっと。……それからどうしたって?セシリア」

「え?あ、はい。それでわたくしは……」

「そ、そうだラウラ!私のデザート食べないか?もうお腹一杯でな!」

「う、うむ。貰おう」

 

また先ほどと変わらないお喋りに戻る少女たち。

鈴は気のせいか、と小さく首を捻る。

 

そうしていつもと変わることなく夕食の時間は過ぎていった。

 

 

 

 

「ビンゴ!どうやらこれのようね」

夕食後自室でパソコンを操作していた鈴は勝ちどきを上げる。一夏が聞いているであろう番組を突き止めたからだ。

 

結局一夏の機嫌は直らないまま答えてくれなかったので、鈴一人で推察するしかなかったのだが、見つけるのはそう難しいことではなかった。とはいえ今はインターネットラジオを含めるとその番組数は膨大なものがある。その中から目的の番組を見分けるのは本来至難の業だ。

 

しかし一夏は語らずともいくつものヒントを与えてくれた。

メインは音楽で、その合間にリスナーからのお便りコーナがあり、MCは新人女性。しかも一夏のあの浮かれようから番組は今日に違いなく、更には夜更かしの習慣がない一夏が聴くとなると、そう遅い時間でもない。故におそらくは9時~11時の間くらいだと思われる。

 

それらを総合し、ネットで調べてみると該当する番組があった。まだ始まって間もない新しい番組で、9時から10時までの一時間、音楽とリスナーからの投稿をメインにやっている番組である。

 

「便利な世の中になったもんよねー」

鈴は情報化社会の利便さに一人頷く。ネットで調べりゃ何でも分かっちゃうのだ。少し怖いけど。

 

時計を見ると8時50分。ちょうど後十分ほどで始まる。鈴はルームメイトの邪魔にならぬようイヤホンをつけると、その番組を待った。

 

「甘いわね一夏。この美少女探偵鈴ちゃんにかかればこんなのラクショーよ」

フフン、とドヤ顔で呟く鈴。

 

やはり好きな人のことはもっと知りたいと思うし、趣味は共有したい。

鈴は皆に抜け駆けし、一夏との距離をこっそり詰められた事に一人小さく喜んだ。

 

 

 

 

「ふーむ。中々面白いじゃない」

番組を聴き終えた鈴は小さく満足げな声を出す。

 

正直あまり期待していなかったのだが、聴いてみると面白かった。流れる音楽は流行の曲からクラシックまで多岐に渡り、MCの女性は新人らしいが、逆に頑張っている必死さが見て取れ、明るく元気に紹介する様子は好感が持てた。

 

「あたしも何か投稿してみよっかなー」

呟いてから苦笑する。これじゃあ一夏をバカに出来ない。

 

鈴はベッドに横になると、思いつくアイデアをあれこれ考えながら目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「皆さんこんばんはー。じゃあ今日も一時間お付き合いくださーい」

MCの女性の挨拶が終わると、明るいメロディーが流れる。

 

鈴は思いの他ワクワクしている自分に気付いていた。前回から一週間、軽いお遊びのつもりだったのに、何を投稿しようか随分と悩んだのを思い出す。ようやく書いて送ったのだが、それは果たして紹介されるのだろうか?

 

そんな鈴の期待の中、お便りコーナーがスタートする。

 

「はーい。それじゃー皆さんからのお便りコーナー初めまーす。今日はいつもよりお便りが多くて私も嬉しいです。ありがとうございまーす。では一通目、ペンネーム『恋するウサギ』さんから」

 

「『嫁が最近私に冷たい気がする。この番組のことも夫である私に教えてくれなかった。隠し事をされるのは悲しいことだ。嫁の愛情を取り戻すにはどうしたらよいのか教えて欲しい』……うーむ、なるほど」

 

お嫁さんとうまくいってない旦那さんからかな?可哀想に……。

鈴はその見知らぬ『恋するウサギ』さんの夫婦仲を憂い心配する。

 

「うーん。私は結婚していないので偉そうなこと言えませんが、やはりパートナーであるお嫁さんを信じて待ってあげるべきでは?『恋するウサギ』さんはこんなにお嫁さんのことを想っているんだから大丈夫ですよ。夫婦ってのは強い絆があるはずですから!」

 

MCのお姉さんの言葉に鈴は深く頷く。

そうだ。夫婦ってのは強い絆があるはずなんだ。だから頑張ってね『恋するウサギ』さん。

 

「少しは参考になったかな?ラジオネーム『恋するウサギ』さん。……って少しフランク過ぎますかね?ごめんなさい。では次のお便りにいってみましょう。ペンネーム『ウナギゼリーはとんでもないものを盗んでいきました。イギリス人の味覚です』さんから。……凄いペンネームですね」

 

「『ご機嫌麗しゅう事かと存じます。先週から愛するお方と共にこの番組を聴いている者ですわ。早速ですがご相談があります。わたくしには運命で定められた愛する殿方がいるのですが、文化の違い、家督相続など、超えなければならない問題が多いんですの。そう、あたかもロミオとジュリエットのように、二人の間には多くの困難があるんですの。ああ、なんて辛く苦しい道なのでしょう!でもわたくしたちは負けません!二人の愛の力を信じ、どんな困難も乗り越え、きっと幸せな未来を掴み取って見せますわ!では失礼致します』……えーと。これは相談……ですかね?」

 

全然相談じゃない。ただのノロケ話じゃないのこれ?

鈴は長々と自分に酔った投稿を聞いて思う。何でか知らんが凄くイライラするなぁコイツ。

 

「えっと、そうですねー。とにかく『ウナギゼリー』さんがその男性をどんなに想っているのかはよーく分かりました。その想いがあれば大丈夫ですよ。愛は地球を救っちゃうくらいですから。だからその力でどんな困難をも乗り越えて下さいねー。頑張って!」

 

MCのお姉さんの言葉に鈴は苦虫を噛み潰したような顔をする。

どうしてだろう?この『ウナギゼリー』とやらはどうも応援したくねぇ。

 

「じゃあ次のお便りに行きますねー。お次は『男装の麗人』さんから」

 

「『初めまして。先週ふとしたことからこの番組を知り、投稿させてもらいました。早速ですが聞いてください。ボクには好きな人がいます。その相手もボクのことが好きです。二人は両想いなんです。でも彼にはライバルが多く、ボクの大切な親友も彼のことが好きなんです。親友がこの先待ち受けるであろう失恋によって、傷つくのを見たくありません。他の連中のアンとポンとタンのアンポンタン三人組はどうでもいいのですが。特に幼馴染というだけでデカイ顔をしている二馬鹿は、マジであんま調子ぶっこくなと一度……。すみません、話が逸れましたが、何かアドバイスがあればよろしくお願いします』……す、少し毒舌が混じってますね。はは……」

 

オイ。これってもしかして……!

しかし鈴は一瞬浮きかけた腰を下ろす。いや違う他人の空似だ。世の中には似たような人物、似たような環境の人が三人はいると聞く。だからこれは偶然なんだ。

 

「親友と恋人、友情と愛情の天秤は何時の世も難しい問題でしょうね。しかも友人同士で同じ男性を好きになったというのは……お辛いことでしょう。ですが恋愛ごとで誰も傷つかず、丸く納まるというのは無理と言うもの。親友だからこそ取り繕いせず、胸の内をとことん話し合うべきではないでしょうか?傷付くことを恐れずに真正面に向き合う。それが真の友達だと……私はそう思います」

 

MCのお姉さんの声を聞きながら、鈴はぶつぶつ自らに言い聞かせる。

落ち着け……これは只の偶然なんだ……。まだ慌てるような時間じゃない。

 

「さて、じゃあ前半部最後のお便りを紹介しますねー。ペンネーム『正統派幼馴染』さんから」

 

「『先週幼馴染の惹かれあう想いの力で、この番組のことを突き止め、聴いている者です。突然ですが幼馴染というものをどう思われますか?私が思うに幼馴染というのは、幼少期にかけがえのない時間を共に過ごした者同士のことを言うのであって、間違ってもセカンドだのサードだのそんな称号が付くものではないと思います。大体何ですか『セカンド幼馴染(笑)』って。もうバカかとアホかと。まぁこんなエセ幼馴染認定されて喜ぶ勘違い女なんていないでしょうけど(笑)いるとしたら正統の幼馴染の資格が足りないことに気付けない哀れな女くらいでしょう。そうそう足りないと言えば、私の知り合いにも色々と足りないのが一人いまして。具体的に胸とかが(笑)私はソイツを見てるとつくづく幼馴染というものを誤解しているなと……』」

 

プツン。

鈴はラジオを消すと静かに立ち上がる。もはや腰を下ろす必要はない。

 

「り、鈴。どうしたの?」

ルームメイトのティナ・ハミルトンが引きつった顔で問いかける。今の鈴の顔は正に殺人者の顔をしているからだ。メッチャ怖い。

 

「ちょっと行ってくるわ」

「ど、どこに?」

「日中戦争のリベンジに。いや場合によっちゃ世界大戦かな?フフフ……」

 

引いているティナを横目に鈴は部屋を出て行く。

オーケー。よーく分かった。皆自分と同じようにラジオ番組を突き止め、我こそが特別だと思い込んでいたようだ。全くその執念だけはライバルとして見事だと言っておこう。

 

「ウフフ……。バカみたい……」

でもこれじゃ悩んで悩んで、最終的にあんな投稿を送った自分がバカみたいじゃないか。どいつもこいつも色欲や愚痴に塗れまくった投稿しやがって。

 

鈴は幽鬼のように笑いながらゆっくり歩く。目指すは『正統派幼馴染』とやらのお部屋。場合によっちゃ

『男装の麗人』とやらの部屋も訊ねてみようか?

 

 

そうして一人の悲しき少女の異変を纏わせながら、IS学園の夜は過ぎようとしていた……。

 

 

 

 

 

「はーい。では今日最後のお頼りはー。ペンネーム『P.I.C』さんから」

 

「『ニーハオ。先週から聴いてみて面白かったので、自分も投稿してみました。何を書くのか迷いましたが、最終的にこの日本で出会った友人たちについて一言書こうと思いました。日本に帰ってきて早数ヶ月が経ち色々なことがありましたが、その中で新しい友人も出来ました。あたしは自分でも少し天邪鬼な所があるのは自覚していますので、普段は言えませんが皆に感謝しています。ライバルでもあるけど、皆ありがとね!ではこれからも番組楽しみにしています』……ハイ。お便りありがとうございます」

 

「普段面と向かっては照れくさくて言えない事ってありますからねー。この番組に投稿した事で『P.I.C』さんの気持ちが少しでも軽くなったなら私も嬉しいです。でも出来れば友達に直接思いを告げて欲しいな、とも思います。ではそろそろ終わりの時間です。最後にお送りする曲は……」

 

「ふぃー」

一夏は本日最後の曲が流れ出すと大さく息を吐いた。

 

今日は今までに比べ変わった投稿が多かった。何故か胸がモヤモヤしたり、心臓がドキドキするような投稿があった気もするが気のせいだろう。そうに違いない。

 

最後に紹介された投稿を一夏は思い出す。

自分もこの学園に入ってかけがえのない友人たちが出来た。一緒にいるのが当たり前過ぎて、普段は感謝なんて言ってないけど、一度しっかり伝えるべきなのかもしれない。「ありがとう」って。

 

「よし。寝よ」

一夏はベッドに潜り込むと、大切な皆を思い浮かべ小さく微笑む。

 

静かに流れる癒されるようなメロディが心地よい。

何となくいい夢を見られる気がした。

 

 

 

 

ただ眠りに落ちる寸前、どこか遠くのほうで女性が言い争う金切り声と、何かが破壊されるような音が聞こえた気がした……。

 

 

 

 

 

翌朝、一夏は他生徒共に連絡掲示板を唖然と見上げていた。

そこには一枚の張り紙が貼られてあった。

 

一年一組 篠ノ之箒

一年二組 凰鈴音

 

以上を三日間の謹慎処分とする。

 

 

 

 

 

 

ではまた来週!

チャンチャン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




匿名性が強いインターネットにおいては、リアルでは穏やかな人や優しい人でさえ、攻撃性や残忍性を発揮してしまうことが多々あるとのこと。相手の顔や存在が分からないというのは、忌憚のない意見を言える反面、良心の歯止めもなく残酷なことを行ってしまう危険もあります。
恥ずかしながら私も多少なりともその経験があります。本当に気をつけないといけませんね。



他国の文化を、自分たちの価値観だけで否定したり馬鹿にするのはいけないことです。
ただ……ウ、ウナギゼリーだけは……ウナギ好き日本人としてはどうしても……!おえっ。



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