P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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この一夏はフィクションです。
原作の一夏は……優しく思いやりがあって人の痛みが分かる慈愛に満ちた素敵で可憐な天使のようなお嬢様方……に囲まれて幸せに過ごしています。


五反田弾は自重しない (下)

弾は手に持った飲み差しのビールを名残惜しそうに見ると、それを静かにテープルの上に置いた。酒に逃げるのはやっぱダメだ、今は一夏をどうにかすることに全力を尽くそう。

それがこの現状を招いたことのせめてもの罪滅ぼしだろう。

 

「一夏どうしたんだ?話してみろよ」

「……俺は」

「話すことで楽になる、これはお前が言ってくれたんだぜ一夏。ほら」

 

コーラを新たに注いで手渡す。一夏は難しい顔をしながらもそれを受け取ると、少しだけ口をつけた。

 

「ふぅ……」

そして小さく息を吐き出すと、ゆっくりと語りだした。

 

 

 

 

「なぁ弾。お前はさ、俺の今いる環境をどう思う?」

「うらやましい」

 

一夏の問いに一瞬驚きつつも、反射的に弾は答えた。

 

「うらやましい?なぜだ?」

「なぜってお前。そりゃたくさんの女の子に囲まれて、おまけに世界でただ一人ISを使えて……」

「フン。お前も所詮他と同じこと言うんだな」

 

一夏は侮蔑の目を弾に向ける。

 

「この環境の一体どこがうらやましいってんだ?俺は別にISを学ぶためにあの学園に行こうとしてた訳じゃない!藍越学園に行きたくて受験したのに、それが試験会場で迷った挙句、うっかりISを触っちまったせいで、このザマだ」

「あ、ああ。そうだな」

「それは確かに俺のミスだよ。それは認めるよ。でもたったそんだけのことで、こうなるなんて想像出来るか?俺の行為はそれほどの罪だってのか?畜生」

 

軽く聞き流していた試験会場の出来事だったが、よくよく考えれば僅かなことで随分と道が違えたものだ。

 

「友達からも離され、たった一人で右も左も分からない所に放り込まれたんだぞ……何で俺がこんな目に」

「そんなに現状が不満だったのか?」

 

弾の問いかけに一夏は鋭い視線を返す。その剣幕に思わず弾が仰け反った。

 

「当たり前だろ、大有りだよ!例えば俺が普段住んでいる、つーか強制的に入れられている寮にしてもだ!百歩譲って男が一人の学園に通うのを良しとしても、なんで放課後以降もずっと女に囲まれて生活しなきゃならないんだ!」

「あの、俺からすると結構うらやましい気が……」

「どこがだよ!想像してみろよ、24時間ずっと異性のみに囲まれて生活する環境を!心から落ち着ける場所なんてないんだぞ。女友達を男と全く同じように接するなんて実際は無理だろ?崇高な男の独り遊びさえ、周りの目が怖くて満足に出来ないんだ!」

「うーん、そりゃまぁ……」

「こちとら別に『女の中に男が一人~』なんて童貞臭い妄想する程、困ったことに女に不自由したことねーんだよ!人類の財産たるイケメンを舐めんな!ざまあみろ、世のモテない野郎ども!」

 

弾は小さく「クソッタレ」と呟く。

所詮真のイケメンたる天上人一夏には、彼女が欲しくて堪らない平民の切実な想いなぞ分からないのか。にしてもコイツ自分がモテている、ということを深層心理では理解していたのか?

まさかなぁ。

 

「おい一夏」

「あん?」

「いえ、一夏さん。気付いていたんですか?自分がおモテになっているのを」

「当然だろうが。毎朝鏡見ればテメーの面の良し悪しぐらい分かるだろ普通。それに今まで何回告られてると思ってんだ」

「えぇー?」

 

鬼畜一夏という人格のせいなのか、それとも酔っ払って心の本音を話しているのか弾には分からなかった。

でも、勝手だけど聞きたくなかったなぁ、一夏からこういう言葉は。

 

「鈍感鈍感みな責めるけどよ。女の園の中で生きるしかない身としては、多少そうやって耳を塞がないとやってらんないことも多いんだよ……」

「そうか。……それは確かにそうかもなぁ」

 

女性の一挙一動にドキマギする、自分のような非モテ男がそこに行ったら発狂するかも知れん、弾は小さく震える。だとしたら、一夏の少し度が過ぎた鈍感も生きていく為に身に着けた術なのだろうか?

 

いやそれは無いな。うん絶対ない。

 

 

しかしホント何でこんな流れになったのだろうか。当初は自分が愚痴を聞いてもらいたかったはずなのに。そう言えば自分の悩みごとは何一つ解決してない。……虚さん……。

 

「弾、おかしいか?俺がこんな風に愚痴るのは」

思っていたことを見破られたようで、弾がドキリとする。

 

「……いや?別にそんな事ねぇよ一夏」

「俺だって」

「え?」

「俺だって偶には愚痴りたい時もあるんだ……。愚痴らなきゃやってらんない事も」

「あ、おい一夏。もうそれ以上は……」

 

そうしてまた『鬼殺し』に手を伸ばす一夏を、弾は止めようと腰を浮かしかけたが、すぐに下ろした。怖かったわけではない、一夏の横顔が何故かとても寂しげに見えたから。

 

弾がどうしようかと視線を外に向けると、目の片隅に少女の姿が入った。そういえば一夏の姿に驚いていたせいで、鈴の存在をすっかり忘れていた。

横目で鈴を盗み見ると複雑そうな顔をして一夏を見ている。正直こういうことを想い人の口からは聞きたくないだろう、弾は今更ながらに鈴に申し訳なく思った。

 

「ねぇ弾」

何か声をかけるべきかと考えていると、鈴の方から突然小さな声で話しかけてきた。

 

「へ?ああ、なんだ?」

「あたしちょっと買出し行って来るわ」

 

買出し?意味が分からずキョトンとする弾に、鈴が小さく笑う。

 

「お腹減って無い?何か作るからさ」

「いいって、お前がそんなことしなくても。俺の都合で呼んじまったのに」

「気にしないで。何か食べたいものはある?」

「いや特にないけど。おい鈴」

「じゃあ待ってて、適当に食材買ってくるから。……それと一夏の話聞いてあげてね」

 

そう寂しげに笑い、一夏を軽く一瞥すると鈴はこの場を去って行った。

 

 

 

 

「あれ?鈴は」

「……メシ作りに行ったよ」

「けっ、どうせ酢豚だろ」

 

未だやさぐれる一夏に弾は顔を曇らせる。酒飲みに品格なぞ求めてはいけないが、普段とのギャップが激しすぎる。これじゃ唯の嫌なヤツだ。

 

「一夏お前なー。鈴に対してはそーゆー態度取るなよな」

「うっせー。学園で毎回毎回酢豚食わされてる俺の気持ちが分かってたまるか」

「えっ、お前酢豚嫌いだったか?」

「好き嫌いじゃなしに、アイツあれしか作らねーんだよ。いくら美味しくても毎回食わされれば、普通飽きるだろ?かといって食べないと何故かメッチャ怒るし」

「うーん。そりゃなぁ」

 

鈴にとっての酢豚が、どれほどの意味を持っているのかを多少知っている身としては、何とも言えないもどかしさがある。でも一夏からすれば毎回同じ物を食わされているに過ぎないか。

 

「鈴だけじゃねぇよ。セシリアには毒入りサンドイッチを食わされるし、箒は和食、シャルも何だかんだでよく料理を作ってくるし、最近は簪も……」

 

よくもまあ次から次へと女の名前が出てくるもんだ、弾は血の涙を流したい心境で親友の話を聞いていた。

ところで毒入りとは何のことだろう?

 

「一夏、お前は女性の手料理が、世の男にとってどんなに有難いものか分からないから、そんなこと言えるんだぞ」

「分かってないのはテメェの方だ!セシリアに毎回笑顔で殺人料理を振舞われる俺の辛さが分かるか?箒も食べなきゃあからさまに不機嫌になるし、シャルや簪は悲しそうな顔するし……。結局その都度愛想笑い浮かべて胃に押し込んでんだよ!」

「左様でありますか」

「そもそも俺は料理を含めた家事全般が出来んだよ。だから別に有難みは感じねぇっつーの」

 

うーん。そう言われて改めて思う一夏の女子力の高さよ。一家に一人欲しいレベルだ。

 

「なのにアイツらは毎回『自分はこんなにしてあげてる』っていう態度なんだぜ。『私たちはこんなに尽くしてあげている、だからそれに応えろ』ってな。……言葉に出されなくとも、そう感じるんだよ」

「『私はパンを焼いてあげました』ってやつだな」

「はぁ?何だよ弾、それは」

「まぁ、なんだ。パンを焼いてあげたんだから、そっちも同じようにパンを焼いて返してくれと。つまり好意には好意を以って返してくれということだ」

「ふん」

「一方でそこに見返りや願望が含まれている時点で、本物の愛とは違うのでは?という意味も含んでいる」

「へぇ。弾のくせに中々深いこと言うじゃないか」

 

余計なお世話だ朴念仁。弾は心の中で悪態を付く。

まぁ某エロゲの有名なセリフであることは黙っておこう。

 

「……まぁそんな訳で時々アイツらが重く感じる時がある」

「そうなのか……」

 

傍目には光り輝くパラダイスのように映る一夏の環境。しかしそこに同時に存在する闇を思い、弾は少し寒気がした。

モテる男というのも、それはそれで大変なんだなぁ。

 

「それにラウラもだよ……。何回注意しても無防備にベッドに入ってきやがって!夏なんか特にお互い薄着だから大変だったんだぞ……。一度マジで理性がヤバくなった時があった。寸前で思いとどまってトイレに駆け込んだけどな。でも、ちくしょう!あの時ラウラで抜いちまったっていう半端ない罪悪感は、未だ俺の中から消えないんだ……!」

 

弾がモテ男のあり方について考える間にも、一夏の更なる愚痴は続く。

 

「それよりも問題なのは楯無さんだよ!何だよあの痴女は!毎回際どい格好で遊び半分に誘惑してきやがって!気持ち的に寸止め繰り返される男の苦悩も知らずによぉ!あの耳年増処女が!」

「お、落ち着いて一夏さん」

「それに変に乙女な所もあるから始末に終えない。可愛いって思うとこもあって、それが余計に俺の煩悩を刺激するんだ……。もうインザトイレでの賢者タイムはウンザリだってのによぉ……」

「一夏……」

 

更に新たな女性の名前が出てくるが、もはや弾には羨ましいという思いは消えていた。

 

「あの学園で誰かに手を出そうものなら、それで人生終了なんだよ……。ゲームオーバーなんだ……」

 

弾はうなだれる一夏の肩に無言でそっと手をやった。

確かにそうかもしれない。もし一線を越えてしまえば、当然関係は変わる。隠し通していけるほど自分たちは大人ではないし、当然周りにもバレてしまうだろう。

 

その先に待っているのは……。

弾は身を震わせる。アイドル一夏君が誰かと結ばれるのを、祝福してくれる人だけとは限らない。嫉妬、憤怒が渦巻き、また女性特有の陰険さが出てくることもあるだろう。まさに『愛しさ余って憎さ百倍』というやつだ。

 

しかも、もしそうなっても一夏には逃げ場が無い。唯一の男性操縦者として家に逃げ帰ることも助けを求めることも出来ずに、女尊男卑の風潮の中、強い女性たちに文字通り『囲まれて』生活するしかない日々。

 

弾は急に目の前の親友が哀れな獲物ちゃんに思えてきた。檻の中、みなが牽制しつつも、我先にと美味しいご馳走を狙おうとしている。ヨダレを垂らす肉食動物の視線を受けて、哀れに震える獲物ちゃん一夏。

 

そんな日々を後二年以上もか……。

それはそれでキッツイなぁ。

 

「一夏。……飲めよ」

もはや何も言うまい。弾は脇に置かれた清酒『鬼殺し』を静かに手に取った。

 

「弾」

「辛いよな」

「ううっ……」

 

一夏が俯き、小さく嗚咽を漏らす。

 

「俺だって、俺だって普通の高校生らしい毎日を過ごしたかった!お前や数馬らとバカやって、アホみたいに笑って……例え変わり映えのない毎日だとしても!俺は、おれはぁ……!」

 

一夏の悲しみの叫び。それに対して弾はおかんのように背中をさすってやった。

そしてそっとコップを手渡す。

 

「ほら一夏」

「弾……。俺は……」

「酒ってのは、辛い想いを忘れるために飲むんだぜ。さぁ」

 

一夏は親友から注がれた酒を受け取ると、それを一気にあおった。そして満足そうに息を吐くと、そのまま返す形で弾のコップに酒を注ぐ。

 

「ああ。飲もうぜ弾!」

 

そして満面の笑顔を親友に向けた。

 

 

 

酒を片手に、止め処なく話し続ける一夏の無駄話やら愚痴やらを聞きながら弾は思う。鈴が戻ってきたら、また大目玉を喰らうかもしれない。いや絶対喰らうに違いない。

でも、それでもいい。溜まったものを吐き出すのにも、勇気がいる時もある。一夏の苦悩などは、お気楽に生きている自分には計りようがないが、それでもその思いを吐き出すことで少しは楽になるのなら、それはきっといいことなのだろう。

そして、その聞き手となるのは、おそらく今の所自分にのみ許された親友としての特権なのだから。

 

「何だよ弾。何ニヤニヤしてんだ」

「一夏。乾杯しようか」

「はぁ?何にだよ?」

 

弾は「うーん」と唸る。口に出しただけで、何も考えていなかった。少し感じて来た空腹感を思い、鈴のことを考えた。

鈴に乾杯か?いやアイツの何を祝うってんだ?……どうでもいいか。

 

「……酢豚についてでいいんじゃね?」

「なんだそりゃ。まぁいいや、コップ持てよ弾。ほんじゃ酢豚に……」

 

『乾杯』

 

カチャン、とコップが合わさる音が静かに鳴る。

こんな酒も、たまにはいいさ。

 

 

 

 

 

 

「でも、俺ら未成年なんだよな……」

 

目の前でユラユラと小さく波打つ酒を見て、弾は一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




当然ながら未成年の飲酒はダメでありますよ。

とゆーことで一夏さん愚痴の話でした。同じ悪酔いでも愚痴る一夏を書いてみたくなったので。
伸びて伸びて申し訳ないですが、次回の『五反田弾は……』で今度こそ終わりです。

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