P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
マジで頭の中に春のお花畑が咲いている人と、実際は笑顔を仮面に物事を冷静に考えている人だ。
楯無さんの襲撃を何とか撃退した俺は、学園に向かう準備を始める。朝っぱらから精神をすり減らしたので、食堂に行く気にもならず、軽く菓子パンを摘むと教室に向かうことにした。全く朝からついてない。
それにしても休み明けの学校というのは、どうして何時でも、どんな時でも変わらず気が重くなるのだろう。俺は小さくため息を吐くと、バックを担いで部屋を出た。
「一夏!お、お前なんだその髪は!」
教室に入ってすぐ待ち構えるように立っていた箒に驚かれる。休み明け、しかも早めに来たというのに、既に箒のほかに5、6人の生徒がいて楽しそうにお喋りをしていた。女は逞しい。
「おはよ箒。朝っぱらから大声出すなよ」
「ふざけるな!なんだその髪は!日本人として恥ずかしくないのか!」
どうやら箒はこの髪をお気に召さないらしい。それは何となく分かる。分かるが……。
「日本人ねぇ……お前さぁ、クラスのみんなを見て同じこと言える?」
「うっ……」
箒が押し黙る。
周りを見渡すと、他の数名の生徒が気まずそうに目を逸らしてしまった。どうやらタブーに触れてしまったらしい。反省。
「で、でもどうしたんだ?お前も金髪を見れば崇め立てる世の凡百の男と同じだったのか!」
「うるせーな。緑や青やピンクよりマシだろ」
そろそろウザくなってきたので投げやりに返事をすると、箒の脇をすり抜けて自分の席に向かった。未だ箒が喚いているが無視する。その途中にクラスメートの相川さんと目が合うと、彼女は引きつった笑みを浮かべた。彼女の髪の色は……まぁ日本人の髪色だ。そうだ、そうに違いない。
ただ申し訳ないことを言ってしまった気がして、俺は小さく頭を下げる。
髪の色なんて関係ないんだ。全ては光具合と気のせいなんだ……そう自分に言い聞かせながら。
その後相変わらず俺を見てニコニコしているシャル、何故かチラチラ見てきてモジモジしているセシリア。いつもと変わらないラウラなどが登校してきて、いつもの騒がしい空気になる。そして他クラスメートは俺を見るたびに集まってきて、理由を尋ねてきた。
曰く「何かあったのか?」「もしかして失恋したのか?」など。
なんで髪の色を変えただけで失恋やら、あたかも人生の一大事のようなことを心配されるのか分からない。こういう何気ない時にクラスメートとの距離を感じる時がある。俺は適当に相手をしながら、男女の価値観の違いについて一人思いを馳せた。
「あ~疲れた」
見世物パンダのようだった一日を終えると、俺はすぐ自室に帰ることにした。クラスメートのみならず、果ては他クラスからも見物人がやってくる始末だった。これ以上質問と好奇の視線はウンザリだ、早く自室で休みたい。
「ん?」
早足で歩く俺に振動が伝わる。見れば携帯にメッセージが入っていた。発信者は簪。
さてどうしようか。
出来れば部屋に戻って休みたいが、今朝のことを楯無さん自身の口から聞いたのかもしれない。だとしたらちゃんと説明しておかないと、少し厄介なことになるかも。
仕方ない、向かうとしよう。
俺はやれやれと思いながら、彼女が待つ整備室に向かうことにした。
「簪」
「ごめんね一夏。急に呼ん……って、そ、その髪どうしたの?」
お前には驚かれたくないよ……。
姉と似たようなリアクションを取る青髪の……ゲフンゲフン、少し青みがかかったように見える日本人特有の髪を見ながら俺は内心小さくツッコむ。
「ちょっと色々あったんだよ」
「え?で、でも……」
「それより俺に何か用があったんじゃないのか?」
「あ、う、うん。えっと」
やっぱり楯無さんのことか?
少し身構える。
「あのね。今弐式を整備をしてるんだけど、一夏の意見を聞きたいな、と思って」
「……ん?そんなこと?」
「う、うん。あの、迷惑だった?」
「そうじゃねぇけど……」
なんだ、用ってそんなことか。
俺は少し拍子抜けする。
「接近用の武装のことで一夏にアドバイス貰えたらなって思って……」
「ふむ」
「ごめんね。一夏も忙しいのに」
「別にんな事ないけど」
……やっぱ簪って、いつも強引に俺を引っ張っていく周りの女性陣とはタイプが違うなぁ。
俺は目の前の内気な少女を見て思う。とはいえ彼女のように気遣いが出来る女の子は俺の周り、というより昨今の女尊社会では少なくなったこともあってか、好ましいものでもある。
しかし……。
「それで、どうかな?私は接近戦は得意な方じゃないから、一夏の意見を参考にしたいの」
「甘ったれるな」
「えっ、い、一夏?」
俺は簪のお願いを一刀両断する。
理由は二つ。
一つは今日一日の皆からの質問攻撃に疲れて、ぶっちゃけストレスが溜まっていたこと。
もう一つは我ながら忘れてしまいそうになるが、俺は強い男として生まれ変わったからだ。
今までのように、女性の無茶振りにただ笑顔で頷くだけのイエスマン一夏とは違う。この金髪はその証。
時に突き放す厳しさを見せる!それが漢。それが硬派。
「まずは自分で考えてみろよ」
「あ……」
小さく声を上げ簪が俯いてしまう。ちょっと冷たく言いすぎたかな?
流石にそのまま去ってしまうわけにもいかず、俺は備えられている椅子を見つけると、それに腰を下ろした。
カチャカチャと簪が整備する音だけが響く。
会話もなく、どこか気まずい空気が漂っている。非常に居心地悪い。
「あの、一夏?」
「な、何?」
どうしようかと思ってると、簪の方から話を振ってきてくれた。
「あの、えっと、その髪本当にどうしたの?」
「お前に関係ない」
「ご、ごめんね」
「整備、時間掛かりそうなのか?」
「うん。……一夏。その、やっぱりアドバイス貰えないかな?」
「もっとベストを尽くせよ」
言ってから今更ながらに気付く。これじゃ俺ってただの嫌なヤツじゃないか。
流石に言いすぎだ。
俺は謝罪しようと簪の方に向き直る。
「簪。あのさ」
「ぐすっ」
「……え?」
彼女に向き直ったまま固まる。
これって朝のデジャブ?
「わ、わたし、一夏を怒らせるようなこと、し、したのかな?」
「いや、ちょっ……簪?」
「ごめんなさい……」
泣きながら頭を下げる簪を見て、ようやく俺は自分の愚行の重大さに気付いた。
「ち、違う!違う違う!冗談だよ!冗談冗談!」
テンパったまま手を合わせ謝る。それにしても楯無さんといい、この姉妹実は根っこのメンタルはそう強くないのか?
「一夏?」
「ごめん!ただマンガの影響で粋がってみたかっただけなんだ!」
「で、でも私が……」
「簪は悪くないんだ!ホント許してくれ!何でもするから!」
そして俺は恥という文字などかなぐり捨てて、椅子から飛び降りると、そのまま流れるように土下座をした。
今を生きるために出来るだけのことをする。それが真の男というものだ!文句あるかちきしょう。
その後泣く簪を宥める為に俺は力を尽くした。
頭を地に擦り付けて自らの言動を悔い続けた。
「簪は悪くない!」とオウムのように連呼し続けた。
「全部五反田弾という奴のせいなんだ!」とアホの友人を売って自身を正当化し続けた。
なかなか泣き止まぬ簪を膝に乗せて落ち着くまで頭をナデナデし続けた。
今週末お出掛けの約束をした。
これらの甲斐もあってか、ようやく簪も落ち着いたのを見て取れ一安心する。
どうやら楯無さんに殺られる未来は回避出来たようだ。やれやれだぜ。
「じゃあ俺行くわ」
「うん……」
「週末どっか遊びに行こう。決まったら連絡するから」
「うん……」
「簪も行きたいとこあったら連絡してくれ」
「うん……」
「えーと。……じゃ、じゃあこれで。楽しみにしてるから」
「はい……」
何故か惚けたようになっている少女を置いて俺は整備室を出る。
しかし代わりに何か大事なものを無くしてしまった気がした。
「お~りむ」
整備室を出て少し歩いたところで唐突に声をかけられた。驚いて振り返る。
「のほほんさん」
「えへへー。こんにちわー」
やけに嬉しそうだ。いつもにも増してニコニコしている。
「どうしたの?こんなところで」
「おりむー」
「な、何?」
「急に金髪に変えてどうしたのかと思ったけどー。うんうん、これはいいことかもねー」
「はぁ?」
わけが分からん。なんでのほほんさんはこんな機嫌良さげなんだ。
「あのさ、一体どうしたの?」
「どうしたと思うー?」
こちらの質問に答えることなく、話が通じないが如く、未だニコニコし続ける少女に軽く舌打ちする。
のほほんと天然な様子がこの少女の特徴だと分かっているが、そういうのはこちらの気分によっては、イラっとくる時もあるのだ。それが人間と言うものだ。
いい機会だ。前から密かに思っていたこと、それを一発ビシッと注意してやるべきかもしれない。
心を鬼にして級友を嗜めることも大事なのではないだろうか?彼女の今後の為にも。
「なぁ、そういう態度は時に人を不快にさせることを分かって……」
「これな~んだ」
そう言うと彼女は満面の笑みのままスマホを向けてきた。
写っていたのは俺が簪を膝に乗っけて頭を撫でてている画像。
「えっへへー。ビックリしちゃったよー。簪ちゃんの様子見にきたら、おりむーとあんなことしてるなんてー。あれ?おりむーなんで土下座してるの?」
俺はその画像を見た瞬間にのほほん様に土下座をしていた。
これはヤバイ。ヤバ過ぎる。いくら俺とてこのような画像がヤツらの目に触れたらどうなるか想像するのも恐ろしい。具体的には幼馴染ーズにバレるのが怖すぎる。
「神様仏様本音様。どうかご慈悲を与えて頂けないでしょうか?」
「ん~?」
「どうかその画像を消して下さりませんか?」
「おりむー」
「ハイ!」
「わたしケーキが食べたいなー」
「お供いたしますよ。へへへ」
もみ手をしながら彼女に続く。もはやプライドなど地平線の彼方にかなぐり捨てている自分の姿に情けなくもなるがここは我慢だ。彼女のように頭にお花畑が咲いている子には下手に出て、おべっかを使えばどうにでもなる。昨日読んだ本にもそう書いてあった。女なんてチョロイもんだと。
「おりむー早く行こうよー」
「ハッ!只今!」
今に見てろよコンチクショー。
その後学食でプレミアムケーキを彼女にご馳走した。
笑顔で3つもペロリと食べた彼女に「太るよ?」と親切に忠告すると、更に4つ注文された。その度に俺の財布が優しくないダメージを受けていく。ちきしょう。
結局彼女は七個も平らげ、更におみやげに三つ注文する始末だった。計十個。どんだけ食うんだよ。
会計のおばちゃんに値段を聞いて、目玉が飛び出そうになる。なにがプレミアムだふざけんな。
さらば諭吉!俺はたった一枚の戦友に泣く泣く別れを告げるしかなかった……。
そして学食からの帰り道、どうにか画像を消してもらうことに成功する。
目の前で消してくれた優しき天使本音様に、俺は感謝しホッと一息ついた。何とか悲劇は取り留めたようだ。全く今日は朝からピンチの連続である。
「やれやれ。何とか一件落着か」
「なにがー?」
「別に。ま、言いたいことはあるけど画像を消してくれて感謝するよ」
「そう?」
「てっきりアレをネタにまだ何かさせられると思ったから」
「わたしのことそんな悪い子だと思ってたのー?」
「ま、まさかぁ。でものほほんさんが詰めの甘い女性で……もとい、素直な子で助かったよ」
「だって別に消したってだいじょーぶだもん。画像は既にパソコンに転送済みだから~」
「は?」
唖然とする俺に相変わらずニコニコ微笑む彼女。
悪夢は終わっていなかった。
堕天使のほほんと別れた俺は、自室で横になっていた。
「誰にも見せないよ~。将来の為に取っとくだけだから~」
呆然と佇む俺に悪魔は笑顔でそう告げた。今はそれを信じるしかない。
「だからねおりむー。簪ちゃんのこと裏切っちゃだめだよ~。……分かってるよね?」
そして、その言葉と共に見せた彼女の冷たい表情も思い出し、背筋がブルっとなる。
どうあれ思うことは一つ。
のほほーんスロット!みたいな無垢な平和そうな顔しといて、彼女は策士に違いない……。
「やってらんねー……」
朝から悩まされた、対暗部用暗部とかいうよく分からん、特殊な家系の連中のことを恨めしく思いながら、俺は不貞寝するしかなかった。
のほほんさんは策士(えー)
対暗部用暗部っていう訳わからんー家に仕えていることや、最新刊での一夏への気遣い(らしい)などから、ただの春爛漫な能天気ガールとは思えません。あののほほんとした面は実は彼女の仮初のペルソナ。本当の彼女は冷静で合理的主義者……なわけないか。
どーでもいいが、もし原作がモ○ピーから一転、逆転満塁ホームランでまさかの簪ルートにでもなろうものなら、私は喜んで大人買いし、「参りました!」と土下座する準備がある。……それ以前にハ○ヒのようにノーゲームになる予感ビンビンだが。