P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
いっそのことジゴロ一夏で。
季節も冬に変わろうと準備を始め、まもなくこたつが恋しくなるであろうこの季節。俺は暖かい布団の中でまどろみの幸福に包まれていた。
「もう起きなくては」そんな己の声が遠く聞こえながらも、「あと五分だけ」と己に言い聞かせ、二度寝に向かおうとする際の心地よさは筆舌しがたいものがある。
「……んん?」
しかし二度寝に落ちていこうとする幸せが、不意にモゾモゾと布団が動く感覚によって破られた。
ラウラかぁ……。
ぼんやりする頭で級友の少女のことを考える。彼女がこうやってベッドに入り込んでくるのは、一度や二度ではないからだ。腹の辺りがモゾモゾする感覚に少しずつ意識がクリアになっていく。それと共にまどろみの幸福が消えていくことに苛つきも覚えた。
「にゃふふふ……」
小さく笑い声が布団の中から聞こえる。
ラウラがこんな笑い声を立てるのは珍しいと思いながらも、俺は布団の中に手を入れると、相手の腕を掴んで強引に引き寄せた。安眠を妨害されたことに対するちょっとした趣向返しだ。
「きゃっ!ちょ、ちょっとぉ!」
布団の中で少女が暴れる。
俺は更に引き寄せようとして……違和感を感じた。
違う。
この柔らか過ぎる感触は違う。いや、別にラウラが柔らかくないというのではなく、女性の持つふくよかさというものか、とにかく違うのだ。
「……って何でやねん!」
俺はその少女というより、自分にツッコミを入れて布団をめくった。なんで我ながら女性のふくよかさで相手を識別出来るんだよ。
案の定、めくった布団の中にいたのは級友の軍人少女ではなく。
「や、やっほー。グッモーニーン」
イタズラ好きの生徒会長様だった。
「勘弁して下さいよ」
俺は頭を掻いて楯無さんに文句を言う。時刻は六時半前、これならもう三十分はまどろんでいられたのに。
「なによー、ちょっとした冗談じゃないの」
しかしこの人は俺の文句なぞ気にする人ではない。ベッドに座り込んだまま、拗ねたように腕を組んでこちらを見てくる。
「人の大事な安眠を妨害しないで下さい」
「まぁ気にしなさんな。私と一夏くんの仲じゃない」
「親しき仲にも礼儀ありって言葉知っています?」
「な~んか今日はやけにつっかかるなぁ。反抗期かい?」
「違いますよ」
「反抗期といえば、えーと、その髪はどうしたのかな?」
「男の都合です」
「うーん、お姉さん的にはいきなりその色はないんじゃないかと……」
アナタには言われたかない。
俺は心からそう思った。無論口には出さないが。つーか出せないが。
「しかし随分と強引だったね今日のキミは」
「え?」
「無理やり引き寄せてくるなんてビックリだよ」
「そ、それはラウラかと思ったから!」
「……ふーん。あの子にはいつもそうやってんだ」
ジト目で見つめてくる会長様に俺は耐え切れず目を逸らす。何なんだよ。
「もういいでしょ。出てって下さい!」
「なによー。やっぱり今日の一夏君冷たい。金髪にしたからって性格まで変える必要は無いんじゃない?」
「俺は別に……」
「外見の変化や乱れは知らず内面にまで影響するんだよ少年。悩みがあるのなら、この頼りになるおねーさんに相談しなさいな」
別に悩みも何もないのだが。この髪は不可抗力でこうなったわけだし。
「何かあったんでしょ?理由ゲロっちゃいなさい」
「何もないッス」
「またまた~」
「それより早く帰って下さい」
「ダメです。ちゃんと話しなさい」
「だからんなの無いっての!俺はそれよりもこの状況がまた噂になる方が嫌なんですよ!」
若干強い声で反論する。
「噂?」
「楯無さんが早朝に俺の部屋から出て行くのを、クラスメートに見られたことが前にもあったんですよ!」
「ほほぅ」
「誤解解くの大変だったんですからね。楯無さんその時も今と同じカッコだったし」
その時も今と同じ大き目のYシャツ一枚という姿だった。男にとって非常に目に毒な格好である。
そんな格好の女性が早朝に男の部屋から出てくるのはどういうことか……誰でも『そう』想像する。
「せめてパジャマくらい着てくださいよ。……いやそもそも、こんな時間に部屋に忍び込んで来るのは勘弁してもらいたいんですよ。俺だって男ですし」
「うふふ。それってやっぱりおねーさんの魅力にコーフンするってこと?」
「なっ!」
「一夏くんはエッチだねぇ~」
そう言うと楯無さんはニヤニヤ笑いながら胸を強調するようなポーズをとってきた。
俺は真っ赤になって目を逸らす……これがいつもの俺の行動。楯無さんはそんな俺の様子を存分にからかって場は一応終了するだろう。
……だが今日は、今の俺は何かが違った。
彼女の人を喰った態度が非常に腹立たしい。大切な朝の睡眠を妨害されただけではなく、悪びれる様子も無く男を舐めたようなその態度が。
不良モノという男が強い立場のマンガを見たせいなのかも知れない。
楯無さんの色気を前に出して俺をからかう行為がやけにムカっと来た。
男を莫迦にするこの生徒会長様に、一度目にモノ見せてやろうか。
「ホラホラ~。何ならオッパイ触らせてあげよっか?」
「分かりました。じゃあお願いします」
「へ?」
小悪魔的に俺をからかっていた楯無さんが固まる。
俺は無視して立ち上がると、部屋の鍵を殊更音を立てるようにして掛けた。
そしてそのまま彼女に近づいていく。
「えっ……ちょ、ちょ、ちょい待って……」
「待ちません。発言には責任を持つよう以前俺に言ったのは貴女じゃないですか」
「ほ、本気じゃないんでしょ?」
「そう思いますか?」
「待ちなさい!私は冗談のつもりで……」
「知るかよ」
俺は混乱する彼女をそのまま押し倒すと、素早くその上に跨った。所謂マウントポジションである。
単純にして明快。喧嘩にしても格闘技にしてもこのポジションを取られた時点で負けは確定する。いくら楯無さんが武芸に秀でてようが、こうなってはどうしようもないのだ。それに単純な力だけなら男の俺のほうが強いし。
「い、一夏くん。やめて……」
「楯無さんが悪いんですよ。あんまし男をナメた態度とるから……これはその言動に対する責任です」
俺は意図して冷たい表情と声を作ると、更に圧し掛かるようにして楯無さんの首元に手を伸ばした。そしてシャツのボタンに触れると、彼女の身体がビクっと震えた。
見下ろす目に入るのは、乱れたYシャツから覗く豊満な胸の谷間と下着。
……ゴクリ。
その扇情的な姿に俺の中のワン・サマーが反応する。このままだと意に反して進撃を始めそうな勢いだ。
何より今更ながらにこの状況がヤバイ。いくら楯無さんが相手とはいえやり過ぎたかも知れない。
これ以上、いけない。
「……なーんてビックリしましたか?楯無さん、これに懲りたらあんまり男をからかうのは……」
「ぐすっ」
「はえっ?」
思わずマヌケな声が出る。
顔を横に逸らした楯無さんから聞こえたのは、押し殺したような泣き声。
「た、楯無さん?えっと~……」
「……うぅっ」
「す、す、すみません!コレ冗談なんですよー!」
俺は彼女の上から床に飛び降りるとそのまま流れるように土下座をした。
「すみませんでした!」
あれから十分以上経った今も俺は土下座し続けている。
楯無さんはというと、上掛け用に貸してあげた俺の制服を羽織った後は、ずっとそっぽを向いたままだ。非常に気まずい。
「楯無さん、あの……」
だが反応なし。
この狭い部屋の中、無視されるのはキツイ。
「……あ~、その~。……楯無さんってまだそういう経験なかったんですか?俺てっきり……」
ギン!
俺の無神経な問いに楯無さんが親をも殺すような睨みを向けてきた。俺は瞬時に土下座の体制に戻る。
『お前初めてだったのかよ……』
マンガの中で言われていた台詞が不意に口に出てしまったのだが、どうやら地雷だったようだ。
とはいえ内心ホッとしている自分もいる。男というのはつくづく身勝手な生き物だと思う。
にしても普段散々人を誘惑しているのになぁ……。
俺はそう思わないでもなかったが、それでも非はコチラにあるので謝るしかない。
「楯無さん。本当に、すみませんでした!」
俺は再度頭を地にこすり付ける。暫しそのままでいると、彼女の方から小さなため息が聞こえた。
「もういいよ。私の方こそからかい過ぎたかもしれないし」
そしてようやくこっちを向いてくれた。
「でも反省してよね一夏くん」
「はい!勿論です」
「でもよりによってキミがあんなことするなんて、というか出来るなんて……」
「……すみません」
「本当にその髪の影響じゃないでしょうね?」
楯無さんが疑わしげに見つめてくる。
『外見は人の内面をも変える』さっき彼女が言った言葉だが、いくら何でもそんなことは無いだろう。
「いやー。でも楯無さんも案外初心なんですねー」
「どういう意味?」
また声が氷点下に戻った。
なんでこう地雷ばっか踏んじゃうんだ俺って。
「……どうせ私のこと、背伸びしてだけのお子様だって思っているんでしょ?」
「いいえ!そんなこと無いですよ!」
「どうだか」
「ハハハ……」
すいません。ちょっとそう思いました。
また沈黙が訪れる。俺はそれから逃れるように時計を見上げると、時刻は七時前になっていた。そろそろ学園に向かう準備をし始める時間だ。
「楯無さん申し訳ありませんがそろそろ……」
「そうね。まだ言いたいことあるけど今は遠慮しますか。でも……一夏君!」
「ハイ!」
「さっきの行動の意味、後でちゃんと考えて貰いますからね」
そうして楯無さんはいつもの小悪魔的な笑みを浮かべた。ようやく普段の様子に戻ったのを見て俺は安心する。彼女が意識してそういう態度を取ってくれたのがなんとなく分かった。そのことに小さく感謝する。
だから俺も誠意を持って返そう。
「分かりました。責任を取ります」
「ゴホッ!」
俺の返事に楯無さんが驚いたようにむせた。どうしたんだろう?
「せ、責任って。何言ってんのよ!」
「男として責任を取ります」
「え?で、でも……」
「責任を取ります」
「でも、私は暗部の、所謂裏の人間で……」
「責任を取ります」
「簪ちゃんのこともあるし……」
「責任を取ります!」
俺は責任という言葉を繰り返す。
『男は責任を取れ!』読んだヤンキー漫画でも何度も描かれていたことだ。男は責任が大事なのだ。
具体的に何の責任かはよく分からんが。
楯無さんは珍しく慌てたように両手をバタバタ動かしたかと思うと、急に立ち上がる。そして俺を一瞥すると逃げるように去っていった。俺を見る瞳が潤んでいた気がするが意味が分からない。それになんであんな顔を真っ赤にして慌てていたのかも。やはりあの人は謎だ。ミステリアスなレディだ。
「俺の制服……」
楯無さんが上掛けに俺の制服を着たまま去って行ったのを思いだして、俺はやるせなく呟いた。
楯無さんは実際攻めに回られると弱くなるタイプだと思う(ゲス顔)
『責任』……まだ身を固める気のない世のモテ男クンは、軽々しくこの言葉を約束しないよう気をつけましょう。特に適齢期を過ぎたお姉さまに言った日には……。