P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
粋がって尊大な言葉を吐いたり、孤高の人なんかを気取ってみたりする。
不良やアウトローな方を嫌悪しつつも、実はそれに憧れて妄想しちゃったりする。
そ、そんな黒歴史、男なら誰しもありますよね?
「ちっきしょう……」
俺は自室への道を毒づきながら歩いていた。
今日も今日とて千冬姉に説教されたからである。原因は皆の前で「千冬姉」と親しげに呼んでしまった為だ。
「立場をわきまえろ」
千冬姉はいつもそう言う。
この学園にいる以上は、自分たちは姉と弟ではなく、只の教師と生徒だと。
……分かってはいるんだけどなぁ……。
無意識に出てしまうため息が虚しい。
俺は胸に消化しきれない何かを感じ、やるせなく天を仰いだ。
誰かにこの胸のわだかまりを聞いて欲しいと思うも、その相談相手が思い浮かばない。何故なら周りは皆女性、カッコ悪い姿を見せたくないという男のプライドが邪魔をする。
結局弾の顔をしか思い浮かばない。
俺は学園での交友関係の狭さに少し悲しくなりつつも、弾に電話をするために足を速めた。
「なるほどねぇ」
「そうなんだよ弾。どう思う?」
翌日、俺は早速朝から弾の家を訪れていた。
「まぁ確かに仕方ないとはいえ、他人行儀がずっと続くのはキツイかもな」
「だろ?千冬姉酷いだろ?たった二人の家族なのに、毎回あんな態度とらなくてもさぁ」
「でも千冬さんは教師でもあるわけだし、そりゃお前を特別扱いは出来ないだろ」
「別に特別扱いしろってんじゃなくてさぁ。こう何て言うか……」
「気に掛けて欲しいんだろ?ガキだねお前も」
馬鹿にするような弾の言い方に思わずカッとなって睨みつける。
しかしそんな俺の睨みもどこ吹く風で、弾は鷹揚に頷いて語りだす。
「ま、分からんでもない。関心を持って欲しい、構って欲しいと願うのは家族なら当たり前のことさ」
「そ、そうか?そうだよな」
「それが姉、妹のような異性なら尚更だ。男にはそういうガキっぽい面があるからな」
「そうそう。そうなんだよ弾!やっぱりお前なら分かってくれると思ってたぜ」
「俺も蘭が今よりもう少しお淑やかな頃、構ってやりたい一心で、よく不意に目の前でエロ本を広げて泣かせてやったもんだ。懐かしいぜ……でもそれが男の持つどうしようもない性なんだよなぁ」
「最低だなお前」
俺は侮蔑の視線をアホ野郎に存分にプレゼントする。
蘭がお前に対してあんな攻撃的になったのは自業自得じゃないのか。
「でもなぁ、どうすりゃいいんだろなー」
俺は千冬姉の顔を思い浮かべ、ため息を吐く。
そういえば千冬姉の『姉』としての笑顔を見たのは何時だったかな?もう随分前のような気がする。
「千冬姉は俺のことなんてどうでもいいのかな……」
「千冬さんがどう思っているのか俺には分からんが、でもお前に関心が薄くなった理由は分かる」
「え?」
「要はお前はいい子過ぎるんだよ」
弾は俺に向けてビシっと指を突き立てた。
「な、なんだよそれ」
「お前が中学からバイトしてたのは何の為だ?」
「それは千冬姉にこれ以上迷惑掛けられないから……」
「掃除洗濯料理……家事を覚えたのは?」
「それは千冬姉に美味しいものを食べて貰いたいから……。それに千冬姉は家の掃除とかあんまやらないし。パンツとかも脱ぎっぱなしにして放置したり……」
「お前が強くなりたいと思うようになったのは何でだ?」
「それは守られるんじゃなく、千冬姉を守れるような男になりたいから……」
「このシスコンが」
弾は呆れたような目を向けてくる。
なんでだよ、家族を大切に思うのは普通だろうが。
「でもお前のそういう処がダメなんだよ」
「なんだと?」
「いいか一夏。家の為にバイトし、姉の為に家事全般を覚えた。……そんな出来のいい弟なんざ普通はいないんだ」
「そんなことないだろ」
「あるんだよ。でもそれがお前らの場合、築き上げてきた時間から、それが当たり前のようになっているんだ。嫌な言い方になるけどな、千冬さんはお前のことを『手間のかからないいい子』と決め付けて、胡坐をかいているわけだ」
「そんな……」
「『出来の悪い子ほど可愛い』ってのを知らないのかよ?千冬さんにとって、お前は心配する程のことはない、ってある意味高をくくられているわけだな」
俺は弾の言葉に黙り込む。
千冬姉の為、千冬姉の為……そんな思いが逆に俺に対する無関心に繋がっていたというのか?
「俺はどうすればいいんだ……?」
「解決法はある」
「え!マジか?」
「ああ。千冬さんのお前に対する固定概念を崩してやればいいんだよ」
「そう言われても……」
「ヤンキーだよ」
「はぁ?」
「ヤンキー、不良……今日から少し遅れた高校デビューだ!」
そして弾は力強く宣言した。
「何言ってんだ弾、頭大丈夫か?」
「失礼なやつだな、お前のために言ってやってんのに」
弾が両手を広げ、やれやれと頭を振る。
その仕草がバカにされてるようで少しムカツク。
「昨日まで真面目で自分に従順だった弟がいきなりグレてみろ。いくら千冬さんも驚くさ」
「どうかな。……ただ殴られて終わりな気がする」
「かもな。でもお前のことを思い直すきっかけぐらいにはなるかもよ?」
「うーん。でも俺は別にそこまでして……。今更千冬姉に迷惑かけるなんてことを……」
「おいおい。マジに考えるなよ。あくまでフリだフリ。なんちゃってデビューってやつだよ」
弾が困ったやつだ、という風に苦笑いで俺を見る。
「まぁ一夏が嫌って言うなら俺は別にそれでもいいよ。これは一夏の問題だしな」
「うっ」
「でもな一夏。何かを変える為には、男は今までの自分と決別しなくちゃいけない時もあるんだぜ」
「何似合わない台詞言ってんの?」
「うるへー。自分の内を変えるには外見からって言葉を知らんのか」
「そうなのか?」
「そうなの。それにやっぱ女はアウトローな人間に惹かれるもんだってさ」
「はぁ?」
「きっと『チョイ悪一夏くん』になった日には更にモテモテだろうよ。羨ましいぜコンチクショー!」
「別にモテたいと思わない。俺は千冬姉さえいればいい」
俺がそう言うと弾は一歩後ずさって変な目を向けてきた。
なんだよ一体。
「なぁ一夏?その、前から思ってたんだけど……お前と千冬さんって姉弟だよね?」
「当たり前だろ」
「あの、それ以上じゃありませんよね……?」
「それ以上って?」
「いや!なんでもない!」
弾は「そうだよな、うん」「いくら何でも…」などとぶつぶつ独り言を言い出す。
ホント何だってんだよ。
「と、とにかくだ!どうする一夏?」
「でも不良ったって、俺どうすればいいのか分かんねぇよ」
「安心しろ。こんなこともあろうかと此処にその答えが用意してある」
そして弾は引き出しからブリーチ一式を取り出した。
「不良といえば茶髪!これは昔からの鉄則だ」
「茶髪?」
「そうだ茶髪だ」
「弾。お前染めてたの?」
「おいおい、これは地毛に決まってんだろ」
「え?だってお前のその髪の色……」
「あっはっは、何言ってんだ一夏。俺のはどう見ても日本人特有の髪の色だろ?」
「いやどう見てもあか……」
「一夏~。頼むからしっかりしてくれよ。俺も蘭もどこにでもいる普通の髪さ。そうだろ?」
「えー……」
「お前の学園での周りを思い出してみろ。別に俺らがおかしくないことが分かるだろ?」
俺はIS学園の人たちを思い浮かべる。
うん。確かに弾以上の、緑色っぽい髪の教師や、青色っぽい髪をした生徒会長がいるような気がする。
「な?髪と言っても十人十色。生まれつき日本人から少し離れた色の人もいるし、後は光の反射でそれっぽく見えるときもある。お前の気のせいなんだよ絶対」
「そうか……そうだよな」
「ああ!生まれつきと光の反射、これだよ。髪の色が多少違うことだけであれこれ思うのはよくないぜ」
「だよな。金髪ならともかく緑や青に紫なんて、そんなの気のせいだよな!」
「そうだ。全ては気のせいだ。深く考えるな……分かったな?」
弾が珍しく真面目な顔をしてこちらを見る。
そうだ。これは深く考えてはいけないんだ。俺の深層でも何かがそう言ってる。
「どうしても気になるならアマガミでもやってろ!」……そんな声が。
「とにかくだ!とにかく不良といえば茶髪なんだよ!いい加減覚悟決めろよ!」
「なんでお前がそんな必死なんだよ」
でも確かに弾の言うとおり変わろうとする努力も時には必要かもしれない。
俺は不承ながら弾に了解の意を伝えた。
「よっしゃ!じゃあさっそく染めてみよう」
「でもなんか不安だな。変な色にならない?」
「大丈夫大丈夫。これ弱いやつだし、ほんの少し茶色っぽくなるだけだよ」
「そうか?信じて良いのか?」
「一夏俺を信じろ。お前が信じる俺を信じろ。俺が信じる俺を信じろ……!」
「何訳分からんこと言ってんだよ……」
呆れる俺に弾は有無を言わさず調合した液体を髪に塗りつけていく。
もう仕方ないか……俺はもう諦めたように目を閉じた。
「おい弾」
「なんですか?」
「お前どうしてくれるんだ?」
「何のことでしょうか?一夏さん」
「この髪を見てくれ。コイツをど思う?」
「すごく……金髪です」
「死ね」
「うばらっ!」
とりあえず弾の顔面に拳をめり込ませた。奇声を上げて弾が後ろに倒れる。
「お前どうしてくれるんだ!これのどこか軽い茶髪だ!」
「いやスマン!調合間違えたみたいだ。ごめん、ホントごめん」
鼻を手で押さえた弾が土下座して言う。
ふざけんな!
「今すぐ元に戻せ!」
「その、止めた方がいいです。短時間の染め直しは将来の髪の過疎化に繋がるんで……」
「バカ言うな!さすがにこんなんで学園戻れるか!」
「いや~似合ってますよ一夏さん。スーパーサイヤ人みたいで」
「テメェ……」
「うっかりミスってやつだな。てへぺろっ」
俺は無言で弾の顎にアッパーをぶちかます。
豚のような悲鳴を上げて弾が吹っ飛んだ。それは許されない、箒ならともかくお前がそれをやるのは!
「でも一夏。染め直しは止めた方がいい!説明書にもそう書いてある!」
立ち上がった弾が泣き顔で一枚の紙を差し出してくる。
そこに書いてあるは『注意!非常に強い薬品なので染め直しには日を数日は空けること。連続使用で頭皮に重大な危機をもたらしても、当社は責任を負いません』……何が弱いやつだ!マジふざけんな!
「ま、まぁ一夏。いいじゃないか、これでどう見ても不良間違いなしだぜ」
弾が媚びた笑いを浮かべる。
「千冬さんも今のお前見れば認識を改めるさ」
そもそもこんなクソ野郎に相談したのが間違いだった。
「ほら。俺オススメのヤンキー漫画貸してやるから。これでも見て参考にしとけ」
そして頼みもしないのに紙袋に詰まった漫画を差し出してくる。
「GOOD LUCK!」
「KILL YOU」
最後にもう一度クソ野郎の顔面に拳をめり込ませる。そしてアホの繰り出す汚ねぇ赤の噴水を見届けると、俺は紙袋を手にクソ野郎の部屋を出た。
学園への帰りの電車を怒り冷め切れないまま待っていると、携帯が振るえてメッセージが入ってきた。セシリアだった。
「あ、そうだった……」
先週、今日の午後から出かける約束をしたんだった。今の今まで忘れていた。
忘れていたことをセシリアに悪いと思いつつも、げんなりする。
また足が棒になるくらい色んな店に連れまわされるのかなぁ……。
マンガでも読みつつ気分転換して帰ろう。
俺は大きくため息を吐くと紙袋からマンガを一冊取り出した。
高校の時、夏休み限定で茶髪デビューしてみた。
しかし当時の私は何を思ったか、学校が始まってもそのままで向かい、当然のごとく先生方に指導室で説教された。
叱られ、頭を小突かれ、「もう二度としません!」と泣いて頭を下げまくった時、自分は決してアウトローにはなれないと分かった、遠いあの日の思い出……。
『今日から俺は!!』
ギャク漫画としても、友情ものとしてもオススメ。ヤンキー漫画の傑作の一つだと思います。