P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
人は過ちを繰り返す。
少しの油断、慢心から何度も同じ絶望を自ら被りに行ってしまう。
これで終わり、今回で最後……何度もそんな免罪符を己に課して、結局は繰り返す。
人はアルコールという魔力から逃れることは出来ないのだろうか……。
「ひぃぃぃぃ!」
弾のヘタレな叫び声が響き渡った部屋で、鬼畜一夏はゆっくりと身体を起こした。首を何度か回して、小さく伸びをする。
「おい弾」
「ひぃぃぃぃ!」
「弾」
「ひぃぃぃぃ!」
会話にならず、返事の代わりに弾は叫び声を上げ続ける。刻まれたトラウマの根は深い。
「弾!」
「ひぃぃぃぃ!」
「うるせぇぞ」
「ぐえっ」
一夏得意の鉄拳が顔面にめり込まれ、カエルのような鳴き声を発して弾が吹っ飛ぶ。
「あぁ~頭痛てぇ」
一夏が頭を抑えて小さく呻く。痛いのは俺の心と顔面の方だ、弾は泣き顔で思った。
「弾、美味い日本酒はないのか?」
「あの~一夏さん。お酒はもう控えたほうが……ぼくら未成年ですし……」
「弾?」
「持ってきまーす」
泣きながら弾は台所へ走った。
「くそっ!あの悪魔め!畜生め!鬼畜!タラシ野郎!最低童貞!」
台所で祖父秘蔵のお酒を引っ張り出しながら、弾は一夏の文句を言いまくっていた。このままではマズイ。またも自分がヤツにボロボロにされる予感がビンビンだ。
「どうしよう……」
頭を抱える。とはいえ自分ではあの鬼畜王には敵わない。どうにもしようがない。
「ん?」
そこに鳴り響く携帯のメール音。確認すると思わず「あっ!」と声を上げた。
『もしかして一夏と一緒?』
そう書かれた文面、鈴からだった。そうだ、鈴だ!流石にあの鬼畜も鈴の前ではその凶悪性を発揮しないはずだ。
でも、不味いのは鈴にまた酒を飲んだ行為がバレてしまうということだ。前回彼女から受けた折檻を思い出し弾は震える。もういやだ!あのキャメルクラッチを喰らうのは……。
「おい!おせーぞ弾!」
「ひぃぃぃぃ!」
遠くで大声で呼ぶ一夏様に弾はヘタレな声を上げると、大慌てで携帯を操作する。
もはや猶予は無し!あの鬼畜に殺されるよりマシだ。弾は自分の命運を託し、鈴に急いでこちらに来るように返信した。
「要はお前はヘタレなんだよ」
あれからどのくらい経ったのか……。弾は適当に相槌を打ちながら、一夏の説教を聴いていた。
「強引に行けゃいいんだよ。おままごとみたいな事してっから、どこぞのオヤジに取られるんだ」
「はぁ」
「世の不良みたいのが何でモテるか知ってるか?女を強引に有無を言わさずモノにしようとする強さがあるからなんだよ。女ってのは心ではそういう引っ張ってくれる強さを男に求めているんだ」
「はぁ」
弾は思う。なんでよりによってこの世紀末鈍感男に、男女のあれこれをレクチャーされなければならないのか。
「行動もしない、告白もしない。そんな草食野郎が都合よく女から好かれるのは、おめでたいアニメの中だけだぜ。わかってんのか?弾」
なんだろう。その通りかもしれないが、納得できねぇ。お前には言われたくない。
「攻めろよ!その長髪は飾りなのか?好きならなんでベストを尽くさないんだ!」
「いや、そう言われましても……」
「女なんて少し強引に行けば勝手に落ちてくれるんだよ!」
「そりゃお前がイケメンだから……」
「バカヤロウ!」
パーン!という音を響かせ鬼畜一夏に横っ面を叩かれる。コイツ人を何だと思ってんだ?
「本当にいいのかよ?この瞬間にも虚さんが、そのオヤジの上で腰を振っているのかもしれないんだぞ」
「やめろ!そういう事言うの止めて!マジで……」
「くやしくないのか?イケメン相手には無条件で降伏か?お前の想いはその程度なのか!」
熱血教師一夏の台詞に弾は震える。そうだよ、俺の想いはそんな程度のものだったのか?
否!そうじゃない。
「一夏……俺間違っていたよ……」
弾の悔恨の言葉に一夏は神妙な顔で頷くと、日本酒の入ったコップを一気にあおった。
ゲェーフ、というゲップ音が響く。
「弾もう一度聞くぞ。くやしくないのか?」
「……やしいです」
「声が小さい!」
「くやしいです!超、くやしいです!」
一夏は弾の魂の咆哮を聞くと、勢いよく立ち上がった。
「よく言った弾!それでこそ俺の親友だ」
「一夏……!」
「勝ちたくないのか?お前は負け犬のまま去るつもりなのか?」
「嫌だ!」
「よし!」
一夏は拳を高く上げ、力強く宣言する。
「俺はこれからお前を殴る!」
「ああ!……ええっ?ちょっ……」
急な展開に弾は訳がわからず思考が停滞する。しかしスクールウォーズに染まった一夏は、そんな弾の心境などおかまいなしに拳を振り回して近づいてくる。
「一夏待て!まて待て待って!何で殴んの?」
「歯を食い縛れ!そんなヘタレ、修正してやる!」
「どこのニュータイプだよ!一夏、頼むから……!」
「オラァ!」
めきぃ。
既に一発フライングしていた一夏の拳が、再度弾の顔面にめり込んだ。
吹っ飛びながら弾は思う。この悪魔め、テレビに影響されすぎなんだよ!
もう嫌やこんなの……。そんな思いと一筋の涙と共に、弾は意識を手放した。
「……弾。起きなさい」
自分を呼ぶ声に弾の意識がゆっくりと覚醒していく。優しい声、かーちゃんか?
「起きてってば!……いい加減怒るわよ!」
声の調子が変わり、弾は飛び起きる。
「鈴?」
「おはよう」
憮然と腕を組んで見下ろしている鈴に、一瞬唖然とする。どうしてここにいるんだ?
「お前なんでここに?」
「アンタが呼んだんでしょーが!」
ああそうだった。ようやくハッキリしてきた弾が軽く頭を振る。
「ビックリしたわよ。来てみたら何故か一夏が出迎えるし。部屋に通されれば、弾はぶっ倒れてるし」
「ああ、すまん」
「んで?弾、説明して頂戴。どーゆーこと?」
そうして鈴が顎でしゃくった先には、変わらず酒をあおっている親友の姿があった。祖父秘蔵のお酒『鬼殺し』の一升瓶の中身が既に半分以上失われているのを見て、弾は呻いた。これで爺ちゃんからのサソリ固めも確定した。
「アンタ、また一夏にお酒を飲ませたわね……」
鈴の目が据わっているのを見て、弾はガタガタ震える。嫌!キャメルクラッチはもう嫌!
「鈴聞いてくれ。これには深い事情があるんだ!」
「聞く耳持ちません。弾、覚悟はいい?」
畜生、結局はお決まりの折檻コースかよ。
弾は絶望し、またも涙を流す。お決まりとはいえ、自業自得とはいえ、あんまりだよ……。
「やめろ貧乳」
そんな弾の絶対絶命空間に、冷たい声が響いた。
すごい顔で自分を睨み付ける鈴に、弾は必死で首を振る。俺じゃない!そんな命知らずなセリフなんて言いません!
「弾じゃねぇよ。俺だよ、お・れ」
「一夏……!アンタ今何て……?」
鈴の怒りが一夏に向くのを見て弾はほっと胸をなで下ろす。まさか助けてくれたのだろうか?
でも嫌な予感が消えない。どうしてだろう?
「いつも何かあれば暴力に訴えやがって。お前ら人の話を聞くということを知らないのか?」
「一夏!」
「ふん。すぐそうやって凄みやがって。冗談じゃねぇぞ」
「アンタ。あたしが心配して……!」
「心配の押し売りなんていりませーん」
「えーと一夏さん、それくらいにした方が……」
鈴を煽りまくる一夏に弾の胃がキリキリと痛む。この流れはマズイ。絶対にマズイ。巡り巡って自分が制裁を受けるパターンだ。
「後からしゃしゃり出てくるんじゃねーよ鈴。帰れ」
「な、なによ!あたしだって……」
「あの、一夏さん。鈴を呼んだのは、何を隠そう、不肖この私でありまして……」
言い争う二人を横目に弾が小さく進言する。だが誰も聞いてくれない。
そして弾がオロオロしている間にも二人はヒートアップする。
「男同士の間に入るな!」
「うるさいバカ!せっかく心配して来てやったのに!人の厚意を何だと思ってんのよ!」
「またきたよ。お前らお得意の勝手な親切の押し付けか?ホント女ってのはこちらの都合なんておかまいなしだな」
「このぉ……!バカ!アホ!朴念仁!妖怪鈍感男!」
「ハッ、ならお前はカオナシならぬ妖怪チチナシだな」
弾の額に夏でもないのに冷たい汗が滲み出る。マジでやばい、鈴は一夏の豹変具合を知らないのだ。人格を代えると言われるアルコールの恐ろしさを知らないのだ。
止めなければならない。手遅れになる前に!
「お前ら!いい加減にしろ!」
「弾は黙ってなさいよ!」
しかし鈴に一喝され、弾の決意は早くも崩れ落ちる。そんな様子を見て一夏が鼻で笑う。
「ハイハイまたですか。つーか何なのこれ?創作でも、女性の言い合い中に男が口を出すと『『○○は黙って!』』っていうやつ多すぎなんだよ。一回やそこらならともかく、何回も続くとうんざりしてしょうがねぇぜ」
コイツは何を言っているんだ?
急に変な電波を受信したようなことを話す一夏に弾は少し心配になった。
「鈴落ち着けよ。一夏は今酔っ払ってんだ……悪い」
気を取り直して、鈴の耳元で小さな声で詫びる。そのまま鈴様のお顔を盗み見た弾は恐怖に震えた。八重歯を剥き出しに、それはそれは恐ろしい顔をしていらっしゃる。
「一夏もだよ……!何鈴相手にムキになってんだよ」
鈴の元を離れ、一夏の耳元でも同じように囁く。ギロリと睨み付けてくる親友に、弾は久しぶりにパンツの心配をした。
トホホ。結局俺はこういう橋渡し的なポジか……。
弾は未だ睨み合う男女の友人を見て、盛大にため息を吐いた。
でも、それにしても分からないのは一夏の態度だ。弾は親友を横目に思う。
いくら鬼畜一夏バージョンとはいえ、流石に鈴相手にまでこういう態度を取るとは予想外だった。知らず鈴は別格だと、そう思っていたのかもしれない。
それでも、少し解せない。どうしたんだ?一夏の奴。
「ほら一夏。楽しくいこうぜ、楽しく。な?そんな態度じゃ鈴が流石に可哀想……」
「可哀想?……可哀想だと!バカ言え、可哀想なのは俺のほうだ!」
取り直すようにした弾の言葉に一夏が怒りの声を上げる。
その声に弾だけではなく、鈴も驚いて目を向ける。
「『織斑一夏』であることが、どれほど辛いか分かるか?ああ?分かるのかよお前らに!」
「え、一夏。どうしたんだ?」
「分からねぇだろうよ。誰も彼も人の事情も知らず好き勝手ばっか言いやがってよぉ!」
「おい……」
「俺はスーパーマンでも何でもねぇ!ただの高1の男子だってのに!」
一夏のシャウトに弾は鈴と顔を見合わせる。鈴の表情からも怒りが消えて、今はただ途惑いだけが浮かんでいた。
「クソッタレが……」
そう呟く一夏の顔を見て、弾は思わず声を上げそうになった。
一夏が、泣いている……?
先程とは違う意味で場の空気が重くなり、弾はこの場から速やかに去りたくなった。どこでもいい。ここではない、どこかへ。
どうしてこうなった?
そんな思いを胸に抱いて、弾は衝動的に飲み差しのビールを手に取った。
『これ飲んで現実逃避しちゃいなよ、YOU!』そんな悪魔の誘惑が頭のどこからか聞こえてくる。弾はその誘惑に必死に抗いながら呟いた。呟き続けた。
「戦わなきゃ、現実と……」
終わるはずがまたも私の興が乗って、当初の結末が変わってしまいました。次回に持越しです。
今回のような悪酔いの酒はノーサンキューですが、悪友たちとバカみたいに過ごす時間というのは、かけがえのないものだったと時が経つと思いますね。
かの有名なモヒカン男も言っています「女とイチャつくのもいいが、男と強烈な一発を……」
ま、まあともかく、可愛い子とニャンニャンすることだけが青春ではないということで。