P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
先程速報でお伝えした、世界唯一の男性操縦者Iさん(仮名)が病院に搬送された件に関して、新たな情報が入りました。Iさん(仮名)と当時行動を共にしていたというDさん(自称親友)の証言を得られましたのでお送りします。
『俺ら友人は皆こうなることを恐れてたんだ。アイツはモテ過ぎるんだよ。息を吐くように無自覚に女性を惹きつける。同性のサポートがない中で、いつかこのような悲劇が起きてしまうのではないかと心配していたんだ。そもそもIS学園なんかに行かなければ、俺達と同じ普通の学校に通っていれば、きっと楽しく笑って過ごせたはず……えっ、当時の状況を話せ?……ああ、地獄絵図だったよ。何人もの女性から一斉に嫉妬攻撃を受ける様は。あの時、広場で数多のISから同時に放たれた攻撃はあたかも閃光となってアイツを襲……』
ザザザ……ザザ……
「簪ちゃんありがと。もういいわよ」
「うん、分かった」
簪は楯無に頷くと、プリントの束を机に置き、安堵の息を大きく吐き出した。朝から色々整理したり、職員室を行き来したりと中々の忙しさだったのが、ようやく一段落着いたからだ。
「かんちゃんお疲れー」
「ありがと。本音もお疲れ様」
手渡されたお茶を受け取り、簪が礼を述べる。
「それにしてもてんてこ舞いの忙しさだったねー」
「そうだね」
「ごめんねー。生徒会の仕事を手伝わせちゃって。お姉ちゃんが風邪引いちゃったから」
「気にしないで。大丈夫だから」
「ありがとーかんちゃん」
本音に和やかに笑う簪、そんな妹の様子を見て楯無は嬉しそうに微笑んだ。
あの子は変わった。それがとても嬉しい。
「さーて。じゃあお昼ご飯でも食べにいこっか。お姉さんが後輩に奢ってあげよう」
「奢るって言っても学食じゃないですかー」
「文句言わない。ホラ行くわよ」
「あ、ごめんなさい。私は……」
簪が申し訳なそうに待ったをかける。
「かんちゃん?」
「ごめんね。お手伝いが一段落着いたのなら、私はしたいことがあって」
「なになにー?」
「えっと……カップケーキでも作ろうかなって……」
「あー。分かった、おりむーに?」
「え、その、あの、ううっ……」
顔を真っ赤にして俯く簪。楯無はそんな初心な妹の様子に苦笑するしかなかった。
「分かったわ。簪ちゃん、行っていいわよ」
「うん……」
「おりむーによろしくねー」
「もう本音!……じゃあ私は」
真っ赤な顔のまま本音を一睨みして、簪は部屋を出て行く。
姉と従者はそれを微笑ましい思いで見送った。
「かんちゃん、うまくいくといいなー」
「……そうね」
「どうかしましたー?」
「別に。じゃあ私達二人だけで学食に行こっか」
「はーい」
妹に遅れて、楯無も本音と共に部屋を出た。
楯無は簪が歩いていったであろう方向を見ながら、先程の妹の表情を思い浮かべた。
それは恋する女の子の顔。織斑一夏という少年に恋する妹の様子が嬉しく、微笑ましい。
だけど……。
胸にチクリとするような感覚に楯無は小さく顔を顰めた。しかしそれも一瞬のことで、直ぐに本音に向き直ると、いつもの彼女の調子で飄々と歩き出した。
「お腹減ったなぁー」
「減ったねぇ」
「かんちゃん、私の分も作ってくれないかな?」
「ふふ。そうだといいわね」
……私も頑張るべきかな?
本音と何気ない会話をしながら、楯無はそんなことを思った。
「はぁ……。疲れた……」
一夏は心底疲れたように大きく息を吐き出した。両手の荷物がそれに拍車を掛ける。
「彼氏さんは大変ですね~」
「だから彼氏じゃないって!」
やけにフランクな店員に一夏は返すと、イスに腰掛けたままガックリうな垂れた。
もう燃え尽きそうだよ……。
「ホラホラ。そろそろシャキっとしないと!彼女さんが戻ってきますよ」
「だから違うっての!」
「可愛い方ですよね~。あんな素敵な子、ちゃんと掴まえとかないとダメですよ」
「店員さん、あのねぇ」
話を聞かない店員に一夏が再度反論しようと身を乗り出す。
「一夏さーん。お待たせしましたわ。じゃあ続きを再開致しましょう」
そこにお手洗いから戻ってきたお嬢様の上機嫌な声が響く。
一夏は引きつった愛想笑いを彼女に返しながら、さっさと学園に帰らなかった己の軽率な行動を悔いたくなった。
カフェを後にした二人がとりあえず向かったのは、有名なブティックだった。高級なプランドを専門的に扱う店であり、小物一つ見ても一夏からすれば目ん玉が飛び出そうな値段の店である。THE庶民の一夏は、場違い感を全身にひしひし感じながらも、セシリアに付き添っていたのだが、そこで一夏にとって災難の女性店員が登場したのである。
来るや否や一夏とセシリアを勝手にカップルと決めつけ、殊更素敵な恋人のようだと持ち上げ始めたのだ。
一夏からすれば勘違いであり、大いにその間違いを訂正したい思いだったが、恋人に仕立てられた少女は違った。つーか違いすぎた。セシリアの方は目を輝かせ、その店員とまるで十年来の友人のように親しく話し始めたのだ。呆然とする一夏を置き去りに、彼はいつの間にか、セシリアの理想のスーパーヒーロー兼彼氏になったようだった。
こんなに俺とお嬢様で意識の差があるなんて思わなかった……!と某霧星人の如く彼が嘆きたくなったかは謎であるが。
その後店員の恋人発言に、乗せに乗せられまくったセシリアは完全な有頂天セッシーとなった。
そこから何故かモデル云々の話になり、遂には『セッシーのセッシーによるセッシーの為のファッションショー!』が開催される流れになったのである。無論観客は一夏一人。
そして小休憩を挟むまで、一時間以上に及ぶセシリアのファッションショーを延々と見学することとなったのだった。
「一夏さん。このヘッドバンドはどうでしょう?」
「似合ってるよ」
「このイヤリングもいいと思いません?」
「似合ってるよ」
「それとこのお洋服中々のデザインですわ。また試着して来ますね」
「似合っ……」
ショーの再開後もセシリアは止まらなかった。小物や洋服を試着しては嬉しそうに一夏に見せる。それに対し一夏は疲れた笑顔で「似合ってるよ」を繰り返した。既にヤケクソ気味だった。
ところでバカの一つ覚えみたいに「似合ってる」しか言わない一夏だったが、実は女性に対するファッションへの感想についてはあながち間違ってはいない。女性が男性に求める感想は「似合ってる」だの、「可愛い」だの、こういうのなのだから。「コーディネートがどう」とか「色合いのバランス」だとかそんな感想求めちゃいないのである。
そういう踏み込んだ話は同じ趣向の女性同士でするものであり、女性側も本心では男性に求めちゃいない。故に例え微妙でも、とにかく「似合ってる」と言えば満足する方が多いので、世の男性諸君はとりあえず女性を褒めまくりましょう。
「はぁ……」
セシリアが寸法を測るために、他の店員と着替え場所まで行くのを見届けると、一夏は何度目かのため息を吐いた。
「またまたそんな顔して。もっと嬉しそうにして下さいよ~」
一夏にとって悪魔の店員が馴れ馴れしく話しかけてくる。そりゃ店にとっては物凄いお得意様だろう、何せクソ高い代物をポンポン買ってくれるのだから。
「男性って大概こうですね。お連れで来る場合、殆どの男性が今のお客様のような反応をしますよ」
「服ってそんなに気合入れて着るものなんですか?」
「女性にとってファッションは命なのです」
「意味分からないですよ……」
理解不能、という風に一夏は首を振る。
多少の趣味はあるが、基本着れれば何でもいいというスタイルの一夏には理解できなかった。
「とにかくもっと楽しそうにして下さい。そういう感情は態度に出ますし、それで喧嘩になるカップルも少なくないのですから」
「だからカップルじゃ……」
「恋人に笑顔で褒めてもらえるだけで、女は幸せな気持ちになるものですよ」
マジで話聞けよこの野郎、と一夏は思ったが、先程からのセシリアの楽しそうな顔を思い浮かべる。
子供のようにはしゃぐ彼女の姿を見たのは初めてではないだろうか?
幸せな気持ち。
服を褒められただけでそんな風に思えるのはよく分からないけれど。
それでも、セシリアが楽しんでくれるならそれも悪くないか。
一夏がそう思い直したところで、セシリアが奥から手を振って歩いてきた。一夏は一瞬目を閉じて、自身の気合を入れなおすと、得意のイケメンスマイルを繰り出す。そして口を開いた。
「似合ってるよ」
中段構えから呼吸を正し、素振りをする。
馴染んだこの一連の動きを箒は集中して繰り返していた。
剣道では全国でもトップクラスの実力になった今も、箒自身は自分には特別な技術力があるわけではないと思っている。華麗な技や、小手先で流す技術は自分には無い。ただ基本に忠実に、愚直なまでに前に進む。これで自分のスタイルと自負していた。
だから剣道の基本中の基本である素振りも決して嫌いではない。
箒は額に汗を浮かべながら、他の部員達と共に一心に竹刀を振るった。
「あ~疲れた」
「そうだねー」
部活が終わり、先輩が去った後に待っているのは道場の清掃である。箒たち下級生は疲れた体にムチ打って最後の後始末に励んでいた。
ブーたれる部員達を横目に箒は黙々と作業を続ける。清掃は嫌いではない、何かを綺麗にすることは心を綺麗にすることにも繋がる、そう思っているからだ。
「篠ノ之さん、相変わらず手際がいいね」
「そうか?」
「うんうん。いい奥さんになるよ~」
「なっ!何を言い出すんだ!」
「あれ~?誰を想像したの?」
「そう言えば旦那さん、最近道場に顔見せないね」
「旦那って、一夏は別に、そんな……」
「おや?別に織斑君のこととは言ってないけどー?」
瞬時に耳まで真っ赤になる箒。
他の部員達はそんな可愛らしい少女を見て微笑を浮かべる。
「篠ノ之さんたまに彼連れて来てよー。人の旦那でも、やっぱイケメンがいればやる気も出るし」
「だ、だから!まだ旦那ではないと……!」
「まだ?それってどういう意味~?」
「ううぅ……もう勘弁してくれ」
これ以上ないほど真っ赤になる箒だが、他の部員達の攻撃は続いた。女性にとって他人の色恋話ほど楽しい話題は無いのだから。
一方の箒も真っ赤な顔で懸命に対応しながらも、この状況を少し楽しんでいる自分に驚いていた。
以前の自分なら考えられなかっただろう。周りに壁を作り、他人を否定していたかつての自分。誰かと馴れ合う気など無かったし、剣道も個人でやれるものだから続けて来た。それが今はこうやって他の部員たちと、くだらない話に一喜一憂したりする。
自分は変わった、箒はつくづくそう思った。
そしてそんな風に自分を変えてくれたのは、やっぱり……。
「もしもーし?また彼のこと考えてる?」
「考えてない!」
バッチリ考えながらも、素直になれない不器用な少女は大声でそう返した。
「ふぅ……。よいお買い物が出来ましたわ」
「ソリャヨカッタネ」
あれからさらに一時間近くたって、ようやく閉幕が決まったTHEセシリアショー。ひたすら「似合ってる」を繰り返したロボット一夏は既にボロボロになっていた。
一人ご満悦なお嬢様は、鼻歌などを口ずさみながらボロボロになった少年をまたもカフェに誘い、嬉しそうに話し続ける。英国の淑女はお茶をせずにはいられない文化人なのである。
「一夏さん。今日はありがとうございました」
「ドウイタシマシテ」
「本当に楽しかったですわ。一夏さんと二人きりで、こうやってお買い物できて……」
「えっ」
「一夏さんはどうでした?私と一緒で楽しめましたか?」
「へ?あ、ああ。もちろん」
「良かった……」
胸に手を当てて嬉しそうに呟くセシリア。その真っ直ぐな好意に流石の一夏も気恥ずかしくなって、視線をあらぬ方へさ迷わせた。不意に『カップル』という先程の店員の言葉が頭を過ぎって、一夏の視線の動きが更に激しくなる。
「一夏さん」
「はい!なんでしょう!」
思わず挙動不審に答える一夏。
「もうそろそろ帰らなければいけませんわね……」
「そうだな」
「残念ですわ……」
「そ、そう?」
「はい。一夏さんと二人きりでお買い物なんて、こんな機会滅多にありませんもの」
「また来ればいいじゃないか。荷物持ちくらいならいつでも付き合うよ」
「本当ですか?」
「もちろん」
「約束ですよ」
そうして微笑むセシリアは可憐で、思わず一夏は彼女の顔を見つめた。
今日一日の苦労など忘れてしまえるような、そんな嬉しそうな彼女の表情。
いつも数多の女性の好意に晒されている我らが一夏であるが、実はセシリアのように、ど真ん中ストレート的に好意をぶつけてくる相手は意外と少ない。
いつもムスッとしている箒に、天邪鬼鈴。大人しい簪に、飄々としている楯無。自己主張の少ないシャルロットに、お子様なラウラ。彼女達のその内面に潜む想いは、比べる差などない程皆大きいものであるが、伝え方によって受け取り方は違うものである。
そんなわけで一夏は、セシリアの直球的な好意に状況も重なってか、少しドギマギしていた。
正面に座るセシリアと目が合う。直ぐに照れたように顔を俯かせる彼女を見て、思わず一夏の顔がほころんだ。畜生、可愛いじゃないか。
そんな微笑ましい桃色空間の空気が二人を包む。
『セッシー大勝利!』の刻はゆっくりと、しかし確実に訪れようとしていた……。
先程の映像に乱れが生じたことを謝罪いたします。
それと今関係者から届いた情報によると、先程のDさん(自称親友)が言ったような、定められた場所以外でのIS展開、及び私怨による使用など絶対にありえないということです。不適切で誤った発言を流してしまったことを深くお詫びいたします。