P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
「ワシの酢豚舞踊は百八式まであるぞ」
とある昼下がり、凰鈴音こと酢豚は何時ものように訳分からんことを唐突に言い出した。
運悪く酢豚と時間を共にしていたシャルロット・デュノアは、聡明な彼女らしく華麗にシカトする。この酢豚は下手に反応すると、余計調子に乗るからだ。
「あたしの酢豚ダンスは百八番まであるわ」
言い直すなよ。どーでもいいんだよ。
シャルロットは努めて無視するために、読みかけの料理本に視線を戻す。
ふむふむ、鯖の味噌煮かぁ……。これなんかは一夏喜んでくれるのかな?
シャルロットは恋する少年の喜ぶ顔を思い浮かべる。
「酢豚、豚、豚、パイナップルはー必要かー?ヘイっ!……これが記念すべき第一番酢豚ダンス」
しかし、そんな幸せな想像も酢豚の戯言によって邪魔をされる。
「酢豚、豚、豚、とーりにーくでーもおっいしーよ、ヘイっ!……これが第二番と見せかけて実は第三番酢豚ダンス」
歌声のみならず、妖しい踊りまでプラスする酢豚がマジでうざい。
「酢豚、豚、豚、カシューナッツもいけるっかも、ヘイっ!……これが第十四番酢豚ダンス」
神様、もう限界です。
「酢豚、豚、豚、ぎゅーにっくだーけっは……」
「もういい!何なんだよ君は!」
シャルロット、遂に切れる。
しかし切れられた方の鈴は待ってましたとばかりに、ニヤリと邪悪な酢豚スマイルを浮かべた。ようやく反応してくれて嬉しかったのかもしれない。
「いや~テニプリ読み直していたら、改めて師範の強さを思い知らされて」
「鈴、キミね……」
「でもアンタもそう思うでしょ?あの絶望感、テニスの試合でタカさんがガチで死んでいく恐怖!テニスとはかくも命の取り合いということを思い知らされたわね」
「知らないよ」
「うっそだー。ホモとテニプリが嫌いな女子なんていません!」
ドヤ顔でのたまう鈴を前に、IS学園で数少ない常識人を自称するシャルロットはため息をつくしかなかった。そもそも、なんでこの酢豚は人の部屋で我が物顔に漫画なぞ読んでいるんだ?
「うひょー。才気煥発の極み!これで勝てる!」……などとコミック片手にほざいている酢豚を前に、シャルロットは己の不幸を嘆かずにはいられなかった。
「ねえ鈴。結局何しに来たのさ」
鈴が一冊読み終わったのを見計らい、シャルロットは尋ねる。
そもそも先程唐突に部屋を訪ねてきたかと思うと、説明も無いまま彼女は部屋に居座りだしたのだ。
「ラウラに用があったんだけど。出かけてたなんて知らなかったから。だからヒマになってさ」
「ああ。そういえば最初ラウラのこと聞いてたね。ラウラに何の用だったの?」
「うーん、用というか……つーか聞かない方がいいと思う」
「そんな言い方されたら逆に気になるじゃない」
「酢豚パーティーのお誘い」
「帰れ」
シャルロットは汚物を見るような蔑みの視線をプレゼントすると共に、ドアの方を指差した。
「ちょ、ちょっと、そんな冷たい言い方しないでよ~。流石にキャラ違くない?」
「ごめん。少し言葉が悪かったかな。でもラウラを変な道に誘うのは止めてよね」
「変な道って何よ、あたしはただ酢豚美味しく出来たから一緒に食べようとしただけ」
「……この前ラウラがお風呂上りに、さっき君が見せたような変な踊りと、妙な歌を口ずさんでたんだけど?」
「酢豚ダンスね。ラウラには既に第三十三番まで教えたわ」
「やっぱりお前か!ラウラは純粋な子なんだから変なこと吹き込まないでよ!酢豚狂は一人で充分!」
シャルロットの怒りが爆発する。
先日お風呂上りに親友が真っ裸で妙なダンスを踊るのを目撃した、彼女のショックはどれだけ大きかったことか。「りーんごーの風味っもあっなどっれなーい、ヘイっ!」なんて歌っていた気がするが、思わずその場で頭を抱え蹲ってしまったものだった。
ラウラが。可愛いボクのラウラが……。
彼女はその夜、悪夢にうなさたのを思い出す。山盛り酢豚を片手にラウラが「シャルロット、食え、貪り食え、お前も酢豚の世界に来るんだ、というより酢豚そのものになるんだ!」と迫ってくる最悪の夢を見るハメになったことを。
それもこれも全部やはりこの目の前の中華酢豚が原因だったのだ!
「ねぇ、前から思ってたんだけど、君は何なの?何が君をそこまで酢豚に駆り立てるの?」
それはシャルロットの心からの疑問であった。某英国お嬢のような処置なしの魔界料理人ならともかく、鈴の料理の腕は一緒に過ごす上で彼女も知っていたから。
中華は勿論、簡単な和食、お菓子まで美味しく仕上げる腕。また一夏の好みを知り尽くし、時に料理部の自分でさえ舌を巻くほどの手際の良さは、軽い嫉妬を起こす程のものだった。
にもかかわらず、この少女は酢豚にこだわるのである。
目玉焼きしか出来ない女性のように、それしか作れない、というのなら分かるのだが、鈴は違う。確かな実力と豊富なレパートリーを持っているにも関わらず、酢豚に異常なこだわりを見せるのだ。
鈴は穏やかな目でシャルロットを見つめる。そして軽く微笑むと窓の方へ歩いていき、外を眺めた。その憂いの表情は儚げで、どこぞの令嬢のような雰囲気を醸し出している。
まぁ見た目は可憐な少女でも、どうあれ結局は酢豚に行き着くのだが。
シャルロットは思う。鈴って絶対性格で損してる。
「シャルロット。あたしたちってまるで酢豚だと思わない?」
何言ってんだコイツ?
シャルロットは鈴を可哀想な人を見る目で見た。とうとう常人とは違う世界に逝っちゃたのか?
「あたしたちは生い立ちに、生まれた国、文化など全てが違うわ。そんな何もかも異なった人間がこの遠く離れた地で出会った。これはもう一つの奇跡じゃないかしら」
鈴は顔を外に向けたまま続ける。
「酢豚ってのはね。それこそ様々なものがごちゃまぜになって、化学反応を起こして一つの料理になるの。一見料理材料とは無縁のパイナップルでえ、その身に包み込んで昇華させているわ。正しい酢豚のあり方なんてない、答えなんて無いの。それでいいのよ」
鈴はそう言うと窓を開けた。部屋の中に新鮮な風が吹き抜けていき、シャルロットの髪を優しく揺らす。
「酢豚って、考えてみれば不思議な料理名と思わない?だって名前に『豚』が入っているのよ?『肉』ならともかく『豚』……おそらく最初に酢豚を編み出した偉人は、酢豚を豚以外で作ることなんて想定していなかったんじゃないかしら。おそらく酢豚=豚肉だったのよ」
鈴は髪を掻き上げる。そして清清しい風に目を細め、そのまま続ける。
「でも酢豚はご存知の通り、豚肉以外をお断りするような矮小な料理じゃないわ。鶏肉でも、まぁ値段は張るけど牛肉でも、更には魚でさえその身に優しく包み込んでしまう。そして対極の存在と言える果物まで……分かるかしら?始まりの人が決めたであろう『豚』という概念に対しても、人は模索を続け、今日に至るまで酢豚を進化させてきたのよ」
シャルロットは思った。
この流れは何?どーなってんの?
「それは正に酢豚が持つ無限の可能性、INFINITE SUBUTA。略して『IS』ね。要はISも酢豚なのよ」
おいISを酢豚で汚すなよ。
ISに憧れ、凄まじい倍率を潜り抜けて入学してきた少女たちには、決して聞かせられない台詞だとシャルロットは思った。
「あの……酢豚?じゃなくて鈴。結局何が言いたいのかな?」
酢豚、もとい鈴の真意が分からずシャルロットは尋ねた。
鈴は軽く頷くと、その真意を語り始める。
「あたしたちは国、環境、考え方、みーんな違う。そんな違う人間がIS学園という場所で、自身の存在を声高に表現しながらも、一つになっている。これって凄いことだとあたしは思うの。違う?」
「それは、うん。確かに」
「ここの連中って、皆が皆クセのあるヤツばかりじゃん?箒にセシリア、そんでラウラも。そんな自己主張の強いヤツらが一つになるのってホント難しいと思うわけよ。でもあたしたちはお互いにいい意味でライバルやって、互いを認め仲良くしてるじゃない」
「うん……」
「それはあたかも一つの料理のようだとあたしは思うのよ。それはこのIS学園という器に盛られた料理。一癖も二癖もあるような、クセのある食材ばかりが材料に使われている。これらが全部一緒になって、一つの料理となるのは簡単なことじゃない。でもあたしたちはそれを可能にしているでしょ?」
それは正に酢豚のようだと鈴は言いたいのだ。
野菜、お肉、果物、全てがごちゃまぜになりながらも、一つの料理として完成している酢豚のように。
「確かにそれは一つの奇跡かもね」
シャルロットは軽く微笑むと、風が入ってくる窓の方へ顔を向けた。
祖国フランスから遠く離れた日本。ここで誰かと出会い、共に過ごすことになるなんて、昔は想像もしていなかった。
そして『彼』に出会えたことも。
「そして何よりそのクセのある材料を一つにする為の、とある魔法の調味料?って言えば言いのかな。それがここにあるからこそ、可能としているのよ。……それが分かる?シャルロット」
そんなシャルロットの心を読んだかのように鈴が尋ねる。
「ふふ。……確かに魔法かも。本当に不思議な調味料だね」
「まぁね。で?それはナンでしょう?」
「一夏、でしょ?」
「正解」
考え方や、育った環境に生き方、全部が違う。
そんな自分達がまとまっているのは一夏がいるから。
例えどんなに違っても、彼を想う気持ちだけは一緒だから。
「だからあたしは酢豚を愛するのよ。一夏との約束というのもあるけど、この日本で、このIS学園で皆と出会えた幸運、クセのあるごちゃまぜのヤツらが一つになる奇跡、それはあたしにとってあたかも酢豚のようなものなの」
鈴はそう言うと大きく息を吐いて、綺麗な笑みを浮かべた。
その笑みにつられるように、シャルロットの顔にも微笑が浮かぶ。
「もう当たり前のように思っちゃうけど、皆と出会えたこの奇跡に感謝しないといけないね。ありがと鈴」
「どういたしまして」
そうして二人の少女は顔を見合わせると、小さく笑い合った。
「とゆーわけで友情の証として、酢豚ダンスをアンタにも教えてあげるわ!」
「ごめん。それはいい」
「まぁそう言わずに」
「いや結構です」
「照れなくてもいいのに」
「違う。単純に嫌なだけ。ホント勘弁して」
「……そんなに?」
「アレをやるくらいならボクは死を選ぶよ」
「いやいや。そこまでなの?アンタの中での酢豚ダンスは?」
「鈴にも酢豚に矜持があるのはよく分かったよ。それに関してはもう何も言わない。でもあのダンスは別」
「そう……」
「あのおぞましいダンスをやるくらいなら、『酢豚大食い競争無制限勝負!』にでも挑む方がまだマシだよ。あのダンスは人類が到達した魔の境地というべき、後世に残すべからずの負の遺産だね」
「そこまで言わなくてもいいじゃない……」
そんな二人の少女のとある昼下がり。
酢豚