P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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洒落たBARで素敵な人を口説き落とす。


そんな風に妄想していた時期が私にもありました。



教師たちの夜

「わぁ……。お洒落なBARですね」

「そうだな」

 

世のサラリーマン、公務員にとって真の平穏と呼べる土曜日の夜。山田と千冬は少し足を伸ばし、洒落たBARなぞに繰り出していた。いくら教職者とはいえ、多感な女子高生たちを指導する日々はストレスも溜まる。たまには飲まなきゃやってられないのだ。

 

「一週間お疲れ様でした」

「そっちもな。お疲れ」

 

グラスを掲げ、一週間の苦労を互いに労う。

 

「ふぅ。美味しい」

「そうか」

 

相変わらず山田が酒を飲む姿は、犯罪に近い何かを感じる。

千冬は頭を振ると、彼女から視線を外し店内を見渡した。山田の言うように洒落た感じの中にも、落ち着いた雰囲気を感じさせる創りになっていて、千冬の好みに近い店であった。

 

「いい店じゃないか。よく見つけたな」

「生徒達に見せてもらったタウン誌に紹介されていたんですよー。それで行ってみたくなって」

「そうか」

「生徒達から『先生もBARなんかに行くのー?っていうか行けるのー?』って笑われましてね。全くもう、私だって立派な大人だってのに」

 

山田は見た目もそうだが、緩い性格もあってか友達のように接する生徒も多い。

千冬としては生徒との間に、過度の親しい距離を持つことはあまり肯定的ではないため、少し顔を顰めた。

 

「はふぅー。あ、すみませーん。同じやつお代わりお願いします」

「ペース速くないか?」

「エヘヘ。つい美味しくて。それにしても今週は会議とかも多くて大変でしたね」

「まぁな」

「来週もテストの準備とかで忙しくなりそうだなぁ。ハァ……やることが多すぎですよ」

「仕方なかろう。IS学園といえどそこは変わらない。教師とはそういうものだ」

「あ~あ。飲まなきゃやってられませんよー。……すみませーん!もう1杯別に注文お願いします。えっと種類はー」

 

山田の早いペースに千冬は眉をひそめた。とはいえ今週、来週と多忙な感がある。彼女の不満や、愚痴を言いたがる気分も仕方が無いことかもしれない。千冬はそんな山田を見て仕方ない、と思い直し小さく笑う。

 

「全く生徒には見せられんな。こんな姿は」

「今は教師じゃありませんから。勤務時間外ですぅ」

「まぁ、そうだが」

「そうそう生徒といえば、さっきの生徒達との話の続きなんですが、織斑君」

「……アイツがどうした?」

「やっぱり人気があるんですねー。本気がどうか分かりませんが、狙っている子多いみたいですよー」

「……ほぅ」

 

千冬の目が心なしか鋭くなる。だがアルコールが回り始め、ほろ酔い気分に成り始めた山田は、それに気付かずに続ける。

 

「そういう話で結構盛り上がっちゃって。不謹慎ですが、やっぱり女たるもの色恋話は聞くだけで楽しいですから」

「知るか」

「もう、織斑先生は……」

「生徒と仲良くするのは結構だが、垣根はしっかりと守れよ」

「分かってますよぅ……」

「おい大丈夫か。もう酔ったのか?」

「酔っていません。子供じゃないんですからぁ。それで、織斑君ですよ」

「だから何だ」

「ぶっちゃけ織斑君ってホモなんですか?」

「ゴホッ!」

 

らしくない姿で、むせるように咳をする千冬。山田はその様子を見て締りの無い顔で笑った。

 

「いきなり何を言い出すんだ!」

「だってぇー。生徒達が言っていたんですよー。全然反応が無いって」

「反応?何のだ!」

「さぁ~。よく分かりませーん」

 

このアマ……。

ヘラヘラ笑う山田に、千冬の怒りのボルテージが溜まってくる。物理で殴って酔いを醒ましてやろうか?

 

「でも確かに織斑君って、少し不安なとこあるんですよねー。初めは奥手なだけだと思っていたんですが」

「一体何を……」

「女性に対して淡白と言いますか……。専用機持ちの子が、あれだけ可愛い子たちがあからさまにアプローチしてるのに、なーんかそっけないし」

「フン」

「他の子たちもそれが不思議みたいですよ。それを見てチャンスだと思う子もいるようですけど、『もしかしてアッチ系?』っていう風に思う子もいて」

「全く。くだらないことを言いおって」

「で?実際どうなんですかぁ?」

 

少し舌足らずのように話す山田の姿は、不思議とそんなに違和感は感じない。だが今の彼女は、自分の魅力を計算しているぶりっ子のようで無性にむかつく。

千冬はイライラを抑えるように軽く一呼吸をした。普段の彼女は天然だからこそ、よい後輩に思えるのだと改めて分かった。

 

「山田先生。バカを言うな」

「ええー。違うんですかぁ」

「アイツは特殊な性癖なぞ持っていない。普通の男だ」

「ほんとの本当にー?」

 

コイツうぜぇ……。

気を取り直すように、千冬もグラスの酒を一気に煽る。割と強めの酒だったので、少しクラッと来た。

 

「マスター。私も同じヤツをもう一杯くれ」

「先生も速くないですかぁ」

「誰のせいだと……」

「で?違うっていうならぁ~。その根拠を聞かせてくださいよー。せんせー」

「チッ」

 

千冬は舌打ちすると、運ばれてきたグラスをこれまた一気に煽った。強い酒の反動にこめかみを押さえていると、暫くしてアルコールが体内に浸透していくのを感じた。何となく気分がハイになるふわふわした感覚。

 

「……そうだな。では少し昔話をしてやろう」

「昔話ですかぁ?いきなりですねぇ」

「一夏がホモではないという証拠にもなるしな」

「ほほう。では聞きましょうか」

 

そうして千冬は在りし日を思い出しながら、かつて弟とやり合った一幕を山田に語り始めた。

 

 

 

 

 

『……千冬姉。話がある』

『なんだ一夏、恐い顔して』

『俺の部屋勝手に入ったろ?』

『……いいや?』

『弾から借りた本が綺麗さっぱり無くなっているんですが!』

『お前は友人から借りた本をベッドの下に隠す趣向があるのか?』

『くっ……!いいから返してくれよ!』

『それは出来ん』

『なんで!』

『既に無いものを返すことは出来んからだ。今頃は市のリサイクル工場行きだろう』

『な、なんてことを……千冬姉、なんてことをしてくれたんだ……』

『当然だ。中学生の分際で色気づきおって。学生の本分に集中しろ』

『半年足らずだったけど、苦楽を共にしてきた俺の戦友たちを捨てた……だと……?千冬姉ぇ、あんたって人はぁ……!』

『なんだ一夏その顔は。私は保護者として当然のことを……』

『いくら千冬姉でも許せねぇ!辛い時も、悩める時も!俺は誌面から微笑む彼女達のおかげで元気になれたのに!』

『お前は何を言っているのだ』

『やっちゃいけなかったんだよ!そんなんだから大人って、エロ本だって簡単に捨てれるんだ!』

『い、一夏……』

『そんな大人、こっちから絶交してやる!』

 

 

 

 

 

「そんなことが……」

「ああ」

 

千冬は懐かしむように目を細める。

 

「思えばアイツが私に本気で反抗したのはあれが初めてだったかもな……。良かれと思った行動だったが、アイツにとってはあのエロ本に、ゆずれない何かがあったんだろう」

「ほうほう。やっぱり織斑君も男の子ですねぇー」

「その時も、何時ものように時間がたてばアイツの方が折れると高をくくっていたんだ。それが三日たっても、一週間たっても私を無視し続けてな……。あたかも『いないもの』のように。あれはマジで堪えた」

「あちゃー。そりゃキツイっすね」

 

それは確かにキツかった。

愛する弟からの徹底した無視攻撃、千冬にとってそのダメージは如何ほどであったろうか。

 

「それで十日目で私の方が折れてやった。流石に大人げないと思ってな。仕方なく歩み寄りを見せてやったんだ」

「ふむふむ。それで仲直りを?」

「いや、アイツはそれでも私を無視し続けた」

「わお」

「それから更に一週間がたって、改めて私が真摯に謝罪した。唯一の肉親がいがみ合ってても仕方がないからな。これも大人の余裕というヤツだ」

「本音は?」

「一夏のシカトに心が耐え切れなかった。限界だった」

「ですよねー」

 

そこで山田が笑う。

千冬もそれにつられたように苦笑いをした。

 

「……まぁ、そういう感じでアイツも、エロに全てを掛けるその辺の助平男子と変わらないということだ」

「なるほどぉー。ふーん?」

「なんだ?その顔は」

「いえいえ少し安心したといいますか。流石にホモ云々は半ば冗談だって分かっていましたが、それでも万が一ってこともありますからねー」

「オホン。山田先生、それが君と何の関係が?」

 

少し警戒を見せる千冬にも山田は動じずに続ける。

 

「……こう多忙な日々が続くとふっと思うんですよ。将来のこととかー、結婚のこととか?まぁ織斑せんせーには無縁の馬鹿みたいな悩みかもしれませんが」

「大丈夫か?そんなに疲れていたのか?」

「織斑君がソッチ系じゃないのはよーく分かりました。で?実際彼ってどんな女性がタイプなんですかね?」

「何?」

「タイプですよぅ。女性の好みです。例えば眼鏡掛けた人がいいとかー、巨乳好きとか?」

「おい」

 

ダン!

山田は既に何杯目かのお酒を飲み終えると、そのグラスを勢いよくテーブルに置き、据わった目で千冬を見つめる。

 

「いやね。やっぱり真面目な話、普通女なら誰しも将来に不安はあるんですよ。こんな世の中でもそれは変わりません。だってどうやったって体力面で男性に敵う訳ないし、女が独りで生きていける余裕ってのはそうありませんから。世間じゃ女の事情も考えないアホどもが、少しお金持ちの人と結ばれただけで、やれ『財産目当て』だの『結局は金か』などとほざいて非難しますけど、実際先立つものが無い苦しみ、貧しさなんかを考えないんですかね?我が物顔で『愛の無い結婚なんかして本当に幸せかい?』なんてほざく童貞臭い連中もいますけど、フザケンナって感じですよ。愛なんて後から付いてくればいいんですよ!そもそも幸せの概念なんて人それぞれなんです!他人がどーこー言う資格なんざ無いんです!お金目当てで何が悪いんですか!そんな女性に文句言うならせめて人一人養えるだけのお金を稼いでから言えって話ですよ!そうすれば少しはその苦労も……」

 

「もういい。やめろ」

 

興奮してマシンガンのように話す山田に千冬が待ったをかけた。山田のそれもあくまで一つの考え。個人の一意見なのだから。

更に手持ちの酒を一気飲みする山田に、千冬が水が入ったグラスを差し出す。

 

「落ち着け。悪酔いしずぎだぞ、水を飲め」

「酔っていません。わたひは子供じゃないんれす!大人です!れでぃです!」

「あのなぁ……」

「だからぁ!そこでわたひの一夏君の登場ですよ!」

「……私の、一夏くん?」

「一夏君って、唯一の男性操縦者ってことで将来も安泰じゃないれすかー?しかも混ざりっ気なしのイケメン。更に母性本能をくすぐるいい子ときたら、もうこれはお買い得間違い無しって感じー」

「…………ォィ」

「それに一夏くんって、何処に出しても恥ずかしくないくらいの超級シスコンだしー。それって要は年上好きってことでしょー?そうでしょー?前に授業で偶然圧し掛かったとき、凄く赤くなって動揺していましたし、他の乳臭いお子様軍団よりは脈ありだと思うんれふよー。せんせーの話聞いて彼もふつーの男の子だと改めて確信できましたしー。もうこれは手垢が付かないうちに本気で狙うしかないと……」

 

「おい山田」

千冬が氷点下の声でそれを遮る。

 

「お前あんま調子乗んなよこれ以上ふざけたお花畑なこと抜かしているとその牛の乳のように脳みそまでプリンにするぞマジで」

「あ、ハイ」

 

千冬の殺気に、一気にシラフまで強制的に戻らされた山田が、パブロフの犬のようにカクカクと頷く。

先程までの酔っぱらい気分なぞ綺麗さっぱり消え失せた。恐るべき千冬のガン付け!

 

「……一夏にもいずれは大切に想う誰かが出来る。……それはいい」

 

千冬のエターナルフォースブリザードの殺気によって、周りの空気まで凍った中、グラスを傾けて彼女は静かに語り始める。

 

「それが『誰か』は分からん。でもアイツが心からそう思える女性に巡りあえたのなら、それは喜ばしいことだ」

「織斑先生……」

「だから我々はアイツ等が、生徒達が大切なものを考えることが出来るよう、その環境を作って行かねばならない。学園の日々が、あいつらの長い人生に大きくプラスになることを祈って」

「ふふ。そうですね。本当にそうです……」

 

例え職場を離れてもやっぱりふと思うのは可愛い生徒のこと。

根っからの教師である二人は、グラスを互いに上げて乾杯の合図に入る。心の中で願う乾杯音頭は『生徒の幸せに』

 

カラン。

軽くグラスが合わさった音が小さく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで先生的に織斑君のお相手にはどんなことを望むんです?」

「ふぅ……。そんな仮定の話を今しても仕方あるまい」

「あはは……。まぁそうですけど」

「そんな何十年後のことを話しても意味はないからな」

「何十年後?え?あのぉ……」

「アイツもそれまでに姉離れしてればいいのだがな。全く困った弟を持つ姉は大変だ」

「あの織斑先生……。彼も後二年弱で一応結婚も出来る年頃になるんですが……そのお相手も不自由してなさそうですし……」

「ぶっとばずぞ山田」

「あ、ハイ」

 

そんな週末の夜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




子供の頃は皆、『愛』と『金』を天秤にかけた場合、何ら躊躇うことなく『愛』を取っていたはず。
……何時からだろう?「金は命より重い」の言葉を完全否定できなくなったのは。
何より、いらなくなったお宝を……お世話になった本やDVDの彼女達を、何ら躊躇うことなく捨てることが出来るようになったのは……。

ねぇビュウ……。大人になるって悲しいことなの。いやマジで。

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