P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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タイトルと登場人物に深い意味はありません。
間違っても検索しないように!絶対ですよ。
夏だからといって新たなゲートを開くことになっても、責任は負いません。


男たちの夏 『立志編』

夏は人を変える妖しい魅力を持っている。

それは時に人をほんの少し大胆にさせる。夏休み明け、クラスで気になっていた真面目なあの子が茶髪になっていた……なんてのは日常茶飯事である。

生涯の童貞を誓い合った戦友が、唐突に鋼の誓いを打ち破り、勝ち誇った視線を向けてくるのも夏の風物詩と言えよう。

 

……夏には魔物が棲んでいる……。

 

 

 

 

 

それは五反田弾にとって全く思いもしない言葉であった。

 

「なぁ弾。いい天気だしナンパしに行かないか」

 

お盆前のとある日、早朝から家に訪ねて来た一夏を迎え、朝食後自室で二人のんびりテレビを見て過ごしていた弾は、テレビに目を向けたまま唐突にほざき出す一夏に心底驚いた。思わず目をこする。気付かぬうちに夢の世界に行ってしまったのだろうか?

 

「どうした?弾」

「あれ?いつのまにか眠っちまったのかと。おかしいな」

「あはは。何だよそれ、変なの」

 

いやいや変なのはお前だろうが。

弾は頭を軽く振って、これがリアルであることを確かめると親友を訝しげに見る。どうなってんだ一体。

 

「おい一夏。お前今なんて」

「待って。今いいとこだから」

「いや、だから……」

「おおー。打った!」

 

カキーン!

テレビでは高校球児がそれこそ全てをかけ、汗だくで白球を追いかけている。先程の一夏の台詞などとは、あまりにかけ離れている健全な光景。

 

「がんばれ、頑張れ……!」

 

手を組んでテレビの球児に応援を送る一夏の姿は、まさに視聴者の鑑。

弾は訳が分からなくなった。暑さで耳がやられちまったのだろうか?

 

「なぁ一夏」

「んー?」

「気のせいかもしんないけど、さっき何か言わなかったか?」

「さっき?……ああ、ヒマならナンパでも行かないかって」

 

ジーサス。マジだったよ。

弾は軽く眩暈を起こす。一夏が、あの一夏がこんなことを言うなんて!

 

「どうしたんだ?何があったんだ?悩みがあるなら相談に乗るぞ!」

「わ、驚かすな!」

 

鼻先まで顔を近づけて詰め寄る弾に、一夏が驚いた声を上げる。

 

「一夏。お前自分が何言ってるのか分かってんのか?」

「ん?せっかくいい天気だからナンパでもって思ったんだけど。嫌か?」

 

『いい天気だから買い物に行こうぜ』ってなノリでナンパに誘う親友に、弾は恐ろしいものを感じた。コイツ悪霊でも取り付いてんじゃねーのか。

 

「あーあ。アウトになっちった……」

チャンスで後一本が出ず、凡退したチームを見て一夏がしょんぼりした声を出す。

 

甲子園には魔物が棲む……。

不意にこの有名な言葉が頭の中でリフレインされる。弾は友の狂態に軽く身震いした。

 

 

 

 

テレビでの緊迫の場面が一段落したのを見て、弾は先程の言葉の意味を確かめることにした。

 

「お前さ。ナンパって言葉の意味分かってる?」

「幾らなんでも人をバカにしすぎじゃないか?」

 

弾の確認に一夏が呆れた口調で返した。

 

「だってよ、おかしいだろ!よりによってお前がナンパなんて言い出すなんて!」

 

弾が吼える。

長年友達やってる身としては、こんな事を言い出す一夏に何かがあったとしか思えなかった。

 

「別に深い意味ないんだけどな」

 

そんな弾の心配をよそに、一夏がのんびりした声を出す。

 

「実はさ、昨日散歩してたら偶然に工藤と重森に会ったんだよ」

「工藤と重森?……一夏それって中学ん時のクラスメートの?」

「そう。んでちょっと話したんだけど。二人とも随分格好よくなっててさ」

 

弾は記憶を探る。数ヶ月前偶然町で見た時は、二人とも中学時代そのままの地味で目立たない感じだったはず。

それが一夏の言うように変わったという事は……。

 

「夏休みデビューってやつだな」

「何だそれ?」

「夏休みを境に今までの自分と決別することだ。中学ん時もいたろ?夏休み明け、いきなり垢抜けてたりする子とかさ」

「んー?そうだっけか?」

 

一夏が少し釈然としない様子で考え込むのをよそに、弾が話を急かす。

 

「それで、その二人がどうしたんだ?」

「ああ。それで久しぶりに話してたんだけど、恋人云々の話になって」

「恋人だと?」

「うん。そんで俺が『彼女なんていない』って答えたら、なんかナンパの話になって……。なんでも先日二人で登山しに行った時に、そこでナンパされた人と恋仲になったとか」

 

なんで山なんだよ、と弾は思った。健全な高校生の男二人がクソ暑い中、山に登ってどうすんだ。それに普通ナンパと言えば海だろ。しかも逆ナンかよ訳分からねぇ。

ツッコミたい思いを堪え、弾は一夏の話を聞いた。

 

「ま、とにかく二人の話聞いて、一度ナンパってものを体験したいなって思ったんだよ」

 

変わらずのんびりと話す一夏を弾は凝視する。

いくら一夏とはいえ、当然自分と同じ男である訳だし、ナンパを通じて彼女が欲しいと思ったり、その先のムフフなことまで妄想してもおかしくはない。

 

しかし、それでも腑に落ちない。

何故ならコヤツがあの『織斑一夏』であるから!それに尽きる。

 

一方で弾の胸に、言いようのない嬉しさが込みあがってくるものがあった。

『朴念仁』『おホモさん』中学の時、一部からそう陰口を言われていた一夏がこんなことを言うなんて、成長したものだと。

我が子の成長に喜ぶ親のように、弾は友の姿に感慨深いものを感じた。

 

「……なんだよ弾。気味が悪い顔で見んな」

「気にするな。俺は嬉しいんだよ……」

「変な奴だな」

「でもいいのか?鈴とかに知れたらマズイことになるぞ」

 

弾が旧友の酢豚っ子少女の顔を浮かべながら忠告する。

しかし一夏は弾の忠告に、ムッとしたように顔を顰めた。

 

「別にいいだろ。そんなの」

「お、おい一夏」

「そもそも俺は誰とも付き合ってないし。なんで鈴の、アイツらの顔色伺わなきゃならないんだ?」

「一夏……」

 

何かあったのだろうか?

憮然とした顔で言う一夏に、弾は少し心配になった。

 

「とにかく、弾さえよければ夏の思い出として、そーゆー体験もいいかなって思っただけ。嫌ならいいよ」

 

一夏はそう言うと、視線をテレビに戻した。

弾が神妙な顔でそんな一夏の整った横顔を眺めていると、不意に昔の記憶が蘇った。

 

 

それは時は中学時代。

 

修学旅行の時、弾が密かに憧れていた女の子から夜に呼び出され、ガッツポーズをしながら向かった弾を待っていたのは、「実は私、織斑君のことが好きなの……」という気になっていた子からの、一夏への恋の橋渡しのお願いであった……。

ガックリしながら、大部屋でクラスメートと騒ぐ一夏にそのことを伝えると、返ってきた返事は「そんなことより大貧民しようぜ!」だったことを。

 

 

卒業式の後、これまた弾が少しいいなと思ったいた子から教室に呼び出され、ドキドキしながら向かった弾を待っていたのは、「実は私、いつも一緒にいる織斑君と五反田君を見て色々妄想していたの……」という少し気になっていた子からの、何と返事すればいいのか分からない告白であった……。

「しかも織斑君が総受けなの……」そう神妙な顔で告白する彼女に、弾は呆然となるしかなかった。家に帰り『YAOI』に関することをネットで調べ、その事実に泣いたことを。

 

 

そんな苦い記憶が蘇る。

それからすれば、動機はどうあれ女の子への関心を最大限に解き放つ、ナンパをしたいという思いは、一夏にとって大成長と言えるのではないだろうか?

 

ならば親友として一肌脱いでやるしかあるまい!

 

「オッケー分かった行こう今すぐ行こう絶対行こう!つーわけでさっさとキリキリ準備しやがれ!」

「だ、弾?」

 

弾に豹変に、一夏が驚いた声を返す。

 

「ナンパといえば海!気合入れてくぞ一夏!」

「あ、ああ。でもホントにいいのか?」

「問題ない!あと数馬も呼ぼう。二人じゃダメなんだ、三人でないと……」

「へ?どうして?」

「どうしてもだ!」

「あ、はい。でも数馬昼からバイトなんだろ?だから今日来れなかったって……」

「そんなの休ませる!男にはヤらねばならない時があるんだ。アイツも分かってくれるはずだ」

「弾?あのぉ……」

「オラさっさと準備しに帰れよ!青春は待っててくれねぇぞ!」

 

未だ少し怯んでいる一夏を強引に家から追い出すと、弾は数馬に電話をかけた。

渋る数馬を熱く、時に冷静に説得する。友情を持ち出し、青春を持ち出し、性夏を持ち出し必死に説得する。何としてももう一人友人が必要だった。それも出来れば気の置けない友人が。

頭数の絶対数は二人でもなく、四人でもなく、三人なのだ。

 

そして十数分にも及ぶDANの説得に、観念したように数馬がOKの返事を出した。

弾は急ぎで家に来るように伝えると、自らも準備を始める。

 

これは一夏の為、一夏の成長の為……。

そう己に言い聞かせつつも、弾は自らの頬が緩みまくるのを止められなかった。

 

「ついに、いや早速この時が来たか……」

 

もしやの時のために、先日買ったばかりのコンドーさんをそっと財布に忍ばせる。思えば使う相手もいやしないのに、コンビニで衝動的にこれを買ったのは、この時の見越しての予知だったのかも知れん。

 

「グフフ……」

キモイ顔で妖しく笑うDAN。

 

ナンパなぞ経験したことはないが、今回はやる気満々の人間(♀)磁石男の一夏様がいる!

これは凄いアドバンテージである。夏の海という心と身体が開放される唯一無二の場所。そこに我らが一夏が解き放たれればどうなるか……。

 

それは自分がおこぼれにあずかる可能性が大きくなるということである。

 

さようなら俺の初めて。

さようなら僕のチェリー。

弾はMY童貞に早めの別れを切り出した。思えば短い付き合いだったぜ……。

 

そして具体的な『行為』をキモイ顔で妄想し始めた。

 

 

 

……童貞というのは救いのない生き物だ。

そもそも見も知らぬ相手と、ナンパ後にムフフな関係になるなど熟練のプロでも簡単なことではない。その口説きテクニックは一朝一夕で身に付くものではないし、ナンパとは数多の失敗の下に成り立つものであって、大抵の人間はその過程で心が折れてしまう厳しいものなのだ。

しかし今DANは成功を前提とし、更にはそのお相手まで妄想し出す始末であった。可愛い子がいい、出来ればリードしたい、経験が無い子が……etc。ホント救えねぇ。

 

 

要はあまり夢を見るなということである!

 

 

 

そんな妄想を続けるアホの下に、来客を告げる母の声が遠くに聞こえた。

足音が近づいてくる。一夏か?それとも数馬だろうか?とにかく皆揃ったら仲良く性春の旅へGOだ!

 

コンコンとドアがノックされるのを聞き、弾が喜んで来客を迎え入れる。

 

「おせーぞ!さぁ共に行こうぜ、俺たちの輝かしい未来へ!」

「ニーハオ」

 

ドアを開けると、そこに立っていたのはチューカ酢豚娘でした。

弾は勢いよく開けたドアを、無言で力強く閉めた。

 

「ねぇ弾?訪ねて来た女の子に対して、これはあんまりじゃない?」

 

鈴の声が冷たく響く。

弾は夏だというのにドアノブを握り締めたままガタガタ震えだした。それは輝かしい計画が崩れることへの畏れなのか。それともこの少女に抱く本能的な恐怖なのか。弾にも分からなかった。

 

「弾?開けなさいよ」

「すまない!こっちに来ないでくれないか!」

 

そう。今日だけはこっちのラインに来ないでくれ!

弾は涙を堪えて願う。部屋の外にいる少女は仲の良い友達で、可愛く大切に思っている女の子でもある。

 

それでも、今日だけは男同士の間に入らないでくれ!

そう、願うしかなかった。

 

「……弾」

「悪りぃ鈴!今日は大切な用事があるんだ!お前には悪いけど一夏と数馬、三人で出掛け……」

「数馬は来ないわよ」

 

え?弾は呆然とする。

今コヤツは何と言った?

 

「り、鈴。お前今何て……」

「すこーしハメを外し過ぎたわねぇ?弾」

「な、何を言って、つーか数馬のことを、どうして?」

「うふふ」

 

哀れな鼠と化したDANに、子猫鈴ちゃんの微かな笑い声が突き刺さる

 

「偶然とは恐ろしいわね~。丁度さっき歩いてたら数馬と会ってさ。久しぶりだったから嬉しくてお話しようと思ったんだけど、なーんか挙動不審でね。それでその訳を尋ねてみたの……フフ。数馬はいい子だからすぐ教えてくれたわ。あんたのお誘いのことをね!」

「ち、ちなみに数馬君は?」

「お願いして帰ってもらったわ。良い子の数馬をそんな非道に巻き込ませる訳にはいかないから。友達として」

 

オーマイガ。

弾は神を恨んだ。何故主は童貞に試練を与えたもうのか。

 

「弾。アンタがお馬鹿な企みを企てるのは勝手だけど、一夏を巻き込むのは感心しないわね」

「違う!濡れ衣だ。今回の発案者は俺じゃない!一夏だ!」

 

友をあっさり売る薄情者DAN。

だって怖いんだもん。

 

「一夏がナンパなんて発案するわけないでしょ」

「いやマジで!」

「弾さぁ……」

「ホントなんだって!俺はただアイツに協力をし……」

「あたしをこれ以上怒らせないで」

 

氷点下の鈴様のお声にDANは口にチャックする以外は無かった。

冤罪とは果たして何時自分の身に降りかかるか分からないのだ。

 

「弾、いい加減開けて。顔をあわせてOHANASHIしましょ?」

 

OHANASHIという名の折檻じゃないのか?

弾にマグニチュード8並みの恐怖という名の震えが襲う。

 

「弾?」

「嫌だ!俺はここを開けんぞ!」

 

そりゃ好きな人がナンパしに行くなんてことを、笑って見過ごすことが出来るヤツなんぞいない。

誰だって怒る。俺だってそうする。でもだからと言ってみすみす折檻されるのは御免だ!

 

それにボコボコに殴られた顔でこの後どうやって女の子を誘えというのか。

この期に及んで尚、弾は水着のお姉ちゃんとのアバンチュールを諦めてはいなかった。

 

「弾」

「うわあぁぁぁ!聞こえないィィィ!」

 

弾は耳を塞ぎ大声を出す。それは追い詰められた獲物が見せる虚しき最後の抵抗。

 

「弾!」

「あー!がー!うおー!んあー、んあー」

 

もはや人語さえ放棄して弾は無様に抵抗し続ける。

そこには人間のプライドというものは微塵も残っていなかった。

 

「……いい度胸だわ……」

鈴の押し殺した声が響き、やがて足音がゆっくり遠ざかっていく。

 

弾はとりあえずは助かったという安堵感、そして余計に自分の罪が重くなったことへの恐怖感、その相対する二つの感情を等しく感じ、床にへたりこむ。

 

『後で覚えてなさいよ』

去り際、鈴がそう呟いたのを弾の耳はしっかりと捉えていた。

 

薔薇色のえっちぃ妄想空間なぞ、もう弾の中には存在していなかった。

 

 

 

 

一先ず折檻の危機は去ったようだが、問題は解決したわけではない。

下手をすればこの先ひと夏中、指導という名の折檻を身体に教えられる可能性が有る。

恐ろしい鬼女酢豚と化した友達に、後で思いっきり苛められるであろう俺。

……最悪さ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






カップルで賑わう海に野郎二人で泳ぎに行った今年の夏。
逆ナンってのは都市伝説ですよね…?
夢見させるようなことを言うな!

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