P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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最近鈴とセシリアのコンビが私の中でキテいる。
乗るしかない、このビッグウェーブに。……という思いで書いたものであります。







凰鈴音の夏

「暑い。暑い暑い暑い!あっっっつぅーいよー!こんちきしょー!」

 

茹だる様な暑さが続く夏の日、IS学園の一室で我らが鈴ちゃんは一人吼えた。ベッドの上でショートパンツから伸びる健康的な足をバタバタさせながら、文句を重ねる。

 

「エアコンプリーズ!カキ氷食べたいよー!冬が始まらなーい!」

 

叫んだ所で余計に体感温度が上がるだけだというのに、この子は尚止まらない。少し可哀想な酢豚っ子、それが鈴ちゃん。

 

「うおー!がおー!ヨッシー!」

「うるさいですわよ鈴さん!いい加減にして下さい!」

 

最後には人語さえ放棄した鈴に、ようやく友が待ったをかけた。彼女の名はセシリア・オルコット。本人は固くなに認めはしないが、周りからは鈴のマブダチと見られている、これまた少し残念な所がある少女である。

 

「セッシー……」

「セッシーではありません!鈴さん、レディが暑さくらいでとり乱して恥ずかしくないんですの?」

 

そう諌める彼女の前には、既に空となった高級アイスの容器が5つも並べられている。

 

「豚のようにアイス食いまくってる人に言われても説得力ないし」

「ぶ、豚ですって!この高貴なる淑女セシリア・オルコットになんて事を!」

「セッシーはアイス豚!」

「ムキー!」

 

暑さは人の心を疲弊させる。二人の少女は無駄な労力となる、意味の無き言い争いに汗を流した。

 

 

 

夏休み前の日本では、記録的な猛暑が続いていた。

「なんで7月でこんなに暑いのよー!」と日本育ちの酢豚が茹で酢豚になるくらいの猛暑が続いている。

 

そんな地獄のような日々の中、年頃のやわな少女たちがエアコン無しで生きられるはずが無い。しかし電気代など考えもしない少女達による、昼夜問わずのエアコンフル稼働は、結果何台もの故障を出してしまった。そしてその対応にいい加減ブチ切れた千冬の「夏は暑いのが当たり前だ!」の鶴の一言により、授業以外の時間帯には制限がかけられる事になってしまったのである。

 

そうした鬼の所業により、IS学園の英国お嬢様のお部屋の中では、英中デコボココンビが暑さにより、更にアホに磨きがかかってしまう悲しき事態を引き起こしてしまっていた。

 

「うう、暑いですわ、暑いですわ。あいすアイスICE……」

鈴との不毛な言い争いに疲れたセシリアは、ゾンビのように冷凍庫をまさぐる。

 

「ああ!」

「なによ?」

「アイスがもうありませんの!」

「そらそんだけアホみたいに食ってりゃ、無くなるでしょ」

「神様……何ゆえこの私にこのような試練を与えるのですか!」

「売店行って買ってくればいいじゃない」

「私の高貴な口には決められた高級メーカーのアイスしか通りません!」

「ドライアイスでも喰らってろ」

 

そもそもこういうグルメ思考の人間に限って、極限状態では誰よりもあさましく、雑なものを貪るものである。

 

「日本の暑さは異常ですわ!ああ、イギリスの涼しい夏が恋しい!」

「アッチも雨とかで大概でしょ」

「こちらほど酷いなんてあり得ません!それにこの蒸し暑い湿度!不快にも程がありますわ」

「あたしはアンタのキンキン声が何より不快だわ」

 

先ほどまで雄叫びを浴びていた自分の行為を他所に、鈴はゴロリとベッドに寝転んだ。

 

「鈴さん!私のベッドを汗まみれにしないで下さい!」

「うっさいなぁ、あたしのフローラルな香りを染み込ませてやるんだから、感謝しなさいよ」

「酢豚の臭いなんて、NO THANK YOUですわ!ノーサンキュー!」

 

『ノーサンキュー』って聞きようによっては『ファッキュー』に聞こえるんだよなぁ、と鈴は物凄くどうでもいいことを思った。

 

「織斑先生もあんまりですわ。お金のことなんて、何なら学園全てのエアコン購入から取り付け工事まで、この私が全て出してあげても構いませんのに」

「クソ成金女」

「何か言いまして?」

「クソ成金女」

「聞こえてましたわよ!普通はそこで言い直すなり、トボけたりするものでしょう!」

「どうしろって言うのよ……」

 

鈴は汗を拭い、窓越しに燦々と照らす太陽の光を眩しそうに見上げる。

 

「そういやここに来る間、アンタのクラスメート数人が出て行くのを見たよ。暑いから外のファミレスかどっかに避難するって。アンタは行かなかったの?」

「涼を得るために外出するなんて貧乏くさいことなど、この私の辞書にはありませんわ」

「あ~。いつもは気にもならないお嬢様の台詞が今日はやけに癪に障る」

「本来なら適度な室温に保たれた部屋で、優雅に読書をしようと思ってましたのに」

「でも、ここに居たってストレスと体温が溜まるだけだしさ。一緒にどっか出かけない?」

「お断りです!この暑い中出掛けるなんて狂気の沙汰ですわ。私は絶対に動きません!」

「さいですか。じゃあ、あたしはもう行く……」

 

そこで鈴がやれやれと立ち上げると同時に、部屋のドアが開いた。

 

「セシリアー。ああ、やっぱり鈴も居たか。ヒマなら今から出掛けないか?」

「まぁ一夏さん!奇遇ですわ、私も丁度出掛けたいと思っていたんですの!」

 

あまりの変わり身の速さ。それこそが恋に燃えるチョロイン、セッシー!

 

「死ねばいいのに……」

鈴は誰にも聞こえない程の小さな声でボソッっと毒づいた。

 

 

 

 

 

 

「で?一夏。これはどーゆーこと?」

「どうって、見て分からないか?」

「分かるわよ。見たまんまだから納得出来ねぇってんだよー!うがー!」

 

またもや吼える鈴。

汗と一緒に涙を流しながら、一夏に文句を言う。

 

「釣り堀!これどー見ても釣り堀じゃない!このクソ暑い中釣り?アンタの頭の中どうなってんのよー!」

「ふむ。嫁よ、鈴は何でこんなに怒っているのだ?」

「分からん……」

 

一夏とラウラは顔を見合わせると、同じタイミングで首を傾げる。

その息の合った夫婦のような仕草に鈴は再び「がおー!」と負け犬の遠吠えをするしかなかった。

 

 

一夏の誘いにホイホイついていった英中アホコンビ。校門前で待っていたラウラと合流し、一時間以上かけて電車に揺られながら、目的地へと向かった。途中何度か一夏に行き先を尋ねるも「着いてのお楽しみ」ということで回答は得られなかった。そんでいざ着いていれば、答えは釣り堀……鈴の咆哮は至極当然であるかもしれない。

 

「なんで釣り堀?なぜこの暑い中釣り?一夏アンタ暑さでやられちゃった?」

「ラウラが釣りをやってみたいって言い出してさ。それで丁度弾から聞いていた、オープンされたばかりのこの釣り堀に」

「うむ。そういうことだ」

「シャルと箒も誘ったんだけど、両方とも部活でさ」

「だから!あたしが言いたいのはなんでこのクソ暑い中、しかも外で釣りなんかするのかってこと!」

「何言ってんだ鈴。夏の太陽の日差しを浴びながら、魚との手汗握る勝負をする。最高じゃないか」

「嫁よ早く早く」

 

手を繋いで歩いていく、自称夫婦を眺めながら鈴はガックリと膝を折った。

二人きりのデートとは違うと分かってはいたが、一夏と何所か涼しいところでお喋りが出来ると楽しみにしていたのに、まさかの仕打ち。一夏にロマンスなど求めてはいけないとはいえ、これはあんまりではないか。

 

「セシリア~。どうしよ、あたし既に死にそう……」

鈴はもう一人の、この場においては多少常識のあると思われる友人に助言を求める。

 

「私は一夏さんが望むなら、火の中針の中釣り堀の中、お供いたしますわ」

「アンタ……」

 

毅然とした顔で言い放ったセッシーの素晴らしき内助の功発言に、鈴の目が見開かれる。

 

「おーい鈴、セシリアー。受付するから早く来いよー!」

「は、はぁーい」

 

そうして駆けていく友人の後ろをノロノロと鈴も続く。

しかし目敏い鈴ちゃんには気付いていた。一夏に返事する友の顔が一瞬引きつり、何ともいえない表情になったのを……。

 

 

 

 

「そう。ラウラいいぞ!そこでタモに寄せて……オッケー、二匹目の大物だ、やったぜ!」

「わーい」

 

あれから更に一時間、鈴は隣の笑い声を聞きながら、竿を片手に、レンタルされたタオルで汗を拭った。もう数え切れないくらい汗を拭っているが、それでも止め処なく流れ続けてくる。

 

「面白いな一夏!」

「よかったなラウラ。でも本場の海釣りはもっと面白いんだぜ。今度一緒に行こうか」

「ああ。楽しみだ」

 

アハハ、ウフフ。と楽しそうに笑いあう釣り馬鹿コンビ。

鈴はこれまたレンタルされた麦わら帽子を目深に被りなおす。コッチは全然釣れやしねぇ。

 

「暑ちぃ……」

もはや呪詛のように繰り返される言葉を吐き出して、鈴はペットボトルのお茶を一気飲みした。

 

それにしても、ピクリともアタリが来ない。

鈴は半ば義務感のように、ウキを凝視し続けるが何も変化が訪れない。ラウラは大小合わせると既に4匹も釣り上げているというのに。同じエサ、同じ仕掛けでどうしてこうも釣果が違うのか。野生の本能を無くし、人間様の与えるエサに群がるフヌケの魚のくせに!平等にエサを食えよ、こん畜生。

 

「フィーッシュ!」

隣では釣り馬鹿一夏のドヤ声が聞こえる。どうやら一夏も本日3匹目の獲物をゲットしたらしい。

 

「おお。流石だな一夏」

「へへ。まぁな。これでラウラとの差は一匹だぜ」

「ふふん、嫁が夫に勝てるのか?」

 

二人の無駄に元気な会話が耳に入る。

というか、何故この二人はクソ暑い中、楽しそうに釣りなぞ続けられるのだ?

 

「はぁ……はぁ」

暑い。やっぱし暑い。鈴は犬のように舌を出して小さく喘ぐ。

 

「ねぇセシリア。アタリあった?」

鈴は一夏とは反対隣に座るセシリアに問いかける。

 

「せしりあー?ちょっと、無視、しないでよー」

暑さで話すのさえおっくうになりながらも鈴は会話を続けた。そういえばセシリアの奴先程から急に静かになったなぁ、と少し不思議に思った。

 

「セシリア?おーい、セッシーちゃーん?いい加減返事くらい……」

帰ってこない返事に焦れた鈴が、彼女に手を伸ばす。が、その手が途中で止まった。

 

「セシリア!」

友人の様子に鈴は驚いて身を寄せる。

 

荒い息を吐きながら、どこか焦点の定まらない瞳。鈴の声にも反応を返すことなく、ボンヤリと水面を眺めている。間違いない熱中病だ。鈴は少しでも影を作ろうと、セシリアに覆いかぶさるようにして陽を遮ろうとした。

 

「フィィィーッシュ!4匹目!」

「残念だったな嫁!私もヒットだ!」

 

黙れ釣り馬鹿一号二号!

鈴はアホ二匹の方向へ中指を立てた。空気読め!このアホども。

 

「ちょっと一夏!アンタいい加減にしなさい!コッチ見ろ!そんで手伝え!」

「なに?どうし……って、あ!」

 

一夏の驚きの声を聞いて、覆いかぶさるようにしていた鈴はようやく安堵の息を漏らした。とりあえずセシリアを涼しい所に避難させなければ。

 

「セシリア引いてる、引いてるよ!お前のウキ!」

 

死ね!

一夏のとんちんかんな答えに鈴は怒りのボルテージが瞬間突破した。この状況で何言ってやがる!

 

「セシリア、引いてるって。……セシリア?おいどうした!」

ようやく異変に気付いたのか、一夏の声の調子が変わる。

 

「見ての通り熱中病!一夏!手を貸しなさい!」

「セシリア?大丈夫か、セシリア!」

 

一夏が竿を放り投げて駆け寄る。

 

「セシリア!」

「はい!一夏さん!」

 

そこでいきなりグロッキー状態だったセシリアが正気に戻り、立ち上がった。一夏王子様の想いを乗せた自身の名を呼ぶ声に、お姫様セッシーは地獄からの復活を果たしたのだ!

 

それはまさに二人の、というより彼女の愛の力か。

 

「へ?」

ビックリしたのは鈴である。覆いかぶさるようにして彼女を守っていた鈴は、セシリアの急な立ち上がりにより、顎に強烈な頭突きを喰らうハメになってしまった。

 

「はうっ」

目から火花を出した鈴がセシリアから離れ、ふらふら~と千鳥足のようになりながら、池の方へ向かう。

 

『あ』

一夏、セシリア、ラウラ、三人の声が綺麗に重なった。そして……。

 

 

「にょ、にょえええええ?」

 

ドボーン!

 

派手な水飛沫を上げて、我らが鈴ちゃんは魚臭い池にダイブすることとなった……。

 

 

 

 

 

 

「はー」

冷房の効いた電車の中で鈴は安堵の息を吐く。電車の中が楽園とはどういうことだ。

 

「全く。鈴さんのせいで、予定よりだいぶ遅くなりそうですわ」

 

鈴の左隣に座るセシリアがため息交じりに言う。

それを聞いて、ブチッと鈴ちゃん怒りの波動が沸き起こる。

 

「あのねぇ!あたしはアンタを助けようとしたのよ」

「私は別に助けなんて求めていませんわよ」

「完全に熱中症寸前だったでしょーが!お馬鹿」

「……子供じゃあるまいし、自己管理くらい出来ます。気のせいですわ」

 

このアマ……。

鈴はその澄ました横顔にハイキックをぶち込みたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。

 

それは池に落ちた後の鈴に対し、誰よりも親身になってくれたのは、他ならぬ彼女だったから。

釣り堀の管理人に何度も頭を下げてシャワーを借してくれるよう頼み、鈴には長めのシャワーを浴びるように言って、自身はその間に近くの店から着替え一式を買ってきてくれた。

帰り道には、頼みもしないのにジュースを次から次へと渡してきた。

 

『あれはセシリアの感謝の裏返しだよ』

一夏が先程なぜか嬉しそうにこっそり囁いてきたが、そんなことは一応親しい友人やってる鈴の方が良く分かっていた。それよりも一夏はこういう心の機敏には敏いのに、何故自分の好意にはあれだけ鈍感なのか、ということの方が不思議に思えた。

 

「でも悪かったなセシリア。もっと気を使うべきだった。悪い」

鈴の右隣に座った一夏が胸元で軽く手を合わせる。

 

「い、いいえ一夏さんのせいではありませんわ。私のミスなのです」

「それでも謝らせてくれ、ごめんなセシリア」

「うむ。私も一夏との勝負に熱くなり過ぎていて気付かなかった。すまなかったなセシリア」

 

頭を下げる一夏の隣で、ラウラもちょこんと頭を下げる。セシリアは真っ赤になって、ぶんぶんと両手を振った。

 

「あの、本当に私の体調管理不足が招いたことですから。どうか気にしないで下さい」

「うん。アンタのせいだね。分かってんじゃん」

「うるさいですわ!」

 

笑い声が起きて、セシリアが怒ったように顔を背ける。鈴がやれやれと頭を掻いて、隣の一夏たちの方へ身体を向けると、その反対から凄く小さな声で「ありがとうございました」と聞こえた。

 

 

 

 

ガタン、ゴトンと不思議と何処か心地よい音を立てながら電車は進む。

ラウラは急に静かになったかと思えば、いつの間にか一夏の肩を枕に眠ってしまっていた。あどけない様子で眠るラウラの姿は嫉妬さえ起きない。鈴は一夏と顔を見合わせて小さく笑った。

 

それから更に数十分。電車は走り続ける。

もう少しで到着か、鈴は今日一日をぼんやりと思い出しながら、物思いに耽る。全くとんでもない一日だったなぁ。

 

「ん……?」

そこで不意に右肩に重りを感じて視線を移す。

 

「ちょっ……」

視線の先、というより目の前には一夏の顔があった。すぐに視線を外し、思わず心臓に手をやる。

 

どうやら一夏のほうもラウラに倣い眠ってしまったらしい。鈴は顔が赤くなっていくのを感じた。滅茶苦茶恥ずかしい。それに気のせいか周りの注目も増えた気がする。

 

もう一度視線を右肩にやると、二つ隣で眠る少女と変わらぬあどけない表情で眠る少年がいた。その姿に、鈴は真っ赤になりながも愛おしさを感じて、小さく微笑む。

これは散々な目にあった自分に贈られた、僅かなご褒美なのかな?

 

「う~ん」

「セシリア?」

 

しかしそうは問屋が下ろさないのが、天下のセシリア・オルコットというお嬢様。微笑ましい桃色空間を形成していた二人の間に、例え無意識であっても割って入ってくる。

 

「おーい」

「むにゃむにゃ」

 

鈴の左肩に倒れこんできて眠るお嬢様を見て、鈴はため息を吐いた。自分は宿り木じゃないっての。

 

「アンタはノーサンキューだってのに」

「う~ん。一夏さーん……うへへ……」

「はぁ……ったくもう」

 

両肩の重みに苦笑する。鈴は二人を起こさないよう、なるべく身体を動かさないようにしながら、顔を窓の外に向けた。

ガラス越しには未だ強い日差しが降り注いでいる。

 

「明日も暑いのかなぁ」

 

変わり行く景色を眺めながら、鈴はそっと小さな声で呟いた。

 

 

 

 

これはそんなとある夏の日の一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たま~に敢えてクソ暑い中で釣りに行きたくなる衝動……釣り好きな方なら分かってくれるかな?

そして冷房の効いた図書館の有り難味をしみじみと感じるこの頃。

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