P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
そうだ、サブタイくらい変えてみよう。
ある金曜日の夜、織斑一夏はゴクリと唾を飲み込むと、ポケットから携帯電話を取り出した。少し震える手で番号をプッシュする。不安と胸の高鳴り、仕方ないのだ、男の子はいつだって恋する乙男なの。……いや違うか。
お馴染みの呼び出し音の後、相手の呑気な声が聞こえた。一夏は努めて明るい声を出そうとする。
「あ、俺だけど。あのさ、明日だけどさ、一緒にどっか遊びに……」
「え?用事?あ、そう。ふーん……」
「いやいや気にすんなよ。ヒマかなーって思ってかけただけだから」
「ああ、じゃあな。また……」
ツー。ツー。
「……弾」
「リンえも~ん!」
「なんだい一夏君。また皆にイジメられたのかい?」
遊びの誘いをすげなく断られた一夏は、偶然遊びに来た鈴に泣きついた。国民的スターの青狸に縋るダメ男君のノリで迫る一夏に、鈴も大人の対応で応えてあげる。
「弾が最近冷たいんだよ~!」
「しょうがないなぁ一夏君は」
鈴はそう言うとポケットから秘密のアイテムを……出せるわけもなく、マンガを読む作業に戻った。
「いやいや、鈴!聞いてくれよ」
「うっさいわね。今いいとこなんだから」
「弾が冷たいんだ!」
「あっそ」
「おかしいだろ!何でだ?俺なんかしたっけ?何かアイツから聞いてない?なぁなぁ」
「ゆーらーすーなー」
駄々っ子のように揺さぶってくる一夏に、鈴はため息をつくと、ヤレヤレとマンガを読むのを中断した。我ながら人がいいというか。
「で?弾が冷たいって、それさっきかけたっていう電話のこと?」
「ああ。遊ぼうと思ったのにすげなく断られた」
「弾にだって予定はあるでしょ。そんなん一回断られたぐらいで」
「違うんだよ!先週も、先々週も、その更に前の週もなんだ!これで4連敗だぞ。いくら何でもおかしいだろ!」
コイツまるまる一月も弾を誘っていたのかよ……。
つーか先週は自分と遊んだではないか。つまり弾の代わりだったということなのか?
鈴は怒りやら呆れやらで頭が軽く混乱するが、一夏の為に何とか頭を働かせようとした。
「まあ確かにね。約一月も振られ続けているってことか」
「ふ、振られたちゃうわ!そんなこと言うな!」
「何でそんな傷ついた顔するのよ。ばか……」
女として、恋する少年が誰かに関心を寄せるのを見るのは辛いものがある。ただこの場合の救いはその相手が男であるという点だ。
けどまぁそれもまた複雑なのである。
「何故だ……。用事ってなんだよ?」
「あのさ一夏。弾も新しい学校に入ったんだから、あたし達の知らない交友関係を築くのは当然でしょうが。アイツなら友達沢山出来るだろうし、もしかしたら彼女でも出来たのかもしんないし」
「それは……」
「一夏だってそうでしょ?あたしはともかく箒やシャルロット……ここで出会った皆とのこと全てを弾が知っているはずもないでしょ?昔みたいにいつも一緒にいられるはずないんだから」
鈴は子供をあやすように優しく一夏に答える。その心に大きな慈しみを持って。
「嫌だ!そんなの認めない!弾は俺のだ!」
コイツ……。
鈴は自分の慈悲の心も置き去りにした、一夏の堂々のジャイアリズム宣言にドン引きした。百歩譲ったとしても対象が男ってどういうことだ?このホモ野郎め。
せめて『認めない!鈴は俺のだ!誰にも渡さない!アイツは俺にとって誰よりも大切な女なんだ!』……そのくらいのことを言ってみせる甲斐性を見せたらどうなのだ。
鈴は先程の一夏のセリフを自分の都合よく改変して想像し、一人ニヤケた。
「おい鈴。何不気味な顔してんだ?気持ち悪いぞ」
うっさい甲斐性無し!
鈴は一夏を睨みつける。
「まぁとにかく、あんま気にしないことね。弾のことだからそのうちまた勝手に誘ってくるわよ」
「うう。弾~」
未だ嘆いている一夏を見て、鈴は盛大にため息を吐いた。
「……で、わざわざ俺のところに来たと」
「ま、そゆこと」
次の日の土曜日、鈴は弾と会っていた。あの後部屋に帰ってから弾に電話をかけ、少しの時間会う約束を取り付けたのだ。弾の家近くのファミレスで向かい合う。
「時間大丈夫?」
「お前とお茶飲むくらいはな。にしても久しぶりにお前から会う約束してきたかと思えば」
弾がやれやれと両手を広げる。
「やっぱ一夏絡みか、お前も大変だなぁ」
「まぁね。手のかかる子供持つと苦労すんのよ」
「ハハハ。で?その子供はなんで連れてこなかったんだ?」
「さりげなく誘ったんだけどね。『あんましつこいと嫌われるかもしれないから』だってさ。全く……」
「……何考えてんだアイツは……」
「だからこうやってあたしが来たことも一夏には内緒にしてね?アイツ拗ねちゃうから」
「どこのお子様だよ……」
弾が呆れたように首を振った。
「まぁ仕方ない面もあると思う。アイツって言うなれば女子高に男一人で放りこまれた訳でしょ?しかも寮やら何やら管理されていて、学園以外での新しい出会いも難しいし。結局昔の友達に依存してしまうのよ」
「ふーん。そんなもんかね」
「周りは全員異性ってのは実際キツイからねー。分かってはいるんだけどさぁ。でもさ弾、一夏ったらヒドイのよ?もう少し女の子の気持ちってヤツを……」
弾が苦笑して、タンマをかけるように片手を挙げた。久しぶりに鈴の愚痴を聞いてあげたいところだが、そうなると時間がいくらあっても足りない。
「でも少し意外だな。お前なら『あたしがいるのになんて贅沢な!』って怒りそうなもんだと思っていたけど」
「ム……。まぁ、ね。そりゃ多少はムカツキますが」
鈴が一瞬ムフーと鼻息を荒くする。
「でも小、中とアンタ達と同じフツーの学校で揉まれて来た身としては、一夏の気持ちも理解できてしまうのよねぇ。あたしだってアンタらとよくつるんでいたけど、勿論同性の友達も居たわけで、別の安心感があったわけだし」
「そりゃそうだ。実際そういう意味ではアイツの境遇には同情する」
「それに特に一夏の場合、男友達とバカやっていたいっていう考えの方が強いでしょ?だから余計にね。……でもさぁ、だからといって『弾は俺のだ!』はないっつーの。アイツってホントさぁ……」
弾は再度片手を挙げて、続く鈴の愚痴を止めた。何かヤバそうな言葉が聞こえた気もしたが、たぶん気のせいだろう。そうに違いない。
「オホン。……ところで弾、結局用事って何なの?」
気を取り直すように鈴が尋ねた。
「バイト?」
「ああ。新しい楽器が欲しくてな」
別に隠すことでもない。弾はそう答えると、呑気にコーラーを啜った。
「それが理由?なーんだ」
「なんだとは失礼なヤツだな」
「だってさー。約一月まるごと一夏の誘い蹴ってたんでしょ?なんか特別な理由あるかと思ったからさ」
「しょうがないだろ。今のバイト基本土日祝日限定でまる一日だし。それに加えて家の手伝いもあって会うヒマ無かったんだよ」
「なーる。弾も色々頑張ってんだ。……新しい学校はどう?」
「ま、ボチボチだな。それなりに楽しくやってるよ」
「そっか、良かったわね」
鈴が微笑む。弾も笑って頷いた。
「でさ、弾も忙しいとは思うんだけどね、その、もし時間できたら一夏と会ってやってくんない?アイツって寂しがり屋なとこあるし、色々ストレスも溜まってるだろうしさ」
結局、最後はやっぱり一夏の為か。弾は苦笑する。
「了解。来週は多分時間取れそうだから」
「ありがと弾」
「べ、別に。アンタの為にやるんじゃないんだからね!」
「……これはヒドイ。ないわー。男のソレはキモイ」
「うるさい」
「へへ。弾ありがとね」
そう笑って嬉しそうにジュースを啜る鈴を見て、弾も微笑んだ。
それにしても改めて見なくても、やはり可愛らしい顔立ちをしていらっしゃる。下手なアイドルよりもよっぽど可愛いと思うのは友達の贔屓目だろうか。こんな子に想われる一夏に嫉妬の一つも抱いても誰も文句言わないだろう。
だけどそれよりも虚しいのはいい年をした男女が、こうやって二人きりでお茶を飲んでいるのにロマンスのカケラも無いことである。弾自身、目の前の少女を可愛いと思うものの、恋人云々に、ということは考えもしない。それはやはり鈴の想いを誰よりも知っているという自負があるからだろうか。
鈴の場合、昔から本人は隠しているつもりでもその想いは周りにはバレバレであった。そのことに気付いていないのは本人と一夏くらいだろう。そういう意味では似たもの同士なんだが、弾は昔を懐かしむように思い出し、小さく声を出して笑う。
「何よ。なんか可笑しい?」
「別に。ただ俺はお前の味方だぞ、と」
「はぁ?」
「いや、気にするな。何でもない」
一夏が誰を選ぶかなんて分からないし、そこは自分などがとやかく言える問題ではない。それでも叶うならこの少女と上手くいって欲しい、と勝手にも願ってしまう。鈍感の親友をゲットする道のりは厳しいだろうし、ライバルは想像以上に多いだろう。何より自身の大切な妹もそのライバル候補の一人である。
それでも願ってしまう。『頑張れ鈴』
「じゃあ俺そろそろバイト行くわ」
「そう?ありがとね。忙しい中時間作ってもらって。今度あたしとも遊んでよね」
「へいへい。……ああ会計は俺が払ってやるよ」
「『男が払うのは義務』ってやつ?そーゆーの好きじゃない。割り勘にしましょ」
「いや違う。やってみたかったんだよこういうの。さりげなく彼女の分も払うってシチュエーション。……その相手はまだいないけどな!」
弾は伝票を掴むと、カッコつけて歩き出した。鈴が苦笑するのが見なくても分かる。
「ま、アンタにもそのうち春が来るわよ。多分」
「うっせぇ!」
「おーいりーん。居るかー?」
「はいはい。……お帰り一夏」
弾との会合から丁度一週間経った土曜日の夜、部屋にやってきた一夏を一目見て、鈴は苦笑せざるを得なかった。一夏の満面の笑顔、それは今日という一日を楽しんだのを雄弁に物語っていた。
「いやー久しぶりに弾と遊んだよ。やっぱ最高だな!」
「あーそーですか」
「弾の奴最近ずっとバイトしていたんだってさ。うんうん、そういう事だったんだよ。鈴知ってた?」
「……いいえ。そうなんだ」
「そうなんだよ。それに『ダチなんだから要らぬ遠慮すんな』って言われてさ。ヘヘ……」
「アンタねぇ……」
嬉しそうに話し続ける一夏に鈴は呆れるしかない。腰に手をやって苦笑いを浮かべた。
「あ、そうだ。これお土産。お菓子」
「あら珍しい。何の冗談?」
「いや?なんか知らないけど弾が持っていけって。『鈴に感謝しろよ』って渡された。なんでだ?」
「もう、あのお馬鹿」
鈴が笑って受け取る。それは自分の好きなお菓子だった。
「立ち話もなんだから部屋に入りなさいよ。このお菓子とお茶と酢豚でも出すわ」
「なんでそこで酢豚が出てくんだよ……」
一夏はぶつぶつ言いながらも笑顔を浮かべて、鈴の部屋に入った。鈴は後ろ手にドアを閉めると、貰ったお菓子を見て微笑む。
ありがと、弾。
鈴は友人に心で礼を述べると、お茶を沸かしに流しへと向かった。
知らぬは男性ばかり。気付かない女性の『内助の功』により、世の男性方も知らぬうちに救われていることもあるのかもしれません
そういう訳でIS学園は今日も平和です。
という訳で弾の浮気疑惑(?)という仮初の体裁をとった酢豚ちゃんの話でした。弾のドロドロ展開なんて誰得な話を期待した人なんていませんよね?私は所詮酢豚しか書けないのですよ……。
とある筋からの意見によれば、一夏は『自分が幸せにする!』って思う女性より『自分を幸せにしてくれる』女性を選ぶべきではないかと言うんですよ。それはつまりどこぞの酢豚娘に他ならないという結論に達さざるを得ないということでありましてですね。つまりすぶたその一人勝ち状態、負け犬どもは……
かゆい
うま