P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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ただのとある日常の話。


織斑一夏の日常

篠ノ之箒は悩んでいた。

ずっと会いたくて、逢いたかった幼馴染と再会して数ヶ月が経ち、それなりの時間を共有したと思っている。だが一向に彼との距離が縮まっている気がしないのは何故だろうか。

 

理由は分かっている。ツンツンしていた英国お嬢様の変わり身の術から始まり、酢豚の来襲。流石に同性ならと安心していた奴の正体は、生足全開の油断ならない女性だった。ツンツンどころかギラギラしていた軍人少女も、いつのまにやらファーストキッス。同じファーストでも何故自分とこんなに違うのか。

 

要は次から次へと増えていく彼を慕う女の存在である。

 

友人が出来るのはいい。一人の男性を巡るライバルではあるが、彼女達との付き合いは本当に楽しく、心地よい。箒は心からそう思っていた。あまり人付き合いに向いていない自分を、快く輪に加えてくれる皆に言葉には出さずとも箒は感謝していた。

 

だがそうは思ってもやはり今の状況は気に食わないものである。距離は縮まらずライバルは増えていく一方。友達百人ならともかく、ライバル百人なんて出来なくていい。流石にこれ以上は増えないと信じたいが……だが箒は嫌な予感が消えなかった。そう遠くない未来、あと二人くらい増えそうな気が……気のせいだろう、多分。

 

 

それもこれもみんな一夏のせいだ!

箒はいつものように結論づけると、やりきれない想いを胸に抱え、肩を怒らせて校内をのし歩く。すれ違う人は箒のムスッとした顔を見て、道を開ける。まさに箒大魔神様である。

 

 

「お怒りのようね」

 

その怒りの背中にかけられる言葉、振り返るとヤツがいる。ヤツの名は酢豚。だって酢豚持ってるし。

 

「酢豚鈴か。何のようだ」

「あの、あたしの姓勝手に変えないでくれる?……まぁ将来的には変える予定っていうか予約あるけどね。今はまだ流石に無理だから」

「何だと?どういう意味だ!」

 

酢豚娘に箒さん瞬間激昂。相変わらずの沸点である。鈴はフフンと勝ち誇った笑みを向けた。

 

「そんなにカッカしなさんな。綺麗な顔が台無しよ」

 

箒が「ぐぬぬ……」と小さく唸る。だがすぐに深呼吸し心を落ち着かせた。

 

「ふぅー。で、その手の料理は、やっぱり相変わらずの酢豚か」

「酢豚よ」

「一夏に食べさせるのか?」

「ええ。酢豚だし」

「幾らなんでも毎回作りすぎじゃないのか?飽きられるぞ」

「酢豚は飽きないもん」

「どうだか、お前それしか作れないのか?」

「……すぶた」

「フン。女たるもの好きな料理ばかり作ってどうする?栄養のバランスを考えて……」

 

「うっさいわね!いいでしょ!酢豚はあたしと一夏の絆なんだからね!」

鈴ちゃんも激昂。沸点の低さなら負けない!……胸は完敗だが。

 

「それに酢豚はいろんな食材を組み合わせられる万能料理だもん!どんなお肉も、お野菜もドンと来いだもん!パイナップルまで拒まずの凄いやつだもん!これだけで栄養をしっかり取れるんだからね!」

 

鈴はムキー!と吠えると、肩を怒らせて去っていく。アイツ何しに来たんだ?箒は首を捻る。それよりアイツは今から一夏に会いに行くのか……。

箒はため息を吐くと自室へと歩き出した。やっぱりライバルはこれ以上いらない。

 

 

 

 

 

「なんか一学期もあっという間だったなぁ」

「そうだね」

 

箒と鈴が意味のない会話をしていた別の場所では、一夏とシャルロットがのんびりお話ししていた。冷房が効いて適度な温度に保たれている室内は心地よい。やはりこの学園金かけすぎ、一夏は思った。

 

「一夏はさ、その、夏休みどうなの?」

「どうって?」

「えーと、予定とか……」

「特にないかなぁ。バイトも今年は必要なさそうだし」

「そ、そうなんだ」

「ああ。シャルは実家に……あ、悪い」

「いいよ」

 

謝る一夏にシャルロットが笑顔を返した。一夏は反省する。この前彼女の状況を聞いたばかりなのに。

 

「なぁシャル。夏休みさ、よかったらでいいんだけど」

シャルロットの笑顔がどこか寂しそうに見えた一夏が珍しく、本当に珍しく歩み寄りを見せる。

 

「その、もしヒマならさ。えーと」

「え?あの、一夏……?」

「シャルさえ良ければさ」

「は、はい」

「俺と……」 

「一夏さ~ん!」

 

しかしそう上手くいかないのがこの世界の掟である。空気読まないお嬢様が、今は懐かし中学生日記のような雰囲気になった二人の世界をぶっ壊した。何の悪意もなく人の想いを、舌をクラッシュさせる天下無敵のお嬢様。汝の名はセシリア也。

 

「購買にいたんですの?探しましたわ」

「セシリア?ど、どうかしたのか」

「ん?どうしたんですの一夏さん。驚いた顔をなされて」

「いや、別に。な、シャル?」

「……うん」

 

シャルロットさん珍しくおかんむり。チャンスを邪魔され不貞腐れる。全くこのセッシーは!

 

「一夏さん!私ついに掴みましたの」

「何を?」

「料理の極意ですわ!今からお見せ致しますわ」

「さーてと。俺そろそろ町内会の夏祭りの手伝いに……」

「一夏さん!」

 

セシリアの呼び声を振り切って一夏は逃走した。彼女の料理云々は嫌なことしか引き起こさない。先日の忌まわしい記憶が最近になって甦った一夏はひたすら逃げた。

 

 

 

 

「もう一夏さんたら!酷いですわ」

「そうだね。ねぇセシリア、納豆知っているよね?」

「ナットウ?……あの腐ったおぞましい臭いの豆ですか?」

「うん。一夏さ、その納豆を美味しく食べることが出来る女性が好きなんだって」

「な、なんと!」

 

セッシー驚愕。文化の壁に頭が一瞬クラッと来た。

 

「後『くさや』っていう日本料理も美味しく食べることの出来る人じゃないとダメだとか」

「クサヤ?ですか。何かあまりいい響きがしませんわね」

「ニオイが強烈らしいけど、日本人全ての好物でソウルフードなんだって。これを食べれない相手とは国際結婚なんて無理っていうのが日本人の常識らしいよ」

「そんなことが……」

「納豆以上の強敵だけど、僕セシリアなら克服出来ると信じてるよ。セシリアは僕の大切な友達だから」

 

セッシー大感激。自分は何て良き友を持ったことか。

 

「シャルロットさん貴女という方は……。ううっ私も貴女のことは大切な友人だと思っていますわ!貴女との友情にかけて、このセシリア・オルコット!必ずあの納豆とそのクサヤなるものを克服してみせますわ!」

「わーすごーい。さすがセシリアー」

「さっそく挑戦致しますわ」

「うん。がんばってー」

 

意気揚々と歩き去っていくセシリアの背中を見送るシャルロット。彼女が完全に視界から消えたところで、シャルロットはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

一夏は部屋に逃げ帰り一息つくと、部屋には先客がいた。

ベッドに誰かがスヤスヤ寝息を立てている。

 

「ラウラか……」

一夏は苦笑するとベッドに近づき彼女の頭を軽く小突いた。ラウラが寝ぼけ眼で見上げる。

 

「嫁か。お帰り」

「ただいま。ツッコミどころは多々あるが、とりあえず何してる?」

「お前を待っていたら鈴が来てな。美味そうな酢豚を持っていたから貰ったんだ。食いすぎたら、眠くなって……ふあ~ぁ」

 

ラウラが指さした先には、いつもと変わらぬ鈴特製の酢豚があった。

 

「パイナップル入りも良いものだ。酸っぱさの中にほどよい甘さがクセになる」

「そう?」

 

一夏は何故か可笑しくなった。ラウラが酢豚を語る日が来るとは。

そういえばラウラも、訓練の時の厳しさとはうって変わって普段はこんな幼子のような面を見せる。

酢豚の酸味の中でパイナップルの甘さが一層引き立つように、ラウラも軍人の凛としている一面があるからこそ、普段の幼い行動が一層可愛く映るのかもしれない。

 

「眠い。嫁、寝るぞ」

「その広げた両手は何だ。一緒に寝ろと?」

「当然だ。夫婦だからな」

 

一夏は苦笑するとラウラの隣に寝転んだ。照れくさいし、普段は彼女に注意していることだが、こういう日も悪くないと思った。

 

ラウラが身体を寄せてくる。その髪を撫でながら一夏も目を閉じた。

 

 

 

 

 

ありふれた日常。でもそういう何気ない日々が大切なのかもしれません。

 

 

そういう訳でIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ!」

 

自室で唸っていた箒は立ち上がった。あれこれ悩むのはやめだ。悩むより行動、それこそが今の自分には必要なのだから。

まずは一夏を誘いに行ってみよう。行き先は何処でもいい。とりあえず自分の方から一歩を。

 

箒は奥手な自分を叱責するように再度気合を入れると、一夏の部屋に向かった。

 

 

 

 

このあと一夏の待ち受ける運命については述べるまでも無い。

彼のミスを言うなら、慌てていたあまりカギをかけずにいたことだろうか。

 

ドアを開けた彼女が、ベッドでクラスメートと寄り添ってスヤスヤ眠る想い人を見てどういう行動を起こすか、それは「モッピー知ってるよ」というくらいに明白なことであるから。

 

 

 

 

そういう訳で彼の周りは今日も騒がしくなりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 




では皆様良いお年を。

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