P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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昔世話になって、現在は教師やってる先輩と飲んできた。このご時世、生徒のことでさぞかし苦労していると思いきや、先輩曰く「生徒が怖い?いやいやご冗談を。本当に怖いのは大人だよ。頭の固いジジババ委員会にPTA云々……」らしい。うーむ。


「コペルニクスもガリレオも」 「二人の前では天動説!」 「「この世界は二人を中心に回っている!」」
全く関係ないが、このフレーズを考えた人は天才だと思う。めっちゃ笑った。天才とはいたる所に遍在する。



織斑一夏の姉 (下)

「あらセシリア。お帰り」

学園に着いたセシリアが自室へと歩いていると鈴に声をかけられた。

 

「鈴さん。一夏さんは?」

「まだ帰ってきてないみたいなのよ。全く」

「そうですか……」

「そういやアンタの方は?その手荷物はもしかして」

「フフフ……特訓を終えた私の真の実力、貴女にも見せて差し上げましてよ」

「ム。言うじゃないセシリア。ならあたしも後で見せてもらうわよ」

「望むところですわ」

 

セシリアは不敵な笑みを浮かべるとその場を後にした。

 

 

部屋に戻ったセシリアは作り上げた料理を広げる。特製の容器に入った料理は軽く温めたりするだけで、作り立ての美味しさそのままの味で出すことが出来る。

 

だがその料理を眺めていると、ふとムクムクとある欲望が湧いてきた。

どうも作った料理がパッとしない。常にエレガントさを求める彼女には、どことなく凡庸な見た目が気に入らなかった。自分が作ったものにしては優雅さが感じられない。

 

『余計な手を加えるな』

親友が何度も繰り返した言葉を反芻する。だがそれで本当にいいのか?という思いが湧き上がる。100%言われた通りに作った料理、いわばコピー品。それは本当に自分の料理だと胸を張って言えるのか?

 

セシリアは腕組みして長い間考えた。親友の助言を取るか、自らの欲望を取るか。

そして考え抜いた彼女は、終にある言葉を発した。

 

 

 

「いろどりがたりませんわね」

 

それはセシリア・オルコットが自らの欲望に負けた瞬間だった……。

 

 

 

 

 

「ただいまセシリア。友達の件ごめんな。急に千冬姉から用が入って」

「いいんですの。一夏さんお帰りなさいませ」

 

そして夜、電話を受けたセシリアが一夏の部屋に行くと、鈴も既にいた。面白そうにセシリアを見ている。

 

「鈴から聞いたんだけど、何やら自信があるんだって?」

「はい。チェルシー監修の自信作ですわ」

「そっか。なら安心、じゃない、期待できるな。俺メシ食ってなくてさ。千冬姉は急な用事入ったって言って、人呼んでおいてさっさと何処か行っちまうし」

「ホラ拗ねないの。じゃあセシリアさっそく見せなさいよ」

 

鈴に促されセシリアは自信満々に料理を広げる。今こそ自分が作り上げた自信作を!

 

 

しかし期待に目を見張っていた一夏と鈴の表情が、その「料理」を見た瞬間固まった。なんだコレは?この禍々しい色と臭いは?

 

「セシリア、あの?これって……」

「さあ一夏さん。召し上がってください!」

「え?でも……」

「一夏止めなさいよ。これどう見てもおかしいわよ」

「鈴さん!何を言うんですの。これはチェルシーの協力の下私が作り上げた自信作ですのよ」

「本当?どう見てもヤバイじゃない」

「全く。これだから酢豚にパイナップルを入れるような人は……この優雅な料理を理解できないのですね」

「セシリア。気を悪くしたら申し訳ないけど、本当に、本当に大丈夫なんだよな?」

「もう一夏さんまで!大丈夫です、何度も味見しましたから」

 

ホテルでは、とセシリアは心の中で付け加える。先程「少し」手を加えたとはいえ、そんなに味は変わっていないはずだ。

 

「そうか。……良し!分かった、頂くよ」

「一夏止めなさいって。どう見ても普通じゃないよコレ」

「鈴さんは黙って!」

「鈴、俺はセシリアを信じるよ。じゃ……いただきます!」

「はい!沢山召し上がってください」

 

 

 

 

 

そしてしばらくしてIS学園に救急車の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「ううう。一夏さん、どうしてこんな事に」

暗い救急病院のロビーでセシリアは涙を流した。テメェのせいだろ!他に居合わせた少女達は彼女を睨みつける。

 

あの後男らしく豪快に一口食べた一夏は軽い痙攣を起こした後、その場にぶっ倒れた。何事かと慌てるセシリアをよそに鈴が泡を吹いている一夏の気道を確保し、校医を呼びに行ったおかげで最悪の事態は何とか免れることが出来たのだ。

 

しかしまだ予断を許さない状況である。後れてやって来た彼を慕う少女達が一心に無事を祈っていた。一方で元凶の少女をありったけ呪いまくるが、口には出さない『病院内は静かに!』という常識があるからだ。

 

しかしそんな常識を守れない人物がそこまで迫っていた。

 

 

始めに「ソレ」を感じたのはラウラだった。戦場で培った感覚が、何か恐ろしいモノが向かっていることに気付く。何だろうか?とてつもなく恐ろしい。ラウラの全身に鳥肌が立つ。

 

そしてラウラの感覚から数秒遅れて「ソレ」は現れた。

 

 

鬼がいた。

そこにいたのは鬼だった。

 

「フー!フー!」と荒い息を吐いて、全身から湯気のようなものをうっすらと出しているように見える。禍々しい気を放つソレはヒトを超越した存在。愛する弟を集中治療室送りにされた姉という鬼がいたのである。

 

「きょ、きょう、かん?」

ラウラの声が震えて、うまく言葉にならなかった。恐ろしかった、ただ恐ろしかった。

 

鬼、もとい千冬は「グッ」と少し腰を落としたかと思うと、ものすごいスピードでこちらに向かってきた。数十メートルあった距離が一瞬に無くなる。「人間やめますか?」というくらい恐るべきスピードだ。

 

 

『学校の廊下を走るな!』普段生徒にそう注意している千冬は更に上位の『病院の廊下を走るな!』という掟をぶち破って、一つの放たれた魔弾となって憎き元凶へと向かう。

 

「オル、コットォォォオオオオオ!」

「お、織斑せん……ほげぇ!」

 

そしてスピードを殺すことなく放たれた、千冬の強烈なビンタが元凶の少女を文字通り吹っ飛ばした。

拳を固めなかったのは、千冬に残った教師という最後の良心に違いなかった。

 

 

その時の様子を、偶然居合わせた酢豚(仮)は後にこう語る。

 

『マンガにあるでしょ?『聖闘士星矢』とかさ。まぁΩの方でもいいけど。殴った相手が上に飛んでいくってやつ。あたしもあんなのマンガの世界だけだと思ってたのよ……。でもね、その時セシリアは確かに飛んだのよ。宙をくるくる回りながらね。あの時のセシリア、まるでバレリーナのように優雅に空を舞っていたわ……』

 

とまあ、結局強制的に四回転半ジャンプをやらされたセシリアは、顔面から地面に着地した。そこには優雅さなど一つも無い。あるのは「悲惨」それのみだった。

 

「フー!フー!」

 

千冬の荒い息が静かな病院に響く。間近でその恐怖を目の当たりにしたラウラは既に涙目だった。歯をガチガチさせ、足を内股にし、何かを堪えるように震えていた。

 

「あっ……」

ラウラが小さく声をあげて、そのままペタンと地に座り込んだ。

 

彼女の断末魔のような呟きが何を意味していたのか、それは誰にも分からない。例え分かっていても、口には出さない優しさを持った少女達だったから。

 

「フー!フー!フゥー、フゥー」

 

ようやく千冬の息が収まっていく。だが誰もその場を動くものはいなかった。真の恐怖を知った少女達はただ震えていた。

 

 

こうして酢豚から始まり、一人のお嬢様によって引き起こされた騒動は、その元凶のノックアウトという結末で終わりを告げたのである。

 

 

 

 

 

「おはようー」

「おはよ。あ~まだ眠いよー」

 

朝。学園に通う少女達の眠そうな声があちこちから聞こえる。凰鈴音はそんな日常の風景に軽い喜びを感じ、天を仰いだ。

 

あの後皆が恐怖に震える中に届いた吉報。一夏が目を覚ましたという報せにどれだけ安堵したことか。皆で抱き合って、涙を流して彼の無事を喜んだ。気絶している元凶の1名を除いて。

 

不思議なことにあれだけの症状を見せたにも拘らず、目覚めた一夏はスッキリした様子だったらしい。後遺症も無く、身体にも異常は何一つ見つからなかった。

一応念のため一晩入院することになったのだが、千冬が「もう心配いらない」と他の少女達を強制的に帰らせた。だからきっと大丈夫なのだろう。

 

 

 

余談だが、実は運ばれて来た一夏は当初手の施しようがない状態だった。医者が匙を投げかけた時、何の前触れも無く元気に起き上がったのだ。

医者たちは、セシリアが作った料理には自分達さえ理解の及ばない効果を人体に与えるのではないか?と考えているそうだ。彼女の料理の謎を解明することによって、人類は更に先に進めることが期待されている……かもしれない。

 

 

 

「おはよう鈴」

「一夏!アンタ大丈夫なの?」

 

いつも通りのんびりした様子で現れた一夏に、鈴が勢いよく問いかける。

 

「何が?」

「何って。アンタ……」

「なんか俺昨日の記憶が曖昧でさ。目が覚めたら病院だったし。不思議だよなー」

「え?ちょっと一夏?」

 

狼狽する鈴を置いて、一夏が級友達に挨拶をしにいく。鈴は呆然とそれを見送った。どうなっているのだ?

 

「一種の記憶喪失だ」

「千冬さん?」

 

不意にかけられた声に鈴が振り向くと、千冬が仁王立ちしていた。あまりのタイミングの良さに、鈴は声をかける機会を狙っていたのではないか、と思った。

 

「あまりの体験に脳が無意識に思い出すのを拒否しているのだろう。……可哀想に」

「千冬さん……」

 

鈴が辛そうに千冬を、そして離れた一夏を見る。

 

「悲しいことですわね……」

「ちょっと!……ハイ?セシリア、なの?」

 

聞こえた元凶の声に鈴が怒って振り返ると、そこには確かにセシリアがいた。ただ頬の片方が尋常では無いくらいに腫れ上がっている。鈴は痛ましさに思わず顔を顰めた。

 

「鈴さん。今回のことは全て私の責。お怒りは当然ですわ」

「へ?いや、まぁ、そうだね」

 

だが今の彼女の顔を見ると、とても怒る気にはなれない。

 

「この顔はその罰だと思っていますの。ですから……」

「そういうことだ」

 

千冬が前に出て、セシリアに並ぶ。

 

「私とて正直まだ納得していないし、アイツの家族として許してはいない。だが一介の教師として、お前らを導く者として、今回のことは水に流さねばならないと思う。具体的にはイギリスとの外交問題もあるし、いくら学園が治外法権とはいえ、さすがに生徒をここまでぶん殴ったことがバレると、教育委員会や、PTAの奴らがうるさそうだしな」

 

おい教師、本音がただ漏れているぞ。鈴はそう思ったが当人達は既に和解し、握手などしている。

 

「そういう訳だオルコット。すまなかったな」

「いえ私が悪いのです」

「まぁ、姉として今後もアイツのことをよろしく頼む」

 

そんな感動的な両者の和解。しかし……。

 

「分かりましたわ!お義姉さま」

「誰が貴様の姉だ!」

「ほげぇ!」

 

口は災いの元。恨みが完全に晴れていない千冬の鋭いビンタが再度セシリアをぶっ飛ばした。「ヤベッ」そんな千冬の呟きが聞こえる。鈴はぶっ倒れたセシリアの下に多くの生徒や教員が駆け寄っていくのを、どこか人事のように見つめていた。

 

 

 

 

「おはよセシリア。今日は遅……わっ!」

「おはようございます一夏さん」

「ど、どうしたんだ?その顔!」

「これですか?片方の頬は昨日熊に殴られて、もう片方はさっき蜂に刺されましたの」

「熊?蜂?」

 

訳が分からず「?」が回る一夏をよそに、遅れてやってきた山田がHRの始まりを告げた。だが山田の顔には、朝から凄い心労の色が見て取れる。

 

「……おはようございます皆さん。ではHR始めます」

「先生。千冬姉……じゃなくて織斑先生は?」

 

一夏の質問に山田が「ビクッ!」と身体を振るわす。一夏は不思議そうに見た。

 

「お、織斑先生は、その、急きょ教育委員会の方へ、えーと出張?が決まりまして……」

「そうなんですか?にしても教育委員会かぁ。凄ぇなー」

「ハ、ハハ。そう、ですね」

 

一夏の純粋な感嘆に山田が顔を引きつらせる。セシリアは自分の席でニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

 

そうして担任が一人欠けた教室で、いつも通りの一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

彼女の頬の腫れが引く頃には、このような悲劇も忘れて皆楽しく笑いあっているはずである。

身体に受けた傷も、心に負った傷も、人は克服していく強さがあるのだから。

 

だから大丈夫。一人の教師の経歴が傷を負ったのだとしても、そういうのを乗り越えていく強さを、このIS学園に通うものは皆持っているのだから。

 

 

 

そういう訳でIS学園は今日も……多分平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






先日担当さんの好意で、某ゲーム会社を主とするライターさんと少しだけお話しする機会を頂いた。
昨今素人目にも厳しい業界の状況だと思っていたが、それでもトップクラスの書き手が貰えるマネーに驚く。


結論、エロゲー王に俺はなる!


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