P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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第2話 『悪魔』

「人の記憶を消したり書き換えたりするのはフィクションの鉄板だけどさー。実際はそんな都合よくやれるものじゃないんだよね」

 

篠ノ之束はいつもの脱力した声色で目の前の女性に話しかける。

 

「そのくらい人の脳ってのはややこしく解明されてない謎も多いんだよ。これだけ科学が発展しても人間の限界って未だ未知数なことが多いんだ。面白いよねー」

 

ガクガク。

女性は同意するように顔を前後に揺らす。

 

「そうそう科学といえばさ、まずこの手の話の究極的なものとして真っ先に挙げられるのが『タイムマシン』だよね。でもさーこれって普通に無理なんだよ絶対。質量を持った無機物を遠くにテレポートさせることさえ不可能なのに人間を、しかもそれを過去未来に飛ばすなんてさー。ねぇ?」

 

ガクガクガク。

女性は尚同意する。

 

「ただね束さんはこうも思うわけなんだよ。人そのものを過去未来に送ることなんて絶対に出来ないよ?でも記憶というものを完全に人が支配できるようになればさ、擬似的にそれを起こすことは充分可能になるんじゃないかな?早い話脳みそいじくって相応の記憶と知識与えて『自分は未来人だ』という風にでも仕立てればいいわけ。まぁほぼ只の変人扱いされるだろうけどさ」

 

ガクガクガクガク。

女性は狂ったように同意し続ける。

 

「浦島太郎化は技術的に近い将来そう難しくはないかもね。記憶を消去した適当な奴をさぁ、コールドスリープにでもして100年後くらいに目覚めさせてやればいい。ふふ。それにしても100年後の世界なんてどうなってるんだろうねー?政治、宗教、科学技術に世界情勢。そしてIS。いやぁ~ちょっとワクワクしない?」

 

ガクガクガクガクガク!

もはや同意という言葉など当てはまらない感じに女性は身体を揺らし始める。

 

「ありゃりゃもう壊れちゃったかー。やれやれせっかく束さんがお話してあげていたのにさー」

束はつまらなそうに言うと、女性の頭に繋がっていた数本の管を引き抜いた。その勢いで女性が座らされていた椅子から転げ落ちる。そして痙攣したように身体を小刻みに震わせた。

 

「つまんないのー」

ピンを刺された昆虫のように、時折手足をバタつかせる女性を見下ろしながら束は子供のように言った。

 

殺風景な部屋の中に時折僅かな機械音のみが聞こえる。

束は暫し中腰で昆虫を観察するように女性の様子を見ていたが、興味を無くした様に立ち上がると机に投げ捨ててあった携帯を取った。そしてプッシュする。

 

「あっ。もしもーし束さんだよー。いきなりで悪いけどさ、例のヤツあと二つほど追加よろしくねー」

 

「ん?無理?あはは何言ってるのー?だいじょーぶ、今回も細かい指定はしないからさー」

 

「もう勘弁してくれって?……あのさぁ誰が君の会社を上場企業にしてやったのかな?束さんとの関係を終わりにしたいって言うなら別にそれでもいいよ?でもそうなら君にも相応の覚悟をして貰うことに……」

 

「あははー。そんなに怯えないでよー。君とその会社とはこれからも良きパートナーの関係でいたいからさ。じゃあ揃ったらよろしくねー。お金はそっちの言い値でいいからさ。……でも今回みたいな二十歳超えたババアは止めてよね?若いって言ったらそれ相応のを用意してよ」

 

「ふふ。だからそう怯えなくてもいいって。じゃあ出来るだけ早くヨロシクねー」

 

束は電話を机に放り投げると「んー」と一伸びした。実験は芳しくなかったが、まぁいい。いくら天才とはいえ一発で納得できる結果を出せるものなどいやしない。根気よく続けることこそが大事なのだから。

 

「束さんってば科学者の鑑だねー」

ウンウンと束は一人頷く。さて材料が届くまでどうしようかな?

 

 

 

「悪魔……」

 

そんなか細い声が聞こえ、束は驚いて視線を下に落とす。そこには先程の女性が地に伏せったまま束を睨み上げていた。

 

「おおーまだ話せたんだー。完全に壊れたかと思ったのに」

「この悪魔……!」

「んん?……悪魔?束さんが?ふむ悪魔、悪魔かぁ。うーん中々いいね~」

 

束は小さく笑ってその言葉の意味を考えてみた。天才に天災等。自分は世界で様々な言われようをしてるが、悪魔というのは結構新鮮かも。

 

「この悪魔め……!人の命をなんだと……」

「んー?君は何を言っているのかな?」

 

束は不思議そうに首を捻る。

 

「そもそも君は『人』じゃないじゃん。君は私が買い取った『商品』なんだからさ」

「商……品?」

「そーそー。父親の借金の形として売られたわけ。っていうか君自分で志願してそうなったんでしょーが。むしろ君は私に感謝しなきゃいけない立場なんだよ?私が購入代金としてその借金を肩代わりしなきゃ、君の一家は全員路頭に迷うどころか、家族全員が怖い人たちに地獄を味合わされていたんだからね?」

「私の家の崩壊を招いたのはお前のくせに!お、お前がISなんてものを造らなければ父さんは……」

「はー。やれやれ馬鹿はこれだから救いがないんだよなぁ」

 

束はウンザリしたように両手を広げる。

 

「君の資料は読んだよ。商品のことを知るのは購入者として当たり前のことだからね。君の父親はISの誕生と女性優遇の煽りを受けて没落したんでしょ?でもそれを私に当たるのはお門違いだよ」

「悪魔……」

「地下の岩石爆破の為に生み出されたダイナマイトを戦争に利用した。農作物改善の為の除草剤を兵器として利用した。その場合の責は全て開発者が負わなければならないのかな?違うでしょー」

「悪…魔…」

「私はISを造った。でも別にこんな女尊男卑の世界なんてのは考えてもいなかったよ。そうしたのは世の馬鹿どもがISの便乗に応じて勝手にやっただけ。結局は天才がどんなに優れたものを作ろうと、それを扱うのが大衆の馬鹿である以上、こんな差別溢れる世界になったように、何処か歪みがでるものなのさ」

「あく……ま」

「それともこんな目に遭うなんて思わなかった?でもさこれって普通に当たり前の事なんだよ?治験ってバイト知ってる?ソレと同じ。結局のとこ人の可能性を探る為の実験には、最終的に人で試す他ないわけ。むしろ自分のつまらない人生が最期に科学躍進の為に使われたことを誇りに思ったらどうだい?」

 

虫のように地に這いずりながら自分を見上げる姿に、束は少しサディスティックな思いを抱いた。身を屈めて女性の視線の高さに近づいてやり、問いかける。

 

「ねぇそれよりどんな気分?ソッチの勝手な言い掛かりとはいえ、自分の人生を滅茶苦茶にした相手に買われて、家族を救われて、そして今その憎っくき相手の手によって惨めな生涯を終えるってのは?ねぇねぇ最後に教えてよー。今……どんな気分なのさ?」

「………ぅ」

 

女性は最後の抵抗とばかりに涙を流しながら束を睨みつけた。だがその抵抗も直ぐに終わり、そのまま顔を地に伏せて動かなくなった。

 

「父さん……」

 

最後に父の名を呼び女性は沈黙した。束は冷めた目でそれを見下す。

理解できない。親という血の繋がりしか見出せないどうでもいい関係な者の為に、どうして子が自ら犠牲になるという考えに至るのか。まったく理解できない。

 

「ま、だからこそ馬鹿は馬鹿なのかもねー」

束はそう自分を納得させると、女性の眼球の動きを確認した。

やはりもう壊れていた。もうコレは動かない。永遠に。

 

悪魔。

束は女性に言われた言葉を思い出す。果たして自分はそのような存在なのか。

否、それは違う。自分はただやりたいことをやっているだけだ。したいことをする、子供の頃は誰でも抱いている思いだ。人が持つ原始の欲求。それが大人になるにつれ常識や建前などくだらない思いで自分を誤魔化すことに精一杯になる。

 

くだらない。束は冷笑と共にそんな思いを嗤った。

自分はそんなツマラナイ人間になどなりたくなかった。だから力を手に入れた。ISを造った。結局の所そんな綺麗事や建前を並べるのは、やりたいことをする力もなく、それを認めることも出来ない馬鹿共の最後の抵抗だ。むしろしたいことをして生きている、本能に従って生きている自分の方がよっぽど生物として正しいのではないのか。

 

「ごめんね君。やっぱり私は悪魔より人間の方がいいや」

束はもう動かないモノを見下ろすと「くっくっ」と小さく笑った。

 

「でも中々に面白かったよ。それに評して君の『処理』は私自身でやってあげようかな」

束は右手にISを部分展開する。一瞬にして兵器に変わった右手をうっとりするように見つめた。

 

我ながら大したものを造ったものだと思う。既存の技術を全て過去にしてしまった魔法の技術。そして使い方次第で全てを可能にする。例えば……完全犯罪とか。

束はその完全犯罪という考えにまた妙な笑いがこみ上げてきた。そして今世間を賑わす殺人事件の被害少年のことが頭によぎる。

 

まったくわからないものだ。束は珍しく過去を振り返る。

あの日自分が手を回したのは確かに事実。だが彼が本当にISを動かせるなど期待していなかったし、その後まさかIS学園に通うことなく、有象無象の大衆という馬鹿への道を選ぶなんて思いもしなかった。

それが腹立たしく、だが同時に妙な高揚感を抱いたものだ。

やはり自分は根っからの科学者なのだと思う。自分の思い通りにならないことに癇癪を抱くとのと同じに、そのことに興味を抱き、その原因や要因、解決を突き止めたくなる。

 

「だから人って面白く愉しいんだよ。……ねぇいっくん」

恋する少年を想う少女のように、束は何も無き虚空に向けて一人微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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