P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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もう一度言いますがこの作品はダーク的なものです。
ので、ご注意を。





第1話 『暗転』

光の中を歩いていた。

暖かな日差しが降り注ぎ、清々しい風が吹き抜けていく。空を見上げれば心を和ませる青空が一面に広がっていて、耳を澄ませば小鳥が囀る心地よき鳴き声が聞こえてくる。

そして隣を歩くのは愛する人。彼女が嬉しそうに微笑んでくる。

 

幸せ。そうだ幸せだ。これ以上何も望むものはない。

 

本当に、本当に、しあわせだ……。

 

 

 

だが次の瞬間、その幸せな風景は一変する。

あたかもガラスがひび割れていくようにそれは壊れていく。日差しも、風も、小鳥も、何より大切な彼女さえも。ただ静かにひび割れ壊れて行く。

 

そしてひび割れて行くセカイから代わりに出現してくるもの。それは闇だった。

闇が空を覆いつくし、周りを押しつぶしていく。セカイが闇に呑まれていく。

 

そんな事を認めることなど出来なくて、そこに居るはずの彼女に向けて手を伸ばした。だが掴めたはずの彼女の身体には触れることなく、ただその手は漆黒の虚空を掴むのみ。どうすることも出来ずただ懸命に手を伸ばし続ける。

 

そしていよいよセカイは闇に塗り替えられた。

だから逃げた。闇に呑まれたくないから。暗い場所で一人ぼっちは嫌だから。懸命に光ある場所へと走る。

 

だがどれだけ走っても闇からは逃げられない。いよいよ走れなくなってその場に蹲ると何も見えなくなった空を見上げた。一人は嫌だ、独りでいるのは耐えられない!

 

闇が自分の中にまで侵食していく。終わりが迫ってくる。

それが堪らなく怖くて空に向け再度手を伸ばす。そして救いを求める言葉をあらん限りに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「助けて!」

 

自身の発した言葉によって織斑一夏は目覚めた。荒い息を吐いたまま直ぐに身体を起こす。

 

「うげぇ……」

身体を起こした拍子に思わずえずいてしまう。本能のまま吐こうとするが、涎以外何も出ることなくただ苦しみに身を任せるしかなかった。

 

暫しの苦しみに耐えた後ようやく少し楽になった一夏は顔を上げ周囲を確認する。だが何も見えない。今しがた見ていた悪夢の続きとばかりに辺り一面には闇が広がっている。一夏は唾を飲み込むと信じられない思いでこの漆黒の空間を探ろうとした。

この現代社会において何も見えない程の闇に覆われるなんてことは普通あり得ないからだ。どんな道にも街灯が備えられていて、町には深夜でも点在する店の明かりが煌煌と照らしている。他の家を見ればどこかそこかに明かりが点っていて人の営みを感じさせる。

 

なのに今居るこの場所には何もない。光が何一つとして見当たらない。

こんなことってあるのか?一夏は歯をカチカチ鳴らしながらただ呆然とするしかなかった。自分はまだ目覚めていないんじゃないのか?あの悪夢の続きを見てるんじゃないのか?そんなことを思う。

だがこれは現実なのだと自分の本能がそれを否定する。何より身体を突き刺す寒さが嫌でもその事実を一夏に認識させた。

 

寒い。もの凄く寒い。

一夏はあまりの寒さに己の身体を掻き抱こうとして、止まった。

 

「なん……で……」

寒いのは当然だ。何故なら一夏は服を着ていなかった。下着すら身に着けていない姿で、この寒い夜に眠っていたのだから。

 

おかしい。こんなの絶対おかしい!一体どうなってるんだ?一夏は一層大きく歯を鳴らしながら震えた。

なんで全裸で眠っている?

ここは一体何処なんだ?

俺は何をされたんだ?

 

怖い。涙が目に滲んでくる。でもそれを情けないなんて思う余裕はない。耐え切れず一夏は涙声で何も見えない前方の闇に向かって口を開いた。

 

「す、すみませ……ん」

震えて声が上手く出ない。それでも唾を飲んでもう一度声を出す。

 

「誰か、誰か、い、いませんかー?」

だが返って来るのは無情の静寂だけ。誰からの返答もない。

 

一夏は絶望的な思いで周囲を見渡した。何も見えない闇が怖い。本当は鼻先直ぐ側に『何か』が居て自分を食べようとしているのでは?そんな思いが止められない。

 

「……あっ!」

だが一夏はそこでようやく救いを見つけた。この闇の中で発する微かな光。いや光というにはおこがましい程の灯りだがそれが確かに見えた。

 

転げ落ちるように眠っていたベッドから降りると、そのまま四つん這いでそれに向かって進んだ。

この小さな赤い光を自分は知っている。見たことがある。一夏はそれに辿り着くと希望を込めて手を伸ばした。そう、これはテレビの電源の灯りだ。

触ってみるとやはり質感はテレビのソレだった。何も見えないまま電源ボタンを懸命に探す。テレビが点けばこの見えなき闇から開放されるからだ。願いを乗せて手当たり次第にボタンを押した。

 

そんな願いが通じたのか、あるボタンを押した後「プツン」という音と共にテレビが点いた。

やった!一夏は思わずガッツボースを作る。そして普段は何とも思わないその人工的な光に感謝した。

良かった、これでもう大丈夫だ。

 

「え?な、なんだよ。ここ……」

だがその大丈夫、という思いは早くも崩れる。

 

一夏が立っている場所。そこは異様な光景だった。

家具やテーブルなどが一様に壊され、床には大小様々なものが散乱している。僅かに覗く窓から見える外の景色は同じく一面の闇だ。

 

見えてきた異様な光景に新たな不安を覚えながらも、一夏はテレビが発する光によって壁にかけてあった服を見つけることが出来た。いやこれは服というより白衣だろうか?だがどんなものでも今は身体を覆うものはありがたい。

大き目のサイズのそれを羽織ると少し気分が良くなった。嬉しいことにボタン式になっていて、それをしっかり留めると心なしか随分寒さが紛れた気がした。

 

まずはこれからどうするかだ。

一夏は口元に手をやりながら考える。まずどう考えてもこの状況は尋常じゃない。知らず何かに巻き込まれた、と考えるのが普通だろう。おそらくは誘拐か何かされたのでは?

昔の忌まわしい記憶が蘇り一夏は首を振る。とりあえずここから出て助けを求めなくては。警察?いやまずは千冬姉に連絡か?どうするべきなのか。

ただもし誘拐などの事件に巻き込まれたというなら、なぜ犯人の姿が見当たらなくて且つ自由に動けるのか。拘束された後もなければ人が居た気配さえここには感じられないのに。

 

一夏は自分を落ち着かせるように大きく一息吐くと決心する。

まずはとにかくここを出よう。そして助けを求める。それが第一だ。

 

『犯人』の存在は気になるが、まずは何か必要な物を探してみることにする。一夏はその思いで周りを必死に見渡した。もし携帯電話でも見つかれば最高だ。それで全てが解決する。

 

「えっ?」

しかし視線を物が乱雑する床の一角に落とした時に、一夏の視線はそこで固まった。

 

何故ならそこにはお金の山があったからだ。一万円札が無造作に捨てられたように、幾つもの小さな山となって散らばっている。一体どれ程の大金なのだろうか?想像も出来ない。

だが今はそのお金の魅力に魅了されている余裕などなかった。むしろそれは余計に一夏を混乱させる。一体どうなっているんだ?何なんだこのお金は?

 

分からない。頭がクラクラする。

そんな混乱した状況で足を踏み出した一夏は何かに躓きその場で転んでしまった。

 

「痛てて」

尻餅をついた身体を右手を支えにして起き上がろうとする。

 

ぬちゃ。

そんな不快感伴う音と共にずらした右手が何かに触れた。反射的にそれを掴んでしまう。そのまま右手を光が点るテレビ前でかざした。

 

右手が掴んだモノ。それは細切れになった動物の腸だった。

図鑑や教科書でしか見たことがない『何か』の動物の腸。未だ生暖かく血のようなものが粘着している。そんなグロテスクな内臓の一部が握られている。

 

「……っ!」

それを投げ捨てると一夏は左手で口元を押さえた。吐き気と叫び声を上げてしまいそうな己を一心に抑える。

 

こんなのあんまりだ。もう沢山だ。

一夏は涙目で助けを請う。これが誘拐でもタチの悪い冗談でもなんでもいい。参ったから。もう止めてくれ。許してくれ。

 

こんなモノが散乱している場所で何か必要な物を探す気力なぞ一夏にはもう無かった。とにかくこの悪夢のような場所から出よう。それで全て終わる。そう願い身体を起こして出口へ歩き始めた。

 

 

 

 

「こんばんは。10時のニュースの時間です」

 

「まずは連日お伝えしている『織斑一夏さん殺害事件』の続報をお伝え致します」

 

「今日警察への取材により織斑一夏さん殺害のその経緯について新たな証言が……」

 

 

足が止まる。止めたくないのに止まる。一刻も早くここから出て行きたいのに動けない。

ゆっくり、ゆっくりと身体を反転させテレビに向き直った。そこに映っていたのは自分の顔。物心ついてから毎日鏡で見ている織斑一夏の顔。それが『殺人の被害者』として顔写真が映っている。そしてその殺害の詳細がアナウンサーによって語られている。

 

「なんだよ……」

唖然としながらその思いを呟く。

 

「なんで俺がテレビに映ってんだよ……」

信じられない、信じたくない思いでただそれを言葉にする。

 

「なんで……何で俺が死んでるんだよ!」

 

足の力が抜けてその場に蹲る。

そしてとうとう耐え切れず一夏は絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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