P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
主役だって、脇役だって、モブ1だって……。
みんな生きているんだ!
断固たる決意……!
五反田弾は対面に座る彼女……凰鈴音が言った言葉を噛み締めるように心で唱えた。何か取り繕ったように言われた気もしないでもないが、それでも彼女が自分の為に言った言葉だと信じよう。
恋人を持つという意味。その道筋はとても険しいものだ。しかもそれが主人公の親友ポジという立場なら尚更のことである。弾は己の境遇を改めて思う。鈴の言葉を全部鵜呑みにするつもりはないが、それでも難しい立ち位置なのは変わらないだろう。
だがしかし、ここからである。
俺ら(親友ポジ)の闘いはこれから。決して試合終了にはさせない、まだ終わらんよ!
「鈴。俺頑張るよ!」
「うん?なんだって?」
せっかくの決意の言葉をアホ面で聞き返してくる少女に弾は内心ムカついたが、そこは流しておく。寛容さこそが自分のようなポジでは大事なのだから。これが私の生きる道。
「断固たる決意。これを胸に俺は未来を生きていくぜ!」
「ほぇー。ま、がんばって~」
ストローをくわえ投げやりに鈴は言う。
もう少し真剣に賛同してくれてもいいじゃないか。これが決して超えられぬ脇役の扱いというものなのか?弾はちょっぴり悲しくなる。だが、どうせ自分の扱いなぞこんなものかと一人達観した。
「……ああそうだ。諦めるのはまだ早い。ダンコ五反田の精神で俺はいずれ彼女をGETしてやる!」
「それは無理。そんな未来はどの世界線にも存在しないの。そんなシュタインズ・ゲートはありません」
「おい!そりゃないだろ!」
鈴の世界線をも跨いだ全否定に弾が早くも崩れ落ちる。
「お前が言ったんじゃないか!断固たる決意で臨めってよぉ!」
「それはアレよ」
「何だよ!」
「リップサービス」
弾は震えながら拳を握り締める。
もう限界ですよお嬢さん。
「鈴!テメェいい加減にしろ!そんなに俺を苛めて楽しいのかコンチクショウ!」
「まぁ落ち着きなさいな。あたしのスマホの待ち受けヨッシーでも見てさ。さぁ一緒に……ヨッシー!」
「ヨッシー!……ってアホかお前!そんなんで誤魔化すんじゃねぇよ!」
「まぁまぁ。でもここであたしが認めちゃったら、今まで散々弾がモテない理由を述べてきたことと矛盾しちゃうじゃない」
「お前の言うことは始めから支離滅裂だよ!」
「弾はモテないのが確定してるの。それは正に宇宙の真理。TO LOVEるにおける、リトさんのハレンチスパイラルのような絶対的なもの……!」
「そんなの勝ち目ゼロってことじゃねぇか!」
「イエース!ヨッシーヨヨヨッシー!」
意味不明の返事を出す鈴を前に、弾はいよいよ頭がおかしくなる感覚を覚えた。
げんじゅつし酢豚魔人に何時の間にやらメタパニでもかけられたのか?
「……どうして?」
不意に弾の曇りなき眼が涙で滲む。
男は泣くものじゃない。そう祖父から、父から教えられてきたであろう男の涙。その意味は重い。
「俺はただ……普通の高校生のように彼女が欲しいだけなのに……!」
弾の頬を涙が伝う。
それは決して弱さを見せぬ男が零してしまった想いの欠片。
普段泣くことを許されない男が流す涙は見る者の心を強く揺さぶるのである。
……まぁでも弾の場合は普段から妹にリアルに泣かされてるヘタレ野郎なので、鈴の琴線にはピクリとも反応しなかったのだが。つーか男の汚ェ涙一つで女の心を動かせると思ったら大間違いだ。天下の女子高生舐めんな。
しかし流石に友人が可哀想になってきた心優しき鈴ちゃんは、腕を組んで静かに語り始める。
「弾。萌え豚ご用達作品における親友ポジには大まかに分けて二週類があるのよ。一つは情報通の残念イケメン。んでもう一つは主人公の完全引き立て役」
「はぁ?」
「引き立て役に関しては述べるまでもないでしょ?主人公より全方位でダメな友人を対比させることにより、『コイツよりはマシ』と主人公を印象付けられるから」
「はぁ」
「それで弾の場合は……まぁ前者よね。情報持ってくる役割は学校が違うから難しいかもだけど」
「お前次は何言い出す気だよ」
「まぁ聞きなさい。この手の主人公は容姿的にも大概平凡設定。なのに友人ポジはイケメン。その意図するとこは何だと思うかね?悩める非モテ少年よ」
「俺が悩んでいる原因は今正に目の前にいる女のせいなんだが」
「やはり弾じゃ分からないか……。仕方ない教えて進ぜよう」
ダメだこの酢豚、誰か何とかしないと……。
人の話をまるで聞かない酢豚に、弾は哀れみの酢豚を見るような目で酢豚を見る。
「オタクというのは自己投影してナンボの生き物。主人公の平凡設定なんかはその現れなのよ」
「Oh……」
「一方で『おいおいこんなのが実際モテるわけないじゃん……』という属性持ちの主人公も多いのよね~。アニメオタクとか、天邪鬼なぼっt……」
「止めろよ!危険なこと言うのは止めてくれ!ほんと止めて下さいよぉ!」
弾の涙の叫び。これ以上はクレーム案件間違いなし。アフタフォローはもう嫌だ!
何時の世も、例えば驕った政治家ジイさんらが、うっかり口を滑らすことの後始末は大変なのである。
「分かってんだよ!オタクだってバカじゃない!分かっててその世界に浸ってんだよォ!」
「ふむ……?」
「別にいいじゃねぇか夢見るくらい!理想の優しい世界くらい創作に夢見て何が悪い!現実は厳しいんだからさぁ!んなこと皆分かってんだよ!」
弾は涙を流し咆哮する。それは親友ポジという形での、世のモテない男の代弁か。
そうだ、皆心では本当は分かってるんだ!こんな都合のいい話なんてありえねーって……。
分かっていて、それでもオタクは夢を見る。
だから『童貞に都合の良すぎる世界』『現実は違う』とか言わないで。夢から醒めちゃうから。
「弾。現実と戦わなきゃ。未来へ進む為のはじめの一歩は、現実と向き合うことで前に踏み出せるのよ?」
「うるせぇ!」
「逃げちゃだめよ。情けない自分を周りと比べてみなさい、もっと頑張りなさい、死ぬ気でやりなさい」
「お前はうつ病患者を自殺に追い込むカウンセラーかよ」
鬱が入るくらい思い悩んでいる人に「頑張れ」の連呼。
これは、いけません。絶対に。
鈴はそこで今思い出したようにポンと手を合わせる。
「だから!あたしが言いたいのは偉大な先人たちに学ぶ、親友ポジがモテない理由なのよ!なんで毎回変な方向に向かっちゃうわけ?やってらんないわよ!」
毎回訳分からん方向に舵取りするのは他ならぬお前だろうが!
……と言いたいのを弾はグッと堪える。反論すればまたそれが10にも100にもなって返ってくるからだ。それが女という生き物なのだから。男は黙って耐えるのみ、男はつらいよ。
「オタクの概念から言えばイケメンは敵。なのに友人ポジにイケメンが多いのはなぜだと思う?」
「つーかそんな多いか?」
「多いのよ。ハイ・エイティーン関連まで作品を広げて見ればその多さは歴然よ」
「はいえいてぃーん?」
「とにかく多いのよ!OK?あたしはここにオタクのコンプレックスを垣間見ているの」
「またそーゆーこと言う……」
「聞きなさい。友人ポジというのは、いわば神から『お前にヒロインはねーよ、主人公の便利役だから(笑)』と断罪を下されている存在なわけなのよね。つまりどうやってもいい目はないの」
くそったれ……!。
弾はもう何度目かのように歯を食いしばる。
「つまりこの場合イケメンの友人は、平凡設定の主人公が可憐な女性らにチヤホヤされるのを、指をくわえて見てるしかないという状態なわけよ」
「正に俺の状態だと言いたいんですね、分かります」
「元気出しなさいな。今度酢豚作ってあげるから」
「……しかしそうなると一夏の奴も平凡設定というのになるのか?あんま当てはまらない気が……」
「チッチッチ、甘いわね。平凡は平凡でもこの手の平凡は『自称』平凡なのよ。自分で『俺は特徴のない普通の高校生』って言っておけば、ハーレム作ろうが、秘めた能力持ってようが一応設定は平凡ということになるの」
「えー?」
「でもそういう意味では一夏は珍しいかもね。明確なイケメンでしょ?主人公をイケメン設定にするのは、萌え系作品では勇気のあることだから」
「皆が皆お前が言うような、主人公と自身との設定を重ね合わせるわけでもないってことだろ」
「まぁ、そうかもね」
鈴は一瞬考え込むような顔を見せたが、すぐに怒ったように手を振り回す。
「もう!また話が変な方に向かっちゃうじゃない!弾のお馬鹿!」
「俺のせいかよ!」
「とにかく!モテないイケメン友人が多いのは、主人公だけがチヤホヤされ、何故か身近のイケメンがモテずに悔しがる姿を存分に眺めたいというオタクの加虐心……つまりは現実における、イケメンリア充へのコンプレックスということが現れているのよ。わかった?」
「アホか!そんなん滅茶苦茶すぎらぁ!」
「何でよ!」
「俺が今言ったばっかじゃねーか。主人公=自分と重ねあわせる人だけじゃないって。脇役に自身を重ねる奴もいれば、感情移入無しに物語を客観的に見てるヤツもいるんだからよ」
「アンタこそ何言ってんのよ。脇役に感情移入するオタクなんていないわよ」
「え?」
「だって冴えない脇役見て『あ、俺がいる』ってなったら爽快感もクソもなくなるじゃない。女に囲まれるリア充を端から眺めるモブなんて、オタクの日常の光景と同じでしょうが。何の為の『優しい世界』よ」
コイツ……。
弾は目の前の酢豚を何とも言えない気持ちで眺める。マンガ、アニメ等そっち系に理解のある方だと思っていたのだが、実はオタク関連を嫌っていたのか?
「それから……親友ポジのイケメン化だけど、『残念イケメン』にされる場合がホント多いのよねー。ペル4のジュネスとか、トゥーハート2の被アイアンクロー君とか。言わば黙ってりゃカッコイイのに、お調子者の性格で損しているというやつ」
「でもイケメンなんだろ?」
「まぁね。つーかアンタもそうじゃない。黙ってりゃそれなりのイケメン。なのに毎回妹の尻に敷かれ、折檻されるぶっちぎりの情けないシスコン姿のせいで、弾=ヘタレという方程式が成立しちゃってるのよ」
「そんな身も蓋もない言い方ないじゃないか……」
「救いはこの手の残念系はイケメンにも関わらず、同性からの支持が高いと言うことね。萌え作品では主人公ですら『イラネ』と言われる修羅の作品だと考えると、ある意味恵まれてるのかも」
「俺はムサ苦しい野郎の支持よりも、可愛い女の子が声援が欲しい……」
「あるじゃない。熱狂的な女子の声援が」
「えっ、マジで?そんなんあったの?」
弾の顔に久しぶりに笑顔がともる。
知らぬは本人だけと言うし、実は熱い想いを向けてくれる女の子がいたのか?
「この手の残念イケメン友人キャラは、ほぼ確実に『ホ○』属性が添付されるから。弾も覚えあるでしょ?」
「……」
「一部の腐った女子連中が熱い声援を送ってくれてるじゃない。一夏と弾、×のどちらが前か後ろか、とかさ。攻めの一夏、ヘタレ受けの弾……」
「止めてくれ!」
身に覚えがありまくる弾が一転泣き顔で叫ぶ。どうしてこの手の親友キャラは何かとホ○に仕立てられるんだ?周りからも、設定的にも。
事実無根なのに男色扱いされるのはキツイです。
またコッチにその気がなくとも、主人公(相手側)が際どい言動を取るせいで誤解される時もあるし。
……あれ?そう考えると一夏のヤツも何かと……。
よく笑顔で身体を寄せてくる親友を思い出し弾は激しく頭を振る。俺は違うぞ!ノーマルだ!女性が大好きで、普通にエッチな健全な男子高校生なんだ!
「ちょっと弾。どうしたのよ?」
「すまねぇ、何でもない」
「ふーん。とにかく分かってもらえたかしら?弾がモテない真理を」
「お前さぁ……」
「ま、諦めなさい。出る作品を間違えたってことで。もしこれが少女マンガなら、逆にお腹いっぱいになるくらいの、弾のサブストーリーが拝めたでしょうけどね。さっきも言ったけどこれって萌え豚作品だから」
そして鈴は「ムフー」と満足げに鼻息を出すと鼻歌交じりにお品書きを開き始める。その様子から、既に頭の中はもんじゃの注文しかないことが明らかだった。
対照的に暗い雰囲気を漂わせながら弾はため息を吐く。
この世には神も仏もないのか。話の主人公はこれからもむやみやたらにモテ続け、脇役・モブ組はずっと女っ気のない日陰の道を歩まねばならないのか。
冗談じゃないやい。
ドラクエでの竜王が言う世界の半分、それは男だけの世界でしたー。……そんな地獄が主役以外にだけあてがわれるのはおかしい。そもそも「俺は別にモテたくない」なんてクソむかつくスカした言葉ばかり吐いてる草食野郎が、主人公と言うだけでいい目を見て、「俺はモテたいんだ!」と人間として、雄として当たり前のことを強く思っている脇役がなぜこんな目に合わなければならないのか。
一夏のように主役が勝ち目のないイケメンというならまだ分かる。納得できる。
……やっぱそれはそれでムカツクなぁ。やってらんねぇよ……。
……いや違う。
今こそ既存の脇役たちは手を取り闘うべきではないのか。
恋仲にはならなくても、自分のような主人公に近い脇役には稀に本音でぶつかってくれる、鈴のような女友達がいる場合がある。けどもっと悲惨なモブには?
何も、ない。
モブには何もない。人権さえない。
ならこのおかしな世界を変える役割が、自分らのような脇役にこそあるのではなかろうか。
鈴に言われたような脇役たちの屈辱の想いを力に変えて。
一人ひとりは矮小でも、集まればそれは一つの元気玉ならぬ、人気玉となって業界を動かすはず。
そして全ての脇役から、チョイ役にモブその1まで。みんなが幸せになる道はきっとあるはずだから……!
弾の死んだ魚のように腐っていた目が覚醒する!
男とは目標が定めれば生きる活力を何度でも取り戻す不死鳥なのである!
不当役割の撤廃!格差是正!モブらにも人権を!
オールハンデッドガンパレード!オールハンデッドガンパレード!
どっかの名も無きモブの為に!より良い未来に繋げるために!
「がんばれ……頑張れ……!」
「ちょっと、何ブツブツ言ってんのよ。怖いわよ」
「凛、じゃなくて鈴。俺がなってみせるよ。そう……モブの味方に」
「はぁ?」
「全てのモブが笑っていられる世界、そんな世界を作ってみせる!」
「ちょっと弾」
「答えは得た。大丈夫だよ鈴音、モブも頑張っていくから」
「頑張ってもどうにもならないわよ。どう足掻いても、どうにもならないからこそのモブなんだから」
あまりに無慈悲な言葉によって弾が後ろに崩れ落ちる。皆にチヤホヤされる主人公や、作品の華のヒロインには、脇役やモブの悲哀なぞ分からないのだ。
そしてそんなDANの想いなぞどーでもいい我らが鈴ちゃんは、小さく頷くと最後の注文を決める。
「おばちゃーん。酢豚もんじゃって作れるー?」
KOされ、濁った目で薄汚い天井を見上げる弾には、そのラスト・オーダーは聞こえなかった。
鉄板から上がる煙を眺めながら、弾はそっと目先を拭う。
これは煙が目に染みただけ……それだけなんだ。
弾は一人己にそう言い訳すると、ゆっくりと身体を起こした。目の前には酢豚っ子が嬉々としながら、恐ろしい色をしたもんじゃのタネを混ぜ合わせている。
悪夢はまだ終わらないかもしれない。
DANはそのおぞましき物体Xを眺めながら、そう思わずにはいられなかった……。
ただ容赦のない酢豚っ子を書きたかった。後悔はしてない。
当初はこの後、酢豚もんじゃによる魔界の味にぶったおれたDANの下に、我らが色男ワンサマーが合流し、絶望し涙するDANに学園祭のチケットを渡して……。
とHAPPY ENDに繋げようかと思ったが、何だかんだでDANは残念ポジのクセに、原作では虚さんといい感じになる幸せ者なのでまぁいいやと。つまりはモテなき男(作者)の醜い嫉妬ですよハイ。……ちきしょう!美人の先輩GETってDANはどんだけ勝ち組やねん!やっぱ顔か……イケメンは正義なのか……?
ま、しかし現実はこんなもの。皆様も二次世界への逃避なぞは程々にして、しっかり前を向いて生きてくださいね、頼みますよ?(萌えゲーを笑顔でプレイしながら)
一つ一つ終わらせたい。
次は暗黒酢豚を完結したいなぁ。