P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

3 / 89
頭をカラッポにして書けるのはいいことです。



織斑一夏は鬼畜 (下)

「……ハッ!」

「ん?どうした鈴?」

 

両手を合わせ「いただきまーす」と感謝を表し、いざ目の前の酢豚を食するという寸前、凰鈴音は言い知れぬ感覚に身を震わせた。箸で掴んだ豚肉がスルリと落ちる。ラウラはキョトンとした顔で相棒を見た。

 

「嫌な予感がしたの。……何かしらこの感覚は。とてつもない何かが起こっている気が……」

「何だそれは?」

「あたしにも分からない。でもこの酢豚を口に入れようとした瞬間そう感じたの。何だろう、あたかも酢豚が警告を発しているような」

「ふむ。よく分からんが気のせいじゃないのか?……ん?なんだこの酢豚は。酸味が全く効いていないぞ」

「なんですって!」

 

鈴は驚きに目を見張ると急いで自分の分の酢豚を食べた。確かにラウラの言うとおり酸味が効いていない。

 

「そんな……こんなことって」

鈴はガックリとうなだれる。

 

「お、おい鈴」

「酢豚が、あたしの作った酢豚がこんなことに……」

「まあ落ち着け。確かに少し驚いたが、これはこれでいいものだぞ。酸味が無い分、クセが無くいつもより食べやすい……」

「ラウラ!このお馬鹿!」

 

鈴の咆哮に、ラウラが硬直する。

 

「何言ってんの!酸味が無い酢豚なんて、もはや酢豚なんかじゃない!今流行の『○○のクセを押さえましたー』なんてエセ食品のような妥協があってはいけないの!こんなお子様味に満足なんかしちゃダメよ!それじゃ真のスブタストにはなれないわ!」

「ス、スブタスト……?」

 

鈴の剣幕にラウラが大きく仰け反る。幾らなんでもそんなのにはなりたくねぇ。

 

「……ごめんラウラ。少し興奮したわね。でも中国にはこんな格言があるのよ」

鈴は自分を落ち着かせるように、大きく深呼吸した。

 

「格言?」

「ええ。『歴史の裏に酢豚の変化あり』ってね。わが祖国中国では、大きな事件や歴史の分岐点の裏にはいつも酢豚の存在があったと言われているわ」

「な、なんだと?」

「例えばアヘン戦争って聞いたことあるでしょ?あれも実はきっかけは当時の中国に赴任していた英国の大使が、晩餐会で出された酢豚に果物が入っていたことに激怒したことから戦争に発展したと言われている」

「そ、そうなのか?授業で習ったことと違うが」

「それだけじゃないの。辛亥革命もきっかけは孫文が行きつけの食堂で頼んだ酢豚の味が変わったことに『この酢豚を作ったのは誰だぁ!』と激怒したことが事の始まりらしいわ」

「……えー?」

 

それから鈴の一人講義が始まった。いかに過去の大事件に酢豚が関わっていたかを熱弁する。始めの方は神妙に聞いていたラウラも最後にはあくびをかみ殺していた。うさんくせぇにも程がある。

 

「……そういう訳で酢豚に異変がある時、大きな災いが起こると言われているの」

「さいですか」

 

ラウラが耳をほじくりながら投げやりに答える。キャラ崩壊どころではないが、もはやどうでもいい。

 

「で?どうするのだこの酢豚。捨てるのか?」

「そんなわけ無いでしょ。勿体無い」

 

鈴が鼻息荒く憤慨する。

 

「だいたい日本の連中は食べ物を粗末に扱いすぎるのよ。ダイエットだか何だか知らないけどさ。ここの食堂でも毎日捨てられる食事の量知ってる?全く嘆かわしい。食事制限したところで結局豚は太るつーの」

 

お前は誰と戦っているんだ。ラウラは世の女性に喧嘩を売っている相棒を不思議そうに見た。

 

「そういうわけで、ここは酢豚丼にしましょう。ご飯の上にかければ大抵は問題なくなるからね。ねぇラウラご飯よそってくれる?」

 

コイツの食い方が一番酢豚を侮辱していないか?とラウラは思ったが、素直な彼女は言われたとおりドンブリ茶碗にご飯をよそった。鈴はそれを受け取ると、ためらうことなく酢豚をぶっかけた。

 

なんだろうこの胸騒ぎ……。もしかして一夏に何かが?鈴は酢豚丼を見つめながら、幼馴染を想う。

一夏どうか無事でいて……。

鈴は神妙な顔でそう願うと、酢豚丼を豪快に口へと運んだ。

 

 

 

 

 

酢豚娘の嫌な予感は的中していた。現在彼女の想い人の織斑一夏はとんでもないことになっていた。酔った勢いで、とある二人の少女の友情をピンチにした上に、今は壁ドンの真っ最中である。更には『志村後ろー!』の状態である。

 

彼の親友、五反田弾は今までの人生について思いを馳せていた。これまでの経験から、この流れはマズイ。とんでもない二次被害が出る。主に自分が。

 

なんでいつもこうなるんだ、と弾は泣きたくなる。そりゃ今回に限れば原因は自分かもしれないが。

トホホ……と弾は能面の少女からのプレッシャーに怯えながら、親友を見た。

 

 

「のほほんさん……」

「おりむーだめだよ。かんちゃんに悪いよ……」

 

この期に及んで悪魔の誘惑に抗おうとする心意気に弾は喝采を送りたくなった。顔を赤くし、目を潤わせながらも一夏の狂気の魅了から必死に抵抗する少女は、どこか神々しささえ感じられる。気を抜くと惚れてしまいそうになる。

 

……嘘です。ごめんなさい虚さん。

 

弾が脳内で一人ツッコミを入れる中でも、我らが一夏は止まらない。本音の髪に、さりげなく自然に梳かすように手をやる。

 

「のほほんさん、簪は関係ないだろ?」

「え?」

「俺はのほほんさんの……君の気持ちを聞きたいんだ」

「お、おりむー」

「簪の友人でも、使用人でもない。布仏本音という一人の人間としての気持ちを」

「あぅ……」

 

あ、あの野郎……。

弾は親友のスケコマシぶりに色んな意味で震えた。耳元で囁くように声を吹きかけてやがる。そしてさりげなく彼女の逃げ場を塞いでいく。甘く、真摯な言葉で。

つーかアイツ本当に酔ってんのか?と弾は一瞬彼の正気を疑ったが、すぐに納得する。普段の「コイツ病気か?」というくらいの女性限定の鈍感ぶりを知っているからだ。

 

酒って恐ろしいなぁ……弾は改めて思った。もう絶対飲まないでおこう。

 

「はう!」

だが、そこで弾の大事な菊門が「キュッ」と引き締まる感じがした。能面少女のプレッシャー増したのだ。その恐ろしさに弾の身体の様々な部分が縮こまる。

 

「やべーよ一夏……」

弾は小さく呟く。この恐ろしいプレッシャーも、お互いしか見えていない男女は気付いていない。故に不安しか感じない。だが今一夏を止めようものなら、即時にあの鉄拳が叩き込めれるだろう。あの痛みを思い出し、弾は震えた。

 

どうしよう……。

かといって、このまま何もせずカップル成立を眺めているのも違う気がする。不意に脳内に、怒り狂った蘭にタワーブリッジをされている光景が浮かんだ。これは未来への予知だろうか?弾はまた泣きそうになる。

 

進むも地獄。進まぬも地獄。マルチBADENDシステムじゃねーか!クソゲーなんてレベルじゃねーぞ!

弾は絶望する。どうしていつも自分だけが貧乏クジを……。

 

「おりむー。私、やっぱりかんちゃんを裏切れないよ……」

 

「へ?」

弾は思わず呆けたように呟いた。少女は尚抵抗しようとしている。なんという意思の強さか。

 

「のほほんさん」

「おりむー気づいているんでしょ?かんちゃんの気持ちに」

「……今、簪は……」

「関係なくない!かんちゃんは私の大切な友達なの!おりむー、おりむーは……!」

「のほほんさん……」

「わたし、かんちゃんには幸せになって欲しいの」

 

空気の変化に弾は一転居心地が悪くなった。

そうだ、あの少女は既に誤解から親友との仲がこじれてしまったのだ。だからこその責任感か。それとも彼女が持つ本来の優しさか。

ごめんなさいと再度頭を下げる。本当に自分らはクズです。

 

だが、ここでも将来の夜王候補の一夏は弾の思いもよらぬ行為を見せた。

 

「えっ。おりむ……」

一夏は本音を有無を言わず抱きしめた。髪を撫でながら包み込むように。まさにど真ん中直球勝負である。

しかし何時の世も、女性とは最後は直球に弱いのである。小細工など必要ない。ありのままぶつかるべきなのだ。

 

 

 

但し!しつこいくらいだが、こういう行為が許されるのは『イケメンに限る』のだ!お顔に自信のない方は決して安易にマネしないように!道を聞いただけで変質者扱いされる昨今、ブタ箱にぶち込まれても責任は負いません。

 

 

 

「い、一夏さん。アンタって人はぁ……!」

弾にしても一夏の行動は予想を斜め上に行っていた。まさかここで抱擁攻撃に入るとは。けどアイツこんなことして明日からの学園生活どうするんだ?

 

「のほほんさん。俺は本気なんだ」

「あ、ああぁ……」

「ずっとこうしたかった。ずっとのほほんさんをこの胸に」

「わ、わたし……」

「俺はずっと君のことを想っていたんだ……」

 

嘘付け、どの口で言いやがる。酔った勢い100%だろうが!

弾は身体中、内臓に至るまで丁寧に掻き毟り、絶叫したい気分に駆られた。もう聞いていられない。

 

一夏、お前何なんだよ……。

弾は頭を抱えながら織斑一夏という人間のことを考えた。酒はその人間が隠し持つペルソナ、人格を引き出す力もあるという。普段の朴念仁の親友にこんな一面があるなんて弾は考えたくなかった。全ては酒のせいだと。一種の気の迷いだと信じたかった。

 

「おりむー。私……わたし……」

「一夏って呼んで」

「え?」

「ちゃんと名前で呼んで欲しいんだ。……本音」

「おりむー。おり……一夏、君」

 

オーマイガー。チェックメイト。

弾は現状を悟った。彼女は今度こそ完璧に陥落(おち)た。

 

一夏が本音の顎先を軽く掴み、上に向けさせる。本音は少しだけ戸惑う仕草を見せたが、すぐに目を閉じて、一夏に身を任せた。

 

嘘だろ?ちょっと待て一夏!

弾は悪魔の所業に恐怖する。幾ら何でもそれはやり過ぎだろう。ヤバイって!

 

弾の脳内に、憤怒の魔人と化した鈴にチョークスリーパーをされる予知も追加された。自分の死亡推定率はこれで二桁を突破したかもしれない。

 

絶望に震える弾に一夏が一瞬振り返る。

『ニヤリ』と笑みを浮かべる一夏に、弾は恐怖した。コイツは悪魔だ、鬼畜だ。これが人間のやることかよ!

 

弾はゴクリと唾を飲み込む。でもちょっとだけ見てみたい……。

しかしそんなゲスな思考を砕くように、能面少女からプレッシャーは限界を超えた。その恐怖に弾の後ろだけではなく、前の方からも何かが漏れそうになる。

 

思わずパンツの心配をするアホを置き去りに、この場が動いた。

 

シャルロットがゆっくり歩き出した。相変わらず無表情のままで。

弾は固まった。相変わらずガタガタ震えながら。

一夏と本音は既に二人だけの世界に入っている。

 

 

 

今まさにIS学園の校門前では、少年少女の恐るべき修羅場を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





以下のキャストでお送り致します。

ラウラ・ボーデヴィッヒ……何をしても「ラウラなら仕方ない」である程度許されてしまう特性を持つ。キャラアンチが多い中、初登場時の行いにも拘わらず、ある意味それが一番少ないと思われる得キャラ。正に「可愛いは正義!」を地で行く存在である。

布仏本音……脇役でありながら、ヒロインを喰ってしまうほどの存在感を持つ。先日発売されたゲームでもルートによっては大活躍で、彼女のヒロイン昇格を求める購入者の叫びが木霊した(らしい)「正ヒロイン」とどちらが需要が上だろうか?教えてモッピー。

更識簪……例え伊達でも貴重な眼鏡キャラ。他の濃すぎるメンツと、姉がアグレッシブなせいでどうしても印象が薄くなってしまう可哀想なキャラ。でも大丈夫。このような内気キャラは何だかんだでオタク受けがいい。はずだよね?

西田……IS学園唯一の男の守衛。その風貌と言葉遣いはアレだが、勤務態度は真面目であり、それが高じて学園に派遣された。唯一の男子生徒である一夏を可愛がり、彼の成長を見守っている。好きなAVジャンルは三十路妻。既婚。

セシリア・オルコット……メシマズ。あとケツ、もとい尻。


      スペシャルサンクス

酢豚=凰鈴音。



次回の『織斑一夏は……』でこの番外編も終わる予定です。良かったらご覧下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。